19-9 経験が上回る
「ノア、貴女の相手はあたちが担当するれす」
ロゼッタが宣言し、後方へと移動する。
ノアもロゼッタに合わせて移動した。他の面々とは距離を置く格好だ。
「ガリリネとヴォルフの仇討ちのつもり?」
「そんなつもりは無いのれす。腕試しするには、馴染みのある貴女がいいと思ったのれす」
ノアの問いに、ロゼッタは丸眼鏡に手をかけて、不敵に微笑みながら答えた。
「そっか。じゃあ付き合ってあげる。でも君が一番弱そうだから、そこが俺の不満なんだけどな」
うそぶく一方で、ノアは計算もしていた。
(その弱そうなロゼッタをなるべく早く倒して、先輩の支援に行かないとね。そして弱そうと言っても、今いる敵の四人の中では一番弱そうという話だ。油断できる相手じゃない)
かつてノアはロゼッタとやり合った事もあるが、あまり手の内をよく知らない。以前の交戦では、悪臭を伴うピンクのガスで攻撃してきた。ガスを吸うと全身に痺れが生じた。
ロゼッタがおもむろに白衣のポケットの中から試験管を取り出し、中の液体を噴出させる。空中に噴出した液体は霧状になったかと思うと、大気の中に溶け込むように消えていった。
変化は目に見えない。しかし――
(しかし何も無いわけがない)
周囲の空間全体に、探知魔法と解析魔法を同時にかけるノア。
果たして変化はあった。目には見えないが、魔力で感知できた。極小の魔力の粒子がロゼッタを中心として四方八方に広がり、ノアに向かって不規則に迫ってきている。
(昔、母さんに習ったな。病気は目に見えない小さなもの――菌だとかウイルスだとか、そういうもので引き起こされると)
ノアはロゼッタの行為を見抜いた。魔力が込められたウイルスを散布したのだと。
ノアが魔法で突風を吹かせて、ロゼッタが散布したウイルスを吹き飛ばす。
しかし全てのウイルスを吹き飛ばせなかった。空気の流れの合間を巧みに通って、ウイルスがノアに接近する。
再度魔法で風を巻き起こすノア。今度は丁寧にコントロールして、ウイルスの残りを残さずに遠ざける。
その時、ノアは悪寒を覚えた。
(後ろ? 転移した? いや、空間の歪みが発生した気配は無い)
風をコントロールしてウイルスの残りを遠ざけている隙に、後方からウイルスがノアに付着した。
(一体どうなって……)
全身にけだるさを覚え、崩れ落ちるノア。
「うまくいったのれす」
にやりと笑うロゼッタ。
(体に力が全く入らない。魔力をコントロールできない。そういう効果のウイルスか)
かつてロゼッタの攻撃を受けた際、体に痺れが生じて動きが阻害されたが、魔法ですぐに癒した。だが今回は、魔法そのものまでもが扱いづらくされてしまい、体を正常な状態に戻せない。
(いや、そんな馬鹿な……。一瞬にして魔力の制御も効かなくして、こんなにも体力を根こそぎ奪う力なんて、考えられない。そんなの婆だって無理じゃないか? つまりこれは、錯覚だ。幻覚の類だ)
そう意識することでノアは、魔力がコントロールできない状態でありながら、頭の中で必死に魔力のコントロールをイメージする。
「出来るね」
魔力の操作が出来た時点で、幻覚だと確信できた。その瞬間、ノアの感覚が全て戻る。体力も奪われていない。そう錯覚させられていただけだ。
「おや、やるれすね」
幻覚ウイルスを打ち破られても、ロゼッタはまだ余裕だった。
(そしてもう一つの謎。後ろから気付かれないうちに接近されていた。空間の歪みは無かった。つまり、幻影か何か――)
ノアが感知魔法を強めにかけてみる。
(三段構え。探知魔法や感知魔法をかけづらくする効果が作用しているのか。それに加えて単純な空気の屈折。それらは全部ウイルスが行っている。幻覚作用、感知魔法の阻害作用、そして空気の屈折作用と、三種類の作用をもたらすウイルスがいる)
からくりを全て見破ったノアは、周囲のウイルスの動きを完全に把握し、風を巻き起こして、接近するウイルスを全て退けた。
ここでようやくロゼッタの顔色が変わる。
「どうしたの? 見破られないと思った? 念入りなのは凄いけど、全部ウイルス任せってのもどうかと思うよ?」
表情に若干の脅えが伺えるロゼッタに向かって、ノアが嘲りを込めて言い放つ。
(そう、それはおかしい。ロゼッタはガリリネやヴォルフと違って、思慮深い。全部ウイルス任せで、それを破られた時のことを考えていないはずかない)
言葉とは裏腹に、ノアは警戒を怠らない。
「くっ……」
まるでヤケクソのように、試験管を複数放り投げるロゼッタ。試験管が地面で割れると、赤、青、黄の三色の煙が立ち込める。
手前の青い煙がロゼッタの体を隠す。黄色と赤の煙は、まるで煙そのものが生き物であるかのように、ノアに接近してくる。
(これはきっと囮。煙に対処している隙をついて、煙の中か、あるいは全く別の方角から、不意打ちを仕掛けてくると見た)
周囲に広がって視界を奪う煙という性質からして、ロゼッタにそのような目論見があると、ノアは判断した。
ノアが意識の触手を展開する。不可視の魔力の触手だ。それらには感知と探知の魔法作用がある。背後に、頭上に、そして足の下にも伸ばしていく。
赤い煙がノアに迫る。黄色い煙はその後方から、ゆっくりと近づいてきている。
意識の触手を操ると同時に、ノアは別の魔法も発動させる。先程同様に、突風を巻き起こして、赤い煙を吹き飛ばさんとした。
風が赤い煙に及ぶや否や、赤い煙が爆発を起こした。
爆風はノアにも及ぶ。しかしノアは爆風を身に浴びながら、ひるまずに意識を下に向けた。
意識の触手は、透明の接近者を補足していた。爆発に合わせて、それはノアの下から、一気に突っ込んできた。
ノアは身を引いてかわしつつ、透明のそれを魔力で縛り上げる。さらに着色する。
それは巨大な羽虫だった。頭部からは湾曲した長い刃が二本生えている。刃は鋸状になっていて、牙なのか角なのかはわからないが、それをノアに突き刺そうして、舌から突っ込んできた。
「毒とかもありそう」
ノアが呟き、巨大羽虫を魔力で圧迫し、そのまま潰す。
(これは疑似生命とかイメージ体ではなく、本物の虫だ。虫使いの魔術師ジャン・アンリに借りたものかな?)
勘繰りつつ、黄色い煙に視線を向けるノア。すでにロゼッタの居場所も特定している。
「青の中に隠れたと見せて、そこ」
そう言うとノアは、黄色い煙めがけて猛烈な吹雪を巻き起こす。
「あうぅ……やめ……降参れす……」
黄色い煙が吹き飛び、全身真っ白になって身を縮ませて震えるロゼッタが、か細い声で告げた。
「手をかけるのはいいけど、やりすぎ感もある。そうすると裏を読みやすくなる。策士策に溺れる? ちょっとニュアンス違うかな」
吹雪を止めたノアが、蹲るロゼッタに向けて言う。
(ロゼッタはあまり戦ったことが無さそうだ。俺も先輩や婆に比べれば劣るけど、それでもロゼッタよりは戦闘経験有るし、その差が活きた勝利かな)
ダメージもそこそこ程度に抑え、さほど力を消耗せず勝利することが出来たノアは、隣の戦闘に目を向けた。
***
ミヤはユーリと並び、シクラメとジャン・アンリの二人と対峙していた。
「一対一を四組ではなく、こちらは二対二のタッグ戦という解釈でよろしいか?」
「ユーリの力が僕達に比べて劣る分、ミヤがカバーしながら戦う格好だと思うよう」
ジャン・アンリとシクラメが言う。
「はん、あんなこと言われてるよ。どう出る? 愛弟子よ」
ミヤがキャットフェイスを笑みの形にして、面白がるように声をかけた。
「どう立ち向かうか、すでに考えはまとまっているのですが……」
「何だい?」
歯切れの悪い口調で言うユーリに、ノアは訝る。
「師匠、僕の考えた通りに動いて頂いてもよろしいですか?」
「いいよ。お前の考えを念話ですぐに送りな。奴等に読み取られないようにね」
ユーリが伺うと、ミヤが促した。
「ふん。そういうやり方か。上等じゃないか」
念話でユーリの作戦を聞き、不敵な笑みを浮かべるミヤ。
ミヤが前方へと単身で進み出る。一方でユーリは後退する。
「ミヤ一人で僕達二人を相手にするのかな? いや、そんなわけないよねえ」
シクラメが興味津々にミヤとユーリを見て言ったその時、ミヤが仕掛けた。
大量の光り輝く魔力の矢が射出され、ジャン・アンリとシクラメがいる場所へと降り注ぐ。
シクラメは得意の吸収魔法を用いて、光の矢の大半を自身に吸収していったが、いかんせん矢の数が多すぎた。何本かは吸収できず、魔力の矢をその身に受けて、ダメージを食らってしまった。
ジャン・アンリは呪文を一言唱えて巨大甲虫を呼び出し、盾にする。
ミヤから放たれた光の矢は巨大甲虫に降り注ぎ、その全てが貫通してジャン・アンリの体にも降り注いだ。
「ここまでの貫通力とは。見くびったし見誤ったという事でよいか?」
「あーあ、穴だらけだよう。治してあげるねえ」
全身血塗れになったジャン・アンリを、シクラメが魔法で素早く治す。シクラメは大したダメージは無かったが、ジャン・アンリは深刻なダメージを受けていた。
ミヤからの次の攻撃の気配を察知し、ジャン・アンリは無視の中に取り込んだ魔法使いアデリーナの魔法で、シクラメは自前の魔法で、転移して逃げようとした。
ミヤが念動力猫パンチを放つ。
ジャン・アンリとシクラメの転移魔法は作用しなかった。空間が強烈な力で固定されていた。二人が転移で逃げることを予め見てとり、ユーリが空間操作を行っていたのだ。
ジャン・アンリとシクラメの体が巨大肉球によって潰される。
「ちっ、威力を削がれたね」
舌打ちするミヤ。猫パンチを食らう直前に、シクラメが吸収魔法を使って魔力を吸い取り、威力を低下させたのだ。クリーンヒットであれば、再生能力を持つシクラメはともかく、魔術師であるジャン・アンリは殺害できたのではないかと思えた。
二人揃って全身骨折の重傷を負ったが、再生しながら同時に立ち上がる。
起き上がりながら、ジャン・アンリは呪文を唱えていた。ジャン・アンリの周囲に大量の巨大昆虫が出現する。
「受けに回るのはよろしくないと言っておこう。魔術師の私は特にな」
ジャン・アンリが喋っている最中な、巨大昆虫達が一斉に呪文を唱えていた。
(昆虫の魔術師化……じゃなくて、虫の中に人を取り込んで、そいつらを魔術師化か。話には聞いていたが、何ともおぞましいことをするもんだよ)
呪文を唱える昆虫達を見て、ミヤは思う。
様々な攻撃魔術がミヤめがけて一斉に降り注ぐ。後方に下がったユーリは狙われていない。攻撃の照準は全てミヤに向けられている。
ミヤは高速で前脚を振って、叩く仕草を行う。その動きに合わせて念動力猫パンチが連打され、ミヤに放たれた攻撃魔術が片っ端から迎撃して消し飛ばした。
一方シクラメは、ファンシーなデザインの鳥を数羽生み出し、後方のユーリに飛ばした。
しかしミヤがその鳥も迎撃してしまう。一羽だけミヤの猫パンチを逃れた鳥が、ユーリに迫ったが、ユーリは回避に徹する。魔法で防ごうともしない。
ユーリが鳥の攻撃から逃げ回っているうちに、ミヤが念動力猫パンチでその鳥も潰した。
「ミヤを前面に立て、ユーリはあくまで後方支援という作戦かなあ」
シクラメが言った。
「なるほど、その戦い方であれば、ちゃんと二対二の形に振り分けられている。効率がいいと言っておこう。そして見事とも言っておこう」
納得するジャン・アンリ。
その後、四人の攻防がしばらく続くも、ミヤは敵の戦い方に奇妙な偏りを感じた。
(おかしいね。ジャン・アンリはともかくとして、シクラメの攻撃がやけにぬるい。温存しているのかい? それとも別の何かを狙っているのかい? あるいは……もうすでに何かしているのかい?)
後方に下がって、ジャン・アンリと比べて明らかに手数の乏しいシクラメを見て、ミヤは勘繰る。
(師匠、敵もこちらの真似をしてるのでしょうか? シクラメが僕の役割で、ジャン・アンリが師匠のように動いているというか……)
ユーリが念話で語りかける。
(そう見えるね。何のつもりでそんなことをしているか知らないが)
何か怪しい気配を感じ、ミヤは戦闘態勢を解いた。
「む?」
急に闘気を霧散させたミヤを見て、ジャン・アンリが訝る。
「戦いの最中だけどね。一つ訊きたいことがある。お前の目的は一体何なんだい? 最終的にどこに向かっているんだ」
「当面の目的はK&Mアゲインの理想通り、王権復活と、魔術師と魔法使いの自由の保障だ。当然、魔術師ギルドも復活させる」
ミヤの問いに、ジャン・アンリはいつもの淡々とした――ではなく、朗々たる口調で答えた。
「貴族達は人の可能性の目を潰そうとした。自分達の権限を守るためにな。これは許されざる大罪とする。可能性の目とは、魔術の発展である。魔術は魔法と違い、誰でも扱えるが故に。いや、何もア・ハイの貴族だけではないな。歴史上様々な国で、人は人の可能性を弾圧し、規制し、迫害し、抑制し、捻じ曲げてきて、人の魂の中の光を否定した。探究する人間の大敵は、怠惰で強欲な人間であるということにしておこう」
「それだけかい? その後にも何かあるんじゃないかい?」
「当然ある。もしや私が、大それた邪な企みを抱いていると勘違いしていないか? そんなものは無いと言って信じて貰えないだろうか?」
「まともな理想であれば、ここで喋れるはずだよ」
挑発するように言うミヤ。
「私の目指す先は、全ての人の魂の光をより強く輝かせること。すなわち、全ての人間が魔術を習得できる体制を作りたい。学問を義務化したうえで、魔術の習得も義務化するというのはどうだろう? 理解してもらえたか?」
「悪い……とは言わないけど、大変な道のりだよ、それは」
「ちょっと見てみたい気もする……」
方法はともかくとして、ジャン・アンリの目指す理想とやらは、それほど悪いものではないとミヤとユーリに感じられた。ただし、達成するのは、現状を見れば非常に困難だ。魔術は確かに誰でも習得できるが、才能の個人差はあるし、途方も無い努力が要る。
「ジャン・アンリ……お喋りしている間に時間稼ぎされちゃったよう」
シクラメが苦笑気味に言い、ロゼッタを倒したノアを指した。ノアはミヤのいる方に向かって小走りに駆けている。
「ふむ。してやられたと言うべきか? そうでもないか?」
顎に手を当てて、数字の上で振りになっても、動揺するそぶりは微塵も見せずに呟くジャン・アンリ。
「これで二対三だ」
ミヤの横に来たノアが、にやりと笑う。




