19-6 魔王を生み出す力の扱い
(何と可憐な……)
豚に跨った、息を飲むような美貌の少女を前にして、騎士の一人が思わず見とれ、もう一人は生唾を飲む。
「で、デカいっ」
ノアは少女の胸に注視し、思ったことを正直に口にした。
「おぉっと、初対面でエロ目線で視られてますよ~」
サユリが甲高い声で勢いよく喋り出す。
「いやあ、もうそういう目で視られるのは慣れていますが、初対面でそれをはっきり口にする失礼な輩は、珍しいですよ、これは」
かと思ったら、落ち着いた口調に代わって喋る。
「この人、一人二役で喋ってるの? アルレンティスとはまた違うタイプの多重人格?」
サユリを見て訝かるノア。
「そのことには触れないでおやり。こいつは性格悪くて友人が出来ないせいで、ああやって寂しさを紛らわせているのさ。可哀想な子なんだよ」
「なるほど。可哀想だ。凄く不幸だ」
「ぶひぃ~……ミヤ、人を傷つけるようなこと、初対面の人達の前で言わないで欲しかったりして」
ミヤとノアのやり取りを聞いて、サユリは憮然とした顔になった。
「サユリって性格悪いの? 別にそうは思えないけど……」
ダァグがミヤの台詞を聞いて、不思議そうな顔になる。
「サユリなんかどうでもいいんだよ。それより注目すべきは後ろにいる坊やだろ」
ミヤがダァグを見る。
「初対面だけど、君のことはよく知ってる」
ダァグがミヤを見返してにっこりと微笑んだ。
「じゃあそういうことで、さよならなのだ」
サユリが言い、豚を歩かせ、ミヤ達の横を通り抜けようとする。
「お待ち」
「ちょっと待ってよサユリ。いきなり素通りしようとしないで」
ミヤとダァグが二人同時に、サユリを止めた。
「ぶひ、ダァグ。あたくしはミヤとは関わりたくないのだ。今の台詞から見てもわかるのである。ミヤはサユリさんのこと悪く思っているのが丸わかりでして。関わればきっとサユリさん達に害をもたらすのである。だからここは関わらずに素通りするのが正解でして」
「マイナス2。儂もお前なんかに関わりたくはないけど、その子には用があるんだよ」
「きたーっ、久しぶりにミヤのマイナスくらったーっ。それをやられるとサユリの豆腐メンタルに深刻なダメージだーっ」
ミヤが有無を言わせぬ口調で告げると、サユリは弾んだ口調で実況した。
「メンタルに爆弾を抱えているサユリに、毎回これは効きますよー。ミヤはわかっていてやってるんですよねー。勝負の世界だから仕方ないとはいえ」
次いで、落ち着いた口調で解説する。
「何なんだ……この人……」
「これが序列三位の魔法使いサユリ・ブバイガなのか……」
絶世の美少女と呼んでも遜色ないほどの端麗な容姿の持ち主にも関わらず、変人そのものの言動に、騎士二名は引いていた。
「サユリ、僕はミヤと話がしたいよ」
ダァグが辟易とした顔で主張し、サユリのマントを軽く引っ張って制止しようとする。
「ぶひ~ん、それはないのだ。ダァグは豚に乗せてやった恩があるんだし、あたくしに従うべきでして。さっさとサユリさんの願いを無限に叶え続けて欲しいのである」
「相変わらず無茶苦茶言ってるわね~」
サヤリが半泣き顔で主張し、イリスが呆れる。
イリスはかつてサユリと共に、何度も喰い絵本の中に入っていた。そしてその度に、散々面倒な思いをしていた。
ダァグがサユリを無視して豚から降りる。
「儂を知っていると言ったね? 神様の視座からずっと儂を見下ろしていたのかい?」
ミヤがダァグを見て、皮肉げな口調で問う。
「知らない方がおかしいよ。君は何百年もこの世界に関わった。僕が君に注目している他の理由は、口にしない方がいいかな」
ダァグの答えを聞いて、ミヤの表情が険悪になる。
(婆、怒ってる? 今の台詞に怒らせる理由があった?)
ノアが敏感にミヤの変化を感じ取る。
「そのうえ君はメープル一族とも因縁があるしね。これは言ってもいいでしょ?」
「人喰い絵本は魔王がもたらした災厄じゃないの~?」
ダァグの言葉を聞いて、イリスが戸惑い気味に質問する。先程の絵本の中でも、メープル一族の干渉があって、他の世界と繋がったという話があった。魔王によってもたらされた災厄という話ではない。
「そっちでは、魔王の置き土産の災厄という事になっているらしいね。つまりね、魔王だけのせいではないんだよ。そもそもがメープル一族の関与もあって、君達の世界とこちらの世界を繋げた。だから彼等の責任でもあるのさ」
ダァグが説明する。
(正直、儂はほっとしている。人喰い絵本そのものが、儂から発生したものかと、ずっと疑っていたからの。それは否定されてよかったよ。もちろん、儂の責と罪が消えたわけではない。人喰い絵本が現れたことは儂が原因だからね)
絵本の話を見て、そしてダァグの話を聞いて、ミヤは胸を撫で下ろしていた。
「質問していいかい? ここの所、人喰い絵本の発生率が上がっている理由は何だい?」
ミヤが尋ねると、ダァグは躊躇の表情になり、答えない。
「メープルFは、世界の破壊が進んでいるからと言っていたよ。ここは滅びゆく世界だとね」
「そうだね……君達の世界に比べれば、滅びが近いと言える」
さらにミヤが告げると、ダァグは顔に手を当て、暗い表情になって認めた。
「滅びの兆候が見えているからね。でも僕が創った世界はまだまだいっぱいある。滅びの濁流に全ての世界が乗ってしまっているから、全てが滅ぶ前に、世界が悲劇から救われたいと願い、人喰い絵本という形で君達の世界に慌てて縋っている――という所かな」
「創造主様の意思じゃないんだ」
意外そうに言うノア。
「絵本を見ただろう? 僕は創造主であっても、全知全能ではないよ」
ノアを見て、ダァグは自虐的な微笑をたたえる。
「一番聞きたいことは、何で急に人喰い絵本の正体を明かしたか、だよ。創造主様もしゃしゃり出てきてさ。何の理由? どういうぜんまいが巻かれた?」
「あ、それはあたくしも知りたかったことでして」
「皆知りたいだろうよ。サユリは豚に乗せて一緒にいたのに、全然聞かなかったのかい?」
ノア、サユリ、ミヤがそれぞれ喋る。
「ぶひ~ん……またミヤがサユリさんをディスるのである……」
泣き声をあげるサユリ。
「サユリは何かくれ何かくれと、そればかりだったよ。豚に乗せてやったから、その御礼に、イレギュラークレクレばかり言い続けてた」
「ぶひぃっ、バラしちゃ駄目なのだーっ」
ダァグが疲れ気味な表情で言い、サユリが抗議の声をあげる。
「豚に乗せるとイレギュラー要求できるのか。凄い理屈」
「サユリらしくて驚きもしないよ」
ノアとミヤが言う。
「えっと、僕が出てきた理由と、いつもと違う趣旨の世界へ導いた理由だけどね。それは嬲り神の立案さ。僕は嬲り神のセッティングに乗ったんだよ。君達の世界に迷惑をかけている事はずっと知っていた。犠牲を出していた事も。凄く悪いと思っていたけど、僕にはどうにも出来ない。いい加減、このままではいけないかなと思って、良い変化をもたらすつもりで、嬲り神の話に乗った。ミヤ、君が知るあれを、制御しようと思ってね」
「制御だと……」
ダァグが口にしたあれとやらが何であるか、ミヤはすぐに察した。そのうえで制御云々という単語が出た事が、聞き捨てならなかった。
「嬲り神は他の人達と接触したみたいだ。そしてあれの封印を緩めさせようと仕向けている。勝手なことしてくれるよ……全く」
溜息をつくダァグ。
「あれとか、思わせぶりに言ってるけど、何なの?」
「夢の世界にある、『坩堝』と呼んでいる負の念の吹き溜まり」
ノアが問うと、ダァグが答える。しかしそれが何であるか――負の念の吹き溜まりがどのような代物で、何をもたらすものか、全くわからない。
「お前の口振りからすると、嬲り神に全面的に賛同して動いているわけでもなさそうだね」
ミヤが指摘する。
「そうだね。彼もまた、僕の制御を離れて勝手なことしまくるようになってしまったから。でも僕はそれを咎めない。僕は……嬲り神に対して、色々と引け目があるし、彼は彼で考えが合って行動しているから、それを妨げたくもない。度が過ぎれば、考え物だけどね」
複雑な表情でダァグは事情を語るが、またここで新たな謎が出てきてしまった。創造主であるダァグが、被造物である代理の神に対する引け目とは何であるかという謎が。
「ミヤはどうする? ミヤも坩堝の封を緩めてしまったけど、このまま放置しておく? 嬲り神はさらに緩めたいようだけど、放っておく?」
ダァグのミヤへの質問を聞いて、一同の注目がミヤに集まる。
「アザミとシクラメとの戦いの際、儂は儂が生きたいという気持ちで、身勝手なことをした。坩堝から力を引き出した。そして儂の身勝手による不始末を片付ける機会をくれるというなら、さらに身勝手の上乗せになるが、利用させてもらうさ」
静かな口調で、しかし決然と言い切るミヤ。
「つまり、嬲り神の思惑には乗らないんだね?」
「ふん、どうだかね。儂がそうする事からして、嬲り神の掌の上かもしれないよ」
ダァグが確認すると、ミヤが皮肉げに鼻を鳴らした。
「これは何の話をしているのかさっばりですっ。果たしてこの二人が語る坩堝とは何でしょうかっ。そしてミヤが坩堝を緩めたと意味深な発言をしたぞーっ」
サユリがハイテンションな早口実況口調で言う。
「だよね~。二人だけの世界になってるわ。ミヤ殿ってば、気になる発言しまくりだしー」
サユリに同意するイリス。
「大魔法使いミヤがそれだけ、人喰い絵本の秘密を多く解き明かしているという証明でしょうっ」
しっとり解説口調でサユリが言った。
二人の言葉はミヤの耳にも届いていたが、ミヤはこの場で語るつもりは無かった。
「この先に霊園がある。そこにある魔王廟に封印がある」
「まおーびょーっ」
ダァグが口にした台詞に、反応したのはノアだった。
「魔王が封印されてるの?」
もしそこに魔王が封印されているのなら、その魔王の力をものできないかと期待するノアだった。
「ちょっと違うかな……。魔王廟なんて名前がつけられちゃってややこしいけど。封印は――言ってしまっていい?」
ダァグがミヤの方を見て確認する。
「よいぞ」
「さっき言った坩堝に――魔王を生み出す力が封印されている。力を引き出す者、力を受け継ぐ者が魔王となる」
ダァグの口から告げられた衝撃の真相。ノアの期待がさらに急激に高まった。心臓が早鐘のように鳴り出し、頭がかっと熱くなった。
「まあ、今は何をどうやっても魔王が生まれることはない。でも、時間の経過、封印の緩み、さらにプラスアルファで様々な要因が加われば、わりと遠くない時期に、坩堝の中で渦巻く力は封じきれずに溢れ出す。概要としてはそんな感じ」
静かな口調で語るダァグ。イリスと騎士他二名は、あまりに壮大な話を聞いて、呆気に取られている。
(その力とやらで是非魔王になりたいっ)
興奮するノア。
「そんなわけで、封印の緩みを押さえて、魔王を生み出す力が溢れるのを先送りしにいくよ」
しかしミヤが口にした台詞を聞いて、興奮が一気に冷めた。がっくりと肩を落とす。
(こないだは嬲り神の前で、儂が生きているうちの方がいいとか、時期を早めるのも構わんとかうそぶいてたけど、今は逆のこと言ってるね。全く儂もいい加減なもんさね)
アザミとの戦いで、坩堝に干渉した時、自身が口にした台詞を思い出し、自嘲するミヤであった。
(がっかり……。まあ魔王嫌いな師匠ならそう言うだろうけど……。ダァグの話を聞いた限り、現時点では魔王になれる力を手に入れる事も出来なさそうだし、師匠を出し抜いてそんな力を手に入れるなんて、今の俺には到底無理……。しかし残念だなあ。いや、今は駄目でも、いつかは封印が解けるのなら、チャンスもある?)
希望を捨てる必要も無いとするノア。
「魔王廟とやらは、夢の世界に繋がっているのかい?」
「そうなるね」
ミヤが伺うと、ダァグが認めた。
「夢の世界とか、どんどん新ワード出てくるー」
イリスが言う。
「アルレンティス=ルーグが言ってた。夢の世界の存在。でも師匠は教えてくれなかった」
ノアが若干不満気味な声を発する。
「ん? 何か文句あるのかい? まだまだ教えてないことは山ほどあるよ」
ミヤがノアの方を向いて、悪びれることなく言ってのけた。
「いいや。ところで師匠、魔王を生む力が、人喰い絵本の中にある事を知ってたんだ」
「ああ、誰にも教えるつもりは無かったよ。人の口に戸は立てられん」
ノアが指摘すると、またしてもミヤは悪びれずに言い切る。
「ブラッシー殿を助けに霊園に向かっている最中でしたし、丁度いいって感じですかねえ」
「そうなるかねえ」
イリスが言い、ミヤが同意する。
「ぶひ~、その力を是非手に入れたいけど、ダァグの話が本当なら、無理そうである。またなのだ。運命は期待だけさせておいて、すぐに絶望と落胆の奈落に突き落とすのだ」
「サユリ、せっかくいい顔してるのに、豚の真似してぶひぶひ言うのはどうなの?」
ネガティブなことを言って嘆くサユリに、ノアが指摘した。
「それ、これまでに三桁くらい言われたけど、サユリさんは豚が大好きだし、この世で最も可愛くて価値のあるものは豚だと思ってるから、今後もずっと豚の真似し続けるのだ。この答えを返すのも、三桁いってるのだ」
豚に跨ったまま、胸を張るサユリ。
「儂も以前同じこと言ったら、同じこと返されたよ。その時は、そろそろ三桁いくと言われたがの」
ミヤが補足するかのように言った。




