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3-2 そこに意思の存在を疑う

 普段のスィーニーは気さくで、誰に対してもくだけた態度で接する。

 露出度の高い服で、若くして発育のいい肉感的な肢体を惜しげもなく晒した格好なので、言い寄る男は多いが、スィーニーはそれらを巧みに避けていた。色恋沙汰にはあまり関わりたくない。母親が奔放だったので、その反動で潔癖になってしまった。

 スィーニーは人種的には南国人であるが、南方の生まれではない。旅先では誰にも話していないが、西方大陸ア・ドウモの生まれだ。


 数年前。ある人物を前にして、スィーニーは膝をついて頭を垂れ、心底畏怖の念を覚えていた。スィーニーがこの世で唯一、その人物に対してだけは畏まった態度となる。


「貴女に授けるのは、世界の秩序と平和を護る大任です」


 全く人としての温かみを感じない冷たく硬質な声で、その人物はスィーニーに告げる。


 正直この時、一瞬ではあるがスィーニーは疑問を抱いた。この偉大な人物はあまりにも冷たい。こんな冷たい人間が、人の上に立っていいものなのか。こんな人間味の無い者の言葉を、真に受けていいものなのかと。

 しかし疑念を抱くだけでも背信行為に等しいと、スィーニーはすぐに考えを改める。


「貴女の使命は、世界を巡り、世界の情勢を細かに観察して、報告する事です。それに加えてもう一つの使命は――」


 その先の内容を聞き、スィーニーは息を飲んだ。


「わかりました。管理者メープルC」


 恭しい口調で承知するスィーニー。


 この時スィーニーは、もう一つの使命など、自分が関わる事は無いだろうと思っていた。

 だが彼女は偶然にも見つけてしまった。メープルCが口にした、もう一つの使命に携わる事になってしまった。


***


 ミヤ、ユーリ、アベル他二名の騎士の計五名で、人喰い絵本の中へと入る。今回騎士団長のゴートは依頼をしに来ただけで、同行はしない。

 昨日、魔術師一名と騎士四名による先発隊が、この絵本世界の中に入ったが、当日中に戻ってこなかったため、救出部隊の派遣が成される事になった。ミヤが人喰い絵本の依頼を受ける際は、ほぼこの救出部隊となる。対処が難しい人喰い絵本と判断された時だけだ。


 アベルは前回ユーリが人喰い絵本から救出した、黒騎士団のただ一人の生き残りだ。今回はユーリとミヤの護衛役という立場で、任務に同行する事となった。


 空間の歪みを抜けた五人は、平野に出る。


「絵本の物語の内容に、おかしい部分は無かった。しかし話のテンポが微妙におかしい気がするよ。嬲り神の干渉がなされた絵本の可能性も捨てきれない。嬲り神がこの絵本の中にいるかもしれない。気を抜くんじゃないよ」


 ミヤが渋い声で警告した。


(セント、この絵本世界に来られない? 嬲り神がいるかもしれないんだ)


 ユーリが心の中で話しかける。するとユーリの頭の中に、全身宝石で覆われた白い大百足が姿を現す。


(ごめん、すぐには無理よ。私がいる世界とはだいぶ離れているし)


 ユーリの頭の中に現れた宝石百足が、女性の声で申し訳なさそうに答える。


(わかった。無理言ってごめんね)

(こちらこそごめんね)


 互いに謝罪あった後、ユーリの頭の中から宝石百足の姿が消えた。


「私達の誰も変化しないようだね」


 ミヤが騎士達を見やる。つまりこれは、先発隊か被害者のどちらかが、まだ生きている。あるいは両方生きている。どちらかが物語の登場人物になっている。もしどちらも全滅していたら、人喰い絵本の法則により、ミヤ達の中の誰かの服装が変化し、物語の登場人物の役割を担わされることになった事だろう。


「物語が途切れたポイントである、ジヘの父親が怪しい仕事をしていた鉱山に行ってみますか」

「それがいいね。一番気になるポイントだ」


 ユーリが提案し、ミヤは頷いた。


「先に入った連中も、同じことをしているかもしれないしね。じゃあ行くよ」

「はいっ!」

「了解です!」


 ミヤが告げると、騎士達が気合いの入った声で返事をした。


***


 スィーニーとチャバックは廃鉱に辿り着くまで少々苦労した。絵本世界が意外と広かったからだ。途中、二晩を街で明かした。

 時間がかかったのは、チャバックの歩く速度が遅かったせいもある。チャバックが途中何度も謝ったが、スィーニーは笑顔で「気にしない」と同じ台詞を繰り返した。


 二日目の街で、目的の廃鉱の場所が判明する。町の裏山だ。


「ふかふかのお布団ギもヂよかったー」


 宿屋を出た所で、御機嫌のチャバックが大きく伸びをする。鼻から長く垂れた鼻水が、陽光を反射して煌めく。


「宿の中の小物までしっかり再現されていて、本当の世界みたいだったわー」


 スィーニーが言う。世界の全てがリアリティに溢れていて、現実世界と全く区別がつかない。


(しかし……世界そのものが創造されているなんて、どういう力、どういう現象なわけ? これも魔王が残した災厄だっつー話なら、魔王が創ったものってことになるん? 魔王って一体どれだけ凄い力があったって話よ)


 そんな疑問がスィーニーの頭に浮かぶ。


「廃鉱の場所もわかったし、今から行ってみましょ」

「おーっ。れっつごーハイコーっ」


 スィーニーが促すと、チャバックは元気よく応じた。


(救出部隊の魔術師や騎士達が来るまで、余計なことをしない方がいいのかもしれないけど、それじゃダメなのよね。私としては危険を冒してでも、出来るだけ調査をしておきたい。せっかく絵本世界の中に入れたんだから。これはまたとないチャンスでもあるんよ)


 歩きながらスィーニーは思索する。


(ただ……私の都合で、チャバックを付き合わせて、危険に晒しちゃうのがね……いや、でも連れて行った方がいざという時に守れるか)


 後ろめたさを感じる一方で、チャバックを置いていくわけにもいかない。すでにチャバックはこの人喰い絵本にとって、最重要人物の役目を担わされている。チャバック一人を置いていく方が危険であると感じる。


 やがて廃鉱へと到着する二人。その廃鉱の入口で死体を見つける。死体は五つ。うち一人はローブ姿で、四人は黒い甲冑で武装している。


「この人達……死んでるのー? コワーイ」

「これ……ア・ハイの黒騎士と魔術師じゃん。きっと私達を助けにきた人達よ。そして私達より先に廃鉱に着いて……殺された」


 戦闘者五人を屠るなど、何者の仕業か伺いしれないが、相当な脅威であると、スィーニーは判断する。


「チャバック、ここは危険よ」


 やはりチャバックを付き合わせる事は出来ないと、スィーニーは考えを改めた。


「で、でも……ジヘの役をやるオイラがいないと、物語を進められないんじゃない?」


 チャバックも、ここを脱出するためには自分が必要である事を理解しているので、すでに危険は承知のうえで覚悟を決めていた。


「そうなんだけど、こんな風になりたいん? 私はこう見えて腕に覚えがあるからいいけど、チャバックは戦えないじゃんよ」

「ああうう……でも、このままじゃ出られないよう? 二人で頑張って脱出しようよ。オイラ、危なくなったら一目散に逃げるよ」

(この子、周囲に知恵遅れ扱いされているけど、わりと頭回るのよね。それに……臆病であると同時に、勇気もある)


 スィーニーは思う。チャバックは頭が悪いのではなく、自分達と違う世界が見えているだけ――自分達と感じ取り方が異なるだけなのではないかと。


「わかった。行こ」


 スィーニーの方が折れて、二人で廃鉱の中へと入る事となった。


 廃鉱に入ってすぐに、魔物と遭遇した。腐りかけた巨大な黒犬。ゾンビ犬だ。


「ま、魔物っ、本物の魔物っ、初めて見たあ」

「本物なのかしらね?」


 スィーニーは疑っている。人喰い絵本の中の世界は、誰かが作った疑似世界なのではないかと。そういう説を唱えた者を、スィーニーは知っている。


『ア・ハイ群島や東方諸国での発生率が多い人喰い絵本ですが、私はあれの中に入ったことがあります。何というかあれは、世界そのものが、何者かの意思の元に創られたように感じられました。絵本と呼ばれる点においても、その世界構造や存在性を考えても、そう考えるのが自然と思えませんか?』

(確かに私もそう感じます。メープルC)


 スィーニーが仕える人物の、絵本の作者の存在を意識するという考えに、頭の中で同意する。


「ど、どうするのぉ? スィーニーおねーちゃん……」

「はいはい、怖くないから、後ろに下がってて。そんな風にしがみつかれたら戦えないでしょ。そして鼻水を私の脚につけないで」


 震えるチャバックの頭を優しく撫でながら、注意もするスィーニー。


 スィーニーが腰に差した二振りの獲物を抜く。大きく湾曲した短剣で、刃は内側にある。ハルパーという武器だ。


 ゾンビ犬が左右にフェイントをかけながら、スィーニーとチャバックのいる方へと向かってくる。ゾンビと思えない、巨体に見合わない俊敏さだ。


「私のサファイアの瞳は――」


 スィーニーが腰を落とす。


「飛び交う羽虫十匹の動きも見逃さない」


 うそぶくなり、スィーニーは弾けるように動いた。


 ゾンビ犬の顔の前に、突然スィーニーが現れた。少なくともゾンビ犬からはそう見えたであろう。ゾンビ犬は驚いたかのように、首をのけぞらせる。


 スィーニーの両腕が交差して大きく開く。 ゾンビ犬の頭部がスライスされる。


 魔物をあっさりとやっつけたスィーニーに、チャバックはぽかんと口を開いていたが、やがてその表情が喜悦満面に変わった。


「うわー、スィーニーおねーちゃん本当につよーい。かっこいいー。かわいいー」

「おだてすぎだっつーの」


 無邪気に歓声を送るチャバックに、少し照れるスィーニー。


「でも本当に戦ってるとこ、可愛くてかっこよかったよー」

「そう? ありがとさままま」


 なおも褒めるチャバックのでこぼこの頭を撫で、スィーニーはにっこりと微笑んだ。


 二人は鉱山の中を伸びるトロッコの線路沿いに、奥へと進んでいく。


「これ、一昨日見たトロッコ? オイラ、トロッコ乗ってみたーい。トロッコ無いかなー?」

「あっても乗らないよっ。走っているうちにひっくり返ったら怖いっての」


 はしゃぐチャパックに、スィーニーは釘を刺す。


 その後、二度ほど魔物に遭遇したが、スィーニーが速攻で片付けた。


 やがて二人は、物語が途切れていた場所に辿り着いた。ジヘの父親が運び込み、積み上げた荷物がある場所だ。


「中を見てみましょう。見る前に物語は途切れていた」

「何があるのか、わくわくー」


 スィーニーが促すと、チャバックは両拳を顎の下につけ、積み荷を見て目をきらきらと輝かせる。


 積み荷の蓋を開けていく。出てきたものを見て、二人は微妙な表情に変わる。


「槍だ。剣もある。こっちは弓」

「甲冑もあるわ。戦争でもおっぱじめるつもり?」


 積み荷の中にあったのはただの武具だった。しかしその量が異様に多い。そして大量の武具がどうしてこのような場所に運び込まれているのか、意味不明だ。


「見てしまいましたねえ」

「ジヘ……どうしてここに……」


 ジヘの父と、父と取引していた怪しい男が現れ、スィーニーとチャバックに声をかける。


「この武器や防具は何なん? 何でこんな場所に運び込んでるの?」

「これらは他国へと輸出が禁じられている、御禁制の武具の数々ですよ」


 スィーニーが問うと、怪しい男は笑みを張り付かせたまま答えた。


「見られたからには、生かして返すわけにはいきません」

「うっわ~……こてこてのお約束展開。ま、絵本だからしゃーないか」


 怪しい男の台詞を聞いて、半笑いになるスィーニー。


「待ってくれ! ジヘだけは助けてくれっ!」

「貴方にも責任をとって頂きましょうか」


 怪しい男が槍を手に取り、ジヘの父親に向かって突き出す。


 だが、そういう展開になると予想していたスィーニーが間に割って入り、槍の一撃をハルパーで絡めて逸らした。


「おや、少しは腕が立つようですね」


 怪しい男が大きく後退して、スィーニーの方を向いて槍を構え直す。


「こいつをやっつければ、物語は終わらせられるかしら?」

「きっと終わらせるられるー。スィーニーおねーちゃん、頑張れー」


 疑問を口にするスィーニーに、チャバックがお気楽な台詞を口にしたその時――


「終わらなーい♪ 終わらせなーい♪ 物語を不幸のまま終らせなーい♪」


 突然、廃鉱内に歌声が響いた。


「よくぞ~ここまで来た~♪ 人喰い絵本の中を旅してきた勇者達よ~♪」


 ふざけた歌に反応しているのは、スィーニーとチャバックだけだった。怪しい男とジヘ父は、完全に動きが停止している。


 スィーニー達がやってきた方向から、ボロを纏った、腰の曲がった男が、身を引きずるようにして歩いてきた。

 背中にはゴミとしか思えないような物を、大量に担いでいる。さらには体のあちこちから伸びた紐の先にも、ゴミのようなものが巻き付けられていて。それらを引きずりながら歩いている。


「ところで勇者って何だぁ~? 悪い奴をやっつける強い人か~? 皆の憧れの人か~? 強くて悪い奴を斃してほしい願いの夢か~? 自分が格好良くなりたいだけのアホが見る夢か~?」


 ゴミを抱えたボロの男が、嘲笑混じりに問いかける。薄暗い廃鉱の中でも、その顔は汚れて真っ黒なのがわかる。肌の色が黒いのではなく、こびりついた汚れだ。


「そんな簡単に終わらせられたらつまらねーだろ~。でもこの絵本の筋書きは、そんな簡単に終わらせる物語。タルメ、ジヘ、ジヘパパ、誰も救われない話。でもお前達は絵本に選ばれた。物語を変える力がある。資格があるんだ」


 男が汚れた手を伸ばして、全員を指していく。腕は痩せ細っている。


「誰なのー?」


 チャバックが男を見て、脅えたような声をあげた。


(こいつは――こいつが……?)


 スィーニーはその汚らしい男と初見であったが、その風貌に関しては、話に聞いていた。


(嬲り神……?)

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