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19-10 こっそりウィナー

 ブラッシーはサユリと向かい合っていた。


「私の相手はサユリちゃんね~。お手並み拝見といこうかしらん」


 体をくねらせて声をかけるブラッシー相手に、サユリは無言で仕掛けた。


 像をも凌ぐサイズの巨大豚が、ブラッシーの前後左右に四匹現れるや否や、四方向から一気にブラッシーを押し潰した。


「ぶひっ、他愛も無くして」

「あらーん、言ってくれるわねー」


 勝ち誇るサユリであったが、ペラペラに平面化したブラッシーが巨大豚の間をすり抜けて、ひらひらと宙を舞う。


「それ? 自分で薄くなったのであるか? それとも豚に潰されたのであるか?」

「自分でよーん」


 ブラッシーの姿が元に戻ると同時に、魔法を発動させる。


 サユリの前方足元から、赤と黒の濡れた髪の毛のようなものが大量に湧き、サユリに向かって伸びる。


「むー、これは生理的にキモいのである。身代わりの豚さんっ」


 抜けた髪の毛のようなものは、サユリには届かなかった。サユリの目の前に現れた人間の身長ほどの高さを持つ巨大豚が、サユリの身代わりになって髪の毛で雁字搦めにされていた。


「あああ……あたくしの豚さんがひどいことになってるのだ」

「貴女がそう仕向けたのでしょー」


 嘆くサユリに、ブラッシーが突っ込む。


「ブヒビーム!」


 サユリが叫ぶと、先程現れた四体の巨大豚の鼻が一斉に光り、鼻孔から計八本のビームが放たれる。


 ブラッシーはビームを避けようとしたが、ビームには追尾性能が有り、避けたブラッシーを執拗に追い回してくる。


 仕方なく魔力の盾を発現させて、ビームを受け止めようとしたブラッシーであるが、四発までは受け止めた。だが五発目と六発目のビームを受けた瞬間、魔力の盾がガラスのように砕け、残り四発のビームがブラッシーの体に直撃した。


「ぶひー、ン百年も生きている吸血鬼って、とんでもなく強いかと思ったら、大したことなさそうでして。まだ五十歳程度のあたくしと、そう差が無いのである。伸びしろ尽きたのであるか?」


 挑発気味に言うサユリであったが、自分の攻撃をブラッシーがあっさり食らった事に、多少驚いてもいた。


「魔法使いとしての技と力は、上にイクほど伸びしろが小さくなっていくものよーん」


 あっという間に再生を終えたブラッシーが、笑顔で言い返すなり、反撃の魔法を用いた。


 水色の爆炎がサユリの体を吹き飛ばした。


「あら? 防げなかったの~ん」


 随分とあっさり攻撃を食らったものだと、ブラッシーは意外そうに、うつ伏せに倒れているサユリを見る。


「あうう……だめ……これ……ダメージ大きすぎて……無理でして……」


 サユリが呻く。


「あ、あたくしの夢が……世界中の人間全てを豚にして、真の平和な世界を築くという夢が、ここで途切れてしまうのであるか……? 貴方達……それでいいと思ってるのであるか……? ノア……ダァグ……貴女達は豚に乗って、豚の素晴らしさを知ったのに、それでいてなお、豚の世界を否定して……? それで……いいの……であるか……? ぶぶぶ……ぶひっ……」


 突っ伏したまま、絶望的な口調で訴えた後、サユリは動かなくなった。


 巨大豚四体も身代わり豚も消える。


「え~? 死んじゃったの? こんなにあっさり……」


 呆気に取られるブラッシー。


「本当に死んでるね……。心臓止まってる」


 ダァグがサユリの状態を見て言った。


「ああ、それは死んだふりだよ。サユリの得意技さね。わざわざ魔法までかけて、心臓止まったように見せかけて、油断した所で不意打ちするんだよ」

「僕も前にやられたんだよねえ。うっかり引っかかっちゃったよお」


 戦闘中のミヤとシクラメが口を出す。


「何でバラしてっ。ミヤ、シクラメ、人の秘密を容易くバラすとか、酷いのだっ。しかもシクラメは今味方陣営なのにしてっ」


 突然勢いよく起き上がって、抗議するサユリ。


「壮絶にセコい手だけど、これはこれで、知らない人には有効かもしれないわねー」


 ブラッシーが言い、人の頭部程の大きさのゼラチン状の血の塊を何十個も呼び出し、サユリに向かって飛ばした。


「ぶひーっ」


 サユリが掌サイズの小さな豚を何十匹も呼び出して、空中に飛ばす。それらの豚には全て昆虫の翅が生えている。


 空中で血の塊群と翅豚群が激突し、相殺し合う。


「ねえ、豚が好きなのはわかったけど、豚の魔法しか無いの~?」

「あるけど、あまり使う気無くして。悪いであるか?」


 呆れるブラッシーに、サユリが言った。呼び出している豚は、サユリが人喰い絵本の中で手に入れたイレギュラーである豚もあれば、サユリ自身が魔法で作りだしている、豚のイメージ体もある。


 相殺する血の塊と豚であったが、すぐに均衡は崩れた。数で血の塊の方が勝り、無数の血の塊がサユリに迫る。


 サユリは魔力の防護壁を展開したが、豚の大群を出した直後で、魔力の出力がいまいちであり、血の塊は魔力の防護壁を突き破って、サユリの体に付着した。


「あううう……吸われていくのだ……」


 血によって自分の血が吸われるというおぞましい感触に、サユリは顔をしかめた。


「豚さん、ごめんなしてっ。豚空蝉!」


 サユリが叫んだ直後、サユリの姿が豚に変わったかのように見えた。血の塊だらけになっている豚だ。


 ブラッシーが振り返る。サユリが豚に変身したかのように見えたが、そうではない。サユリが豚と入れ替わり、サユリ自身はブラッシーの背後に転移したのだ。


「また豚の身代わり~?」


 呆れながらブラッシーが魔法を解き放つ。


 転移直後にサユリも攻撃魔法を放とうとしていたが、空間の歪みを感じ取っていたブラッシーの方が、一瞬早かった。


 ブラッシーが手を払うと、血の奔流が放たれ、サユリの全身を飲み込む。


 血塗れのサユリが地面に仰向けに倒れる。ブラッシーの放った血は、サユリの生命力を、死ぬ一歩手前まで吸っていた。同時に魔力も吸っている。


「ふー……本気出しちゃったわ」


 頭髪を整え、溜息をつくブラッシー。戦闘を優勢に進めたうえでの快勝ではあったが、油断のならない相手であった。サユリの手の内をあまり出させずに、攻勢のまま押し切っての勝利であったし、実力的にサユリは自分と拮抗していたと、ブラッシーは見る。


「サユリさんの敗因は……ミヤとシクラメなのでして。あたくしの必殺技を、事前にバラしたから……である。それさえなければ……ぶひっ……」


 悔しげにそんなことを呟き、サユリは意識を失った。


***


 ノアとミヤの二人がかりで、ジャン・アンリに攻撃魔法を撃ち続ける。


 ジャン・アンリは魔術を使える昆虫を無数に呼び出し、これらに呪文を唱えさせて攻撃させる事もあれば、自分に向けて放たれた魔法の盾代わりにもしている。アデリーナを取り込んだテントウムシには、もっぱら防御のための魔法を使わせている。


 シクラメはやはり、後方に下がって支援に徹している。しかも防御一辺倒だ。ジャン・アンリ自身や、ジャン・アンリの虫への攻撃に対し、魔法でガードを行うだけだ。


 ノアが参戦してからは、明らかにジャン・アンリとシクラメが劣勢になっているように見えた。攻め手が乏しくなり、受けに回る傾向が強くなった。


(シクラメ……こっそりと魔法を使っている?)


 ユーリはミヤとノアを補佐する一方で、支援一辺倒になっているシクラメの挙動を不審に思い、ずっと観察し、同時に解析も行っていた。


(ジャン・アンリに手助けする合間に、こっそりと別の魔法を使っている。でも、魔力の発動先はどこ? 離れてる……)


 シクラメの魔法が発動している先を、探知魔法で探るユーリ。


 やがてユーリはシクラメが何をしているか見抜き、愕然とした。


「師匠っ! シクラメは坩堝の封印を緩めにかかっていますっ!」


 ユーリの叫びを聞いて、ミヤは戦闘の手を止めてぽかんと口を開き、坩堝へと視線を向けた。


「あはっ、ばれちゃったねえ」


 口元に手を当て、茶目っ気たっぷりに嗤うシクラメ。


 黒い渦の周囲に、目と口がついたファンシーな花が大量に咲いている。それらの花は少しずつゆっくりと、坩堝にかけられた封印の力を吸収していた。シクラメは戦闘の最中に遠隔魔法をかけ続け、こっそりとこれらの鼻を咲かせ、封印を緩めていたのだ。


「あはっ。あのねえ、別に無理して戦う必要は無かったんだよお? 坩堝の封印を弱めるか強めるか、そういうゲームだったんだから」


 嬉しそうな笑顔でシクラメが言った直後、花が全て消失した。


「勝負ありだね。坩堝の封印はさらに一段階、大きく緩んだ」


 ダァグが静かに告げる。


「迂闊だったね。俺も気付かなかったし……先輩が気付いた時にはもう手遅れ」


 憮然と呆然が混ざったような表情になるノア。


「戦闘の一方で、お得意の魔力吸収魔法を用いて、封印を弱め続けていたとはね。気付かない儂等も間抜けだったよ」


 ミヤがシクラメを睨む。


「こんな単純な手に気付かないなんて……注意を払っておかなかったなんて」

「情けないのは儂も同じだよ。勝負の方に気を取られちまって。ま、師弟揃って大バカ者だ。はんっ」


 ユーリが悔しそうに呟き、ミヤはうつむきながら自虐的に言った。


「ぶひぃ、きっとシクラメは、サユリさんの死んだふり戦法にインスパイア受けて、こっそり封印緩め作戦を思いついたのであるな」

「そ、それはないよう……」


 倒れたままのサユリが言ったが、シクラメは苦笑気味に否定した。


(そしてまたしてもシクラメにしてやられた感があるね。前回もアルレンティスが来なければ、どうなっていたかわからん。こ奴の抜け目の無さは本当に大したもんだよ)


 シクラメの存在を心底忌々しく思うミヤ。


「うわあ、力が入り込んでくる……。力が溢れてるよう」


 シクラメが自分を抱くように両手を胸の前で交差させて、もじもじと身を震わせる。


「おめでとさままま。ミヤがこないだやったことと同じだ。封印を緩めたことで、中の力がお前に流れ込み、力を手に入れた。封印を緩めたことの御褒美みてーなもんさ」


 嬲り神が皮肉たっぷりに言った。


(儂に言わせれば逆だけどね。坩堝から力を引き出すことによって、封印も弱まっちまう。ま、それは嬲り神もわかっているだろうし、連続して引き出す事も出来ない。また引き出す事が出来る時期になったから、こうして人を呼び込んだんだろうけど)


 その時は今度こそ封印をしめなおさなければならないと、ミヤは決意する。


「ただでさえ手強いシクラメが、余計に力をつけたってことか」

「だからよー、そいつはミヤも同じだろうがよ。ま、ミヤの場合は延命効果のニュアンスが強かったがなあ」


 ユーリが言うと、嬲り神が突っ込む。


「こっちが優勢だと思ったら、向こうはこっそりと戦い以外のことをしていたなんてね」


 ノアが息を吐く。


「これで終わりかな。嬲り神の目論見の方がかなった格好だね」


 と、ダァグ。


(ああ……魔王になれる方法なんてのが目の前にあるのに、今の俺にはどうにも出来ない。もどかしい)


 坩堝を見やりながら、ノアは歯がゆさと悔しさで頭が沸騰しそうになっていた。


(でも確かに希望は見えた。これからどうすればアレに届くのかわからないけど、俺はその存在を知ったし、真の当たりにした。つまり運命が俺に、魔王になれと言ってるも同然だ)


 それと同時に、自分の都合の良いように解釈し、期待に胸を膨らませるノアであった。


「それでは皆さん……これにてお暇します」


 宝石百足が申し訳なさそうに一言言って、姿を消す。

 ダァグも姿を消す。


「んじゃ……」

「待って嬲り神。はっきり答えてよ。母さんを殺したのは貴方なの? そしてどうして僕を助けたの?」


 嬲り神も消えようとした所に、ユーリがじれったそうな口調で呼び止めた。


「お前の母ちゃんを直接手にかけたわけじゃねーけど、人喰い絵本が殺した構図なのは事実だし、つまり俺に責任が無いわけがない。ダァグにもあるし、人喰い絵本をそっちの世界と繋げた魔王にも責任がある。この答えでいいか?」

「どうして僕を助……」

「内緒だ」


 ユーリがなおも問うが、嬲り神は答えなかった。


 次の瞬間、全員、通常空間に戻った。


「さて、我々は全力で逃げるとしておこう」


 ジャン・アンリが言う。


「わあい。通報されて捕まっちゃうよう」

「君はいつもその格好で堂々と、街中をふらふらしているだろうに」

「ではさらばれす」


 シクラメ、ジャン・アンリ、ロゼッタが駆け足で逃げていった。


「追わなくていいんですかー?」

「今は面倒だよ。シクラメが力を手に入れていたしね。そして儂等は皆消耗している」


 イリスが伺うと、ミヤが疲れ気味の口調で答える。


「あらあら、あそこにいるのって、最初に吸い込まれた人達じゃなあい? 無事だったのねーん。よかったわーん」


 近くにいる数人の男女を指すブラッシー。


「おかっぱの子が助けてくれたんだ。戦う力が無いようなら、隠れているようにって。しばらくしたら自然に帰れるって言ってさ。で、安全な場所とやらに案内してもらった」


 ブラッシーに指された男の一人が答えた。それを聞いてユーリは複雑な表情になる。


「ユーリや、心に黒い炎を灯すんじゃないよ」


 そんなユーリの様子を見抜いたミヤが、注意した。


「でも師匠……」

「その負の念は、魔王の餌になるんだよ。あの坩堝に流れ込む。そういうシステムになっている」


 反発しようとしたユーリに、ミヤが静かな口調で語る。


「坩堝はそういうものさ。夢の世界はあらゆる世界の住人と繋がっているからね。お前はそいつに力を注ぎたいのかい?」

「わかりました。肝に銘じておきます」


 ミヤに諭され、ユーリは渋い顔のまま従った。


(先輩が凄く変だ。婆が先輩をチェックしていろと俺に言っていたのはこれかもしれないけど、もう少し先輩の考えていることとか知っておかないと、制御も抑止も難しいかな)


 ユーリを見て、ノアが案じる。


(今回は神様への祈りが届いたかな? 皆無事に帰れた)


 ユーリは胸の黒い火を消す努力をするが、それは無理であり、無駄だと悟った。


(このお願いを聞き届けなかったら、僕は絶対神様を許さなかったけど)


 再び黒い火をくゆらせながら、ユーリは思った。

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