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24-15 本当は精霊の騙りだけど秘密にしておこう

 鎮魂の碑の破壊作業の合間、ディーグルは脳内でファユミの絵本を見た。


(今度はファユミさんの絵本ですか。これで私達が知る三名は揃いましたね)


 ファユミの過去を覗き見たディーグルは、ファユミをじっと見る。


 ディーグルにあからさまな同情の視線を向けられ、ファユミは一瞬戸惑うも、すぐに気持ちを落ち着ける。


「私は醜い……ディーグルさんも思いますよね? 本当はそう思っていますよね? そのうえ愚鈍であるとも……思っていますよね。別にそれは仕方ない……ことです。事実ですから……。事実でも……私と向かい合った誰もが、その事実を意識していると……私は意識して……辛いです……」


 自分を見るディーグルに対し、ファユミは溜めていたものをぶちまける。


「私……何を変なこと……言ってるのでしょうね……。凄く変なこと言いました……。忘れて……ください」

「変だと思いませんよ」


 ディーグルが小さく微笑む。


「私も容姿は気にしています。自分の容姿があまり好きではありません」

「そんなにお綺麗なのに?」

「如何なる美男美女であろうと、他者の顔のことは触れない方がいいですね。本人がその顔を気に入っているとは限らないので。私の場合、童顔なのがコンプレックスですし。そのことでからかわれることもしばしばです。からかっている側は軽い気持ちでも、私はあまりいい気がしませんね」


 意外そうに言うファユミに、ディーグルが語る。


「まだ鎮魂の碑は残っていますか?」


 話題を変え、質問するディーグル。正直この話題はディーグルにしてみてもあまりいい気分ではない。


「はい」

「そうですか。塔もまだ残っていますね。しかしそれは後回しにして、一旦戻りましょう。そして絵を描きましょう」

「え……その……でも……」


 戸惑うファユミ。


「絵はまだ完成していないのでしょう? 急かすようで申し訳ありませんが、続きを描きませんか? 私は何時までここにいられるか、わからない身ですから。どうしても気が乗らないなら、仕方ありませんけど。気持ちが乗らない時、創作は無理に出来るものではありませんし」

「そんなことありませんっ。描きたいですっ……」


 柔らかな口調で話すディーグルに、ファユミは必死な声で訴えた。


「それと、もう少し私の話も少し聞いて頂けませんか?」

「す、すす、すすすっ、すみませんっ。き……聞きます。自分のことばかり喋ってみませんっ」


 穏やかな口調で伺うディーグルに、ファユミは狼狽してどもりまくる。


「先程も言いましたが、私は絵描きと知り合いだった――そんな記憶がうっすらとあります。とても深い仲だったような……そんな記憶があって、絵画を見ると、あるいは絵描きの方と触れると、何とも言えない懐かしい感情だけが胸の中を駆け巡るのです」


 ファユミから顔を逸らし、虚空を見上げて話すディーグル。


「ファユミさんと共にいる時もそうです。ファユミさんが私をモデルに絵を描いている間、ずっとその気持ちが胸の中で荒れ狂っていました。それは優しく、温かく、同時に烈しくもある気持ちです。とても心地好く、そして同時に寂しく悲しい気持ちです」

「そう……なんですか……」


 ディーグルの話を聞き、ファユミは気の利いた言葉が出なかった。ディーグルの親しい人と重ねられて、嬉しいような、寂しいような、妬ましいような、複雑に入り乱れた感情が沸き起こる。ディーグルがそこまで言うのだから、ただならぬ相手、恋人か何かではないかと、勘繰ってしまう。


 やがて二人はファユミの屋敷へと戻った。


「遅かったね。何してたの?」

「ただのデートですよ」


 出迎えたアルレンティスが問うと、ディーグルがにっこりと笑って即答する。


「で、で、で、でででで、でででデート……? あああああ、ああ、ああれはデートだったのですか……」

「おや? そのような認識では失礼でしたか?」


 先程よりもさらに狼狽しまくりどもりまくるファユミに、ディーグルはさらりと言ってのける。


「途中で絵本が何度も挟まれた。こんなの初めてだ」


 二人のやり取りをスルーして、アルレンティスが言う。


「そうなのですね」

「ここにいる三人の絵本が、魔術学院の生徒達の頭の中にも流れて、少し混乱気味だよ」


 ファユミを一瞥するアルレンティス。その時だった。


 複数の敵意と殺気を感じ、ディーグルとアルレンティスの表情が変わる。

 複数の霊体が室内に出現し、一斉にディーグルとアルレンティスに襲いかかった。


 ディーグルが短く呪文を唱えると、鮮やかなエメラルドグリーンの炎が噴き上がり、霊達を焼き払う。


「精霊さん達が……」


 精霊達がディーグルとアルレンティスを襲う光景を見て、呆然とするファユミ。


「やれやれ、面倒な事態になったね。僕、生徒達を護ってくる」


 アルレンティスが断りを入れ、屋敷の中に向かう。ディーグルも続く。


 屋敷の中では生徒の数人が霊数体に襲われ、逃げ惑う光景があった。


「精霊さん! お願いです! やめてください!」


 霊体に向かって叫ぶファユミ。


「私に免じて……やめてください! お願いします!」


 ファユミの嘆願にも全く応じない霊を、ディーグルがまた緑の炎で撃退した。


「もう大丈夫のようですよ。気配は消えました。こちらにだけ襲いかかり、今ので全て撃退したようです」


 ディーグルが告げる。


「使用人には襲いかからなかった。ファユミにも。どういうこと? 僕達を騙した?」


 アルレンティスが戻ってきて、ファユミに懐疑の視線を向ける。


「そ……そ……そんなことは断じて……」


 同様しまくるファユミ。


「おやめなさい、アルレンティス。私はファユミさんを信じます。私達を欺くことはしないでしょう」

「御言葉だけど……ね、ファユミと使用人は襲わず、人喰い絵本に吸い込まれた者達ばかり狙っているよ? それで疑うなというのは……」


 ディーグルに制されるも、アルレンティスはなおも主張する。


「理由は不明ですが、精霊が世界の外から来た者を敵視しだしたということですね。ファユミさん、疑うわけではないですが、心当たりはありませんか?」

「な……何も無い……です」


 ディーグルに問われ、ファユミは泣き出しそうな顔で首を横に振った。


「そもそも精霊じゃないよね……これ。これは人の……」

「アルレンティス、それは口にしないでおきなさい」

「わかった」


 ディーグルに制され、アルレンティスはそれ以上言うのをやめた。


 その時、インガ、ガリリネ、ノア、サユリが屋敷に戻ってくる。


「あ、サユリだ」

「ぶひっ、アルレンティスがいるのだ」


 アルレンティスとサユリが互いを見やる。


「知り合いなんだ?」

「イレギュラーの奪い合いで何度か争ってる……。わりと面倒な子……」


 ノアが問うと、アルレンティスは本当に面倒くさそうに言った。


 ディーグルは精霊達が襲ってきたことを、ノア達に伝える。


「嘘よー、そんなこと有り得ないわーん」

「嘘では……無いです。私も……見ました」


 インガが笑顔のまま否定するが、ファユミが申し訳なさそうに告げた。


「そこの豚によく似た方が説得しても駄目だったということは、暴走した精霊とやらは一切話が通じないのだ?」

「豚……似てますか。そうですね……」


 サユリの言葉を聞いて、ファユミの表情が翳る。


「次にその失礼な発言をしたら、その首を撥ね飛ばしますよ?」


 ディーグルが爽やかに微笑みながら、柔らかな声で警告する。ディーグルがサユリを見る視線は、氷の刃が煌めいているかのように、近くで見ていたアルレンティスの目には映った。


「別に何も失礼な発言はしていないのだ。あたくしはむしろ褒めているつもりでして。この方はとても可愛らしい方なのである。そして魔法使いのサユリさんは首ちょんぱされてもへっちゃらでして」


 しかしサユリは全く動じることなく、堂々と反論する。豚に似ていると言われたと思ったら、次は可愛らしいと言われ、ファユミは激しく混乱する。


「貴女の価値観はそうかもしれませんが、そう思わない方もいるので、人を動物に例えるのは無礼であり失礼であると認識してくださいね? 首をはねても死なないなら、体をみじん切りにして、それぞれ瓶に詰めて、土の中に埋めます」


 冷たく硬質な口調で宣告するディーグルであるが、サユリは一切ひるまない。


「やれるものならやってみればいいのである。でも気分悪くしたら悪かったと、一応謝ってあげるのだ。サユリさんが他人に謝罪するなどとってもレアな場面だから、これを拝めたことを喜びとして、許すといいのである」

「ど、どうも……豚……お好きなのですか?」


 サユリの意味不明な謝罪に、苦笑いを浮かべて尋ねるファユミ。


「大好きなのだ。サユリさんにとって豚は真理なのだ。ほれ」


 魔法で豚を複数出すサユリ。人の背丈より高い巨大豚や、両手で抱けそうな小さな豚もいる。


 それら複数の豚が、一斉にファユミに近付いて、ふごぶこ鳴きながら、鼻や口や体を摺り寄せてくる。ファユミは戸惑いつつも、人懐っこい豚達を見て、表情が綻ぶ。


「可愛いと思うのだ?」

「は、はい……確かに可愛い……です」

「ぶっひんぶっひん言いながら叩いてあげるのである。そうすれば喜ぶのだ。ほーれほれほれ、ぶっひんぶっひん」

「ぶっひん……ぶっひん……」


 言われた通り、躊躇いがちに豚の頭を軽く叩くファユミ。


「ああ、それインガちゃんもしてみたいわ~」

「どうぞなのだ。豚を愛する者、豚は拒まずと言いまして」


 インガが名乗り出たので、サユリは気を良くして、豚の一頭をインガの方に行かせる。インガだけではなく、ノアとアルレンティスも豚をぺしぺしと叩きだす。


「ぶっひんぶっひん……。この人達は関係無い……と断定するのも早いか。精霊が襲ってきた理由……知りたい所だね」


 アルレンティスが豚を叩きながら、ディーグルの方を向いて話す。


「そうですね」

「ディーグルもやらない?」

「やってみますか。ぶっひんぶっひん」


 アルレンティスに誘われ、ディーグルも豚の頭を叩き始めた。


***


 ケロン邸。部屋にはユーリとミヤだけがいる。嬲り神の姿は無い。


「ファユミさんも、虐げられていた人ですか。精霊さんはそういう人達に取り入って力を得ているのでしょうか」


 つい先程見たファユミの過去の件を思い出し、ユーリは悲しげな面持ちで話す。


「あれは精霊ではない。亡霊だ。少なくともさっき襲ってきた奴はね。本当の精霊もいるかもしれないが、精霊さんと言われているあの男の子の霊は、人の霊だよ」

「そうだったんですか……」


 ミヤが訂正し、ユーリは少し驚いた。


「皆辛い過去を背負っているんですね……。チャバックとも似ているかも」

「あの子もいじめられていたんっだってね」

「職場でいじめられていたみたいです。そこはもう辞めたらしいけど」

「儂等がもっと早く気付いて、どうにかしてやればよかったのにね。あのノアが助けるとは、ちょっと意外だったよ」


 ノアが来たばかりの頃は、多少はノアを警戒もしていたミヤであったが、チャバックの件があって見方が変わり、その後も一緒に過ごしているうちに、最初ほどは警戒しなくなっている。しかし人喰い絵本の中で先走って人を殺したこともあったので、完全には警戒が解けない。


「噂をすればだね」


 ミヤが気配を感じて言う。

 数秒遅れて、ユーリも気配の接近に気付いた。


 少年の霊体が部屋の中に出現する。精霊さんだ。


「どうして僕達を襲ってきたの? 僕達が君達に何か悪いことをしたわけでもないのに」

「最初から君達異世界人は、シャクラの災いになると予感していた。そして予知を見た。君達が俺達とシャクラの町を破滅に導く、未来のヴィジョンが見えた」


 ユーリが精霊さんに問いかけると、精霊さんはユーリを睨んで答えた。


「そんな能力あるの?」

「今までは無かった。でも鮮明に見えてしまったんだ」


 さらに問うユーリに、答える精霊さん。


「お前、誰かに操られているんじゃないかね? 心当たりは無いかい?」

「無い」


 ミヤが疑問をぶつけるが、精霊さんは即座に否定する。


「正直、俺だってこんなことしたくない。君達は……悪い奴じゃないってことはわかっている。だからアリシア達も君達を疑うことなく、親しく接したんだろう。俺達とも争う間柄ではなくて、親しくなれる仲だと思う。こうして向かい合っていても、そう思う」


 苦しげな面持ちで精霊さんは心情を語る。


「だからさ、この世界から立ち去ってくれよ。そっちだって俺達に害を成す意思は無いんだろう? でも近い未来に、対立することになってしまうんだよ。それを伝えるために来たんだ」

「その帰る方法がわからないんだ。僕達も帰りたいし、その方法を探っている」


 真摯に訴える精霊さんに対し、ユーリが自分達の目的をそのまま伝える。


「そうか……それを聞いてしまうと……余計に心苦しいな。でも……君達が俺達の災いになるのであれば、敵対するしかなくなる」

「出来る限り敵対しないようにするから、その予知とやらを理由に、こっちを攻撃してくるのはやめて欲しい」

「うーん……確かに……俺が君の立場でもそう考えるし、そう言うだろう……。でも……」


 今度はユーリが誠意を込めて訴えると、精霊さんは苦渋に満ちた顔になった。


「儂等のことはともかくとして、お前は何がしたいんだい?」

「アリシア達を護りたいし助けたい」


 ミヤの質問に、精霊さんは力を込めて答える。


「あの子達を虐げた者を殺害するだけならともかく、無限死亡ループなんてしているのはやりすぎだろうに。しかもそのことをケロン達だけは認識し、問題視しているんだよ?」

「いいんだ。ケロンこそが元凶だ。あれはケロンへの当てつけでもある」


 ミヤが言うと、精霊さんは暗い面持ちになった。


「ケロンは……どうやらアリシアを狙っているようだ」


 精霊さんもはっきりと確認したわけではない。しかしケロンのアリシアへの接し方や、フレイム・ムア経由の情報で、そうであるらしいことがわかった。


「そのようだね。ケロンがアリシアを狙う理由も、儂には大体察しがついておるよ」


 精霊さんの言葉を、ミヤは意外と思わなかった。

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