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20-6 殺した奴がムカつく奴なら無罪でいいよね?

 オットー達を包囲する役人達の視線は、全てオットーに向けられている。


「オットーさん、これって……」

「聞いての通りだヨ。オットーは殺人犯なのサ。しかも九人も殺しているんだヨ」


 呆然とした顔になって尋ねるウルスラに、ミカゼカがくすくすと笑いながら答えた。


「ここで……来たか……」


 オットーはミカゼカを見て、歪んだ笑みを浮かべていた。欲望の使者アルレンティス。欲を叶えた相手が絶頂の時に、破滅の奈落へと突き落とす魔人。その逸話の通りだったと、静かに思う。今、自分がそうなっていると認める。


「ミカゼカはどうして……」

「承知のうえで、だろ?」


 ミカゼカに問いかけようとするガリリネの言葉を、ノアが遮った。ノアもどういうからくりか見抜いていた。役人を連れてきたのは、どう見てもミカゼカだ。ミカゼカが役人達にオットーの所在をバラしたのだろうと。

 そしてミカゼカがそういう存在であることも、ノアは承知済みであり、警戒していたつもりだった。しかしこのような形で背中を押して崖から突き落とすとまでは、予測していなかった。


(さて、どうするかな? オットーをこのまま役所に引き渡すのはつまらない。それも望ましい展開じゃない)


 ノアが思案しながら、オットーとミカゼカを交互に見やる。

 ミカゼカとノアの目が合った。ミカゼカは薄笑いを称えたままだ。ノアはそれを見てむかっとした。


(気に入らない)


 ミカゼカが仕組んだ事は明白だ。ノアはそのやり方に強い不快感と反発を覚えた。


「ここまでだな……」

「いや、何で。何で諦めるの。捕まる必要無いよ。逃げればいいし」


 オットーが発した言葉に、ノアは目を丸くして止めた。


「逃げても俺の罪は消えないし、ずっと逃げ続けるとか無理だろ……」


 心ここに非ずという顔のオットー。


「すまなかったな。俺が……こんな罪人で……。軽蔑しただろ……」


 ウルスラ、ガリリネ、ノアを見渡し、オットーは自嘲たっぷりに話す。


「俺の周囲の奴等、俺を甚振る糞ばかりだった。だから我慢できなくなって、殺っちまった……。ふふふ……でも、罪の償いはしないとな……。罰は受けないとな……」

(俺と似たようなものか。俺だって母さんを殺している。でも俺は捕まらないし、捕まるつもりもない。罪? 償い? 罰? 馬鹿馬鹿しいよ。オットー……すっかり絶望して、やけっぱちになっておかしなぜんまいを回して、馬鹿なことしてる)


 オットーの話を聞いて、ノアの中に親近感と憐憫が同時に湧く。


「オットーさん……」


 震えながら涙声で名を呼ぶウルスラに、オットーが視線を向ける。直後、役人達がオットーを拘束しにかかった。


「ごめんな、ウルスラ……。大花火大会、一緒に行ってやれなくて……」


 連行される間、オットーは振り返り、ウルスラの方を見て半泣き顔で謝罪した。


「嘘でしょ……」


 オットーの姿が小さくなってから、ウルスラはぺたんと膝をついて、涙を零しながら呟く。


(このままでは済まさない。君の思い通りにはさせない)


 役人達やオットーと共に歩くミカゼカの後姿を見送りながら、ノアは決意した。


***


 オットーが連行された後、ノア達はチャバックとユーリを呼び出し、経緯を説明した。


「そんな……オットーさんがそんな……」

「信じられないよう……」


 話を聞いて、呆然とするユーリとチャバック。


「こんなこと言うのは何だけど、見捨てるしかなくない? 殺人犯だよ?」

「見捨てるのは嫌だよう」

「見捨てちゃ駄目だよ。容易く見捨てると、一生抜けない棘になって心に刺さり続ける」


 ガリリネが言いづらそうに発言すると、チャバックが涙声で訴え、ユーリは硬質な声で否定した。


「容易く見捨てる……か。先輩、そういう経験あるの?」


 ノアが尋ねる。


「三年前ね、人喰い絵本の中で、僕と同い年くらいの魔術師と会った。年齢も近いし、向こうは若くして才能もある魔術師だから、十二歳くらいで人喰い絵本の救助活動もこなしていたんだけど……その時は難易度が高くて上手くいかなかったらしくてさ。そこに魔法使いの僕が救助にきたもんだから、プライドを刺激されて、僕の救助を拒んだ。その時の態度が悪くて、僕も頭に来てさ。見捨てちゃったんだ。そうしたら……死んじゃった」

「先輩、それを引きずっているわけか」

「うん、ずっと引きずっている。あれは僕が殺したんだと意識しているよ」


 曇り顔で述懐した後、ユーリは決然とした表情に変わって、ガリリネを見た。


「僕だけじゃないよ。ガリリネ、君は今ならあっさり見捨てられるかもしれないけどさ、いつか後悔する時が来るかもしれないよ?」

「うーん……でも現実的に考えてどうにもならない。どうしようもないよ。人を何人も殺して、自首して捕まったオットーさんをこれ以上どうしようっていうんだ」


 ガリリネが腕組みして、正論を述べる。


「まずオットーさんから事情を詳しく聞こう」


 ユーリが言った。


「聞かなくてももうわかっているよ。殺したくなるような嫌な奴にいじめられていた。それで我慢できなくなって殺した。それだけだ。俺はオットーさんの台詞を聞いて確信した。ようするに俺やチャバックやガリリネと同じだ」


 ノアが心なしか熱のこもった声音で断じた。


「殺された奴は、殺されても仕方ないことをしたから殺された。それだけの話。つまりオットーさんは無罪。法律がどう言おうと、俺の中では無罪だから無罪」

「うん、まあ……ノアらしいね……」


 さらに明確に力を込めて断言するノアに、ユーリは苦笑し、チャバックはぽかんと口を開き、ガリリネは溜息をついている。


「師匠やロドリゲスさんにもかけあおう。知恵と力を貸してくれるかもしれない」


 ユーリが提案した。


「そもそもロドリゲスなんてオットーさんよりずっと悪いことしてるのに、学院の院長やってるんだ。オットーさんも許していいよね」


 ノアが言った。


「それで罪を軽減するってこと?」

「現実的に考えて、それが僕達が出来る手だよ。そして忘れちゃいけないのが、アルレンティス=ミカゼカの存在だ」


 ガリリネが尋ね、ユーリが少し怖い顔つきになって答えた。


「ミカゼカがまだ何かしてくるってことか」


 ミカカゼが自分の遊びの邪魔をさせないために、そのような行動に出る可能性もあると、ノアはユーリの言いたいことを理解した。


「うん、だから僕達の妨害をさせないために、僕達でミカゼカをやっつける」

「僕は勘弁してほしいな……。八恐の一人に敵うわけがない」


 ユーリが告げると、ガリリネはあっさりとパスした。


「ビビリは来なくていいよ」


 ノアが冷たく言い放ったが、ガリリネは反応しなかった。


「ミカゼカ君はどこにいるかわかるのお?」


 チャバックが疑問を口にする。


「わからないけど、多分まだオットーさんから離れることは無いと思う」

「結末を見届けて楽しむんだろうな」


 ユーリとノアが言った。


「結末って……」


 ウルスラが血の気の引いた顔でノアを見る。


「オットーさんが死刑になる場面だろうね。ミカゼカはそれを見て楽しむつもりだろうさ」


 ノアの話を聞き、ウルスラは指先まで固く冷たくなり、小さく震えだした。


(ある種同類だからわかるんだろうなあ)


 ガリリネがノアを見て思う。


「まあ、どちらも阻むよ」


 ノアがウルスラの方を向いて微笑み、力強く宣言した。


「明日の大花火……オットーさんと一緒に行きたかった……」


 ウルスラが涙声で呟く。


「行けばいいよ」


 あっさりと言ってのけるノア。


「魔法でこっそり連れ出そう」

「それをやったら後でまた問題になりそうな……」


 当たり前のように提案するノアに、流石にユーリも逡巡した。


「婆には叱られるかもしれないけど、婆に頼ろう。あの婆、権力あるからいける。婆の権力は断じて有効活用すべき」


 ノアの話を聞いて、ユーリはあることを思いついた。


「そうか……言い方悪いけど、オットーさんを連れ出せば、オットーさんを餌にして、ミカゼカを誘き寄せることも出来るかもしれない。僕がミカゼカの立場なら、オットーさんのことをしばらくチェックしているだろうし、オットーさんに動きがあれば追ってきて、見つけやすくなるかも」

「先輩、それ採用。そのぜんまいを回すべき。プラス30。いや、33あげる」


 ユーリの案を聞いて、ノアが笑顔で言った。


***


 オットーが逮捕されてから、一日経過した夕方。


 子供の頃の地元の花火大会を思い出す。オットーは花火だの祭りだのが大嫌いだった。皆楽しそうにしている。しかし自分はその輪の中に入れない。それが悔しくて妬ましかった。

 友人は一人もいなかった。一人でそれらを楽しむことは出来なかったし、そういった行事のある日は外に出たくなかったが、親から買い物を言いつけられて、祭りで売っているものを買いに出かけた事がある。

 煌びやかな世界。楽しい空間。しかし自分はその中にはいないと、強く意識してしまう。


 買い物を済ませた直後、人混みに押されて、買った食べ物をうっかり地面に落として台無しにしてしまった事を思い出す。これで余計な出費をすねことになり、親からは殴られる事になる。そう考えると、オットーは頭にきた。

 気が付くとオットーは、買ったもの全てを人混みにぶちまけていた。癇癪を抑えられなかった。

 その中にはガラの悪いチンピラもいて、まだ子供だったオットーを容赦無く蹴り飛ばした。そして倒れたオットーを何度も踏みつけた。


 血塗れになって、骨折までして帰宅したオットー。


「くぉぬぉぉぉ! 買い物一つまともにできねーのか! この出来損ないの馬鹿がきゃアぁぁッ!」


 父親はそんな状態のオットーを容赦なく殴り飛ばした。オットーに馬乗りになり、窓から見える花火を見上げて、笑顔で「綺麗だなー」などと口走りながら、花火の鳴り響く音に合わせて、オットーを殴打し続けた。


「そんな糞野郎を殺した罪で……俺は裁かれるわけか……。あんな糞野郎でも、殺せば罪になるのか……」


 仰向けに寝転がり、留置所の窓から夕陽を見上げ、オットーはぼんやりと呟く。


(約束していた大花火大会の日か……。ウルスラ……皆、すまねえ……)


 届かぬ謝罪を口に出さずに告げるオットー。これでもう十回以上の謝罪になる。


(ミカゼカは何してるんだろうな? 俺にはもう興味無くなったか? それとも俺の死刑まで見届けて、俺の姿を嗤うか?)


 何となく後者の気がした。


 ドアがノックされる。

 役人だろうと思って無視していたら、ドアが開かれる。


「あ、いたいた」


 聞き覚えのある声がして、ぎょっとして跳ね起きるオットー。ノアの声だった。

 扉の前に、ノア、ユーリ、ウルスラの姿があった。


「オットーさん、ここを出るよ」

「大花火大会行こうっ」


 ユーリが静かに告げ、ウルスラは笑顔で弾んだ声をあげた。

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