24-8 今後の方針
朝。ケロンは手下を率いて家を出て、馬車で移動していた。
到着したのは町の外れだ。家屋も少ないその地域に高い壁で囲まれた場所がある。中はどうなっているか見えない。
門を開け、馬車が壁の内側へと入る。
中は建物が三つあった。二つは隣接した大きな建物で、もう一つは離れた場所にある塔だ。馬車が入るタイミングに合わせたように、二つの建物の中から人々がぞろぞろと出てくる。皆ぼろぼろの服装だ。そして地面に書かれた一本の線の前に、横一列に並ぶ。
ケロンは馬車から降りると、塔の外階段を屋上まで上り、広間に並んだ人々を見渡し、頷いた。
「始め」
ケロンが声をかけると、銅鑼が鳴らされる。銅鑼の音に反応して、一列に並んだ人々が一斉に走り出す。
ただ走っているだけではない。横の人間を転ばせようと足をかけたり、自分の前に出た人間を後ろから掴みかかって引きずり倒したり、殴り合いをしたりと、乱闘しながら競争している。目を突かれて、両目から血を流して藻掻いている者もいた。
彼等が辿り着いた先は泥の中だった。必死に泥の中を掻き分け、何かを探している。
一人が歓声をあげてガッツポーズをする。その手には金の延べ棒が握られていた。他の者達ががっくりとうなだれる。
その様子を見て、ケロンは満足げににやにや笑っている。
それらの光景を、使い魔の目を通じて遠巻きに見ている者がいた。
「ああいうのは社長の俺がすべきだ。他の人間がやるのは駄目だ。俺だけが許されることだ。それに手ぬるい。デスゲームじゃないっぽいし」
建物から離れた場所にいるノアが、ケロンの朝のお楽しみの様子を見て、不満顔になってぼやく。
「ぶひー、社長だからよい、社長じゃなくちゃ駄目というのは謎理論でして。デスゲームじゃないから駄目な理屈も不明なのだ」
ノアの隣にいるサユリが言う。
「しかもあんな醜い爺が、大勢の人間に、餌でも与えるかのようにして、玩具扱いして楽しんでいる絵図、見てて凄くムカつく。悪趣味というか。俺もあの爺と同じくらい金あれば、同じことして遊びたい」
「それってつまり、悪趣味と言いつつ、ムカついている理由は、ノアちんのただの妬みなのであるか」
「ノアちんて、変な呼び方しないで。それに妬みじゃないから」
ノアが口をへの字にして、サユリを睨む。
「それにしても先輩達、どこにいるんだろ。この町大きいから、探すのは骨だ」
昨日一日、ノアとサユリは、一緒に人喰い絵本の中に入ったミヤ、ユーリ、アルレンティス、ディーグルを探していたが、見つからなかった。
「サユリがあちこちに豚走らせて、それで目印にしてくれればいのに、やってくれないし」
「そんな魔法、超疲れるから断じて嫌なのだ。花火をして目印に……とも考えたけど、これだけ大きな町では、相当数あげないと無理でして」
「じゃあ相当数あげてよ」
「君もするのだ」
「面倒だから嫌だ」
「じゃああたくしも面倒だから嫌なのである」
不毛な言い争いを行った後で、ノアが溜息をつく。
「はあ……何で俺、よりによってサユリとの組み合わせになっちゃったんだ」
「それはサユリさんの台詞でして。よりによってノアちんと一緒になっちゃったのであるか。全く建設的な進行が見込めないのである」
「だからノアちんはやめろって」
不毛なやり取りはなおも続く。
***
チャバック、ガリリネ、ウルスラ、オットー、そして魔術学院の生徒達は、ディーグルとアルレンティスに、この町に来てから見たことを全て語った。側ではアリシア、インガ、ファユミも話を聞いている。
「この場合、何をどうすれば脱出に繋がるのでしょう? アルレンティス、人喰い絵本攻略歴の長い貴方にはわかりませんか?」
「まずは……精霊さんの謎を解くことかなあ?」
ディーグルに尋ねられ、アルレンティスは気怠そうに答える。
「というか……僕はイレギュラー目的で人喰い絵本の中に入っていたから、攻略や脱出は積極的に行っていないんだよね。それに今回は、いつもとかってが違っていそうだ」
「ミヤ達が来ているってことは、まあ……そうだろうな……。きっとノアもいるわけだ」
露骨に嫌そうな顔になるガリリネ。
「ガリリネ、喧嘩しないようにねえ」
「うんうん。何でノアとガリリネ、そんなに仲悪いのか知らないけど、こんな時に喧嘩はしちゃ駄目だよ」
「わかってるよ。こっちからは仕掛けない。僕はあいつと違って大人だから」
チャバックとウルスラに釘を刺され、ガリリネは不機嫌そうな顔で言った。
「ディーグルさん……ここから去ること……目的だったのですか……。悲しいです。しかし……仕方ないこと……ですね」
ファユミがディーグルの方を向いて、悲しげな声で言う。
「お暇がありましたら、ディーグルさんの絵……描かせて……くださいませ」
「問題ありません。今はどうすればいいかわからない状態ですし、暇はあります」
ファユミの要望を、ディーグルは笑顔で快諾する。
「あのね、チャバック。実は話してないことがあるんだ。それ……凄く話しにくいことなんだけど、多分精霊さんに関わることなんだと思う」
アリシアがそう前置きしてから、虚空を見上げる。
「精霊さん、この話をチャバック達にしていいかなあ? 駄目なら言って」
アリシアの声に応じ、少年の姿が浮かび上がったが、困り顔で無言のまま、すぐに消えた。
「精霊さん、迷ってる。悩んでる」
「無理しなくていいよう」
「んー、じゃあ保留っ」
チャバックに言われ、アリシアは笑顔に戻って明るい声をあげた。
「ガリリネ君、人形好きならインガちゃんのにうちに来なーい? うちには人形がいっぱいあるのよ~ん」
「わかった。行くよ」
インガに誘われ、ガリリネは即座に了承した。インガの人形に興味もあったが、精霊さんとやらと親密な関係があるインガから、何か重要なことが聞きだせるかもしれないという計算もあった。
「んじゃー、私はいつも通り、歌いに行きますか~。私が歌うとね、大通りに多くの精霊さんが集まるんだあ。チャバック君達も一緒においでー」
「うん。行くー」
アリシアに誘われ、チャバックが頷く。
「私も行ってみたい。他の精霊さんていうの見てみたい」
「じゃあ俺もそっちだな」
ウルスラが言ったので、オットーも、アリシアとチャバックと一緒に行く事になった。
***
ミヤも使い魔の目を通じて、ケロンが朝から行っているゲームを見ていた。
「面白いゲームをしているね」
帰宅したケロンに、玄関に現れたミヤが意地悪い声をかける。ユーリはいない。ミヤ一人だ。
「どうして知っているのか――と聞くのも野暮か。力を持つ者に」
憮然とした顔になるケロン。
「金の延べ棒とは大盤振る舞いだが、あの遊びは危険じゃないかい?」
「気に入らないのか? 私が行っているあれは福祉の一種だ。施しだ。善行だ。参加者も私も幸せになれる」
ミヤに指摘されるも、ケロンは悪びれずに平然と言い放つ。
「途中の殴り合いで大怪我をしていた者もいたよ。今までに死人も出してるんじゃないのかい?」
「彼等はそのリスクも承知済みで参加しているのだ」
さらに指摘するミヤに、今度は傲然とした口振りになって反論するケロン。
「今日は冷えるな。暖を取らねば。この歳だと風邪一つで命取りだ」
そう言ってケロンはリビングへと向かう。
「お前は幾つになるんだい。その歳でもまだ命に執着するのかい?」
ケロンの後を追いながら、ミヤが問う。
「八十を過ぎるが、それでも死にたくないよ。当たり前だろう。生きられるものなら二百まで生きてやりたいね」
冗談とも本気ともつかぬ口調で答え、ケロンはリビングに入る。ミヤも続く。
「儂は三百年以上生きているが、自分の生には執着が無くなったよ」
「力有る者はそこまで命を永らえさせることが出来るのか。本気で羨ましい限りだ。それだけ生きておきながら、他人には生に執着どうこう聞くのはどうなんだ」
ミヤの言葉を聞いて、ケロンは苦笑いを浮かべる。
「自分の生に執着が無い――という言い方からすと、家族のことを考えれば、執着も生じるということかな。あのユーリという子は、貴女の家族だな? 接し方でわかる。家族に愛情があれば、生の執着もあると言えよう」
「ま、そうだね」
ケロンの指摘を、ミヤはあっさりと認めた。
「お前にも家族がいたんだね?」
ミヤが問うと、ケロンは眉間に深い皺を刻む。
「ああ、いたさ。しかし二十五年前、妻を失った。五十歳での高年齢出産が災いした。子宝に恵まれない私達の間に起きた奇跡だと、あの時は喜んでいたのにな……。そして妻が命をかけて産んだ息子も、二年前に亡くしたよ」
そこまで話した所で、ケロンはミヤから目を背け、窓の外を見やる。
「しかし血の繋がった者はまだいる。孫がいるよ。我が家にいるわけではないがな。死んだバカ息子が子を作っていた」
「そうかい」
その孫を引き取って育てようとはしないのか、それとも孫がケロンの側に来たがらないのか。ケロンは孫の存在を知ってこそいるが、両者は近しくはないのだろうと、ミヤは察した。
「さて、仕事の話をしようか。精霊には凄い力があるが、我々は封印の術式で、その力を自由に振るえないようにしている。精霊の力は町の加護に使うように仕組まれている。町に力を吸い取られると言ってもいい」
話しながら、ケロンは再びミヤの方を向く。
「しかし精霊さんと呼ばれるあの精霊は、町の籠に力を割かれる一方で、封印の緩みを突いて、町に災いを成した。さらには、ある少女との接触によって、ますます封印は緩み、精霊の力が顕在化していっている。少女の歌が、精霊の力を引き出す力があるようだ。そして精霊と少女は心が通じ合っている」
「それで、お前達は何をしようというんだい?」
「私の身を護ること。町を護ることと言ったはずだが?」
「具体的な方策を訊いているんだが? そうでなきゃ、儂や嬲り神を味方に引き込むこともしないだろ。当面の計画は決まっているからじゃないのかい?」
「すでに計画は動いている最中だがね」
ミヤが皮肉めいた口調で伺うと、ケロンも皮肉めいた笑みを浮かべて言った。
「元凶たる少女に、今から一緒に会いに行かないか?」
ケロンが誘う。
「精霊に力を与えているという、歌姫のことかね?」
「そうだ。アリシアという名だ。包み隠さず、この事実も告げておこう。そのアリシアが、私の孫だ」




