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24-3 精霊さんがやってくれる

 時刻は数時間前に遡る


「頭の中に映し出された絵本と同じ街並みだ」

「チャバックのその服、絵本に出てきた子供と同じ?」

「本当だ。ジヘと同じだよ」


 人喰い絵本に吸い込まれた魔術学院の生徒達が、戸惑いと不安を滲ませた表情で、口々に喋っている。


「ジヘは……この世界のオイラ。同じ魂を持つ子。だからここに吸い込まれたのはきっとオイラで、皆はその巻き添え……オイラのせいだよ……」


 チャバックが申し訳無さそうに言う。生徒達の視線がチャバックに集中する。


「チャバックのせいじゃないだろ」


 ガリリネが真っ先に擁護した。


「チャバックだって被害者だし、そんな風に考えちゃ駄目よ」

「そうだそうだ。チャバックが悪いなんて考える、そんな人でなしはいない」

「おいどんはチャバックどんを全力擁護するでごわすっ」


 生徒達もガリリネに倣うようにして、チャバックに温かい言葉を投げかける。


「ここが人喰い絵本の中か……。そして入った時に頭の中に流れたあの絵本は何なんだ?」


 生徒の一人が周囲を見回し、呟く。彼等は繁華街にいた。


「人喰い絵本に吸い込まれると、その絵本の内容を断片的に見せられるんだ。でもあれだけじゃ何が何だかわからないね」


 と、ガリリネ。


「モンガーがいない。一緒に吸い込まれたのに」

「ヨタローもだ。俺と相撲としていたら、抱き合ったまま二人まとめて吸い込まれたのに離れ離れ」


 生徒の二人が発言する。


「ウルスラとオットーもいないよ。分断されちゃったね」


 ガリリネがその場にいる生徒全員を見渡して言った。


「救えない世界~♪ 壊れていく私~♪ 救えない誰も~♪ 滅びゆく世界~♪ でも大丈夫、精霊さんがいるから~♪」


 調子はずれの歌声が響き、チャバック達ははっとして、一斉に歌声のする方を見た。


 十代前半と思われる、そこら中破れたりほつれたりしているぼろぼろの服を着た

少女が、道の真ん中に女の子座りして、嬉しそうな笑顔で歌っている。


「絵本の女の子アリシアだね」


 ガリリネが言い、チャバックを見る。他の生徒たちもチャバックに注目する。


「君がジヘの役だというなら、この後、あの子は男に蹴られて、それを君が庇いに行くことになるのかな」

「ううう……オイラがあの子を助ける?」


 ガリリネとアリシアを交互に見やりつつ、チャバックは不安げな顔になる。


「まーたこの糞餓鬼が人の店の前で音痴な歌歌いやがって! っせーんだよッ!」


 アリシアの歌が怒号によってかき消される。


 男がアリシアを蹴り飛ばそうとした所に、チャバックが割って入る。


「げふっ!」


 アリシアに代わってチャバックが蹴り飛ばされる。


「何だ? このブサイクな餓鬼は……」


 いきなり割って入って代わりに蹴り飛ばされたチャバックを見て、男が不審がる。


「あれもさっき絵本で見た人だ……」

「そうだな。あの繰り返しか?」


 生徒達が男を見て言う。


「この糞餓鬼! お前も邪魔だっ!」


 倒れたチャバックをさらに蹴り飛ばす男。


(この展開、絵本と微妙に違うよ。何度も蹴っていなかったろ)


 ガリリネが黒い輪で攻撃して、男を追い払おうと構えたが――


「手出しはしなくていいよ。そんなことして、貴方達が手を汚さなくてもいいから。大丈夫。私は精霊さんに護ってもらっているからね」


 アリシアが屈託の無い笑みを広げ、ガリリネの動きを制した。


「ふん、こんなイカレた餓鬼にも取り巻きがいるのか。どうせ似たような足りない餓鬼なんだろうぜ」


 男は捨て台詞を残して立ち去った。


「痛たたた……あれれ? 絵本の内容とちょっと違う展開になっちゃったよう」


 チャバックが身を起こしながら不思議がる。


「まあいいんじゃない。むしろ同じにしたら駄目らしいし」

「オイラ、余計に蹴られたのに、いいことはないよう」


 ガリリネの言葉を聞いて、息を吐くチャバック。


「でも庇ってくれてありがとう。きっと精霊さんも褒めてくれるよー」


 アリシアが明るい笑顔で礼を述べる。


「その精霊さんていうのは何なのー?」


 チャバックが尋ねた。


「精霊さんは精霊さ~ん♪ 土地にも物にも動物にも自然にも何でも宿る~♪ ここは救えない世界~♪ ここは滅びていく世界~♪ 救われない私~♪ 救われない誰も~♪ でも精霊さんがいるからだいじょぶだ~♪」


 陽気に不穏な歌詞を歌う少女。絵本の歌詞とは微妙に違うと、何名かは気付いた。

「完全に絵本と一致するわけじゃないのか」

「経過が違ったからズレが生じているのかも」


 生徒達が囁く。


「私はアリシア。シャクラの町の歌姫。精霊さんに歌を聴かせ続けているの。貴方達は?」


 アリシアが一同を見渡して尋ねる。


「オイラはチャバック……じゃなくてジヘって言えばいいのかな? このボンクラの町に働きに来てる」

「シャクラの町でしょ」


 色々間違えているチャバックに、生徒の一人が呆れて訂正した。


「僕はガリリネ」

「あたしは……」

「おいどんは――」

「朕は……」

「麻呂は――」

「あっしは――」


 自称歌姫の少女アリシアに、生徒達がそれぞれ自己紹介していく。


「そこにいるのがシャクラの精霊さんよ」


 アリシアが絵本と同じく、宙を指す。


「どこに?」

「精霊さん……見える?」

「見えなーい」


 戸惑う生徒達。


「見える……」


 ガリリネがぽつりと呟いた。絵本と同じく、十代後半の少年が浮かんでいる。


(こっちをじっと見ている。あまり歓迎はしていなさそうに見えるな)


 空に浮かぶ少年の表情は、強張っているように見えた。そしてはっきりとガリリネ達に、警戒の眼差しを向けている。


「チャバックには見えるの?」

「うん……空に……いる」


 生徒の一人が問うと、チャバックは頷いた。


「おいどんにも見えるでごわす」

「私も見える。手広げてる。人の姿して浮かんでいる。目が据わっててちょっと怖い」


 生徒の中にも、見える者と見えない者がいた。


「あ、消えた……」


 精霊さんと称された少年は、その姿をぱっと消した。


「見える人は同胞だあ♪ 精霊さんに選ばれた同族だあ♪」


 歌いながらはしゃぐアリシア。


「同胞? 同族?」

「今の男の個が見えたのは、四人? 五人?」

「見える人と見えない人の違いは何?」


 生徒達が喋り合う。


「優しい貴方には精霊さんの加護を~♪ さっきの人は精霊さんにお任せ~♪」

「その台詞……ていうか歌、少し引っかかるけど、精霊さんとやらが今の男に天罰でも下すっとこと?」


 アリシアの歌を聴いて、ガリリネが尋ねた。


「そうかもね。精霊さんは悪いことを見過ごさないもん。シャクラの町に住んでいるいい子を護ってくれるんだよ。そして私はいつも歌を歌っているいい子でーす。精霊さんとも仲良しさんでーす」


 少女が元気よく片手を上げて主張する。


「きゃーっ!」

「おい! 人が死んでる!」

「何だァ!? この死体ぃ!?」


 少し離れた所で悲鳴とどよめきがあがる。通行人達が立ち止まり、野次馬が人垣を作っている


 一同が見に行くと、先程の男が、体の右半分が溶けた状態で死んでいた。


「ううっ……さっきの人だよう……」

「んー……絵本と同じになったね」


 チャバックとガリリネが、男の亡骸を見て呻く。


「精霊さんにお任せってこういうこと? アリシアをいじめたからって理由で、精霊さんがこの男を殺したのかな?」


 少し遅れてやってきたアリシアに、ガリリネが伺う。


「その通りでーす。この人はいつも私を馬鹿だとか、歌が下手だとか、うるさいとか言って、蹴ったり殴ったりしていたから、精霊さんにお仕置きされたのっ」


 ガリリネがアリシアに問いかけると、アリシアは心底嬉しそうな笑顔で声を弾ませて答えた。


「笑いながらこんなこと言ってるし、この子もどうかしてる……」

「しっ、聞こえるぞっ」


 生徒達が囁き合う。


「あ、人形のお婆ちゃんも来たよー。おーい」


 アリシアが道の先を見て歓声をあげ、手を振る。


「人形のお婆ちゃん?」

「うん、インガさんていう人」


 チャバックが尋ねると、アリシアはこちらに向かって歩いてくる老婆を指した。


「は~い、アリシアちゃん、おはようさんね~」


 小柄な老婆が甲高い声で挨拶をする。人形を両手にそれぞれ抱いて、背中にも人形をいっぱい背負った、非常に小さな老婆だった。自身も人形のようなメルヘンファッション衣装で身を包み、満面に笑みを広げている。


(人形いっぱい持って……昔の僕みたいだ)


 インガが抱く人形を見て、ガリリネの胸が疼く。


(奇形ってレベルで小さいな。そして顔が笑みの形で固定されているかのようだ。アリシアもずっと笑顔だけど)


 インガの方を見て、ガリリネは思う。


「インガさん、この人達も精霊さんが見えるのよ。あ、見えない人もいるけど」

「あらあら、お友達が増えたってことでいいのよね~? インガちゃんの名前は、インガちゃんていうの。皆さんよろしくね~」


 アリシアがチャバック達を紹介すると、インガは嬉しそうな笑顔で挨拶する。


「あらあら、精霊さん達も新しい友達が出来て喜んでいるようね~」

「達?」


 インガの発言を聞いて、ガリリネや先程精霊が見えた生徒達が、周囲を見回すが、何も見えない。


「せっかく新しいお友達がいっぱいだから~、インガちゃんがお人形劇をしてあげるわね~」


 インガがその場に座り、人形を丁寧に並べ始める。


(このお婆ちゃんの人形の持ち方を見ただけでも、大事にしていることがわかる)


 ガリリネがインガの人形の扱い方を見て思う。


「やっほーい、インガさんのお人形劇が見れる~。じゃあ、私がお人形劇にあわせてお歌を歌いまあす」


 アリシアが歌いだす。


「さあ、今日は子作りをしましょうね~」

「子作り小包ずっこんばっこーん♪」


 人形を裸にしておままごとを始めるインガ。人形二つを子作りの形で重ねる。生徒達はドン引きしているが、しかしアリシアはノリノリで歌う。


(あまり大事にしてなかった……。気のせいだった)


 インガに対する認識を改めるガリリネ。


「ほらほら、皆も見てる~? 御人形さんのお芝居。あらあら、精霊さん達が沢山やってきて見物してるわね~」


 インガが空を見上げて嬉しそうに笑う。


「今度は見えた」

「見える」

「でもうすぼんやりと……」


 先程少年が見えた者達限定で、空を飛ぶ無数の靄の塊のようなものが見えた。


「ここにいやがったか、この糞婆!」


 突然、ガラの悪そうな男が怒鳴り声をあげながら、インガに詰め寄る。


「私はお婆ちゃんじゃないよ~。まだ八歳の女の子だよ~」


 笑顔のまま主張するインガ。


「それは無理があるかと……」

「本人はそう思い込んでいるんだ」

「ていうか、このお婆さんボケてる?」


 生徒達が苦笑気味に囁き合う。


「やかましいっ。この婆といい、そっちの音痴乞食娘といい、最近頭のおかしい奴が町に増え過ぎだっ」

「え~? インガちゃんが頭おかしい? 失礼しちゃいますね~……ふふふ……でも皆そう言うのよね~」


 男ががなりたてるが、インガは少しも臆した様子を見せず、にこにこと笑ったままだ。


「えー? 私はそんなこと言わないよ」


 アリシアが主張する。


「精霊さんもインガちゃんのことをそんな風に言わないし、インガちゃんは精霊さんとアリシアちゃんを信じるわ~ん」


 と、インガ。


「うるせえ! そんなことどうでもいい! お前の家の不気味な人形を片付けろよ! 庭にも門の前にも塀の上にも不気味な人形だらけで、街の美観を損ねているんだ!」

「インガちゃんの敷地内だからね~。何をしようとインガちゃんの自由だも~ん」

「このイカレババア! いい歳こいて人形遊びなんてしてキモいったらありゃしねーっ。おかげにそのフリルたっぷりの服装。もうグロ画像レベルだっ。反吐が出るっ」

「……」


 インガの顔が少し強張った。チャバックもガリリネも、その瞬間を確かに見た。人形をけなしたことか、服装をけなしたことか、あるいはその両方かで、スイッチが入ったかのように感じられた。


「私はそんなこと思わなーい♪ 精霊さんもそんなこと思わなーい♪」


 アリシアが歌うと、インガが精霊と呼んだ靄の塊が、一斉に男の上空に集まって、烈しく旋回しでした。


「どけどけーっ! 暴れ馬だぞーっ!」

「え? ぶぼっ!」


 叫び声がしたかと思うと、一頭の馬が凄まじい勢いで駆けてきて、男を踏み潰した。


 首の骨を折られた男が、横向きに倒れてひくひくと痙攣している。


「また死んだ……」

「精霊に殺されている?」

「この人達に害を成す者は、精霊に殺される仕組みなのか……」


 生徒達がざわめく。


「これからどうする?」


 誰とはなしに生徒の一人が伺う。


「分断されちゃってるし、ウルスラとオットーを探したい所だけど、ここにいる歌姫アリシアと人形のお婆ちゃんは、人喰い絵本のキーパーソンだと思う。ウルスラ達を探す班と、アリシア達と同行する班で分かれよう」


 ガリリネが方針を決めた。


「さらに分散していいの?」


 生徒の一人が尋ねる。


「向こうはピンチかもしれないよ? 人喰い絵本の中って危ないものだと聞くし。僕は探す側に残る。魔術を使えるチャバックはアリシアの所にいて。いざとなったら戦って」

「わ、わかったあ。オイラ自信無いけど、いざとなったら戦うね」


 ガリリネに指示され、チャバックは臆しかけたが、勇気を奮い起こし、気合いを込めて宣言した。


「そこにいるアリシアとインガには気を付けて。敵意を向ければ、精霊に襲われるようだし」


 インガとアリシアに聞こえないよう、声を潜めて生徒達に注意を促すガリリネ。


「敵意を向けなければ平気なのかな?」

「わからないけど気を付けて」


 生徒の一人が尋ねると、ガリリネは大雑把に注意を促した。


「不安でおじゃる……」

「何が起こるかわからないよね」

「帰りたいよー」


 生徒達が不安な顔を見合わせる傍らで、アリシアは嬉しそうに歌い、インガは裸にした人形でままごとを楽しんでいた。

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