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2-4 子は親を恐れ、親もまた子を恐れる

 自分を人と違うと意識したのは、マミ・ムサシノダがまだ十歳にもなっていない頃だ。


 生まれついて、心に思ったことを、ある程度実現できる。物体を動かせる。温度も操れる。人に見えないものが見える。魔力という存在を意識できるし、呪文も触媒も無しにそれらを利用できる。魔術師同様に『エニャルギー』を製造できる。魔術の上位に相当する魔法を使えることを知る。


 しかし魔法使いとして正しく魔法が使えるようになるには、同じ魔法使いの指導が必要とされる。マミはより強い魔法を使いたいと、より高度な魔法の技を磨きたいと思い、両親に魔法使いの師匠を探して欲しいと訴える。

 マミの願いを聞き入れた両親は、魔法使いの師匠を探した結果、ア・ハイ群島で名の知られている七人の魔法使いではなく、無名の魔法使いがマミの師を引き受けた。


 その無名の魔法使いは、医者の姿をしていた。魔法使いを象徴する服装である、帽子も被らず、マントも羽織っていなかった。普段は自分が魔法使いであるという事を隠していた。名が知られている魔法使い以外は、皆そうであるらしい。

 彼はア・ハイ群島の辺境で医療を営んでいた。病人や怪我人の治療を行い、魔法を治療に利用していた。マミは修行の傍ら、彼の医療行為の手伝いも行っていた。その時までは、マミは何の異常性も無い、ごく普通の子供であった。


 ある日、マミは患者を医療ミスで死なせてしまう。


 故意ではなく事故であったが、マミは自分が殺したと意識してしまった。

 自分の手で殺したと認めたマミに、罪悪感は生じなかった。それどころか、高揚感と達成感で満たされていた。マミの異常性が芽生えたのはこの時だ。

 死なせた相手は、偏屈で迷惑な老人だった。つまらない理由でやたらと診察しに来るし、しょうもない雑談で時間をとらせ、すぐに怒鳴るし、人の悪口と文句ばかり言う。マミはこの男と接するのが嫌で仕方なかった。そんな相手を自分が殺したと意識して、恍惚となった。そして殺しの快楽に囚われ、溺れるきっかけとなったのである。

 世界観が一変した。人生観が変わった。マミの人間性が根こそぎ別の物へと入れ替わった。常識が崩れた。良心が欠落してしまった。自分は人を殺したから、特別な人間になったと信じた。トクベツだから何をしてもいいと思い込んだ。


 マミは師の元を離れ、殺人を繰り返すようになる。人の命を奪うことに病みつきとなる一方で、殺人が起こって、騒がれている現場を見るのも楽しかった。自分が世界を大きく動かしている感覚に浸り、酔いしれた。そのうち自己顕示欲も芽生えていき、犯行現場に四つのXの字を、殺した者の血で描く。


 性的に奔放だったマミは、行きずりの男と簡単に寝ていた。そしてある日妊娠している事を知る。

 マミは自分の子供を、自分と同じような殺人鬼に育て、自分の手伝いをさせることを考えた。生まれてきたのは女の子だったが、男の子が欲しかったマミは、ノアと名付け、男の子として育てあげた。


 我が子が生まれてからすぐに、マミはノアのことが疎ましくなった。子育てが面倒になった。愛情を抱く事も無かった。そのため、ノアが四歳くらいになるまでは、子育ては全て人を雇ってやらせた。四歳からは、ノアを自分の色に染めようとしたが、中々上手くいかず、苛立ちを募らせながら、娘を何度も罵倒し、殺すと散々脅し、暴力を繰り返す。

 ノアは常に母親の顔色を伺い怯えながら、育っていった。しかしノアのそんな卑屈な態度も、マミを苛つかせる。ノアが何をどうやっても、マミは苛立ちを抱いてしまう。

 根本的に愛情が存在せず、自分の思い通りになる人形兼奴隷として加工したいだけだったので、それが上手くいかないことが頭にきてしまう。娘が100%自分の満足いくように動いてくれない事が、煩わしくてしょうがない。


 娘の容姿が美しく、男装した姿が自分好みであることに関しては、マミは非常に満足していた。逆に言うと、その点だけを理由に、マミはノアを手元に置いていた。そうでなければ殺していたかもしれない。


 そして成長して十三歳になった現在のノアは、かなり露骨にマミに逆らう行動を取るようになってきた。

 マミは密かに恐れている。ノアはただの反抗期に入ったのかもしれないが、何分、自分と同じく、殺しを喜びと受け取る性質だ。そして魔法も使える。その反抗は、ただの子が親に対する反抗では済まず、殺意を伴うものになるのではないかと、マミは怯えている。

 恐怖はさらなる苛立ちへと変わり、マミのノアに対する当たりは日に日に強まっている。そしてそれは殺人の頻度にも影響していた。憂さ晴らしのために殺しを繰り返す。慎重さもかなぐり捨てている。


***


(あーあ……とうとうばれちゃった。やっぱり殺しをやりすぎたんだよ。こうなると思っていた。でも――これで何か決定的なぜんまいが巻かれて、歯車が動くのかな?)


 ミヤとユーリの姿を見て、ノアは嘆息しつつ、同時に期待感も膨らませていた。

 正直な気持ち、ノアはここでマミが殺されてくれないかと、そんな期待をしている。母親から解放されることが、現在のノアの切実な願いだ。それは如何なる形でもいい。


 ゴート達黒騎士団は遠巻きに見守っている。魔法使い同士の戦いに、騎士が出てきても、ほとんど意味が無いからだ。下手すれば足手まといになりかねない。


「子供の方は……服装は男だが、女だね。そして二人共魔法使いだね」

「あ、やっぱり女の子でしたか」


 ミヤが断定したので、ユーリの疑問は払拭された。


「知り合いか?」

「昼に会ってちょっと話をしただけですよ。自殺しようとしていました」

「何だい、そりゃ……」


 ユーリの言葉を受け、ミヤは苦笑気味になる。


「魔法使いが二人とはのー。しかしこちらもあちらも、一人は半人前か」


 ミヤの視線は主にマミに向けられていた。


「ふー……よりにもよって……大魔法使いミヤの御登場とはね」


 ミヤの視線を受け、マミは不敵に笑う。


「母さん、逃げよう」


 ノアが促す。しかしこの言葉は本心ではない。ノアとしてはここで母に戦って貰って、マミには死んでもらいたい。だからこそあえてこう言った。


「ここで逃げる? 私が戦いもせずに敵に背を向けて? あんたは私を舐めてるの? この子は本っ当の本当っにどうしょうもない馬鹿ね」


 ムカッとしたマミが、ノアを罵る。


 ノアは母の反応にほくそ笑む。これで戦う流れが出来たと。しかし――


(ここですぐに逃げるのは悪手よ。ただ逃げても追いつかれる。少し戦って、隙が出来たら、その時逃げるのよ)


 マミからの念話を聞いて、ノアは落胆した。マミは冷静だった。プライドが高い向こう見ずな愚者を演じていただけだ。


(あんたが囮になりなさい。その間に私は逃げるから。敵を一人でもいいから引きつけて。で、殺されないように、適当な所で降参しなさい。捕まった後は、あんたは私に無理矢理付き合わされていた、被害者って事にしておきなさい)


 マミの命令を聞いて、ノアは感心していた。マミのこうした計算高い部分には、ノアも一目置いている。


(実の子を囮にするとか、世間的に見たら酷い作戦だけど、それが一番いい手であることも事実。そして母さんは頭おかしいけど、頭が回るのも事実。でも俺だって、色々と計算しているんだよ? 母さんの頭じゃ考えつかない領域で)


 ノアはこの後のプランを色々と思い描いていた。例えここで逃げ延びたとしても、正体を知られた時点で、ア・ハイ群島を出ない限り、この先ずっと追い回される事になるのは間違いない。そうなった場合のことも考えている。


「ふっ、魔法使い同士での戦いは久方ぶりよ」


 高揚感を覚え、闘志を滾らせるミヤ。ユーリの目にはミヤが上機嫌に映った。声も弾んでいる。


「ユーリ、お前はあの子を担当せい。儂はあのキツそうな女と遊んでくるでの」

「はい。師匠、御武運を」


 ミヤが大きく跳躍し、空を駆けていく。向かう先はマミだ。


 マミは飛翔し、空中でミヤを迎えうつ態勢を取る。


 一方で、ユーリとノアが向かい合う。


「あんたが俺とやるんだ。魔法使いと戦ったことはある?」

「無いよ。初めてだよ」


 笑顔で問いかけるノアに、ユーリも笑顔で答える。


「俺もだ。どういう戦いになるんだろうね? 見当もつかない。でも俺、ワクワクしてる」

「奇遇だね。僕もだよ」


 二人の言葉に偽りは無い。未知の体験への期待を膨らませている。


 先に仕掛けたのはユーリだった。


 不可視の魔力塊がノアに降り注ぐ。ノアは大急ぎで魔力の防護膜を築いたが、先制攻撃のダメージを少し受けてしまった。


 ユーリは魔力を一点集中させて、ノアの防護膜を貫く。ノアの腕、腹、喉に穴が開いていく。


 ノアは狼狽えながらも、魔力を全身から放射して、ユーリの攻撃を弾き飛ばす。


(慌てたせいかもしれないけど、魔力の展開のし方に無駄が多いな)


 ノアの防御の仕方を見て、ユーリは思う。


 ユーリが今度は魔力を刃状にして、ノアの頭上から降らせる。


 上からの攻撃を感じ取ったノアは、魔力の盾を厚めにして頭上に展開したが、ユーリの刃はノアの盾をあっさりと切断して、そのままノアの左肩に落ちて、左腕を付け根から切断する。


(費やした魔力は俺の方が大きかった。多かった。でも彼の魔法は、刃状にして切れ味を増す事に費やしているから、少ない魔力の消耗で、俺の防御を突き抜けている)


 切られた腕をくっつけて再生しながら、ノアは攻防を分析する。


 ノアは再生途中で無理に反撃に転じた。無数の光球を様々な軌道で放つ。


 ユーリは自身を中心にして魔力の渦を作り、光球を全てひとまとめにして上空へと弾いてしまう。周囲の建物に流れ弾の被害が出ないよう気遣った。


(力の使い方が上手い……。凄くスムーズに動いている。この子、戦闘経験が豊富なんだな)


 ユーリを見て、ノアは感心していた。戦いは始まったばかりだが、明らかにユーリの方が格上だとわかる。そもそもノアはマミから戦闘訓練は受けているが、力有る者と実戦を行った事など、片手で数えるほどしかない。


 ノアがきらきらと目を輝かせ、憧れの視線で自分を見ていることに、ユーリも気付いた。


(この子は邪気が無い。本当にあの殺人鬼XXXXなのか?)


 ノアを見て、ユーリは不思議に思う。


「ねえノア、君が死にたがっていた理由って……あのお母さん?」


 ユーリの指摘を聞き、ノアはきょとんとした。

 死にたがっていた理由は確かにあの母親だ。しかし――


(絶対勘違いしてるな? 何か勝手なストーリー頭の中で作っていそう。でもここは……合わせた方が都合がよさそう。この子は俺のために使えそうだから)


 ノアが計算を働かせる。


「そうだよ。人殺しの片棒担ぎをずっとさせられて、俺の手は血塗れだ……」


 事実を口にするノア。しかし人殺しを悔んではいない。


「敵なのに同情してくれるの?」

「う、うん……」


 ノアがストレートに問うと、ユーリは躊躇いがちに頷いた。


***


 ミヤとマミの戦闘はユーリ達と離れた場所で行われている。あの袋小路で魔法使い四人が入り乱れて戦うのは、流石に面倒だと判断した。

 ミヤからすれば、周囲の建物を破壊したくないという気持ちもあったし、マミもそんなミヤの配慮を見抜いていた。そしてマミにとっても、一時的にノアと離れた方が都合がいい。ノアに敵を一人引きつけてもらいたいからだ。


 町の上空を飛びながら、魔力をぶつけあう二人の魔法使い。単純明快な正面からのパワーの押し合い。


 戦いの趨勢はすぐにミヤの方へと傾き始めた。ミヤの方が手数が多く、一撃のパワーも強い。ミヤは防御をほぼ考えずに、念動力猫パンチを連続で放つが、マコは攻撃の手が次第に乏しくなり、防御の魔法を使い続けている。

 ミヤの念動力猫パンチは、ただの打撃ではなかった。魔力そのものを霧散させる効果がある。マミはミヤの攻撃を防ぎながら、その厄介な効果を実感していた。


 マミはわりと戦闘経験が豊富だ。しかしこれまで戦ってきた相手は、魔術師や、人喰い絵本の中の住人や、魔物が相手だ。それらの多くは、楽な戦いだった。人喰い絵本の住人の中には手強い者もいたが、魔術師とまみえた時は、戦闘とも呼べない一方的な殺戮だった。

 呪文の詠唱という枷の無い魔法使いは、魔法という超常の力を即座に発動できる。魔力を手足の一部のように扱える。ある程度連発もできる。故に、魔法使いは魔術師相手に負けるという事はまずありえない。一方で、魔術師の中にも伝説級の強者もいることはマミも知っているが。


 マミが初めて交戦する事となった魔法使いは、マミがこれまで戦ったどの敵よりも強く、たちまちにしてマミを窮地へと追い込んでいた。


「流石はミヤ……。魔王が残した災厄『破壊神の足』を討伐した大魔法使いの名は伊達じゃないわね。レベルが違う……」


 完全に受けに回ったマミが、悔しげに事実を口にする。


 ミヤが攻撃を止める。しかしマミはすぐに反撃に移らない。逃走もしない。まずは呼吸を整える。


「その話は好かんが、彼我の実力を思い知ったなら、とっとと降参せい――と、他の奴になら言うところだが、お前は降参せんでええ。お前からは魂の腐敗臭がぷんぷん漂ってくる。良心の呵責が一切無い、救いがたい悪党外道の臭いだ。このまま殺した方がいいね」


 意地悪い口調で告げるミヤ。


 実はこの時、ミヤも呼吸を整えていた。魔法使いが魔術師より魔力の消耗を抑えられるとはいっても、連続して魔力を遣えば心身ともに消耗もする。ましてやミヤは体調がずっと優れない。


 マミが地上に目をやる。


(何で一人相手に手こずっているの? いつまでも戦ってないで、とっとと逃げなさいよ。これじゃノアを囮にして私が逃げ出すプランが、困難になるじゃない。ああ、もう……ノアの糞ボケ、一体何やってるのよ。本っっっ当にあの子は何をやらせても駄目っ。いつもいつも役立たずなんだからもうっ)


 ユーリと向かい合うノアを確認して、マミは舌打ちした。

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