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24-17 自覚無い馬鹿が一番タチが悪い

 ミヤとユーリが、ケロンの元に会いに行く。

 ケロンの部屋には嬲り神とフレイム・ムアもいて、何やら話し込んでいた。


「何の用だ?」

「お前の孫娘、アリシアのことについて聞きたいんだ。精霊に力を与えるあの子をどうしたいんだい? 殺すわけでもなければ、孫娘として引き取って育てるつもりもないんだろう?」


 ミヤが意地悪い口調で問いかけ、同時に指摘する。

 ケロンは何も答えない。無表情であるが、明らかに迷っているのが見て取れる。


「こいつらには全部話した方がいいぜィ。ま、話さなくてもお見通しな気もするがなァ」


 助け舟を出すかのように、嬲り神が促した。


「アリシアに、生まれて来なければよかったと言った。あれは取り消さなくてはな。あれは私の望みを叶えるため、私の糧となるために生まれてきたのだから」


 歪んだ微笑をたたえ、ケロンが語りだす。


「あれは特別な力を持つ子であり、同時に私の血を引く子でもある。つまり、私の命を永らえさせる術の素材として用いるのに、最も適切という話だ」


 言いつつケロンは、傍らにいる嬲り神とフレイム・ムアを交互に見やる。彼の視線の動きをみて、この二人が吹き込んだ事だと、ミヤもユーリも見抜いた。


「ぶぶぶ……ぶぅ……ぼふぉ……町を護るため、栄えさせるための人柱の応用。町に出来るなら、人にも出来る……」


 フレイム・ムアが言う。


(師匠の言った通りだった。流石師匠)


 胸のムカつきを押さえながら、ユーリは思う。


「そんなことだろうと思ったさ。ありがちというか、お前みたいな小悪党は、大体パターン通りで、思考も欲望も似通っている。最早テンプレだね。どうせ嬲り神がそそのかしたんだろう?」

「ははは、御名答~。んで、ここにいる不気味ちゃんに確認したら、出来ると言ったのさ」


 ミヤが侮蔑と嘲りたっぷりに指摘すると、嬲り神がけらけら笑いながら肯定した。


「私はそそのかされたとは思っておらん」

「ふん、そそのかされた自覚も無いのかい」


 傲然と言い張るケロンを、鼻で笑うミヤ。


「驕りたかぶりも強欲も、大概にした方がよいのではないか? 足るを知る者は富むという、東方の諺を知らんのかね」

「私は私のために生きてきたとは言えん。私は私の欲を叶えたという意識がほとんど無い。いつも人のために生きてきたと、そう悟った。私は幸福を感じられなかった」

「人のために生きたって、何をしたんです?」


 ケロンの言葉が理解できずにユーリが尋ねると、ケロンは眉間に皺を入れまくって、ユーリを睨む。


「何をしただと? 私がこのシャクラの町のために、どれたけ粉骨砕身したと思っている。どれだけ尽くしたと思っている。私の尽力があったからこそ、この町は発展して、皆豊かに平和に暮らせているのだぞ。私にどれだけ感謝しても感謝のしすぎは無いはずだが、人間は皆恩知らずのろくでなしだ。自分達が町でぬくぬくと安全かつ豊かに暮らしていけることを、当然のことだと、思い上がっている。私のおかげだぞ? 私が町の建設の際にありとあらゆる手を打ったからだぞ? 私が投資し、人材を集め、土地を開拓し、宣伝をして、手も汚した。町を護るため、栄えさせるため、人柱を用いる儀式魔術を施した。そんな私を妬み、忌み嫌い、罵り、どいつもこいつも最低で最悪の恩知らずだ」


 怒りと恨みと侮蔑に満ちた口調でまくしたてるケロン、ユーリもミヤも、嬲り神さえも呆気に取られてしまった。


「溜まっていやがったんだなあ……」


 やがて嬲り神が息を吐き、苦笑いを浮かべる。


「そうとも。ずっと溜め込んできた。だから私はもう人のために生きるなどやめた。今から人生を取り戻す。自分のために生きる」

「最低最悪の恥知らずだ」


 鼻息荒く宣言するケロンに、ユーリが冷ややかな声で言った。


「何だ? 今のは誰のことを言った? まさか私か?」


 ケロンがユーリを睨んだまま問いかける。


「お前以外に誰がいる。そう思わないのはお前だけだ。悪の自覚の無い悪が、一番タチが悪い」

「ぎゃははははっ、言うねえ~、ユーリぃ。だははははっ! でもその論理だと、俺は悪の自覚があるから、一番悪い悪では無いって話になるけど、俺はこの爺よりマシなのかァ?」


 冷然と言ってのけるユーリに、嬲り神が爆笑し、ケロンは拳を握りしめて震わせ、ミヤは溜息をついていた。


「やれやれユーリ……最近キレなくなったかと思ったけど、ここにきて我慢できなくなったのかい」

「苛々してました。すみません」


 ミヤに言われ、ユーリは謝罪する。ポイントがマイナスされなかったのは意外と感じた。


「ここに入る前、僕は神様にお祈りしてました。皆を護ってください。無事でいさせてくださいって。で、もし何かあったら――つまりは犠牲者が出るような、そんな悲劇があったら、僕は次元の壁を越えて、神様の喉笛を噛みちぎりに行くって、そう祈りました」

「それは祈りとは言わんだろ……」

「怖ぇぇ、俺も一応神様だし、ここで喉笛噛みちぎられちまいそうだァ~」


 ユーリの言葉を聞いて、ミヤはさらに呆れ、嬲り神はおどけていた。


 その時、部屋の窓に一匹のコウモリが張り付く。フレイム・ムアが窓を開け、コウモリを入れる。


「再び……鎮魂の碑が壊されだしたという報告……だ……」


 使い魔のコウモリからの報告をそのまま口にした。


「護衛では歯が立たない……そうだ……」

「だそうだ。お前達に行ってもらおうか」


 ケロンがミヤとユーリと嬲り神を見やる。


「私が気に食わないなら、仕事はここまでとするが?」

「気に食わないけど、仕事はしてやるさ。こちらにはこちらの目的があるんでね」


 確認するケロンに、ミヤが笑い声で告げた。


***


・【シャクラの町を護る精霊さん】


 その少年は、当時の町長の息子だ。


 近くの集落と村の者達が一ヵ所に集まり、新たにシャクラの町を建設することとなった。

 人々はひたむきに頑張っていた。特に町長一家は粉骨砕身していた。


 周辺の集落から来た者達はひもじい日々を送っていたので、彼等を救うために、町長は様々な手を講じた。しかしこの行為が彼等の運命を破滅へと導くことになる。


 金策を講じていた町長は、うっかり詐欺師に騙され、税金の横領をした嫌疑をかけられた。そして町長は破産してしまう。

 町長は自殺し。その妻は暴徒に殺され、息子である少年は無実の罪を着せられ、処刑される運びとなった。しかもただ処刑されるだけではなかった。他の罪人達と共に、町の繁栄と守護のために、人柱とされる。霊魂もずっと町に封じられ、成仏出来ないようにするとい、おぞましい儀式魔術がかけられてしまったのである。


「詐欺師の餓鬼が! 儂等の税を貪って散々いい思いをしおって!」

「糞町長のドラ息子がもうすぐ縛り首になるぞ! ざまあみろ!」

「悪魔の子め! 当然の報いよ!」


 散々罵倒され、呪いと怒りと怨恨の目で見られて、少年の心も絶望してねじ曲がり、シャクラの町に対する憎悪を抱き、殺される間際に、処刑場に訪れた者達に向かって吠える。


「俺はお前達を呪い続ける! 呪い続けて災いをもたらしまくってやる!」


 強い誓いと共に吐いた呪詛の咆哮であったが、声がまともに出ず、群衆の叫びの方が大きかった。そのため、少年の魂の絶叫は、側にいた処刑人の耳にしか届かない。


 実は詐欺師は、大地主のケロンに雇われた者だった。清廉潔白な町長が邪魔であったし、人柱の生贄となる者も欲していたため、一石二鳥の策だった。


 霊体となった少年は、冥界に行くことが出来ずに町に束縛されていたが、その恨みの力の強さ故か、術の束縛をある程度解いて、シャクラ内部をある程度自由に動くことが出来た。

 少年は強大な怨霊となり、宣言通りにシャクラに呪いをかけ、自然災害等を呼び込むことが出来るようになった。ある時は嵐を起こし、ある時は地震を起こして、町民達を苦しめた。

 一度災厄を引き起こすと、またしばらく恨みのパワーが充電するまで、時間を要する。その間は町も平和を保たれる。


 最初は町を憎み、定期的に町に災いを振りまいていた少年だが、ある時、心変わりを起こす。


 少年は町の片隅で、懸命に生きる老夫婦を見つける。

 痩せた体で毎日肉体労働を行う老人。彼の妻は足が切断されており、車椅子で生活をしていた。老人はそんな妻を必死に支えていた。妻は妻で、歩けない体でありながらも、家事をきちんとこなしていた。


 少年はその夫婦に同情し、夫婦を陰から支えるようになる。財布の中の貨幣をこっそりと増やしたり、家の屋根の雨漏りする穴を塞いでやったり、職場の意地の悪い同僚を肥溜めに叩き込んで窒息死させたりと。


 そしてある時、少年は知った。老夫婦の婦人が歩けなくなった理由が、自分が町を呪い、もたらした災害のせいだったのである。


「あの嵐さえ来なければなあ」


 口惜しそうにしみじみとぼやく老人。


「お天道様の決めたことに文句を言っても仕方ないですよ。私の命があっただけでも、感謝しないといけません」


 そう言って自分がいる方を見上げ、両手をこすりつけて拝みだす老婆を見て、少年は涙した。


「ごめん……ごめんなさい……。俺がやったことなんだ……。ごめん……」


 少年は謝罪するが、その謝罪の声も夫婦には届かない。


 少年はその後もずっと、陰から老夫婦を支え続けていたが、やがて妻が病にかかって息を引き取り、そのわずか二か月後に夫も同じ病で死んだ。少年の力をもってしても、病はどうにもならなかった。


 長年シャクラの町を見続けたその少年は、その老夫婦の件を境に、心が二つに分かれてしまった。恨む心と、町で懸命に生きる人達を温かく見守りたい、辛い立場の者に手を差し伸べたいという心に。

 彼は元々善性に満ちた人格であるが故に、呪いきれなかった、恨みきれなかったという点もあった。


 やがて少年は、自分が孤独であることに寂しさを感じる。


 そんな折、少年の前に、自分の姿を見える者が現れた。アリシアという少女だ。


「俺の姿は他の奴に見えない。声も聞こえないのに……」

「え~? そんなことってあるー? でも確かに貴方、浮いているし」

「俺は幽霊だからな。空を飛べるんだ」

「幽霊だと飛べるんだー。いいなあ」

「いいことない。この町の外には行けない。この町を護るために、そういう呪縛をかけられた」

「つまり町を護っているんだね。町の精霊さんてわけだー」


 そんな会話の流れから、アリシアは少年のことを精霊さんと呼び出す。


 アリシアは少年と会う度に、少年を励ます歌を歌う。


 少年は霊体であるにも関わらず、アリシアの歌を聴く度に激しい胸の疼きを覚える。全身が震える。失ったはずの肉体の感触が蘇る。思いやりでいっぱいの詩が、慈愛に満ちた曲が、優しさにあふれた旋律が、気持ちがたっぷり込められた歌声が、少年の心に染みわたる。魂が丁寧に切られて内側からめくれていくような感覚。しかしそれがこのうえなく心地好い。

 彼女の歌には、人の魂を震わせる純然たる優れた歌唱力があった。ただしバラード限定で。彼女が大通りで歌うアップテンポの明るい曲は、純粋に下手だった。


 アリシアとの交流を楽しんでいた少年であるが、ある日、アリシアとその両親の前にケロンが現れる。


 アリシアの両親は殺された。アリシアもケロンに殺されそうになった瞬間、少年はケロンの前に現れて、アリシアを救った。


 ケロンはいつも術師に護られていて近づけなかったが、その時だけは、少年の想いの強さが術の効果を上回った。


 それ以降、ケロンはアリシアに近付こうとはしなくなった。


(この子も俺と同じだ……。心に深い傷を負っている……そしてあの忌々しいケロンと因縁がある)


 アリシアは少年に運命的なものを感じた。


 その後少年は、アリシアの歌が自分に力を与えることを知る。いきなり大きな力を流し込まれるわけではなく、歌を聴いているうちに、少しずつ増幅していく形だ。

 アリシアを通じて、アリシアの歌の力によって、少年は自分を認知してもらえる条件を理解し、その力を強めていく。認知されやすくなっていく。虐げられている者ほど接触しやすい。彼等の助けの声に応じる形だと余計に接触しやすくなる。過去に虐げられた事がある者とも接触しやすい。インガもファユミもジヘパパも、そうやって接触した。


 純粋な者達が虐げられ、傷ついている。それを黙って見ていられなかった。助けたいと思った。自分には助けられる力があった。だから助けた。彼女達を傷つけている者達を許せなかった。ただ殺すだけでは気が済まなかった。延々と罰を与え続けた。少年はアリシア達に精霊さんと慕われ、持て囃され、正直気分が良かった。そんな彼等の期待に応え続けるためにも、罰のループを行っていた。

 人々が悲しむ姿を見て、助けてあげたいと願い、助けることに喜びを見出す少年。しかし彼は今や、悲しみからの救いという行為自体に取りつかれていた。


 少年は精霊の同志を増やした。自分と同じように人柱にされた者達の霊を呼び覚ます。それ以外にも、本当に物に宿っている精霊も味方につけていった。他の霊を従えたり力を与えたりといった力は、アリシアの歌の効果で可能となったものだ。


***


 ノアとサユリとアルレンティスは、鎮魂の碑の破壊を行っている最中に、頭の中に精霊さんのルーツの絵本を見た。


(この精霊さん、これこそ教祖様っぽいね。ゴア・プルルとかモズクは、あまり教祖様らしくない教祖様だった。崇められたいみたいな気持ちが、あまり見受けられなかった。他に理由や目的があって、その役割を演じていたみたいだった。でもこの精霊さんは、人に崇められたい存在だ。精霊さんこそ教祖様っぽい)


 絵本の内容を見て、ノアは思う。虐げられていた者を助けたいという気持ちもあったのだろうが、それ以上に崇拝されたがっているように、ノアには感じられた。


(インガやアリシア達には悪いけど、崇める側も大概だよ。よくもまあそんなに簡単に、他者に心を委ねられるもんだ)


 容易く他人に屈服したり、他人を崇拝したりする神経が、どうにもノアにはおぞましく感じられたが――


(いや、俺も人のこと言えないか。委ねていたのかどうかはともかくとして、ずっと母さんに逆らえずに服従していたままだったし)


 嫌悪を覚える理由は、近親憎悪なのだろうと、ノアは自己分析する。


「精霊さんのエピソード……見えたね」

「ぶひ……彼もまた悲しい子なのだ。サユリさんのように……」


 アルレンティスとサユリが呟く。


「石碑はこれで全部壊したみたい。残りは一つ。あのオレンジの塔」


 ノアが遠くに見えるオレンジの塔を見て言う。


「一旦戻らない……? 疲れたし、そろそろ休んでもいいよね」

「それがよくして」

「異議無し」


 アルレンティスの提案に、サユリとノアは賛成した。

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