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24-12 お父さんは家族なんかよりも体面の方が大事なんです

 オレンジの柱――鎮魂の碑近くにて対峙する、チャバック、ジヘパパ、ウルスラ、オットー、アリシアと、ユーリ、ミヤ、ケロン、フレイム・ムア、ケロンの手下達。

 そんな中で、ケロンとアリシアの両者が一際異様なムードを放っている。ケロンもアリシアも、その視線や表情から、複雑な感情がにじみ出ている。


「チャバック、ウルスラ、オットー、助けに来たよ」


 ユーリが魔法を用いて、三人にだけ聞こえるように、三人の耳元に囁き声を飛ばす。


「アリシア、私から大事なものを奪っておいて、さらにまた私に盾突くとはな。それでも私は、あの時以来、君に手出しをしなかった。あいつの子供だから……唯一の血の繋がった肉親という、そんな理由でな。しかし……もう限界だ。精霊の数は増えている。精霊の活動も活発化し、犠牲者も増えている。これ以上シャクラの治安が乱れることは容認できない」


 アリシアに向かって語り掛けるケロンは。落ち着いた静かな口調であったが、とても肉親にかける言葉と思えないほど冷ややかであった。そして孫娘を見るその視線には、確かな瞋恚が宿っていることを、何人かは見てとった。


「まだ取り繕うのかい。儂等に話した通り、この子達の前でも正直にお話よ」


 ミヤが口を出す。


「別に君達にも全てを語ったわけではないが?」


 ケロンがミヤを見やり、鼻を鳴らす。


「精霊と言ったが、あれは精霊などではない。悪霊だ。この町を作る際に、人柱を用いる儀式魔術を施した。その人柱とされた者の霊が、制御から外れて暴れている。さらにはこの町にいる成仏できない亡霊達も、支配下においている」


 ケロンの口より真実を知って、チャバック、ウルスラ、オットーの三名は顔色を変えたが、アリシアは平然としている。


「呼び名は何でもいいよ。どうやって生まれたかも、私達にとってはどうでもいい。精霊さんは精霊さん。私達の味方なんだからっ」


 ケロンから視線をそらさず、アリシアは毅然と言ってのけた。


「私達からすれば味方ではない。そしてアリシア。その悪霊共に最も力を与えているのは、君なのだ」


 ケロンが言い放ったその瞬間、ケロンの濁った瞳から確かな憎悪の輝きが放たれた。


「ふん。それで、どうするつもりなんだい?」

「孫娘に危害を加えるつもりはない。見過ごしもしないがな」


 ミヤが問うと、ケロンは静かに答える。


(この言葉、どこまで本心なんだろう? 邪魔ならとっくに手出しをしていたはずだけど、それでも信用できない。危害を加える気がしてならない)


 ユーリがケロンを見て勘繰る。


「ぼぉ……ぶぉ……ぶぼぼ……」


 術師フレイム・ムアが奇怪な声を漏らすが、誰も気に留めなかった。フレイム・ムアはある事に気付いていた。そしてアリシアの後方を見ていた。


「精霊に――人柱の悪霊に干渉できないよう、事態が沈静化するまでは監禁する。この子の仲間も全てな」

「閉じ込めるのだって危害だようっ」


 ケロンの言葉を聞いて、チャバックが珍しく憤然とした口振りで言う。


「そうはいかのこんこんちき~♪ 精霊さんが~守ってくれる~。ここなら精霊さんの力も強い~♪」


 アリシアが笑みを見せ、歌いだす。精霊さんが近づいてきたことを、アリシアとフレイム・ムアだけが察していたのだ。そして歌で力を与えている。


 少年の霊体がアリシアの後方上空に現れ、ケロン達を睨みつけた。


「師匠、こちらにも敵意を向けていますが、どうしましょう?」


 精霊さんを見上げ、ユーリが伺う。


「お前一人ならどう判断する?」


 問い返すミヤ。


「またそれですか。全部僕のやり方で動いていいんですか?」

「いつぞやみたいに明らかに暴走気味だったら、儂が抑えるよ。お前が思うようにおやり」

「絵本攻略のために考えていることは幾つかありますが、現在の対処は――」


 ユーリの言葉は、ある現象によって遮られた。


***


・【シャクラの町に生まれた歌姫アリシア】


 シャクラの町に、一人の浮浪児の女の子がいた。

 彼女は頭に障害があったので、親に捨てられた。

 少女は捨てられたことを理解できたので、路地裏で毎日泣きながら過ごしていたが、やがて現実を受け入れ、ゴミを漁って生きていた。


 少女はある日、シャクラの町にやってきた吟遊詩人の歌を聴いて、その歌にすっかりと心を奪われた。そして少女はその日以来、路地裏で歌を歌い続けるようになる。


「おい、またあの白痴女が歌ってやがるぜ」

「うるっせーんだよ、このイカレ女!」

「頭パーのくせに歌ばっかり歌いやがって」


 町の悪童達は少女を見つけて、散々虐げた。親もおらず、頭に障害を抱えていて、居場所が路地裏ということもあって、遠慮なく存分に嗜虐心を満たせる相手だ。


「オラ、お前のために飯を持ってきたぞっ! 食え!」

「うーっ、うーっ、うっー」


 得体の知れないゴミを口の中に押し込まれ、少女は必死に嫌がって藻掻く。そんな姿を見て、悪童達は笑う。


 しかし悪童の一人――リーダー格のケビンという少年は、その少女を見る目が次第に変わっていく。


 少女は成長していった。女性としての体のふくらみがついていった。ケビンは少女を性的な目で見るようになり、同時に恋慕の念を抱いたのである。


 ケビンは仲間達と共に少女を虐めることにも、嫌気がさしていた。罪悪感を抱くようになった。しかし仲間達の手前、少女の虐待を辞めることが出来ない。悪童達のリーダーであり続けるには、弱い部分を見せられないという強迫観念があったからだ。そのためにケビンは、仲間の前で過剰に凶暴さを演出し、暴君のように振舞い続けた。


 しかしある日ケビンは決意する。少女をこれ以上虐げるのをやめようと。

 同時に、悪童達のリーダーとしての地位も失わずに済む方法も、思いついた。


「こいつは俺専用の女にする。お前達、文句無いな? 俺の女だから、もう手出しはするな」


 ケビンの宣言に仲間達は呆気に取られたが、逆らう者はいなかった。日頃からの暴君ぶりが良い方向に左右した。


 少女は自分が虐げられなくなったことを不思議がっていた。いつもケビンに手を握られて連れ回されるようになったが、すぐに抵抗は感じなくなる。


 やがて少女は理解した。ケビンが自分に特別な感情を向けていることを。


 ケビンは幸せな時間を過ごしていた。少女も自分に優しくなったケビンを受け入れ、ケビンに恋愛感情を抱くに至る。少女もまた、幸福を感じていた。


 少女がケビンの子を妊娠した時、ケビンと少女の幸福の時間は終わりを迎える。

 ケビンの父親――シャクラの町の大地主のケロンは、その事実を知って激怒した。


「知恵遅れの浮浪児を犯して孕ませただと! 私の顔に泥を塗る気か! このバカ息子!」


 ケロンはケビンを溺愛していた。素行が悪くて悩みの種ではあったが、どんな問題を起こしても、財力と権力で処理した。しかしこの時ばかりは許せなかった。とびきりろくでもないことをしでかしたとして、ケロンは初めて息子を殴った。


「違うんだよ……父さん、そんなんじゃない。俺は本当にあの子を……」

「余計に悪いわ! 名前も知らない乞食娘に本気で入れ込むなど、私はお前をそんな愚かな子に育てた覚えは無い!」


 弁解しようとすると、父親の取り付くしまもない言葉を受け、ケビンは絶望する。


 ケビンは危険を感じて少女を遠くの村に匿う。父親は何でも自分の思い通りにして、逆らう者は一切許さない、本物の暴君である。故に、何をしでかすかわからないからだ。


 少女はどうしてケビンが自分を遠くへ連れて行ったのか、さっぱりわからなかったが、疑うことなく従った。かつて自分を虐げていたケビンのことを、今やすっかりと信頼している。


 ケロンは少女を探し続けたが、見つからなかった。実の所発見した部下もいたが、ケビンが賄賂を渡したうえで、低姿勢で頼み込んだので、部下達はケロンには報告しなかったのである。


 少女はシャクラから遠く離れた村で、子を産んだ。


 アリシアと名付けられた娘と共に、少女は幸せな日々を送っていた。

 少女は頭に障害を持っていながらも、実の娘を守り、育てなくてはならないという気持ちが強く芽生え、自分の出来る範囲で懸命に子育てを行った。


 親子の存在を知った親切な村人達は、少女とアリシアの面倒をよく見てくれた。おかげでアリシアはちゃんと成長していった。

 ケビンは少女と離れることになってしまったが、ケロンの目を盗んで、頻繁に少女とアリシアに会いに行っていた。賄賂のおかげでバレずに済んだ。


 少女はアリシアにあらん限りの愛情をもって接した。たまにやってくるケビンも同様だった。アリシアも両親を慕った。


 それから数年が経ったが、ケロンは諦めていなかった。賄賂を受け取った部下の一人が、ケロンに少女の居場所を報告して、とうとう少女の居場所を見つけてしまったのである。


 ケロンはケビンの見ている前で部下に命じ、少女を殺させる。


「文字通りお前が蒔いた種だ。蒔いた畑が悪かったな。そのうち良い畑を私が選んでやる」


 少女の亡骸にすがるケビンに向かって、ケロンは侮蔑たっぷりに吐き捨てる。ケビンの隣では、幼いアリシアが、動かぬ母親に抱き着いて泣いている。


「そっちも刈り取れ。私の血が、知恵遅れの乞食女から生まれた汚らしい雌にも引き継がれているなど、ぞっとする。そんなことが世間に知られてしまったら、私はこの先ずっと笑い物ではないか。そんなことになってたまるか」


 ケロンは実の孫も殺すよう部下に命じた。


 ケビンはこの時決意した。自分の娘だけは守ると。そしてその方法は一つしかないと。

 部下が剣を振り下ろした刹那、ケビンが割って入り、代わりに斬られた。


「アリシアっていうんだ……。俺の娘で……父さんの孫なんだぜ……。だから……この子だけは見逃してくれよ……。俺の命懸けの……最後のお願いだからさ……」


 致命傷を負ったケビンが血を吐きながら、ケロンに嘆願する。


「お前のような出来損ないなど、もう私の息子ではない! 最後の最後まで私に逆らい続けおって!」


 激昂したケロンが、死にゆく我が子に、非情な怒声を浴びせる。

 ケビンはその言葉を聞いた直後、果てた。


 息子の死を確認した後、ケロンは泣きじゃくるアリシアを睨む。やり場のない怒りは、アリシアに向く。


「何でお前がぴーぴー泣いているんだ! 泣きたいのは私の方だぞ! 私の息子を奪ったお前に悲しむ資格など無い!」


 ケロンがアリシアに向かって怒鳴り、部下から剣を奪う。


「お前が……私から全てを奪った。お前のような薄汚い小娘が生まれてきたおかげで……ケビンは死んだ。お前が私の息子を殺したんだ! お前がいたから皆不幸になった! お前は生まれて来なければよかった呪われた子だ!」


 喚くケロンを見て部下達は呆れ果てていた。しかしアリシアは殺された母親に縋りついて、泣き続けるだけだ。ケロンはそんなアリシアの姿を見て、余計に腹が立つ。


「馬鹿な親と仲良く地獄に落ちろ!」


 アリシアも殺そうとして、ケロンが剣を振り上げたその時、ケロンの手首を何者かが掴んだ。

 宙に浮かんだ少年が、険しい眼差しでケロンの手首を握っている。


「お……お前は!?」


 ケロンは仰天した。その少年のことを、ケロンは知っていた。シャクラの町の建設時、人柱にされた少年だ。


 アリシアが自分を護った少年を見上げる。


「死ね……」


 少年が確かな殺意と共に、静かに言い放ったその時だった。


 黒い影が少年に飛びかかる。少年の体が引き裂かれ、宙に溶けるようにして消える。


「助かった……。感謝する」


 自分を少年から護った人物に、ケロンは礼を述べる。

 現れたのは、ボロを纏い、ゴミをくくりつけた、恐ろしく汚らしい男だった。彼はケロンとは昔からの知己で、ケロンに様々な知を授けた者だ。男は自らを嬲り神と名乗った。


「ふへへへ、その子はよォ、生かしておけばお前にとって災いになる可能性があるぜぃ」


 嬲り神がアリシアを見て告げる。


「では尚更殺さねば――」

「だが、な。お前の望みを叶える大事なピースとなる可能性も秘めている。お前のあの望みを叶えるには、お前の血を引くこの餓鬼がうってつけだァ。リスクを排除するためにここで殺すか、リスクを踏まえたうえで、可能性に賭けるか、考えて選ぶんだなァ」


 からかうような口振りで告げる嬲り神。


 ケロンは思案する事も無かった。嬲り神の言葉を信じたうえで、すぐに答えを出した。


「ふん。私がここまで成り上がった理由は何であるかわかるか? リスクを恐れず、踏み込む機を読むことが出来たからだ。あるいは――奇貨を居いてきたからだ」


 大きく息を吐き、ケロンは剣を捨てる。そしていつまでも泣いているアリシアの顔に唾を吐きかけ、踵を返した。


***


「今のは……」


 オットーが呻き、アリシアを見る。そしてケロンを見る。


 頭の中に流れた三度目の絵本。チャバック、オットー、ウルスラは呆然としていた。ユーリとミヤもその内容の酷さに、顔をしかめている。


「ひどい……あんまりよ……」

「確かに酷い……」


 ウルスラが涙ぐみ、ユーリが怒気に満ちた目でケロンを睨む。


(嬲り神め。とうとう絵本の登場人物にまでなるとはね。そして絵本にここまで深く干渉するとは)


 ミヤが思う。


(神様、本当にいい加減にしてください。こんな悲劇を生み出して、こんなことして何が楽しいの?)


 ユーリが頭の中で、怒りに満ちた問いかけをしたその時だった。


「うわっ! ちょっ……!」


 精霊さんと呼ばれる少年の霊体が、ウルスラめがけて滑空した。ウルスラは確かな殺気を感じて、慌てて避ける。


「え? どうして……どわわっ!」


 ウルスラの次はオットーに向かって飛びかかる精霊さんだが、オットーも際どい所で避ける。


 ウルスラとオットーに攻撃を仕掛けた精霊さんを見て、誰よりもアリシアが驚愕する。


「精霊さんっ、どうしてっ?」


 アリシアが悲鳴をあげる。


 さらにはチャバックにも攻撃しだす精霊さんだが、チャバックも攻撃を避ける。


 精霊さんはもどかしそうな表情になる。攻撃が尽くかわされているからだ。

 実はミヤがこっそりと魔法をかけ、攻撃する際の精霊さんの動きを大きく鈍らせていた。


「やめてくれっ、精霊さんっ! ジヘは私の息子なんだ!」


 ジヘパパが叫ぶ。


「ぼぉぶ……」


 術で結界を張るフレイム・ムアであったが、精霊達はケロン達に襲いかかる気配が無い。


(精霊が襲ってこないのはわかっているが、ケロンの手前……護るポーズ)


 口の中で呟くフレイム・ムア。


「精霊が暴走しているのか? 一体どういうことだ?」


 ケロンも困惑していた。


「私を護れっ。早くっ」

「やってるよ。いい歳してぴーぴー騒ぐんじゃないよ。みっともない」


 命ずるケロンに、ミヤがフレイム・ムアを一瞥して告げた。


「でも精霊、ケロンさんは襲わないようですよ?」


 一番襲っていい相手なのに――と思ったユーリだが、それは口にはしない。


「確かに……私ではなく異界の者達だけを狙っている」


 不思議がるケロン。


「どうやら吸い込まれ組を全て、敵として認識したようだね。何でそんな思考に至ったかはわからないが」


 ユーリにだけ届く声で言うミヤ。


「嬲り神の仕業じゃないですか? あるいはダァグ・アァアアにそう仕込まれていたか」

「何でもかんでもそちらに結び付けるのは少し短絡的すぎだよ。捉われない方がいい」


 ユーリの考えを聞いて、ミヤは釘を刺す。


 精霊さんがくじけずに攻撃を続けようとしたが、チャバック達と精霊さんの間に空間の裂け目が生じ、中から煌めく異形が出現した。


「な、何だこいつは!?」


 突如現れた、全身を宝石で包まれた巨大な白百足を見て、慄くケロン。


「ふん、宝石百足。いい所に来たね」


 ミヤが宝石百足に声をかける。


「防壁を張ったわ」


 宝石百足が言う。この程度ならミヤやユーリも出来たであろうし、実際ミヤが精霊さんの攻撃を妨げていたが、自分が出てきて庇った方がインパクトがあると、宝石百足は計算し、姿を現したのである。


 精霊さんは宝石百足を見て眉間に皺を寄せ、姿を消した。


「ぶぉぉ……ぶぅ……ぼぼぼぼ……ぶぶぅ……。良い展開……良い塩梅……。ぶぅぶ……準備は……整いつつある……。ぼぶぅ……」


 フレイム・ムアが声に出して呟いたが、聞いている者はいなかった。

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