22-6 そのにゃんこ、死刑よりも残酷な罰を与える
(チコちゃん……ボクチンをかばってるの? 皆はボクチンを悪者だと見ているのに、ボクチンは悪役にされているのに、そんなボクチンをかばうなんて……)
身を張って自分をかばうチコを見て、鬼は愕然とした。
「駄目だよ……チコちゃん。ボクチンを今かばったら、チコちゃんも悪者扱いされて、皆にいじめられる……。殺される……」
鬼が震える声で訴えると、チコ以外の子供達も鬼の前へと走り、チコに倣って鬼をかばいに入る。
さらに村人達の何人かも鬼をかばいだした。
「頼む~。鬼さんを殺さないでくれ~。鬼さんは足の悪い儂をいつも支えてくれたんじゃ~」
「悪いことをしたかもしれんが、オイラは鬼さんを信じたいっ」
「鬼さんに情状酌量をおねげーしますだーっ」
「もうおしまいだ~。うわ~ん」
ミヤに向かって村人達が懇願する。
(もしかしたら……ボクチンが殺した子達も、生きていたら、こうやってボクチンをかばっていたの……? 大事な友達だから? その大事な友達をボクチンは殺して、目を背けて……)
疑念が浮かび、自分がこれまで犯した罪と、初めて向かい合う鬼。
『お前は自分しか見てないし、見えないんだね。全くもって救いが無いよ』
ミヤの先程の台詞が、鬼の脳裏に蘇る。その瞬間、鬼は深い悔恨の念に包まれた。
「ううう……」
鬼が嗚咽しだす。
「そうか! 閃いた!」
突然祈祷師が大声をあげた。何人かがびくっとして、祈祷師の方に視線を向ける。
「前回、鬼の心を改心させきれていなかったのであれば、今回もう一度トライして、完全に改心させればよいではないか! うおおおおおおっ! 流石吾輩! 冴えてるーっ!」
「今頃気付くとか……」
ユーリが呆れて肩を落とす。
「こいつは相当アホだよ。マイナス2ね」
ノアが断ずる。
「何だそのマイナスは! そういうわけで吾輩は鬼を救う! 邪魔をするでないぞ!」
居丈高に言い放つ祈祷師。
「ユーリ、ノア、少し様子を見るとするよ。ほれ、好きなようにしな」
ミヤが投げ槍に言った。
「おお、わかってくれたのか。猫なのに物分かりがいいな。よしよし、褒美にあとで味噌をやろうっ」
「いらん」
祈祷師の申し出で即座に突っぱねるミヤ。
(しかし……物語の設定上であるが故なのか? それとも鬼などの特殊な魔物限定か? 心そのものを変える術とは、実に驚異的だね。そしておぞましいもんだよ)
祈祷師を見ながら、ミヤは思った。
うなだれている鬼に向かって、祈祷師が術を用いる。鬼の全身がたちまち味噌で覆われていく。
「はあああああああああっ!」
祈祷師が気合いの雄叫びをあげると、鬼を覆った味噌に亀裂が走り、亀裂から光が溢れ出た。
やがて味噌が弾け飛び、眩いばかりの光が放たれ、その場にいた多くの者が目を閉じる。
そこには呆然自失の鬼がいた。
鬼は周囲を見渡す。村人達を見る。
村人達の視線に、鬼は怯える。懐疑的な目で見る者もいれば、嫌悪や怒りの視線をぶつける者もいた。
(全部……ボクチンがやってきたことだ。そのためにボクチンは恨まれる。蔑まれる。でも……ボクチンは鬼として、悪として生まれちゃったから……。そうなるのも必然だった……)
両手で顔を覆う鬼。
「ボクチン……何のために生まれたんだよ……」
嘆く鬼の台詞を聞いて、ノアは胸の痛みを覚えた。
(昔の俺みたいだ。いつも自分にそんな問いかけをしていた。何度もそう思って絶望していた。凄く惨めな台詞。とても惨めな気分)
そう思う一方で、ノアは鬼に共感は出来ない。
(今は違うけどね。自分は何のために生まれてきたか。今の俺はその答えを知っている。俺は世界をぶっ壊してやるために生まれてきたんだ)
そう意識することでノアは、自分の望みと、そう望む自分自身に酔っていた。
(ダァグ・アァアアが、そういう設定で命を作った。だからそうなった。悲劇のストーリーを作るため、そういう命と魂の役どころを与えられたんだ。酷い話だ)
一方でユーリは、この人喰い絵本の話を作ったダァグ・アァアアを意識していた。
(自分がこの鬼の立場だと思うと、ぞっとする。しかも僕はそれがダァグ・アァアアの仕業だと知っている。自分の不幸な生い立ち、自分の悲劇的な運命全てが、誰かの創作物だなんて意識すると……)
そこまで考えて、ムカムカしてきたユーリは、考えるのをやめた。意識しても腹が立つだけだ。
「これでいいの?」
結末がこんな形でよいのかという意味で、ノアがミヤに尋ねる。
「祈祷師を信じるならな。ま、色んな意味で、あの祈祷師はいまいち信じられんがの」
「確かに……」
ミヤの言葉に頷くユーリ。
「このまま鬼は、この村で生きていくのですか? 極めて残酷な処罰と思えますな」
ゴートが問う。
「そうさね。改心して、その後も罪の意識を背負い、村人の冷たい視線を堪えながら、村で生きていくんだ。ま、罪を犯したら、相応の罰を受けなければならないんだよ。罪の分だけ、罰の苦さと重さを味わってね……」
ひどく物悲しそうな口調でミヤが話す。
(婆、何か変だ。婆も昔悪いことして、その罪悪感を背負っているのかな?)
そんなミヤを見て、ノアが疑う。
(ダァグ・アァアアも相応の罰を受けてほしいよ。あいつはどれだけの罪を犯している?)
ユーリは再びダァグ・アァアアを意識してしまう。
「ありがとうございます。これで……解決したと見ていいでしょう」
「依頼した者です。本当にありがとうございました。おかげでもう村は鬼によって人が殺されることもないでしょう。多分」
依頼者達が出てきて礼を述べる。
「解決したのは吾輩である!」
「いや、この人達が来なければ、祈祷師さんだって鬼が改心しきれていなかったと、気付いていなかっただろ」
威張る祈祷師に、村人の一人が突っ込んだ。
「祈祷師も鬼も、両方イレギュラーのようだけど、貴方は他の世界も渡り歩いているのよね?」
宝石百足が現れて、祈祷師に質問した。村人達には宝石百足が見えていないが、祈祷師には見えている。
「うむ。吾輩は味噌の力で、無数の世界を渡り歩く事が出来る。ここと似た奇妙な断片的世界群をな。おそらくはこの世界も、断片的世界の一つなのだろう。違うか? そしてこの者達はさらに別の次元から来た。断片的世界とは異なる世界からだ。吾輩はそれらの世界にも行くことが出来るぞ」
祈祷師が答え、同時に確認する。宝石百足は答えなかったが、否定はしなかった。
「断片的って、絵本の物語の部分だけの世界で、後も先も無いのですか?」
「人喰い絵本の研究者達の間では、そのような説があるな」
アベルが疑問を口にし、ゴートが顎髭を撫でながら言った。
「儂もそう思っていた時期があったが、それは間違いだよ。解釈の仕方が違うとも言えるが。確かに創造主によって、絵本として描かれた時点では、断片的だろうさ。しかし作られた世界に、過去と未来が無いはずがない。作られた時点で過去があった事になり、そして未来に紡がれていく。絵本に描かれていない土地も人も存在する。儂はそう見るよ」
ミヤが私見を述べる。
「何だか変な話ではあるけど、何となくわかる。短編小説を読んで、読者は小説の世界の過去も未来も詳しくは知らないし、作者も書いていない。でも登場人物達の世界にそれらは確かに存在する。そういうことだよね?」
「その解釈が近いね」
ノアの見方を聞いて、ミヤが頷く。
「あ、師匠、これを」
ユーリが青い液体が入った小さな瓶をミヤの前に置く。ナイトエリクサーだ。
「宝石百足に見つけてきてもらいました」
「ありがとうよ。ユーリ、そして宝石百足。しかし今ここで飲むのはやめておくよ。今は坩堝から力を引き出したおかげで、調子がいいからね。悪くなった時に飲むさ」
ナイトエリクサーを受け取ったミヤが、複雑な表情で言った。
(確実性は見込めないけどね。いや、多分無理だろうさ)
ミヤはナイトエリクサーに期待はしていなかった。多少は寿命を伸ばせるかもしれないが、大した効果は無いだろうと。
(儂の命を確実にもたせることができるのは、あれしかない。聖果カタミコ。しかしあれを手に入れるなど有り得ん)
可能性はある。希望はある。だがミヤはそれを打ち消し、無いものとする。
「ていうか、人喰い絵本の中からいつまで経っても出られないんだけど」
「出られない方がいいのである。あたくし、まだイレギュラーを手に入れてないのでして」
ノアが言うと、サユリが自分本位な言葉を口にする。
「物語に干渉する余地がまだあるのかもしれないわ。あるいは、見るべきものがあるのかもしれない」
と、宝石百足。
「きとーしー」
サユリが祈祷師に声をかけた。
「何だね。吾輩の偽者よ」
「みそ魔術学びたいのでして。教えて欲しいのだ」
「ふっ……よかろう! 魔術ではなく妖術だがな! 吾輩の味噌妖術の偉大さを理解するとは感心な娘であるぞ!」
サユリの要求を、祈祷師は上機嫌で快く受け入れた。
「まず脱げ!」
「ぶひ……?」
祈祷師の端的かつ力強い言葉を受け、サユリは呆気に取られる。
「脱げ! 全裸になれいっ! まずは全身あますことなく味噌で塗り固めて、味噌と慣れ親しむことからスタートだ! 味噌は友達! 怖くはない!」
「サユリさんは人前で裸になるような恥じらいの無い女ではないのだっ。豚の前ならともかくっ」
祈祷師の熱のこもった言葉を受け、サユリは憮然として拒む。
「豚の前ならいいんだ……」
「先輩、そこは触れなくていいと思う。サユリなんだし」
ユーリが苦笑し、ノアが言った。
「ぬう……ならば。味噌を渡しておくから、一人で塗るがいい。そして、これが味噌妖術の秘伝書である」
「ありがとさままま」
祈祷師が味噌の壺と巻物をサユリに渡す。
「そんなにあっさりと人に渡しちゃうんだ」
「別に吾輩のものとだけする必要はないな。むしろ世に広まってほし……」
ノアが意外そうに言い、祈祷師がお乗りの方針を口にしている最中に、周囲の景色が一変した。
***
こうして妖怪退治のプロ二人によって、鬼は討伐されましたが――
「吾輩は納得できーん! せっかく吾輩が改心させて連れてきた鬼に疑念をかけ、証拠も無しに一方的に殺してしまうなど、許せん! 味噌の力でゾンビにして、また村のために働かせるよう! 味噌の力には不可能は無い!」
祈祷師は憤慨して決意し、鬼の死体を味噌漬けにして、味噌ネクロマンシーを行使し、鬼を味噌漬けゾンビとして復活させてしまったのです。
味噌漬けゾンビとなった鬼は全く理性が無く、手当たり次第に村人達に襲いかかり、食い殺していきました。
「な、何たることだ……。こんなことになるとは思わなかった……。否! 断じて吾輩は何も悪くない! 村人達が鬼退治なんて依頼しなければこんな事態は引き起こさなかったのだ! つまりこれは因果応報也。吾輩は何も悪くないぞ!」
祈祷師はそう喚きたてると、村から大慌てで逃げて行きました。
***
絵本世界から出る際に、干渉する前の絵本の結末を見せられる。それは大抵がバッドエンドだ。
「今のが、悲劇のままで終わっていた場合の……本来の物語ですか……」
騎士が呆れ顔で呻く。
「あの祈祷師が全部悪いよね。しかもあれって、嬲り神や宝石百足みたいに、人喰い絵本の世界を自由に歩けるのなら、あちこちで厄介事引き起こしていそう」
「あの祈祷師にしてこの鬼ありと言ったところか……」
ノアとゴートが言った。
「そういう話を書いているのも、全てダァグ・アァアアだと思うんだ。このふざけた悲劇を作ったのはダァグ・アァアアだ」
「先輩、それ意識しすぎじゃない? あまり考えない方がいいことだよ」
ユーリが苛立ちを込めて吐き捨てると、ノアがユーリの肩に手を置いてなだめる。
「お味噌げっとして」
サユリが味噌の入った瓶を抱え、嬉しそうににこにこ微笑んでいる。
「もしかしてサユリ殿が味噌を手に入れたから物語が終わって、こちらに戻ってこられたのですか?」
「うーむ……タイミング的に考えるとそう思えるな」
「それが望まれしハッピーエンド? つまり一番得したのはサユリ? 何だかなあ……」
アベル、ゴート、ノアが微妙な表情で言う。
「ところでミヤ殿、言いにくいのですが、これはどうしても伺いたい。あれは本当に正しい行いなのでしょうか?」
「あれ?」
ゴートの質問がノアにはわからなかった。ユーリとアベルと他騎士一名にはわかった。質問されているミヤにも。
「お前の言いたいことはわかるよ。真実を明かすことは残酷だ。知らないままでいれば、きっと平和だったろうね。村人達は傷つくことなく、暮らしていけただろうよ」
ミヤが静かな口調で述べる。
「では何故村人全員の前で、真相を明かしたのですか? 非難する気はありません。ミヤ殿の考えをお聞きしたいのです」
「死者の無念はどうなるんだい? 殺された死者は、家族から忘れ去られたままでいいのかい? 鬼に殺された者の家族は、殺された家族を忘れたままであることを、果たして望むかね?」
ゴートの問いに対し、ミヤが問い返した。ゴートは口をつぐむ。
「まあ、考えは人によりけりだ。真実など知る必要は無く、甘い夢に浸らせておいた方がよいと考える者もいるかもしれん。お前達の中にもいるかもしれん。でも儂の考えは違うんだよ。否定するもいい。非難するもよし。しかし儂は儂が正しいと思ったことをする」
「わかりました。ミヤ殿のお考えを聞けて何よりです。無礼な質問をして申し訳ない」
ゴートが深々と頭を下げる。
(神様、いずれはあの鬼が許されて、心穏やかに暮らせますように)
両手を合わせてそう祈ってから、ユーリはふと疑問を抱く。
(って、祈るのはいけないことなのかな? 罪人は苦しみ続けなくちゃ駄目なの? 罪人だろうと、本人が十分に苦しんで、ちゃんと悔い改めたなら、いつかは助かっていいと思うんだけど……)
と、ユーリは思う。
「ユーリ、ノア、お前達はどう感じているね? 儂の弟子であることが嫌になったかい?」
「師匠は何も間違ったことしてない。あれで正解」
ミヤが問いかけると、ノアが力強く即答した。
「正直、怖かったですし、少し引きました。でも……例えば僕が村人の立場で、鬼にノアか師匠を殺されたうえに、記憶を消されていたとします。そして真実を知らないまま、忘れたままの方がいいなんて、絶対に思えません。どんなに残酷だろうと、師匠のした行いは正しいと思います」
ユーリは寂しげに微笑みながら穏やかな口調で告げると、ミヤの頭に手を伸ばし、額を指先で撫でる。
「何だいそれは? 儂を慰めてくれているつもりかい?」
「ええ、そうですよ」
ミヤがおどけた口調で問うと、ユーリはしれっと答えた。
「ふん、生意気な弟子め。ポイントプラス3くれてやる」
「え~? いいなあ。先輩。じゃあ俺も撫でる」
ノアが不満外な声をあげ、ユーリの横でかかんでミヤに手を伸ばしたが、ミヤが軽い念動力猫パンチでノアの手を弾いた。
「お前は下手糞だからいらん。まずどっかの野良猫相手に、猫愛撫スキルを上げてきな。話はそれからだ」
「ひどいよ師匠。本っ当ひどい。差別だ」
頬を膨らませるノア。
「ただ、僕が師匠と同じことを出来るかどうかは、正直疑問ですね。ゴートさんの言う通り、残酷である事もまた確かですから。僕にそれを実行できるかどうか……」
「それでいい。儂はゴートの考えが間違っているとも思わんし、儂こそが絶対正しいと言い切ることもせん。お前に儂と同じことをしろとも言わん。あくまで儂が正しいと思うことをしたまでさね」
正直に自分の気持ちを述べるユーリに、ミヤは優しい声音で告げた。
もう二十二章はおしまいだ~。うわ~ん




