21-4 西の国から
二日目、ミヤ達三名は観光地を巡って楽しんでいた。
「観光地よりアトラクションが良かったな」
「マイナス1。文句言うんじゃないよ。儂が金払って連れてきてるんだ。何をするかは儂が決めるんだ」
ぼやくノアに、ミヤがぴしゃりと告げる。
「ううう……せめて旅行の時はマイナスつけて欲しくなかった」
「それなら発言を慎しむんだね。いや、お前の場合は考え方からして矯正が必要だよ」
悲しげな表情になって肩を落とすノアだが、ミヤは容赦しない。
「雪、凄く降ってきた」
「今日は荒れると天気予報士が言ってたね」
空を見上げるノアとユーリ。
「昔から気になっていたけど、天気予報ってどうやってやるの? 俺、魔法でもそんなこと出来ないよ?」
ノアが疑問を口にする。
「魔術と学術と技術の組み合わせというかね、各地方の当日の気候を計測して、風や雲の流れを読み……まあ、儂も詳細に知っているわけではないよ」
ミヤが解説する。
「つまり天気予報の面においては、魔法よりも魔術が優れているってこと?」
「そうとも言える。天気を予報する魔法を究め、天気予報に関して特化した魔法使いなんてものが現れれば、話は別になるけどね。これは天気予報に限った話じゃないよ。魔法は魔力を用いてイメージを現出する御業だが、そのイメージを現出するためには、それなりに修行を要するだろう?」
「納得」
ミヤの話にノアが頷いたその時だった。
「大変だーっ! 魔物が出たぞーっ!」
誰かが叫び、観光地を歩いていた者達も店員も、一斉に固まった。
「観光客の皆さまーっ! リゾートを楽しんでいる皆さまーっ! 魔物が出現しましたーっ! すぐに建物の中へ避難をーっ!」
役人が叫びながら移動する。客達が一斉に近くの店の中へと避難する。
「観光地に魔物が出るなんて珍しい」
ユーリが呟く。
「山が近くにあるから。獣と同じ。魔物にとって一番いい環境なのは、人がいる場所に近くて、人から身を隠せる場所」
と、ノア。
「ノアの言う通りだね。しかし魔物だって馬鹿じゃない。人が多すぎる場所に出たら、逆にやられちまう事くらいわかってる。それでもなお人前に出てくるってことは、食い物が無くて、餓えのあまりに仕方なく山から降りてきたってことじゃないかねえ。そういうケース、過去何度か聞いたことがあるよ」
「つまり手負いも同然だから、油断できない相手ですね」
ミヤの話を聞いて、ユーリが言った。
三人の頭上を、ペガサスに乗った白騎士団が飛んでいく。
「白騎士団、結構数多いですね」
ユーリが白騎士団を見て言う。
「観光地だから、多めに滞在しているんだろうさ。いや……でもそれにしてもあの数は多いね」
不審がるミヤ。
「ここ最近、ここいらの魔物の出没頻度が上がっていてね。ま、観光客には内緒にしているんだけどね。それも時間の限界だ。ブン屋が嗅ぎつけてきたら他所にもバレちまって、観光客の足も鈍くなっちまうな」
近くにいた土産店の店員が言った。
さらに深緑マント集団も、白騎士団が飛んでいった方向に駆けていく。
「例のシューキョーの連中も向かっている」
ノアが言う。
「あいつらね……。ここ最近、ここで幅利かせていやがる連中だ。不気味なんだが、魔物退治も積極的に参加して観光地と人々を守り、犠牲も出して頑張っているから、文句も言いづらい」
「ふん。そうやって巧みに地方ごと乗っ取っていくやり方だね。昔から何度も見たパターンさ」
店員が渋い顔で言うと、ミヤが鼻を鳴らした。
「でも師匠、ここア・ハイは教会の力が強くて、他の宗教は根付きづらいのではないですか?」
ユーリが尋ねる。ア・ハイでは、ただ教会と呼ばれている一神教宗教の勢力がとても強く、他の宗教が台頭してくるとすぐに弾圧を始めることで有名だ。
「うむ。ユーリの言う通りとも言えるが、違うとも言える。教会の力が強いが故に、怪しい新興宗教は、ソッスカーのような都市部では伸びにくい。その反面、教会の力が強いことが反発となって、こうした地方では流行りやすい。ま、そのうち教会に目をつけられて潰されそうではあるけどね」
「それより俺達も野次馬しに行ってみようよ」
ミヤが話していると、ノアがじれったそうに促した。
(野次馬だけでなく、魔物と遊ぶつもり満々だ)
ノアを見てユーリを思う。
三人が移動すると、真っ白い飛竜が空中で激しく暴れている。ペガサスは中々近づけずにいる。少しでも側に寄ると、尾を振り回し、猛然と反撃する。
「白い飛竜とか雪国風味。初めて見る」
ノアが言う。
「よりによって飛竜か。しかも大きい……?」
以前二度ほどワイバーンを見たことがあるユーリだが、今暴れている真っ白なワイバーンは、それらより二回り以上のサイズがある。寒冷地の動物は大きくなる法則なのだろうかと、ユーリは思う。
「白騎士団は飛べるからいいけど、宗教団体は微妙? あ、そうでもないか」
ノアが喋っている間に、盲神教の信者達は矢や魔術で攻撃しだした。
「白騎士団のペガサスは小回りが利くが、速度とパワーはワイバーンの方が上だし、白騎士団は迂闊に近寄れんよ」
ミヤが言った。
白騎士団と盲神教が協力しあっているが、常より巨大なワイバーンの暴れっぷりに手を焼いていて、埒が明かないように見えた。
「ま、死人が出ていなくてよかったね。ほいっとな」
ミヤが念動力猫パンチを放つ。
ワイバーンが垂直落下して雪の上に叩き落とされた。雪の上に巨大な肉球マークがつき、ワイバーンはほぼ二次元となっていた。
「無惨。ワイバーンが潰れたカエルになった」
一発であっさりと仕留められたワイバーンを見て、ノアがおかしそうに言った。
「昨日ぶりですね。そしてまた助けて頂き、感謝の念に堪えません。しかと何というすさまじい魔法でしょうか……」
盲神教の青年団長ミッチェルがやってきて、ミヤに向かって頭を下げた。
「ふん。やはり縁で惹かれあっているのかね」
皮肉っぽく言うミヤの側に、一頭のペガサスが降り、乗っていた白騎士も地面に降りね。
「大魔法使いミヤ様、御助力感謝いたします。しかし彼等は教会に反し、このア・ハイの地で宗教活動を行っている集団ですぞ。関わり合いにならない方がよろしいかと」
「そうだろうね。儂もそう思っているよ」
白騎士の台詞を聞いて、ミヤはミッチェルを見上げて意地悪い口調で言ってのける。
「手厳しいですね」
ミッチェルはミヤを見下ろし、苦笑していた。
***
そして夜、ミヤとノアとユーリは宿で卓球をして遊んでいた。
ミヤは口にラケットを咥え、台の上を駆けまわって、玉を弾いている。
先程からノアとミヤが連戦しているが、ノアは全く勝てない。ストレートで負け続けている。
「師匠、本当に魔法使ってない? 猫と思えない動きなんだけど」
肩で息をしながら疑うノア。
「はんっ、魔力が働いているかいないか、見てわからないのかい?」
「師匠なら隠すことは造作も無いはず」
全く勝ち目が無い勝負であるが、ノアは引き下がろうとしない。ユーリはそろそろ交替して欲しいと思いつつも、ノアがやりたがっているので、本人が引き下がるまで待つつもりでいた。
と、そこにあの盲神教の集団が現れる。青年団長のミッチェルもいる。
その中に、豪奢な刺繍が縫われた衣服を着た、髭面の背の低い老人の姿があった。昼間には無かった顔だ。
「あ、ドワーフだ」
老人を見てノアが思わず声をあげる。
(珍しいな。こんな田舎に亜人族。いや、妖精族と言わないと差別的表現だったかな?)
ユーリも興味津々にそのドワーフを見た。衣装のデザインが他の信者達よりずっと豪奢である点から見て、彼が教祖であることは明白だ。
ドワーフ、エルフ、ホットビ、フェアリー、ピクシーといった亜人、もしくは妖精と呼ばれる者達は三百年前、魔物達と共にこの世界に現れたが、人類に攻撃的な魔物達とは異なり、友好的な存在だった。彼等がどこからやってきたのかは、彼等にもよくわからないらしい。気が付いたら別の世界を跨いで、集団でこちらに飛ばされたというのだ。
彼等の多くは、彼等だけの集落に暮らしているが、中には人の町に入る者もいる。しかしア・ハイ群島には、彼等の村や集落は一つも無い。ア・ハイに古来より町や村を築いて集団で住み着いているのは、人間だけだ。故に彼等の存在は一際珍しいものである。そして――
(つまりア・ハイにいるエルフやドワーフは、全て他所から来た者。それなのにア・ハイに根付いて、しかも教祖様なんかしてるのか……)
ユーリはドワーフを見て思う。ドワーフと言えば職人か戦士、あるいは僧侶のイメージであるが故、教祖であってもおかしくないとも言えるが、ユーリは違和感を覚えていた。
「ふむ。卓球をする猫とは……これが大魔法使いミヤ殿であるか」
ドワーフがしげしげとミヤを見る。
「我は盲神様の教えを解いている、ゴア・プルルと申す。生ける伝説とまで呼ばれている大魔法使いと出会えて、光栄だ。そして、信者が二度も世話になったこと、深く感謝致す」
盲神教の教祖ゴア・プルルが、厳かな口調で話しかける。
「ミヤだ。はじめましてと言っておくよ。何故か初めて会う気がしないけどね。で、用件は? 礼を述べに来ただけではないんだろう?」
キャットフェイスに不敵な笑みを浮かべて問うミヤ。
「我等と共に盲神様を崇めて頂ければ、それが最良であろうが、それは流石に望めないだろう。しかし……前置きとして、我々の教義だけでもまず聞いては頂けぬか?」
「構わないよ」
「この世界には、他者に害を成す者が溢れている。それらの者は己の過剰な利益を求めるがあまり、善意を盾にして、その実悪意たっぷりに、大事なものを奪わんとしてくる者達である」
「ま、世界はそういう奴が出てくるように設計されているからね」
真顔で語るゴア・プルルに、ミヤはニヒルに微笑む。
「うむ。彼奴等は奸智に長け、善良な民を巧みに騙し、陥れてきよる。然れど我々はそれに抗う事も出来るはず。弱き者達も、愚かな者達も、生きる権利があろう。盲神様の元に団結して、悪意に満ちた簒奪者達に抗う。それが我々盲神教だ」
「善意を盾にして、実際には悪意たっぷりに、騙して金巻き上げる奴等って、例えば地方のカルト宗教とかのこと?」
ノアが皮肉たっぷりに口を挟む。
「ノア、おかしな口出しをするんじゃないよ。こいつらはおそらく、もっとろくでもない悪党共さ」
ノアを制し、ミヤはゴアを見ながら不敵に笑った。
「ゴア、お前は西方大陸の者だろう?」
「見抜いたか。いや――それはつまりミヤ殿も……」
「ああ、昔いたことがある。ブラッシーからも話は聞いていたが、あの地は相変わらず変わっていないようだ。そんな教義を振りかざしている時点で、ア・ドウモに対する反発があったとしか思えないよ」
盲神教に強い縁を感じていたミヤであったが、教祖を見て氷解した。かつて自分もいた西の国繋がりだと。しかしそれは単純に、西の土地出身どうこうの問題だけではない。
(本人は隠しきれているつもりなんたろうが、スィーニーもね、西方大陸の生まれだろう)
隠している理由も大体察しがついているミヤであった。
「ミヤ殿はどう思われておる?」
「お前と同じことを感じていたさ。だからこそ儂は、お前の宗教に縁を感じていたのかもしれないね。出身地だけでは感じることもない」
縁を感じるのは宗教だけに対してではない。ゴア・プルルに対し、より強い縁を感じている。初対面なのに全く初対面な気がしない。ひどく懐かしい気持ちになっている。
「つまり我々は同胞であると――」
「残念だがね、お前達に与する気は無いよ。例え感じている部分が同じだろうとね。はっきり言うが――ユーリとノアのいる前でしたい話でもないが――西と関わるのは真っ平御免なんだよ。儂にとって思い出したくも無い、忌々しい記憶と因縁がある場所なのさ」
静かな口調で拒絶するミヤ。
(確かに師匠、昔から西方大陸の話は嫌がっていたな。魔王の話や、破壊神の足の話よりかはマシだったけど)
ミヤを見て、ユーリは思う。
「然様か。残念だ。しかしミヤ殿と会えた事は収穫としよう。我はミヤ殿の事が気に入ったぞ」
ゴア・プルルは信者達を連れてあっさりと退散した。
(また会うことにはなるだろうさ。強い縁を感じるからね。しかしこいつ……何者なんだい? 儂が知る誰かの転生かい? 初めて会った気がしない。昔からよく知っている奴のような気がしてならない)
ゴア・プルルの背を見送りながら、ミヤは思索していた。
***
翌日、ミヤ達が自宅に帰宅すると、家の前で黒騎士団団長ゴートとアベルと黒騎士達とばったりと出会った。
「おお、ミヤ殿、お帰りなさい。御留守でしたので、丁度引き上げようとしていた所です」
ゴートがにこやかに笑いながら声をかける。
「待ってたんじゃない?」
「ふん、帰る早々人喰い絵本の依頼かい」
ノアが悪戯っぽく微笑みながら指摘し、ミヤは気怠そうに鼻を鳴らした。
二十一章はここまでです




