第29話 part-b
[part-d]ミオ
空中で交錯する敵味方の機体を、ミオは離れた位置から傍観していた。
毒々しいカラーリングをした機体<ブリガン・ヴェイン>の猛攻を、深紅の機体<アクトラントクランツ>が回避に勤しんでいる。近接戦闘において圧倒的破壊力を持つ<ブリガン・ヴェイン>は急接近と高速離脱を繰り返し、バルカン砲による牽制射撃ののち、再び急加速での近接攻撃を仕掛けた。深紅の機体は新たな機体の出現に驚いたのか、やや押され気味だ。
マイク越しに聞こえるのは興奮したティオドの叫び声である。
戦闘が好きな彼にとって、強敵はまさに好物だった。強い敵と戦って、相手を殺すことに快感を覚える――それが彼の生きがいであり、彼の人生における全てだった。
(俺には関係ないか……でも、アイツとは仲良くなれそうにないな)
機体を翻すと、ミオはそそくさと前線から後退した。味方が<アクト>の足止めに成功している以上、長居は無用と判断したためだ。
眼下には数々の量産機が戦闘を繰り広げていた――統一連合軍の一般機<エーラント>、そしてASEEに所属する<ヴィーア>が正面衝突する、まるで合戦のような光景が隅々まで見渡せる位置である。
蔑みをもった視線で眺めていると、通信はレゼアから入った。
『ミオ、聞こえるか? これより我々も戦闘行動に入る。各員は作戦指示の通りに動いてくれ』
それぞれ美月と亜月の返事が続き、ミオは最後に「了解」と告げる。
『我々の任務はガーディアン・ゲートブリッジの破壊だ。構造物に対して遠距離射撃が無効であるため、橋は近接武器によって順に破断させていく。まずは橋の上に展開される敵部隊を殲滅するため、先陣はミオに切ってもらう。いいな』
視界の下、紅海のド真ん中を横断するように伸びた直線がある。
そこに敷かれているのは波状に配備された防衛ラインだ。単横陣を組んだ編隊が幾重にも連なっており、AOFが常に互いの被弾をカバーできる態勢である。味方機は敵が織りなす鉄壁の防御に阻まれ、いまだに攻め込むことが出来ていない。
これだから雑魚は、とミオは内心で吐き捨てた。
『少年、準備はよいかね?』亜月がモニター越しに訊ねた。表情には余裕の笑みがある。
『アンタがしっかりやってくれないと、アタシたちの仕事が増えるんだから。ちゃんと働いてよね』
銀灰色のAOF<ハガネシラヌイ>と、狙撃型装備のAOF<鏡月N式>に乗り込んだ特務G班の2人である。
亜月と美月の2人とは初めての共同出撃だ。両者とも操縦の腕は悪くない。経験もあるらしく、緊張は微塵も感じられない。中衛以降のラインを担当する2人にはミオの背中を任せてあるが、きっとうまくやってくれるだろうとミオは思っていた。
静かに息を吐くと、ミオは漆黒の機体<オルウェントクランツ>を雲の上から急降下させる。
細身の機体は橋の上――ちょうど味方機と敵機が衝突するラインに降り立った。予想外なAOFの出現に戸惑ったのか、味方機である<ヴィーア>が攻撃の手を止める。しかし、それは敵機も同じことだった。
どうやら状況が呑み込めていないらしい、とミオは内心でせせら笑った。
ならば――と右腕で腰部から引き抜いたのは青白い光刃だ。ビームで彩られた刃が最大出力を迎える。
左腕に掲げたシールドは、しかし先端部に緑の光刃を灯した。
「……これより戦闘行動を開始する。討ち漏らしの分は任せるぞ」
くんっ、と腰を落とした瞬間、機体はすでに別の場所へ向かって疾駆していた。
巨大な橋の一直線を猛烈なスピードをもって――翔ける。
加速は一瞬。それとタイミングを同じくして、すでに2機の敵が頭部と脚部を奪われてダウンしていた。
『な……この機体、疾すぎる!?』
指揮官とおぼしきAOFが外部スピーカーで叫んだが、ミオは擦れ違いざまに一閃、容赦なく振るわれた光刃は指揮官機の武装を奪い、メインカメラのある頭部を切断した。視力を失った敵機は無言のまま膝をつく。
漆黒の機体<オルウェントクランツ>は矢のごとき速度で疾走した。
橋の上を行くのは高速スラロームだ。敵機が浴びせる弾幕をモノともせず回避しつつ、逆手に構えた光刃は次々と敵の戦闘能力を奪ってゆく。対処しきれない距離にいる敵にはワイヤーアンカーを打ち込み、速度を落とすことなく敵機をひたすら沈めていく。
その動きはあくまで無駄がなく精確だ――敵はわけもわからないままダウンしていることだろう。そして、まるで影にでも倒されたような感覚を味わっているに違いない。
ミオはさらに機体を加速させた。
正面に捉えたのは4機の<エーラント>だ。実弾性のアサルトライフルが一斉に火を噴き、多数の敵にロックオンされたミオは横方向へ機体を躍らせた。敵の射線をぎりぎりで回避して、今度は機体を急停止――そしてS字の軌道を描きつつ加速すると、2つの光刃で敵の腕部を奪った。別方向からの射撃は、左腕にマウントされたシールドで受け止める。
(2機残ったか。しかし!)
右腕に接続されたワイヤーアンカーが吼える。
瞬く間に伸びた鋼糸を鞭のように横薙ぎに振るうと、ミオは生き残っていた敵機を同時に屠った。横薙ぎにされたワイヤーは敵機の頭部や武装、脚部を八つ裂きにすると、伸縮とともに元の鞘へ収まる。
4機の敵をわずか2秒たらずで仕留めると、<オルウェントクランツ>は再び加速を得た。
順調に作戦を遂行していたミオに怒鳴り声が入る。
『ちょっとアンタ、少しは撃ち漏らしなさいよ! あたしたちの仕事が無くなるじゃないの!』
「どっちなんだよ」
『しっかりやれとは言ったけどね、しっかりすぎるのも困るわ! まったくアンタは加減ってもんが……』
了解と低い声で応えたところで、ミオはマイクの音量を下げた。向こうでギャーギャー喚く美月を無視して、今度は腰にマウントされていた超電磁砲を引き抜く――
射撃。射撃、射撃。
間髪いれずに放った3射、それぞれ黒の光条は敵機を射殺し、串刺しになった6機が一斉にダウンした。すれ違いざまにバリア発生装置を破壊していく。
「……」
無言のまま前方を見据える。
遠くからレゼアの放ったミサイル群が、橋の上で待ち構えていた敵機を飲み込んだ。一斉に放出された32基の小型ミサイルはランダムに敵へ襲い掛かり、瞬く間に相手を沈黙させる。ミオは橋上に出来た火の海を急速ロールで回避すると、まだ生き残っていた敵たちを容赦なく撃ち抜いた。
脇目も振らずにブリッジの上を疾駆するミオは、自分が戦っているという感覚さえ麻痺していた。
眼前に現れる敵は全て量産機で、相手の操縦主は決して優秀ではない。特に近接戦闘においてミオの右に出る操縦主は居なかったし、ほとんど機械的な動作で敵を次々に屠ってゆく。
立ち塞がる敵の<エーラント>を光刃で薙ぎ払い、空から攻撃を繰り出そうとしていた敵機は超電磁砲<ヴァジュラ・ヴリトラ>で迎撃する。間合いの悪い敵に対してはサーベルを投げつけ、突き刺し、瞬時に抜刀したワイヤーアンカーでそれを引き抜いて、ミオはわずか一瞬で爆散させた。
実力において圧倒的優位に立ちながら、しかしミオは歯噛みしていた。
手応えが無さすぎる――それは同時に恐怖でもあった。マニュアル通りの戦闘行為しか出来ない敵など、ミオにとってはゴミ以下の何物でもない。こんな人間が最前線に出て"戦争"を行っているのかと思うと、それだけで身の毛がよだつ思いに駆られる。
要らない、とミオは思う。歯茎の奥から声を絞り上げた。
「テメェらみたいな弱い連中は――こんな場所に要らねえんだよ……ッ!」
乱舞のごときスピードで疾駆すると、ミオは、見た。
敵が布陣を敷くその向こうにある、純白の機体を。




