三十六之巻:魔王よ刮目するが良い
「ほう、断るか」
服部一蔵は暗黒の力を増大させていく。
奴の周囲から闇が広がり、広大なる謁見の間をじわじわと覆い尽くさんとする。某の周囲のみが闇に揺れる蝋燭のように心細く光が残った。
「せめて交渉の際には殺気を隠すべきでござったな。いや、伊賀の頭領ともあろう方が隠せぬ筈はない。魔王と一つになっている故か」
魔王が聖女を身内に受け入れはせぬというものであろう。
「ふむ。だが、断ったとてお前と俺の力の差は歴然。四天王如きに苦戦する聖女がこの魔王・服部一蔵に敵うと思うてか?」
「ふん、魔王よ刮目するが良い。シルヴィア」
――はい、おいしそうさん!女神様……御力を!
某の内でシルヴィアが祈りを捧げる。
某が身体に乗り移ってより、大半の時間を心の内へと篭り、聖女の力を蓄え続けた彼女の力を見ると良い!
「臨兵闘者皆陣列在前!」
――神よ、我が願いを聞き届けたまえ!
「忍法!口寄せの術!」
――その威光を以って地をお照らし下さい!
「忍法奥義!神降ろし!」
――聖法奥義!女神降臨!
某の身体が光輝に包まれた。
背からは四対の光の翼が生え、頭上には白金の冠。右手の剣は先端より光刃を伸ばす。
タン。
軽く地を踏み鳴らせば闇を払い、謁見の間全体が光を取り戻す。
一蔵は呟いた。
「その身を女神と化しただと……」
「否」
某はゆらりと身を動かす。ただそれだけで光が揺れ、形を成す。
「「影分身……。女神では無い。忍法の使える女神よ」」
舌打ちをした一蔵は高速で印を結ぶ。
「臨兵闘者皆陣列在前!忍法奥義!萬川集海!」
闇が湧き上がってくる。ずるりずるりと一蔵の背後に蠢く闇が無数の川のように顕現する。
それは負の思念、瘴気、怨念といったもの。世界中よりそれらを集め、川が海に流れ込むように一蔵の身体へ。
それは人間に耐えられる業ではない。魔王と融合している故の力。一蔵の身が膨れ上がり、その巨大な玉座に見合う巨体と化した。
一蔵より闇が溢れる。それは某が放つ光と拮抗した。
「手加減はできぬぞ」
「「「「無論」」」」
魔王・服部一蔵が巨大な拳を振るい、無数の光と化した某が杖を振るった。
刹那、謁見の間は内より爆発、魔王城は瓦解した。
一蔵の拳は地を割る。
「忍法!溶岩の海!」
某の杖が天を裂く。
「忍法!流星の雨!」
某たちが動くたび、天変地異とよぶに相応しい術がおこる。
付近に誰もおらぬ魔王城でのこの戦いは、人も、魔も、世界の全ての者から見えていたという。
三日三晩戦いは続いた。




