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24-4 精霊さんはわかってくれる

 ガリリネは人形職人の母親に育てられた。父親の記憶は無い。

 家は貧乏で、恐ろしい借金取りが何日かおきに訪れ、がなりたてた。ガリリネはこの借金取りが怖くて仕方なかった。


 借金取りに怯える日々を送っていたある日、母親が借金のかたとして連れて行かれ、ガリリネは一人になってしまう。

 生きていくだけの金は、郵便ポストに届けられていた。母親が送ってくれていた。しかし母親は帰ってこなかった。


 そのうち金も振り込まれなくなり、ガリリネは浮浪児となる。

 母親の作った人形を沢山抱えて、ガリリネは彷徨っていた。寝る時は人形を抱きしめて寝た。

 ガリリネは人形でままごとをしながら、悲壮感と寂しさを紛らわせていた。人形に語り掛け、人形の台詞を口にし続けていた。


「ガリリネ、寂しいの? 私がついているから大丈夫よ。ガリリネは独りぼっちじゃないよ」


 毎日ガリリネは人形を抱き知る、自分を慰める台詞を口にしていた。その台詞を、人形が喋っているつもりで。


 ある日、ガリリネは偶然あの借金取りと会い、母親は感染症で死んだことを知った。その際、借金取りは笑いながら、死んだ母親のことを散々罵った。


 悲しみと怒りを胸に滾らせ、路地裏で寝るガリリネ。

 その日は嵐になり、ガリリネは全身を濡らした。その影響でガリリネは翌日熱を出し、咳が止まらなくなってしまう。


 肺炎になったガリリネは、自分がそのまま死ぬと意識する。自分も母親の所に行けると、これですべて楽になると安堵しかけた一方で、悔しさと怒りの炎が絶えなかった。この世界が呪わしい。母親を奪ったあの借金取りを殺してやりたい。暗い炎が、尽きかけていたガリリネの命の灯を永らえさせる。


 気が付くとガリリネは、綺麗な服に着替えさせられて、ベッドの上に寝ていた。


『夢見る病める同志フェイスオン』

「気が付いたようだぜ」「目を覚ましたぞ」


 自分を覗きこむ二つの狼の頭が、同時に人の声を発する。


「君は死にかけていたが、人喰い絵本の中から持ち帰ったイレギュラー、『命の輪』によって、その命を繋ぎ止めた」


 魔法使いにして医者であるフェイスオンという人物に拾われたガリリネは、体の中に無数の黒い輪を入れられていた。最初は気持ち悪いと感じたが、すぐに慣れる。


 フェイスオンの庇護下に入ったガリリネは、フェイスオンの優しく柔和な人柄がすぐに好きになった。


 力を手に入れたガリリネは、借金取りを殺害する。輪で体を少しずつ切り刻み、たっぷりと恐怖を与え、嬲り殺しにした。


 大事にしていた人形は全て失っていた。しかしガリリネに未練は無い。自分で自分を慰めることは惨めだと意識したから。卒業して次に進まなくてはならないと意識したから。


***


 ウルスラとオットーと他三名の魔術学院生徒達は、シャクラの町を歩いていた。


「建造物のデザインがア・ハイと結構違うな」


 オットーが周囲を見渡して言う。


「私が前に入った人喰い絵本のデザインとは似てるよ」


 と、ウルスラ。


「あの柱だか塔だかが気になる。何か凄く嫌なイメージがある」


 近くに見えるオレンジ色の高い塔を見て、ウルスラが言った。


「確かに嫌なオーラ放ってるな」


 生徒の一人が同意する。


「人喰い絵本には作者がいるって説、聞いたことある。作者が同じなら、建造物のデザインも似てくるってことかな」


 生徒の一人が言った。


「ウルスラは二度目か。二度も引きずり込まれるなんてこともあるんだな」

「うん……。前回は私を対象にしていたみたい。私が絵本の登場人物に成り代わっていたからね」


 オットーの言葉を受け、ウルスラは不安げな顔で頷く。


「今回はどうなんだ?」

「わかんない……。入る時に見たあの絵本の内容からすると、チャバック君が対象みたいだけど」

「そうだな……。チャバックは確定みたいだが」


 ウルスラもオットーも、チャバックが以前人喰い絵本の中に吸い込まれ、ジヘという少年の役になった事を聞いている。そして今回入る時に、頭の中に映し出された絵本に、ジヘがいた。


「貴方達……お待ちになって」


 一人の女性がオットー達を呼び止めた。


 オットー達は振り返ってぎょっとした。

 そこにいたのは、ピンクのドレスを着た大柄な女性だ。身長は2メートル以上あり、肩幅も不通の男よりずっと広い。腕も太股も太い。体の全ての部位に厚みが感じられる。顔はお世辞にも美人と言えない。それどころか顔のパーツが極端なまでに不揃いで、鼻や目が福笑いでもしたかのように、おかしな位置についている。顔そのものが歪んでいるかのように見える。


 女性は、ウルスラとオットーを交互に見ていた。


「貴方達……資格……あります」


 二人を指し、女性がたどたどしい口調で告げる。


「資格?」

「精霊さんに……選ばれる資格です」


 訝るウルスラに、女性が言う。


「私……ファユミ。私も……精霊さん……見えます。話せます」


 女性――ファユミが自己紹介をしながら優雅な仕草で一礼する。


 ウルスラだけが、その女性が上流階級の者だとわかった。容姿はともかく、服装は派手とはいえ良い材質を用いている。そして今の優雅な仕草の一礼も、礼儀作法を学んだ者の所作であった。


「絵本の中にいたあの歌姫も、精霊さんがどーたらと言ってたな」

「アリシアって子ね」

「アリシアは私の友達……。アリシアを御存知なのですか?」


 オットーとウルスラの台詞を聞き、ファユミが尋ねる。


「いや……直接は知らない。私、余計なこと言っちゃったかなあ?」

「発言は気を付けた方がいいな」


 ウルスラが苦笑いを浮かべ、オットーが爽やかな笑顔でフォローする。


「でも精霊さんという言葉には興味があるぞ。俺達に資格があるという、そんな台詞もな」

「精霊さんは……心の純粋な者……痛みを知る者……に、見えます。あるいは……話せます。加護……受けられます」


 オットーの疑問に、ファユミが答える。


「加護って……」

「絵本の中で男が溶けてたあれじゃない?」

「自動報復システム?」


 生徒達絵本の中で溶けていた男を思い出し、不安げな顔で囁き合う。


「あんたも精霊さんゆかりの人ってことでいいんだよな? 俺達、この町に来たばかりで、この町のことをほとんど何も知らないが、精霊さんのことだけは、ちょっとだが知っている。よければ教えてくれないか?」

「構いません……よ。貴方達と同胞です……し」


 オットーの頼みを聞き、ファユミはそんな台詞と共に了承した。


「あの柱は何? それとも塔?」


 ウルスラが近くに見える、オレンジ色の高い塔を指す。ひどく禍々しいオーラを放っているので、先程から気になっていた。


「あれは……中心の……鎮魂の碑。塔だけではなく、石碑も……幾つもあります」


 ファユミが答える。


「鎮魂の碑? 事故か戦争でもあったの?」


 オットーが尋ねる。


「あれは封印……あの封印が解かれれば……。でも……大地主ケロンの土地……ですから、中には入れません」

「ガリリネー、皆がいたぞー」

「あ、本当だ。あっさり見つけたね」


 ファユミが喋っていると、はぐれた生徒とガリリネの声が響いた。


***


 人形を持った老婆インガは立ち去った。


 アリシアがシャクラの街をガイドしてくれると言うので、チャバック達はアリシアと共に移動していた。ガリリネが戻ってきてもわかるように、何人かは元の場所に残っている。

 どんどん先に行くアリシアに、チャバックはついていけなかった。


「ちょっとアリシア、歩くの早いよう。オイラは足が悪くて歩くの苦手だから、もっとゆっくり歩いてえ」


 たまらずに呼び止めるチャバック。


「あ、ごめんなさーい。気が回らなかったよ。本当ごめーん。ごめんなさいの歌を歌うねー。ごーめんなさいっさいっさいっ♪ すーまんこすーまんこすっまっんこっ♪」


 アリシアが立ち止まって振り返り、音程のおかしな歌を歌いだす。


「アリシアは歌が本当に好きなんだねえ」


 歌っている時のアリシアが心底楽しそうで、きらきらと輝いているように、チャバックには見えた。


「うん。大好き。歌が私の全てでーす。ジヘ君は何が好きー?」

「え、えっと……オイラは……」


 その質問に、チャバックは戸惑い、考えこんでしまう。


(今は魔術の勉強頑張っているけど、そんなに好きなのかなあ? アリシアは凄く歌が好きみたいだけど、物凄く自分が大好きで大事ってもの、オイラには無いような……)


 自分に好きなものが無い。好きだとはっはきり言えるものが無いといいう自分と、好きだというものを確固として持っているアリシアとを比べ、チャバックは気後れしてしまう。


「ジヘ君が困ったちゃんな顔になってるー。困った質問しちゃったのかな?」

「友達や仲間といる時間が好きかな……。あと、魔術の勉強している時」


 これが正しい答えなのかはわからないが、取り敢えず正直に答えておくチャバック。


「そっかー。それもいいものだよねえ。私もインガさんやファユミさんや精霊さんのこと大好きだしー」

(精霊さんの物語……なんだよね? これ)


 精霊さんとやらがこの物語の鍵であろうことは、チャバックにもわかる。そして絵本を見た限りでも、これまでのやりとりでも、アリシアが精霊に深く関わっている事も。しかしそれ以外は何もわからない。


「精霊さんて何者なの?」


 ストレートに疑問をぶつけるチャバック。


「精霊さんは精霊さんだよ。色んなものに宿るの。さっきの男の子は、この町そのものを護る精霊さん。この町のことを何でも知ってるのよー。例えばあの看板」


 アリシアが古ぼけた家屋にかけられている板を指した。

 チャバックはその板があまりに汚くて、看板だとはわからなかった、汚いだけではなく、半ば壊れている。


「最初はピカピカだったんだって。ここに店を建てた一家が、これから商売していくために、希望いっぱいのキラキラした顔で、キラキラの看板を屋根の上にかけたんだって。それを精霊さんは見ていたんだよ」

「キラキラだったんだ……」

「その家族がどうなったかも精霊さんは見ていたんだ。最初は商売も軌道に乗っていたけど、災害やら景気の変動やら流行り病やら、あれこれ色んなことが原因で、経営が苦しくなっていって、そのうち店主のお父さんは首を吊って、長男はグレてひったくりになって捕まっちゃって……」

「いや……そんな不幸な話しなくていいよう。聞きたくないよう」

「すまんこっこー」


 家族が破滅していく様を解説しだすアリシアに、チャバックは引き気味になる。


「二つ名前があるんだよね? ジヘとチャバック。面白い」


 アリシアの突然の発言に、チャバックは驚いた。


「君、人の心覗けるの? ううう……オイラの心覗かれたくないよう」

「私にはそんな力無いよ。精霊さんが教えてくれたの。精霊さんは色んなことをお見通し~♪ 精霊さんは誤魔化せなーい♪」


 歌うアリシアの後ろに、精霊さんと呼ばれる少年が浮かびあがる。


 精霊さんを見てチャバックは息を飲んだが、精霊さんは小さく微笑むと、口を開いた。


「さっき君が他の友達と喋っていた時、チャバックって呼ばれていたからだ。心が覗けるわけだからじゃない」


 精霊さんがはっきりと声を出して告げると、その姿を消した。


 チャバックは安堵した。心が覗ける存在など、かなり厄介であるし、おぞましくも感じる。知られたくないことがいっぱいだ。

 そしてそれをわざわざ伝えて安心させてくれた精霊さんは、そう悪い存在ではないのではないかとも思えた。


「チャバックが本当の呼び名ならチャバック君で呼ぶよ」

「いいよう。その方がオイラもいい」


 アリシアの言葉を受け、チャバックは微笑んで頷く。


「私の歌、下手糞だよね?」


 唐突な確認に、チャバックの笑みは消え、戸惑いの表情になる。実際下手だが、それを本人に問われて、正直に頷くのは躊躇われた。


「皆に言われる。いいの。私もわかってるの。下手な歌だけじゃなくて、ちゃんと上手に歌える歌もあるんだけどさ」


 そんなチャバックの反応を見て、アリシアは清々しい笑顔で話し続ける。


「でもね、精霊さんは私の歌を聴いてくれるし、私の歌を好きだって言ってくれるし、応援してくれるんだ。だから私はそれで凄く幸せだし、胸を張って歌えるわ」


 アリシアがそこまで喋った所で、ガリリネ達が、はぐれていたウルスラ、オットー、他生徒三名を連れて戻ってきた。


「あ、チャバック達もいた。よかったよかったー」


 ウルスラが表情を輝かせる。


「ガリリネおかえりー。皆無事でよかったよう」


 チャバックも口元を綻ばせて安堵する。


「またこの糞餓鬼は! 人の店の前で音痴な歌、歌いやがって! うるっせーんだよッ!」


 聞き覚えのある怒号が響いた。


「え?」

「どういうこと?」

「あれはさっきの……」


 生徒達がざわめく。チャバックもガリリネも揃って目を丸くしている。


 それは先程アリシアを怒鳴り、チャバックを蹴ったあの男だった。先程は急に溶けて死んだ。しかもほぼ同じ台詞を口にしている。


 男の背後上空に精霊さんが現れる。

 精霊さんが男に重なった瞬間、男の半身が溶け出した。


「ギャアァァッ!」


 断末魔の絶叫は、そう長くは続かなかった。

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