20-9 罪に目を凝らす必要は無いってこと
ミヤの家にアルレンティスが訪れ、ユーリ、ノア、ミヤと、オットーのその後について話す。
オットーは投獄を免れた。裁判も行われていない。その魔術の特異な才能は、世の中に多大な貢献をもたらすとして、魔術学院院長のロドリゲスと同様に、監視付きかつ、魔術師以外の自由な生き方を許さないという条件を課せられたうえで、魔術学院に通う事になった。
「ミカゼカが手を回して、オットーの犯罪は公表されなかったのが、功を奏した形だね」
アルレンティスが知られざる事情を話す。
「ある意味ロドリゲスよりはやりやすかった形だね。当たり前だけど、あれは批難轟々だったし」
「オットーさんは責められずに済んだわけだ」
ミヤとユーリが言った。
「やっぱり理解できない。納得いかない。釈然としない。オットーさんは無罪でよかったじゃないか。殺されたのは、殺されて当然の屑ばかりだったんだし」
「お前もしつこい子だねえ」
不服を口にするノアに、呆れるミヤ。
「そもそも九人も殺して、この程度の処罰で済むのが異常なことだよ。師匠とアルレンティスさんとロドリゲスさんが三人がかりで、オットーさんの才能を見込んで擁護して、ああいう形にこじつけたけど、それでも常識的に考えれば有り得ない話だよ」
「俺はそれ以上殺してるけど無罪放免。俺すごい」
ユーリが説くと、ノアは得意満面になって胸を張る。
「あのね、ノア……。罰を与えることも、救いになるんだ。罪の清算という意味合いもあるんだよ」
アルレンティスが穏やかな口調で諭す。
「そういう考えもあるんですね……」
「俺には理解できないな。俺はそういう奴等を殺しても罪悪感抱かないし、殺したことで気分爽快なだけだよ。俺は悪だからね」
ユーリは目から鱗といった感じで、アルレンティスの考えに感銘を受けていたが、ノアは聞き入れる事が出来ず、傲然と言い放つ。
「マイナス1。何だって儂は、悪なんかを弟子にしてるって話になるだろ。いつまでも馬鹿なこと言ってると破門で勘当だよ」
「えー……また師匠のマイナス食らったよ……。ひどいよ師匠」
ミヤが憮然として言い放ち、ノアは辟易とした。
「ミカゼカがまた出た際に、オットーさんを狙わないかっていう心配もあるけど。その辺はどうなんです?」
ユーリがアルレンティスに伺う。
「それは大丈夫だと僕が保障する。ミカゼカはそこまで粘着質じゃない。負けを認めたし、潔く手を引くよ」
小さく微笑み、アルレンティスが断言した。
「改めて、ユーリとノアには迷惑かけちゃったね。ミヤ様にもお手を煩わせた。ありがとう。そしてごめんなさい」
「いえいえ」
「悪いのはミカゼカ。別人格の責任をアルレンティスさんには問わない」
「ふん、本当迷惑な奴だよ」
謝罪するアルレンティスに、ユーリは微笑み、ノアは馬替で言い切り、ミヤは鼻を鳴らしていた。
「それとさ、君達が強くなったことが、僕達皆嬉しいかな。ミカゼカを退けたのは凄いことだよ。修行を施した僕達にしてみれば、誇らしく感じるな。よく頑張ったよ」
「いえいえ、そんな」
「先輩の策が良かった。多分その割合が大きい」
称賛するアルレンティスに、ユーリは謙遜して、ノアは事実と思ったことを口にする。
「儂はお前等ならミカゼカを打ち負かせると思っていたよ。ミカゼカは余裕ぶって、初っ端から全力ではいかないと見ていたしね。それにいくらあいつでも、儂の弟子であるお前達を手にかけはしないだろうし」
ミヤも心なしか嬉しそうな口振りだった。
「しかし、だ。次にあいつとやりあう機会がある時は、覚悟しておきな」
「うん。今回はミカゼカも手を抜いていた。次はきっと手は抜かない」
続くミヤとアルレンティスの言葉を聞き、ユーリとノアはショックを受けた。
「あれで手抜いていたんですか……」
「勝利がぬか喜びになる情報だ」
自分達はやれることをやり尽くして、値千金の勝利を掴んでいたつもりでいたのに、相手は手を抜いたと聞いて、揃ってがっくりとうなだれるユーリとノア。
「ミヤ様、ちょっといい?」
アルレンティスが家の扉の方へ向かい、声をかける。
「ああ。お前達はついてくるんじゃないよ。聞かれたくない話だ」
ミヤに釘を刺され、ユーリとノアは訝しげに顔を見合わせる。
「こっそりミヤ様に報告ね。ユーリが宝石百足に変身することは知ってる?」
「ふん、儂も前に一度見たさ」
アルレンティスの報告を聞き、不敵に笑って鼻を鳴らすミヤ。
「ユーリと宝石百足には何らかの繋がりがあると儂は見ている。しかしそれは謎のままだ」
「ミヤ様も宝石百足のことを信じてないの?」
ミヤの言葉を聞いても、アルレンティスは意外だとは思わなかった。
「ああ、信じていないね。儂等の味方として振る舞い、何度も、何人も助けてくれたけど、それでも信じられないよ。あいつには何かある。それが何であるわからないけどね。何も無ければ、ユーリが宝石百足に化けたりするもんかい」
「うんうん。僕もミヤ様と同じこと思ってた」
「そうだ。ドタバタしていて、お前にはダァグ・アァアアのことを伝えていなかったね。人喰い絵本の謎が相当解けたよ。一応伝えておこうか」
「ダーグ・ア~あぁあー?」
それからミヤはアルレンティスに、前回の人喰い絵本の経緯を全てアルレンティスに伝える。
「へえ……人喰い絵本の描き手がお出ましとはね。これは驚いた。凄い展開で、僕も久しぶりに興奮しちゃう話だった。大きく動く前兆と見ていいか。久しぶりにやる気出てきた。久しぶりに本腰入れて、人喰い絵本の攻略に励んでみようかな」
いつもローテンション気味なアルレンティスであるが、その話を聞いて久しぶりに高揚感が湧く。
「ふん、珍しく昂っているじゃないか」
そんなアルレンティスを見て微笑むミヤ。
「嬲り神がどうして勇者ロジオに執着しているか、その理由はわからないまま?」
話題を変えて尋ねるアルレンティス。
「図書館亀が推測するには、ロジオの魂の横軸と嬲り亀の縁のある者じゃないかって話だよ」
「嬲り亀?」
黒いボディースーツに身を包んで鞭を振るう亀を想像し、アルレンティスは微笑んだ。
「言い間違えたよ……。ま、今度会ったら聞いておくさ。それより宝石百足の話に戻すが、ダァグ・アァアアのエピソードで、彼奴のことも語られていた。理性と道徳と調和と秩序を司るが故に、世界を跨ぐ干渉を行い、絵本世界を救うために犠牲を出す方針に反しているとね。その点に関しては、嘘は無いんじゃないかね。しかしそれだけとも限らない。お前はどう見る?」
「黒騎士団は宝石百足様々と崇めているけど、僕も宝石百足にはずっと疑問があったよ。どういう意図があって人喰い絵本の被害者を救出しているのか、わからなかった。何となくだけど、ただの博愛精神では無くて、他にも意図がありそうな気がしていた。今回のユーリの変身を見た限り、要警戒だよね」
宝石百足への不信や疑念は、それまでは漠然としたものだった。しかしユーリが宝石百足に変身する時点で、彼女に対する不信と疑念は、二人共かなり強くなっている。味方の振りをしているが、実は災いをもたらすものではないかという、疑念と不信だ。
「もし宝石百足がユーリを騙して利用しているのなら、あまつさえ、ユーリに害を成す者であったなら、儂は絶対にあ奴を滅ぼしてやるよ」
静かに言い放つミヤを見て、アルレンティスは喜びを感じる。ミヤのダークな部分に、アルレンティスは惹かれていた時期もある。今のミヤを見て、それが一瞬思い出されていた。
***
魔術学院関係者で、オットーの素性を知る者は、本人と、ウルスラ、チャバック、ガリリネの三人と、そして学院長のロドリゲスだけだ。
オットーは自身の処遇が未だに信じられない。投獄され、その後死刑にされると思って絶望していたにも関わらず、今またこうして魔術学院に通っている。
先日、役人のお偉いさんや院長のロドリゲス等を前にして、オットーはこれからの処遇について言い渡された。魔術師としての高い才を買われ、特別扱いとされると。ただし、自由な生き方は許されない。魔術師として社会貢献することが条件として、当分は魔術学院と学寮内を行き来するだけの生活を義務付けられる。
「しばらくしたら、ソッスカー内を行き来できるんだよね?」
「ああ、監視付きだけどな」
ガリリネが伺い、オットーが頷いた。
「お前達は……俺のこと軽蔑しないのか?」
「しないよう」
オットーが恐る恐る問うと、チャバックが即答した。
「でも俺は……」
「オットーさんの昔のことなんて知らなーい。オイラ、知らなかったことにするもんねー」
にこにこ笑いながらチャバックが言う。
「私も、ここに来てからのオットーさんしか知らない。昔のこと言われても、私には関係無いよ」
ウルスラが力強い口調で言った。
「僕も過去に罪を犯している。直接ではなく、悪事の片棒を担いだわけだけどね。知られたくない過去だ。だからオットーさんに過去何があろうと、今のオットーさんを判断はしないかな」
恥ずかしげに、躊躇いがちに言うガリリネ。
「正直言うとな、俺は自分のやったことに罪悪感はねーんだ。あいつらは……散々俺の心を切り刻んでくれた奴等だからな……。でもよ、俺がこんな呪われた存在だってことがお前達に知られて……どう思われるか、それが怖かった……」
「えー、オットーさん二十歳なのに、その半分の年齢の私が怖いんだー。おっかしー」
「こんにゃろー」
ウルスラにからかわれて、破顔するオットー。
「皆に助けてもらって、支えてもらって、申し訳ねーな……。もし……もしさ、俺が助けられることがあったら、助けるからよ……。そのためにも……頑張るぜ」
照れくさそうに言葉を詰まらせながら、オットーは決意と誓いを口にする。
「わあい、オットーさんの顔真っ赤だー」
「本当に赤いっ」
「見事な赤さだね。鏡見てみるといいよ」
「ぐっ……うるせーな……」
チャバック、ウルスラ、ガリリネに囃し立てられ、オットーは憮然として顔を背けた。
(つい先月まではよ、俺は社会の最底辺の存在だった。何やってもしくじって、満足にこなせなくて、誰からも罵られ、蔑まれ、嗤われ、誰も助けてくれなかったのによ。ずっと救われないドン底の人生で終わると思っていたのによう)
顔を向けた先――窓の外から青空を見上げ、オットーは思う。
(なのに今はどうだ? 大勢の人間に支えられて、俺、救われている。ここにいないユーリとノアも、その師匠も、院長のロドリゲスも、俺のために動いてくれたっていうしよ……。それに……)
自分の運命を変えた、あの水色の髪の少年を思い出す。
(ミカゼカもだ。あいつが俺に手を差し伸べたから、今の俺がここにいる。例えそれが、俺を弄ぶつもりだったにせよ、結果的に今、俺はここにいる)
そこまで考えた所で、オットーはまた別の人物のことをふと思い出す。
(姉ちゃん、今どこで何してるだろうなあ。幸せになっていてくれてほしいもんだ)
あの優しい姉がいたから、愛情を受けることを知っていたから、自分は悪に染まらなかった。そう意識して感謝しつつ、姉の幸福を祈るオットーであった。
***
非物質界。精神の世界。五人が円形になって向かい合う。
全員が水色の髪。全員が一つの魂。一つの肉体。しかし人格は異なる。
「まさかあいつらがミカゼカを抑えるとはねえ。やってくれたぜ。アルレンティスと同じく、教授した俺としても誇らしいわ」
ルーグが上機嫌に口を開く。
「ユーリとノアすごいのー」
ムルルンも嬉しそうに称賛する。
「どっちかっつーと、プランを考えたユーリの手柄じゃねーか?」
私見を述べるビリー。
「確かにな。ユーリがミカゼカの失言を聞き逃さず、俺達の性質を看破した事が、勝利に繋がった」
ビリーに同意するルーグ。
「ミヤ様が育てただけはあるのー。きっとミヤ様も鼻が高いのー」
天真爛漫な笑顔で喜ぶムルルン。
「で、君の言い分は?」
アルレンティスがいつも通り覇気の無い顔で、ミカゼカに伺う。他の三人の視線もミカゼカに向けられる。
「やれやれ、やられちゃったネ、だネ」
あっけらかんとした笑顔で、ミカゼカは言った。
「お前が痛い目見た事も、思い通りにならなかった事も、心底スッとしたぜ。ざまあみろだよ」
「そんな悪態をつくとネ、アルレンティスが悲しむヨ?」
小気味よさそうに言い放つビリーに、ミカゼカが言い返す。
ビリー、ルーグ、ムルルンが、反射的にアルレンティスを一瞥すると、本当にアルレンティスは憂い顔になっていた。
「ほらネ、アルレンティスが悲しそうな顔してル。そりゃそうだよネ。だって僕は、アルレンティスが理想とする存在なんだからサ。それをけなされていい気がするわけがないヨ。人格は異なるとはいえ、同じ魂、同じ肉体を持つ、同一人物なにの、言われなければそんなこともわからなかったノ?」
「そういやそうだったな……」
「同一人物でも記憶と感情を共有しているわけじゃないのー。だからそんな言い方も駄目なのー」
ミカゼカに言い返され、ビリーはばつが悪そうに頭を掻き、ムルルンはさらに反論する。
「ミカゼカ、君の次の企みは……」
「内緒だヨ」
不安げな顔のアルレンティスに対し、ミカゼカは口元に人差し指を立てて微笑む。ムルルンが今口にした通り、同じ魂、同じ心でありながら、人格で全ての記憶や考えを共有しているわけではない。秘密を創る事も出来る。
(アルレンティスも望んでいることじゃないノ? 彼女とは比較的仲良かったよネ?)
心の中で、誰にも聞こえない声で――自分の別人格にも届かない声で、語りかけるミカゼカ。
(肉体は無いようだけど、彼女の魂は常世に飛ばず、現世に留まっていル。つまり、器となる肉体を用意して、あの中から魂を取り出して移植すれば、マミを復活させることもできるネ)
二十章はこれで終わりですヨ




