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黎撃のインフィニティ  作者: いーちゃん
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第30話 part-a

[part-a]ミオ


 純白の機体は、敵の最終防衛ライン上に悠然と滞空していた。

 統一連合の量産型AOFである<エーラント>とは明らかに違うフォルムであり、どちらかといえば第四世代AOF――つまり<アクト>や<オルウェントクランツ>と似通うかたちの敵の新型機は、まるで本陣に控えた将軍のように落ち着いた佇まいがあった。

(なんだ……この機体)

 見知らぬ敵の登場に、ミオは思わず目を細めた。

 ワイヤーアンカーで敵機を薙ぎ倒し、光刃で敵の武装を斬り飛ばす――その僅かな剣戟の間にも、ミオの視線は白亜の敵へ注がれていた。

 ……見覚えがある?

 否、と内心で否定した。目の前にいる敵機は後背部に2つの巨大な推進器(バーニア)を備えており、それは強烈な青色に彩られている――ミオがアフリカで目撃した白亜の機体とはまた別のAOFだ。以前の自分が見た白いAOFは、推進器ではなく鋼翼を纏っていた。

(指揮官機か? だとすれば少しややこしいか)

 漆黒の機体<オルウェントクランツ>は急停止するとS字のカーブを描く軌道に移り、敵機と均等な距離を保った。

 相手の実力は図り知れない。もしかするとメチャクチャ弱いかも知れないが、それと逆の可能性も十分に有り得る――むしろ前者のポテンシャルは低いだろうとミオは予測していた。

 あと少しで防衛ラインは確実に突破できる。そうすればこのガーディアン・ゲートブリッジという巨大な要塞を陥落させることが出来るのだ。作戦遂行を目前にして、ちっぽけな脳がもやもやと熱を上げていた。

 ぐ、と血が出そうになるほど奥歯を噛む。

 なぜ橋を陥とそうとするのか――そんな理由は自分にとって重要なファクターではないし、正直なところどうでも良かった。ミオにとって重要なのは作戦を遂行できたという事実だけであり、それ以外のことは何も望まれていないのだ。作戦が成功しなければ自分は必要ない。無論、生きている必要もない。

 だとすれば俺もティオドも似ているんだろうか――とまで考えたところで、脳にズキンという痛覚が疾った。視界が一瞬だけホワイトアウトする。

 飛びかけた意識を無理やり引き摺って、ミオはスロットルを絞った。

(余計なことは考えるな!)

 ――狙うは接近戦。このまま突っ込む。

 緑色の光刃を左腕に従えたまま、<オルウェントクランツ>は斬り上げるような一閃を繰り出した。

 だが、白亜の動きは予想以上に疾い。

「……なに!?」

 空気を切断したような手応えの無さに、ミオは思わず目を見開いた。

 白亜の機体は、わずか一瞬のうちに背後へ回っていたのだ。どんなマジックを使ったのか知らないが、まるで瞬間移動のように消えた白い敵機は、背後の方向からミオを狙っている。真っ直ぐに構えた砲口が<オルウェントクランツ>のコクピットを精確に捉え、

「――」

 射撃。

 容赦なく放たれた一撃は、機体の腰部スレスレを穿った。不幸にして目標を外れたビームの光条は橋上に敷かれたアスファルトを蒸発させ、威力を削がれる。敵の一射を回避したミオは機体を再びS字状に走らせ、相手と距離を取った。

「レゼア、聞こえるか!?」

『遠くから見えてるぞ! 今すぐに行く』

「駄目だ! コイツはお前たちより格上だ。雑魚は任せるから後衛は頼む――それと、もしかすると<ブリガン・ヴェイン>の手が必要になるかも知れん。まだ遊んでいるようだったらこちらに手を回してくれ」

『了解。無茶するなよ!』

 それだけ交わして通信を切ると、ミオは白亜の敵機を強く睨んだ。

 瞬間移動の原理はこうだ。

 敵機の背部に付いている推進器が多角的に動くのである。つまり特大バーニアが360度自由にぐるぐる動き、あらゆる方向に向かって瞬間的な加速を得ることが出来る――もしも2つの推進器を自由に操ることが出来るなら、機体の動きを瞬間移動に見せかけることも不可能ではない。実際のところ、敵はミオの背後へ回り込んだように見えて、横方向へバーニアを噴かしただけなのである。

(大したことは無い……が、こちらの機体の特性を知り尽くしているかも知れん。厄介であることに変わりはないか)

 ミオが機体の動きを止めると、周りに残存していた<エーラント>たちが一斉に銃口を向けた。

 合わせて10機前後だろうか――中にはダメージを負ったままの機体もある。左から順に数えていくと、指揮官機を除いて12機の敵が<オルウェントクランツ>を照準していた。この場にあの指揮官機さえ居なければ殲滅させても良かったが、

(流石に分が悪いか。チャンスを窺うしかないな)

 ミオが光刃を収めると、白亜の機体は前へ歩み出た。

『聴こえるな、<オルウェントクランツ>の操縦主(パイロット)。我々は無闇な戦闘を望んでいない。抵抗しなければ命は保証してやっても良い』

(コイツ――俺に向かって外部スピーカーで呼びかけるだと? バカか!)

 聴こえたのは低い男の声だった。

 相手の呼び掛けが耳に入った途端、ミオは一瞬の疑問を得た。男の呼び掛けは続く。

『その機体は元々統一連合――我々の機体だ、ただちに返してもらおう。応じない場合……我々は攻撃や破壊、君の殺害も辞さない』

 ……このくぐもったような低い声、どこかで。

 電光石火のように思考を巡らせる――この声を耳にしたのは第六施設島だったか、ケニアだったか、それとも南アフリカだったか――果ては、さらに1年も記憶を溯った過去だったか。

 ……いや、どれも違うな。

 アタリを引いたような感覚を味わって、ミオはくっくと喉を鳴らした。なんだか笑えてきた。

 そういえば、このような光景が前にもあった。否、それは昨日の思い出だ。

「そうか。お前は……昨日の、お前だったのか」

 だからどうしたと内心に呼び掛ける。

 敵は敵だ。それ以上でもそれ以下でも無い。


 ――戦闘、開始。

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