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20-2 親に子を叱る権利はあっても、傷つける権利は無くね?

 オットーが魔術を発現させたその翌日。

 魔術学院の一日を終えて、チャバック、ガリリネ、ウルスラ、ミカゼカ、オットー、ユーリの六名は、喫茶店でくつろいでいた。


 時折、視線が向けられる。その視線は明らかにオットーに向けられていた。


「凄いね、オットーさん。もう町中で話題になってるみたいだよ」

「新聞にも載ってたしね」


 ユーリとガリリネが言う。一週間で習得という歴史上最速記録は、すでにソッスカー全域に知れ渡っている。これまでの最速記録は、ジャン・アンリの二ヶ月だ。


「いいなー、いいなー。才能あるっていいなー」


 足をばたつかせ、露骨に羨み、妬むウルスラ。


「劇団で私に嫉妬していた子達の気持ち、今ちょっとわかっちゃった……」

「嫉妬しないでくれ。ウルスラ、俺はお前と逆の人生歩んできたんだ」


 そんなウルスラを見て、オットーは苦笑しながら、弁解するかのように言った。


「何やっても駄目でよう。何やっても失敗して怒られ、くそみそに言われ続けてきた。罵倒され続けてきた。親からも嫌われてた。蔑まれていた。俺は何も無い人間で、自分でも自分のことゴミだと思って、みじめで悔しい気持ちを抱えて生きてきたんだよ」


 自嘲も交えて照れ臭そうに語るオットー。


「でも……やっと、やっとさ、見つけた。自分のやりたいことってわけじゃねえけど、いいんだ。人から褒められたことなんて、生まれて初めてだったんだよ。嬉しくて……」


 喋っていて、思わず涙が出てきそうになって、オットーは素早く顔に手をやり、涙をぬぐう。


「だからさ、そんな俺を妬まないでくれよ。見逃してくれよ。ああ……俺、すげえ変なこと言ってるなあ。馬鹿だ、俺」


 恥ずかしさのあまり、オットーは頭を抱える。


「オットーさん、オイラと似ている……」


 チャバックがぽつりと呟く。


「チャバックは皆から好かれているじゃねーか。俺はダチもいなかったんだぞ」


 よく考えずにそう返したオットーであったが、チャバックがそう言うからには、彼にも色々とあったのだろうと考え、自分の台詞が失言であったかのように感じ、しくじったと思う。


「今は私達がクラスメイトじゃない。一人じゃないよ。仲間でありダチンコだよ」

「お、応……」


 ウルスラが笑顔で言い切り、オットーは躊躇いがちに頷く。


「よかったネ、オットー」

「お、応……」


 ミカゼカも微笑みかけ、オットーは躊躇いがちに頷く。


(俺は今、幸せの絶頂にいる?)


 そんな意識をする一方で、オットーは漠然たる不安を抱いていた。


(何で不安に? 何が不安なんだ?」


 その不安の正体が何であるか、オットーは頭を巡らせる。しかしわからない。何かを思い出そうとして、思い出せぬまま、すぐにどうでもよくなって、不安を抱いていたことさえ忘れた。


(ん?)


 ユーリが怪訝な表情を浮かべる。ほんの一瞬だが、すぐ近くで魔力が働いた気配がしたのだ。


(ユーリ、気付いたみたいだネ)


 ミカゼカがユーリの様子を見て、歯を見せて微笑んでいた。


***


 ミヤとノアで並んで繁華街を歩く。

 二人の前から、スィーニーがやってきた。


「おや、にゃんこ師匠、珍しくお外に出てるんね」

「最近は調子がよくてね。一昨日は人喰い絵本の中に行ったし、昨日は連盟議会に足を運んだよ」


 スィーニーの方から声をかけ、ミヤが静かに尻尾を振りながら言った。


「でも師匠が三日続けて外出は珍しい」


 と、ノア。


「ノアがここにいるってことは、今日はユーリがチャバック番ってことかな」


 スィーニーがノアを見て言った。


「そう。いじめられるかとか、そういう心配で同伴していたけど、正直もうその心配は無さそう。チャバックには他にも友達いるし、すでに魔術が使えるおかげで一目置かれている」

「そうなんね」


 ノアの報告を受けても、スィーニーは意外とは思わなかった。チャバックの人懐っこい性格を考えれば、よほどろくでもない意地悪な人間がいない限りは、心配いらないという理屈もわかる。


「大丈夫そうなら、もう学院に通うことも無いよ。修行に集中しな――と言いたい所だが、ミカゼカが何かしでかしやしないか、それがやや心配だね」

「アルレンティスのクズい奴ね」


 ミヤが憂いを込めた声で言い、ノアが小さく頷く。


「何それ?」


 スィーニーが尋ねると、ミヤとノアが二人がかりで、アルレンティスのこととミカゼカに関して教えた。


「アルレンティスが多重人格者で……そんな悪い奴がいるんだ」


 欲望の使者として、アルレンティスが人の願いを叶えて、そのうえで破滅に導く事もあるいう話は、スィーニーも知っていたが、多重人格という話は初耳だった。


「オットーっていうフケ顔悪人顔の丸い男についている。オットーに魔術の才能があるって言ってた」

「あ、その人の名前、今噂で持ち切りなんよ。たった一週間で魔術が使えるようになった天才だって」


 ノアからオットーの名を聞いて、スィーニーが言った。


「儂は魔術に関して門外漢だけど、確かに凄い才能だね。今後にも期待できそうだよ」


 ロドリゲスがさぞかし喜んでいるだろうと、ミヤは思う。


「そうだ。話は変わるけどさ、十年に一度の大花火大会あるって聞いたんだ。にゃんこ師匠とノア達も一緒に行かない? 五時間ぶっとーしで花火打ち上げ続けるんだって」

「いいね。行きたい」

「構わないよ」


 スィーニーの誘いに、ノアは笑顔で快諾し、ミヤも頷く。


「うん? スィーニー、ふと思ったんだけどね……」


 ミヤはスィーニーを見て、ふと気付いた。


「なぁに? にゃんこ師匠」

「お前、儂に何か隠し事してないかい?」


 ミヤの指摘を受け、スィーニーは固まった。


(ちょ……私、何パニくって硬直しちゃってるのよ。平静装えずにこんなストレートなリアクションするなんて、どんだけ間抜けなの……)


 自分の反応を意識して、スィーニーは愕然となる。


「ふん。儂は嘘ついているとか、隠し事とか、見抜くのが得意なんだよ。わっかりやすい反応しよって。さあ、何を隠してる? 腹くくって白状せい」

(ターゲットMを甘く見過ぎてた……。どうしよう……)


 ミヤに詰め寄られ、スィーニーはたじろぐ。


「俺知ってるよ。スィーニーはこの前、ユーリとデートしたんだ」

「げえっ!」

「ほっほー……あのユーリがねえ」


 ノアがにやにや笑いながら暴露すると、スィーニーはのけぞって大声をあげ、ミヤはキャットフェイスをにやけ笑いに変える。


(ノアのおかげで助かった……。いや、ていうか……)


 安堵する一方で、別の問題が噴出したスィーニーが、ノアを睨んだ。


「ノア、どこでその話を知ったんよ……」

「鼻毛大帝ランドが、偶然目撃したって。チャバックとブラッシーと俺にバラしたよ」

「ランドさんか……おのれ~……」


 スィーニーが歯噛みする。


「ユーリもお年頃で、色気づいてきたってわけかい。うん。悪くないね。あの子の子なら儂にしてみれば孫みたいなもんになるから、生きているうちに是非御目にかかりたいもんさ」

「駄目だよ、師匠。まだ先輩は修行中なんだから、悪い虫がつかないようにしなくちゃ。綺麗な体のままでいなくちゃ」

「にゃんこ師匠は飛躍しすぎだし、ノアは人のこと何だと思ってるんよ。誰が悪い虫じゃっ。私がユーリを汚すんかいっ」


 好き勝手言うミヤとノアに、スィーニーは憮然とする。


「まあ、ユーリとは今後も仲良くしてやっておくれ」

「はーい」


 ミヤが言うと、スィーニーは投げやりなトーンで返事をした。


「師匠、俺の言うこと聞いてる? 先輩に女なんていらないよ」

「お前は小姑かね?」


 しつこく食い下がるノアに、ミヤは苦笑した。


***


 魔術学院の学院室に堂々と入ってきたその人物を見て、学院長のロドリゲスは嘆息する。


「よくもまあ堂々と町を歩けたものだな。しかも魔術学院の中にまで入ってきて」


 白い帽子と白いマント、新雪の如く白い服一色の少年に向かって、ロドリゲスが言う。


「一週間で魔術を使えるようになった人の噂を聞いて、興味が湧いて来たんだよう。僕は捕まらないから大丈夫」


 シクラメ・タマレイが人懐っこい笑みを広げて告げる。


「君に生徒を紹介するわけにはいかないぞ。そして私はもうK&Mアゲインと関わりを断った。彼の組織の目的は達成しただろう」

「あはっ、それじゃあ僕と会うのも不味いよねえ。でもK&Mアゲインの目的はまだ全て叶えたわけではないんだよう」


 ロドリゲスがぴしゃりと断ると、シクラメは朗らかな表情のまま言った。


「一週間で魔術を発現させるとは、特異な才能であり、注目されるのも無理は無い。しかしK&Mアゲインが早速唾をつけにくるとはどうなんだ? 我々への風当たりがまた強くなってしまうではないか」

「あはは、歓迎されないなあ。あのアルレンティスも関わっているというし、興味津々なんだけどなあ。K&Mアゲイン内でも噂になっているから、見てみたかったんだけど」

「会わせるわけにはいかんが、もう来ないでくれとも言わん。情報の取引をしているという名目にしておくから、そちらの情報も多少は提供してくれ」

「いいねえ、それ。いい落とし所だあ。それでいいよう」


 ロドリゲスが口にした提案を聞き、シクラメは同意した。


「とはいえ、やはり入学したばかりの生徒と引き合わせるのは勘弁願いたいな。この件については諦めてくれ」

「残念だけど仕方ないかあ。うん、わかった」


 シクラメが院長室から去ろうとしたが、すぐに足を止め、振り返った。


「一つ確かなことがわかったという意味も込めて、なんだ。今の『わかった』はね」

「どういう意味かわからんね。説明してくれ」


 意味深な言い回しをするシクラメに、ロドリゲスは不吉な予感を覚える。


「ロドリゲスはもう、そっち側にいっちゃったってことだよう」

「そうだな。私の目的は果たされたのでな」


 シクラメの指摘を、ロドリゲスは認めた。これは袂を分かったことを認めたに等しい。


***


 夕方。ユーリ、ガリリネ、チャバック、ミカゼカと別れたオットーは、ウルスラと二人で歩いていた。


 ミカゼカがオットーから離れるのは珍しいが、全く無いわけではない。オットーはミカゼカを宿まで送っていた。ソッスカー山頂平野の都市部は治安がいいが、それでもウルスラのような有名な女の子が、夕方に一人歩きするのは危ないと思ってのことだ。


(だが……一緒に歩いているのが俺ってのは……)


 一方でオットーは気がかりなことがあった。


「オットーさん、元気無くない? どうしたの?」

「いや……そうか? そう見えるのか?」


 オットーが居心地悪そうにしているのを見てとり、ウルスラが声をかける。


(俺みたいな人相悪い男と、こんな可愛い子が……酷い組み合わせだ。怪しまれそうだし……)


 本人はボディーガードのつもりでも、他人からは人さらいに見えかねないと意識してしまっているオットーであった。


「おい、あれが魔術を一週間で使えるようになったっていう、天才オットーだ」

「マジで? しかも一緒に座っているのはあの踊り子ウルスラじゃないか」

「魔術学院に入ったって本当だったんだな。しかし……天才同士の組み合わせとか」


 通りすがりの通行人の台詞が、オットーとウルスラの耳にも届く。


「俺達噂されてるな……。つーか名前だけでなく顔バレもしまくってるのかよ」


 どこかの誰かが自分の似顔絵を描いて、配布しているのかと想像し、げんなりするオットーであった。


「私は慣れてる。オットーさんも有名人になっちゃったけど、まだ慣れてないみたいね。私は有名人先輩だ」

「俺は……今は心地いいけど、何だか怖いな」

「どうして?」


 オットーの怖いという台詞を、ウルスラは不思議がる。


「俺のこれまでの人生、ろくでもないことばかりだったからさ。いいことはこれが初めてかもな。だから怖い。持ち上げといて落とされるんじゃないかって」

「んー……わからない」

「ウルスラにはまだ難しい話だったか」

「あー、子供扱いしてるー。私はこれでも劇団で揉まれまくって、色々とけーけんほーふなのよー」

「そう言えばそうだったな」


 得意げに胸を張るウルスラを見て、オットーの口元が綻ぶ。


「そうだ。近々大花火大会があるんだってね。皆で一緒に行きたいねー」

「そ、そうだな」


 花火大会と聞き、オットーは躊躇いがちに相槌を打った。


(花火なんて嫌いだった……。どいつもこいつも楽しそうな顔しててよ……。俺は何も楽しくなかった。音がうるさくて、人がやかましくて……)


 そんなことを思ってうつむき加減になったオットーだが、隣を歩いていたウルスラが急に足を止めたので、オットーも足を止めて、ウルスラの方を見た。


「どうした?」


 表情が固まっているウルスラを見て、オットーが声をかけ、ウルスラの視線の先を見る。


 ウルスラの視線の先には、一組の男女がいた。真っすぐにウルスラを見ている。


「父さん、母さん、どうしてここに……?」


 ウルスラの台詞を聞き、彼女の反応の理由が、オットーにもわかった。


(ウルスラの両親か……。家出したとは聞いていたが……)


 修羅場になりそうな予感を覚えるオットー。


「何がどうしてここによっ! 急に家を出たもんだから、心配して探し回ったのよっ!」


 母親が憤怒の形相で喚きたてる。心配していたというより、心配もせず非難しているように、オットーの目には映った。


「聞いたぞ! 魔術学院に勝手に入ったらしいな! ふざけるな! 魔術師になるなんて馬鹿な夢は捨てろ! いくら地位が高いと言っても、魔術師など賎職だ!」

(貴族より地位が高いのに賎職扱いはねーだろ……)


 父親の台詞を聞いてオットーは呆れる。


「そうよ! 貴女は演劇のために生まれてきた子なのよっ! そういう才能を与えられたのっ! それを腐らせるなんて許されないことだわっ!」

「そうだっ! それにお前が劇団を出ていったせいで、母さんも私も肩身の狭い思いをしているんだぞっ! この親不孝者めっ!」

「私達はウルスラに散々贅沢させてあげたのに、それなのに踊り子も役者も辞めるって、どういうことなのっ!? 勝手にも程があるわっ!」

「もし私達の言うことを聞けないというなら、もう親子の縁は切るぞ!」

「そうよ! もし戻ってこなかったら、もし舞台に復帰しないつもりなら、あんたなんか産まなければよかったって、言っちゃうわよ!」


 交互に怒鳴る両親に対し、ウルスラは何も言い返さなかった。震えながら嗚咽していた。


(嗚呼……畜生。ひでえ場面だ。駄目だ。いくらウルスラの親でも見てらんねえ)


 黙って見てはいられず、オットーは口出しすることにする。


「おい、いい加減にしろよ。この子が今泣いているのが見えねーのかよ。自分達がどんだけ手前勝手な糞たわけた台詞をほざいているのか、わかってねーのかよ。すげえ醜くて見苦しいぜ」


 ウルスラの手前、両親を罵るのもどうかと思いつつも、オットーは口に出して言ってしまった。


「何なのこの下品な男は……」

「私達はウルスラの親よ! しかもこの子は家出しているのよ! 怒って当然でしょう! 他人は口出ししないで頂戴!」


 父親の方は動揺していたが、母親の方はひるむことなくがなりたてる。


 その母親の台詞を聞いて、オットーは激昂した。


「ああ!? 親だろうが関係ねーんだよっ! 親だからって子を傷つける権利は無えっ! お前達はこの子を苦しめ、傷つけている! それが全てだ! それが俺は許せねーんだよ!」


 自分でも生まれて初めてではないかと思う程の声量で、オットーは怒鳴っていた。ウルスラが目を丸くしてオットーを見る。


「何なのこの男! 不細工な貧乏人の分際で、私達に説教する気!?」

「こら、やめなさい。この男は今ソッスカー中で噂になっている、期待の新星魔術師という話だ……」


 母親のヒステリーは止まらなかったが、父親は冷静さを取り戻していた。


「もう一度言うぞ。いくら親だからって言っても、親の我儘に付き合わせて、子を苦しませる権利なんてねーんだよっ!」


 オットーが叫んだ直後、周囲から拍手が起こる。ウルスラの両親の怒鳴り声を聞き、通行人達が足を止めて野次馬となっていたのだ。


「ムキャーッ! 何なのおぉぉ!? これじゃ私達が悪者みたいじゃない! 私こそ傷ついたわ! これは絶対P、T、S、D! ウルスラも、そこのブ男も、今拍手した奴等全員も、断じて訴えてやるぅぅぅぅぅっ! 覚悟しなさぁい! ギャオオオーン! ギャオオオーン! ギャバうおうゃウオムゲぱプーっウッ!」

「お、落ち着くんだ。もう帰ろうっ。帰って薬を飲んで落ち着くんだっ」


 すっかり錯乱している母親を、父親が必死に取り押さえ、人垣を割ってすごすごと退散する。


「ふう……すまなか……」


 オットーがウルスラに謝罪しようとすると、ウルスラが泣きながらオットーに抱き着いてきた。


「ちょ……ウルスラ……。皆見てるしよ。恥ずかしいって……」

「う……うぅぅ……うぇぇ……」


 にやにやにこにこ笑っている野次馬達の目を気にするオットーだが、ウルスラは力いっぱいオットーを抱きしめて離れようとせず、肩を震わせて嗚咽を漏らし続けていた。

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