20-5 悪が必ず裁かれるわけではない
シェードは孤児だったが、魔法使いに拾われた。
その魔法使いは名も知れぬ魔法使いであり、魔道具作りを得手としていた。魔道具作りは魔術師の手によって、定型の魔術効果を道具に込めるものである。魔法使いが製造する魔道具は、魔法使いの任意の効果をある程度自由に込める事が出来る。ただし、限度はある。
義父となった魔法使いは、造った魔道具をシェードの体に移植するという行為を繰り返した。シェードの体を実験台とした。
魔道具は、魔術師や魔法使いでなくても、その道具に込められた超常の効果を引き出せるが、力を引き出す原動力としてエニャルギーが必要である。
シェードの義父が目指したコンセプトとしては、魔術師や魔法使いでなくても、そしてエニャルギーが無くても、魔道具を移植された者が備えた魔力でもって、力を発動できるという代物であった。
しかしこの実験を、義父はすぐにあまり意味が無いとした。魔道具を移植されたシェードは、魔術師としての訓練を受けていないために魔力が乏しいので、魔力を増幅させる魔道具も移植したが、これでは効率が悪いし、素直にエニャルギーを使って、普通に魔道具を使えばいいという結論になったからだ。
実験の際、シェードは苦痛に喘ぎながらも、義父への恩のため、義父の理想を叶えるためだと言い聞かせ、堪えていた。しかし義父にあっさりと「この実験は無意味だった」と言われ、シェードは切れた。そして義父を殺害するに至る。
義父に手をかけたシェードは、己の行為に底無しの罪悪感を抱いた。
義父はかなりの財産を残していたので、シェードはその金で食いつなぎ、一人で生きていたが、シェードの心は成長するにつれて屈折していき、おかしな思想に捉われていく。
幼い自分に実験を施した義父は悪だ。その義父を殺した自分も悪だ。悪事を働く者はその報いを受けねばならない。つまり殺さねばならない。しかしその行為は明らかに悪として、良心を蝕む。
望んだことでは無かったが、最早自分は悪と成り果てた。それならば悪となってしまった自分が、この世の悪を裁き続ければいいと、シェードは結論づける。自分にはその力がある。悪である義父からの贈り物だ。
***
ノアが魔力の刃を放ち、ペンギンロボに絡みついた鎖を切断する。ペンギンロボは拘束から解かれ、シェードは切れた鎖を手元に引き戻す。
「これは徹底的に調教が必要だね」
「グエッ!?」
ノアが憮然としてペンギンロボを睨みつける。ペンギンロボは大きくのけぞって、口を大きく開けて一声叫び、驚愕と恐怖が混じったようなリアクションを見せた。
「何なのそれ?」
「人喰い絵本でゲットしたイレギュラー」
尋ねるガリリネに、答えるノア。
シェードが片膝を地面につき、もう片方の膝を前に突き出す。
何かしてくる気配を感じ、身構えるノアとガリリネ。
次の瞬間、シェードの突き出した片膝が光った。
狙いは屋根の上にいるノアだった。片膝から閃光が放たれたかと思うと、爆音が響き渡り、家屋の屋根が完全に吹き飛んだ。二階部分も少し損害がある。
「凄い威力……」
ガリリネが呻く。自分が狙いではなくてよかったと、安堵するが、同じ攻撃を自分に向けられた時、果たして防げるのかと疑問に思う。
「残念。当たったとしても、十分に再生できる程度の威力だ。そして当たってもいない」
シェードの背後から、嘲りたっぷりの声が響く。
シェードが振り返ると、転移したノアが間近にいた。そしてすでに攻撃魔法を発動させていた。
真っ白なビームがノアより放たれる。しかし光線の類ではない。水だ。しかもただの水ではない。直線状に噴出された過冷却水だ。
過冷却水を浴びたシェードの体が、たちまち氷塊に包まれる。
「その体たらくで、本当に魔法使いを殺したの? それって相当弱い魔法使いだよね? まだ見習いの俺に、こんな風に手玉に取られる程度だし、その噂は眉唾だね」
氷塊に包まれたシェードを見て、さらに嘲るノアであったが、氷塊がぶるぶると震えだし、ヒビが入り、甲高い音と共に中から割れた。
「怪力をもたらす魔道具も体内に融合されている――かな」
氷塊を割ったシェードを見て、なおも余裕の笑みを張り付かせたままのノア。
シェードが大きく口を開ける。口の中から大量の小さな針が射出されて、ノアの体に突き刺さる。
「だからさ……魔法使いなんだってば……」
呆れ、嘆息するノア。刺さった針は猛毒が塗られていたが、ノアは針も毒も全て体外へと排出し、傷もすぐに癒す。
「ガリリネ一人なら苦戦したどころか負けているだろうけど、俺の敵ではないよ」
「わざわざ僕を引き合いに出して比較して憎まれ口叩く所が、本当にノアらしくて意地悪いね」
笑顔で口にしたノアの台詞を聞き、ガリリネが仏頂面になる。
シェードが再び片膝をつく。
狙いはノアではなかった。オットーとウルスラだ。
ウルスラは依然としてオットーを構える体勢を取っていたが、オットーはシェードが攻撃してくる構えを見せたので、慌ててウルスラの体を突き飛ばす。
倒れたウルスラと反対方向へと駆け出すオットー。ウルスラが巻き添えを食らわないように必死だった。
「ちょっと! オットーさん、そんなことしたらっ!」
抗議混じりの声をあげるウルスラ。
「馬鹿野郎! 俺のせいでお前を殺せるか!」
「いや、オットーの行為は無意味だよ」
ノアが溜息をつく。
「こいつはターゲットを捕獲して拷問してから殺す殺し屋だ。そしてターゲット以外は、敵対者しか傷つけない。つまり、俺にオットーとウルスラをかばいに行かせるよう、誘導したつもりなんだよ。俺は見抜いていたから、上手くいかなかったけどね」
小気味よさそうに告げるノアの方に、シェードが振り返る。
至近距離で、シェードの膝から閃光が放たれた。
閃光がノアの近くに当たり、爆発が起こる。今度はノアはかわせなかった。
「あぐ……痛たたた……油断してた……」
仰向けに倒れたノアが呻く。寸前で魔力の防護膜を作ったノアであったが、爆風を防ぎきれなかった。常人なら即死であろう大ダメージを食らったが、それでもノアは生きている。
「ノア、君は本当に馬鹿なの?」
ガリリネが呆れる。
シェードが倒れたノアに追撃しようとしたが、十枚の黒い輪が次から次へと飛来し、シェードの追撃を阻む。
「余裕かまして痛い目にあって、ピンチにもなったノアを助ける僕。今日のことはずっと覚えておこう」
輪でシェードを攻撃しながら、ガリリネが言った。
「別にピンチでも無かったのに、勝手にピンチということにされて、勝手に助けたなんて思われるのは心外だね」
ノアが身を起こしながら言う。再生がまだ完全には済んでない状態ではあったが、戦闘の継続が出来るくらいには癒えた。
「何だ、この有様は!」
「隊長、あそこに容疑者が!」
そこに十人近い役人達がやってくる。
「ミカゼカ……」
役人達に混じって、何故かミカゼカの姿があった。それを見たオットーが訝る。
(騒ぎを聞きつけて来たのか。これ以上留まることは出来ない)
シェードは撤退することに決めた。ノアとガリリネの妨害だけでも手に余るのに、大勢の役人達まで来てしまったこの状況で、なお強引に依頼を遂行することは不可能と判断した。
シェードの両足から青い炎が勢いよく噴出し、シェードの体が浮き上がる。それを見て役人達はぎょっとする。
飛翔し、そのまま飛び去ろうとしたシェードであったが、突然垂直に落下した。見えない何かに叩き落とされたかのような不自然な動きだった。
「逃がすと思う? 殺し屋に狙われ続けるスリル、俺は悪くないと思うけど、ウルスラやオットーにしたらストレスだろうから、ここでしっかりと始末するよ」
重力弾を放ってシェードを地面に落としたノアが、冷笑を浮かべて告げる。
「私は悪を討ち続けなければならん。私は悪を苦しめ続ける使命がある。そして私も悪であるが故に……」
地面にうつ伏せに倒れ、ノアに重力弾のよってほぼ身動きが取れない状態となったシェードが、ぶつぶつと呟く。
「苦しみ……続けないと……」
シェードが言った直後、黒い輪がシェードの後頭部を切り裂いた。
「あ、今度は上手くいった」
「とどめを横取りとか……。俺が御膳立てしてやったみたいな構図だし」
ガリリネが微笑み、ノアがむっとする。
後頭部から大量の血が噴き出し、流れ出る感触を覚え、シェードは致命傷を受けたと理解し、自然と笑みが零れた。
「解放の時か……。とうとう俺が裁かれる時が来てくれた……」
死を意識し、心底安堵するシェード。
「いや、死んだ先にきっと地獄が待っている。何故なら私は悪であるが故に……」
「俺も悪だけど、悪だからって苦しまなくちゃならない理屈、わからないし、理解したくもないな。俺は悪だけど、人生を精一杯楽しむよ」
シェードの台詞を遮り、ノアがにやにや笑いながら告げた。
「いずれ……主が裁きを与える……」
「無いね。それはあんたの願望だよ。俺は誰からも裁かれない」
シェードの捨て台詞をにべもなく否定するノア。
(前の魔王みたいに、勇者にも倒されない。無敵の魔王になってやりたい放題やってやるんだ)
口に中でノアは続ける。
「俺も……悪だ……」
真っ青な顔になって頭を抱えて振るえたオットーが、そんな台詞を口走った。
「オットーさん、どうしたの?」
ウルスラが心配して声をかける。
「絶望が限界値を越えちまうと……こんな感覚になるんだな。知らなかったわ。ふふふ……心が静かだ……。凍り付いたような。凪のような……。とにかく静かで、冷たくて、止まってるようで……」
譫言のようにぶつぶつと呟き続けるオットーに、流石にウルスラも引き気味になる。
「どうしちゃったのさ。しっかりして」
ガリリネもやってきて、オットーを案ずる。
「俺は……ここに来る前に……」
「オットー! そこを動くな!」
オットーが何か言おうとしたその時、役人の一人が叫んだ。
役人達の横では、ミカカゼがオットーに視線を向け、悪魔のような笑みを広げている。
「ミカゼカ……嗚呼、そうか。そういうことか……」
十人近くいる役人と同行してきたミカカゼを見て、オットーだけがその意味を理解した。
「オットー、貴様を連続殺人の容疑で拘束する!」




