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黎撃のインフィニティ  作者: いーちゃん
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第7話 part:b

インド洋を航行するASEEの艦<オーガスタス>と、それに同行するミオ。

それを追う統一連合の高速機動艦<フィリテ・リエラ>は次第に距離を詰めていた。


緊迫する空気の中、ミオは漆黒のAOFを駆り、新たな戦闘エリアに向かって出撃する。

[part-B]レナ


 カタパルトが火を噴き、ブースターが吼える。

 脚を折り曲げて小さくなった姿勢のまま、深紅の機体<アクトラントクランツ>は射出口から勢いよく飛び出した。

 合計数百トンにものぼるGに耐えると、待っていたのは圧力からの解放感だ。身体が浮きそうになる感触を得ると、レナはスロットルを絞った。

 時速400キロを超える猛烈なスピードである。頭の中を空っぽにして、レナは奥歯を強く噛みしめた。機体はしばらく慣性の軌道に乗ると、少ししてから高度を落とす。

 ブースト点火。重力に負けそうになった深紅の機体は空中で横へ一転すると、ぐんぐんスピードと高度を上昇させていく。

 目覚めた<アクト>は、まるで生き返ったように緑色の瞳を輝かせた。

 無線からキョウノミヤの声が届く。

『いい? 今回の作戦目標は敵の物資輸送を妨害することです。それにあたって<オルウェントクランツ>が攻撃を仕掛けてくるハズよ。レナは相手に専念して、味方が作戦に集中できるよう戦況を整えてください』

「やれることのことは必ずやります。他のみんなは?」

『あなたの立てた作戦プラン通り、A~F隊は出撃までマイナス25秒、今はハッチで待機してるわ。すぐにそちらへ向かわせます。残りの部隊はいつでも出撃できるよう整えてあるから』

「了解です。<オルウェントクランツ>だけは絶対に接触しないよう喚起してください。生半可な技量で相手をすれば死にます」

 レーダーの情報を信じる限り、敵機の数は<オルウェントクランツ>と取り巻きの<ヴィーア>特機を含めて20機程度だ。AからFに区分けした隊はそれぞれ4機から編成されるチームを組んでいたので、味方は実質的に24機以上が出撃する。レナが例の敵を相手にすれば、数としてはこちらの方が有利だ。

 ……大丈夫、ちゃんと戦える。

 ぐっとスティックを握り、深く押し込むと、<アクト>は加速の余裕を見せた。まだまだ速度が伸びる。

 耐久値――8875.

 <アーマード・フレーム>には、装甲に近い部分に微弱な電流を流す回路が走っていて、全身のダメージをリアルタイムで計測をおこなっている。装甲が削れればダメージとして数値的に評価され、操縦主は値を目安として機体の状況を把握できるようになっていた。

 加速――。

 と、レナは遠距離に敵の姿を捉えた。

 漆黒の機体(オルウェントクランツ)である。

「目標に接近。これより戦闘行動を開始します!」

 深紅は背部からサーベルを抜き放ち、その先端にプラズマの光を灯した。柄の先へ一直線に伸びたのは緑色のビーム刃である。

 出力を上げると色が白へ変わる――というのは一般的な高エネルギーサーベルの特徴ではあったが、少なくとも<アクト>のそれは他と異なる性質を持っていた。

 |出力を上げると成長する(・・・・・・・・・・・)。

 メインモニターから武器の制御出力(アウトプット)を上げると、構えた武器は二回りほど大きく膨らみ、片手剣から両刃の大剣へ姿を変えた。

 漆黒の敵を真正面に睨む。

「でやあぁぁぁぁあっ!!!!」

 武器の破壊を加速に乗せた。

 レナが選んだのは正面からの突破だ。目の前に黒い機体を見据え、機体ごと猛スピードで突っ込む。

 鋒が衝突した手応えはあった――が、それは大剣が跳ね上げられる感触だ。敵の盾、その先端に出力された細い光刃が、攻撃を易々と防いだのである。

 ――もう一撃!

 レナは機体を重力制御によって急速旋回。その速度に緩みはない。

 感触を確かめるようにして柄の向きを変え、刃の方向を横へ。

 繰り出したのは左から右への横薙ぎだ。

 ほんの一瞬の動き。対応できるワケが無い――と思った先、しかし大剣の威力は削がれた。

 見れば、<オルウェントクランツ>の構えた細いサーベルが、こちらの武器を苦もなく押さえていた。

『ったく、お前の攻撃は相変わらず甘すぎる。同じ手は通用しない』

「うっさい!」

 敵が腕部を振るう。

 円周上に発生した遠心力を腕の先へ伝えるサイドアームの動きだ。

 鋼糸による鞭のような一撃である。避けろ、と本能が吼えた。

「――くっ!!」

 <アクトラントクランツ>は直前で身を屈めて、鋼糸(ワイヤー)による斬り付けを回避。

 緊急ブーストを噴かして距離を置く――が、敵は次の一撃を放っていた。

 剣となっていた盾をライフルに変形させ、立て続けの精確射撃がレナを襲う。<アクト>は大気中を切り揉みしながら飛翔、バランスを取り戻してシールドを繰り出す。ビームの矢を辛うじて受け止めると、レナは腰にマウントしていたライフルを引き抜いた。

 メインモニターへ映る数値は、初期の値よりも少しだけ減っていた。どうやら鋼糸の一撃によって脚部を掠めたらしいが、幸い致命傷ではなさそうだ。

「やっぱり一撃じゃ決めさせてくれないよね……」

『……当たり前だろ』

 敵の声が響いた。押し殺したような低い声は、これまで何度も耳にしてきた声音である。

 至近距離になると一方的に回線を開けてくるのがコイツの特徴だ。それが相手を煽る作戦かどうかは知らないが、気づけばレナも同じように無線を開放していた。

 世界で最も嫌いな声音である。無感情で冷たくて――そして相手を見下したような喋り方。それは最強の操縦主としての余裕か、もしくは傲りだとレナは考えている。

 これまでに幾度となく挑んできたが、その結果は全て敗北か、せいぜい相討ちや撤退ばかりだった。彼に挑んだベテランの操縦主たちは総じて惨憺たる結果に終わっているし、レナが挑んでも黒星が続いている。

(なんせ敵は世界最強の操縦主(パイロット)なんだから。こちらが手加減してる余裕はないわ)

 レーダーを見ると、味方の部隊は指定ポイントへ辿り着いたようだ。今は赤色のドットで示された敵部隊と衝突している。

 <オルウェントクランツ>は機体の首だけ振り向くと、後方で待機していた黒い<ヴィーア>の特殊機へ合図した――いつも取り巻きとして控えているだけの嫌なヤツだ。大した実力もないくせに、とレナは鼻で笑う。

 <ヴィーア>は軽く頷き返すと身を翻し、その場から後退してカタックの方へ向かった。

「ま、待ちなさい!」

『駄目だ。お前の相手は俺がしてやる』

「くっ……、アンタはそうやっていつもあたしの邪魔を……!」

 追おうとした<アクト>の進路を阻むようにして、漆黒の機体が前へ躍り出る。

 レナは再び大剣を出力した。オレンジ色の高温プラズマが火花を上げ、切っ先が敵を睨みつける。

 同じ戦い方では、この敵には通用しないかも知れない――だが、それでも構わなかった。握りしめている柄が、今は最大の心強さとなるからだ。

 おそらく近接戦闘では不利だろう。敵はもともと接近戦にアドバンテージのある武器構成だし、鋼糸(ワイヤー)によるトリッキーな戦い方、そして何より<アクト>よりも鋭敏な機動性がある。

 レナがライフルを撃ち、敵が撃ち返した。ほぼ同時の行動。

 彼女の機体は反射的に左回りの軌道を行き、対する<オルウェントクランツ>は逆方へ向かって空中を横滑り。

 ビームで出来た大剣と細身のサーベルが交錯し、火花を咲かせる。

 散ったのは光と、火花と、そして音――金属音と、粒子の共鳴周波数が反応した叫び声のような音だ。それらは互いの武器が交錯するたびにけたたましい声で鼓膜をツン裂き、やがて虚空へ飲まれて消えた。

 三度、四度――空中で繰り広げられるハイスピードの剣技。その中にレナは射撃攻撃を織り交ぜ、相手とうまく距離を取っていた。

 <オルウェントクランツ>の武装は非常にコンパクトに収まっている。(シールド)、サーベル、そしてライフルが巧く複合した防楯型の兵装。それが三種に変形することで戦闘を行うが、残念ながら致命的な弱点が1つだけある。

 近接戦闘(インファイト)に専念していると、急に遠距離から攻撃された際に対応できないということだ。

 ――つまり。

 それを実演するように、<アクト>は大剣を片手に持ち替えた。振るうのは右から左への一閃だ。

 敵は細身の剣を巧みに使いこなし、横薙ぎの攻撃を受け止める。ここまでは予想通りの動きだ、とレナはほくそ笑んだ。

 余った方の左手で腰からライフルを掴み、レナは至近距離でトリガーを引く。

 一瞬だけ相手の動きが鈍ったのが分かる。おそらく予想外の行動だったのだろう。

 慌てて回避運動に入る漆黒の機体を、しかしレナは逃さない。照準を絞る。

「攻めるんだ……!」

 叱咤の声に呼応して、<アクト>は敵機へ連射を浴びせる。敵は背面飛行のまま大きく急降下すると、危ういところで射線を逃れた。

 レナは執念を顕すように矢継ぎ早の攻撃を仕掛け、今度は上方から<オルウェントクランツ>を追い立てる。逃げ場を失った漆黒の機体は海面へ直撃する寸前でグイと機体を返し、辛うじて海面数メートルの高度を飛翔した。

 ……やれる、この機体なら!

 執拗な射撃を浴びせ、レナは敵機に追随した。海の表面を切り裂いて飛ぶと、白い飛沫が煙のように舞い上がる。

「アンタは海にでも叩き落としてやる……!」

 毒づき、引き金を絞る。

 背後を取られた敵機は一直線状の飛翔をやめ、スラスターを急展開させてストライド飛行へ。S字をなぞるようにして左右へ動き回り、巧く射線から逃れてゆく。


『なんだよ……この程度でお仕舞いか?』


 不機嫌そうな声がするのと同時に、<オルウェントクランツ>は機体を翻した。方向を変えると同時に武装をライフルへ変形、深紅の機体を瞬時に捕捉し、精確無比な射撃を撃ち込む。

 緊急回避。

「うぉっと!? 危な――」

 い、と言い終わるよりも早く、レナは機体のバランスを取り戻した。が、しかし同時に事態を把握する。

 敵が目の前まで肉薄していたのである。つまり今の動きはフェイクだ。

 細いサーベルが振り下ろされた。メインカメラが捉えたのは、その鋒が<アクト>へ突き刺さろうとする瞬間だ。

 間に合え――、と念じて繰り出したシールドがサーベルの攻撃を弾き、レナの命はかろうじて繋がった。本気の危機一髪だ。

 シールドを押し退けて相手と距離を取る。

(ちょっと油断してた? だけど……)

 相手を追い詰めて、勝った気になっていた事実は否定できない。現実がレナを引き戻しに掛かってくる。

 相手は「追い詰められたフリ」をしていたのだ。つまり演技でレナを弄んでいた。

 ……最ッ高に腹の立つヤローだわ。

 レナは吐き捨てると、真っ向から漆黒の機体へと対峙した。

 声はマイク越しに言う。

『前にも言ったと思うけど、やっぱりお前じゃオレには勝てねーよ……いま改めてそう思った。機体の動きに緩急の差が激しすぎる』

「ご高説どーも。ってか、アンタいったい何様のつもりよ。他人の評価なんかしてる余裕あんの?」

『俺の方が今のお前よりはまだ強いんだからな。機体の性能に差があっても、操縦主が不完全だったら優位にはならないぜ』

「……」

 レナは沈黙した。その原因は苛立ちだ。

 眉値を寄せて敵機を睨み付け、その向こう側にある敵の、揶揄するような表情を思い浮かべる。

 ――そうだ、とレナは思う。

 コイツは今までも、「弱いから」と相手の正義を見下し、否定し、そして眉ひとつ動かさずに何もかもを壊してきた。そんな人間を許しておけるハズがない。

 ――アンタは必ず、あたしが討つ。

 突如、通信が割り込んできた。モニターへ映ったのはキョウノミヤの顔である。

『レナ、聴こえる? カタック周辺の敵部隊は間もなく掃討できそうよ。あとは輸送ルートを破壊するだけ。C隊がやられたから、いったん下がらせてるけど――』

「了解しました。残ったメンバーで作戦を続行しましょう。それとダメージを負った機体は早急に下がらせるよう指示して欲しいです。足を引っ張るよりも安全なので。あたしが指揮官なのに任せきりですみません」

 大丈夫よ、とだけ答えると、キョウノミヤは通信を終えた。

 レナは敵を睨む。

『……へぇ、おまえが部隊を取り仕切るようになったのか?』

「アンタには関係ないわ」

『そうかな。じゃあ指揮官サマのお手並み拝見と行こうか』

 言うと、<オルウェントクランツ>は一瞬だけブーストを噴かした。

 加速は一瞬。レナとは反対の方向だ。

 どこへ行くつもりだ、と疑念。

 すぐにレーダーの方向を追う。敵機が向かった先は――

(まさか……)

 モニターの端に敵機の姿を認めて、レナは奥歯を強く噛んだ。

 味方である<エーラント>の正面に滞空し、漆黒の機体は容赦なく鋼糸を振るった。腕は左右の動きだ。相手の威圧に怯えた僚機は、為す術もなく脚部と上半身を真っ二つに切断され、その場で呆気なく爆発した。

 <オルウェントクランツ>は静かにその炸裂光を眺め、次の獲物へと向かう。

「そんな、アンタの相手はあたしでしょ!?」

 2機目の獲物へ武器を掲げる寸前、レナの駆る深紅の機体が割り込み、振り下ろされる攻撃を大剣で受け止める。

 武器ごと敵機を押し返し、<アクト>は距離を取った。

 通信回線をフルチャンネルで開く。作戦区域全体に響き渡る声でレナは叫ぶ。

「全機に通告。この場から今すぐに離れて! A、D隊は他のチームをガードしながら後方へ下がって、E隊は損傷した機体の回収を頼みます。急いで!」

『だ、だが作戦は――』戸惑いがちな男の声が戻ってくる。

「一旦中断しましょう。例の敵さえ居なくなれば、また何度でも戦えます」

『――ちょ、ちょっとレナ! 作戦を放棄する気!?』

 雑音(ノイズ)とともに割り込んだのは別の声だ。

 映像の隅にキョウノミヤの悲壮な表情が割り込んでくる。レナは頷いて、

「人命を優先します。この場は撤退しましょう」

『本気で言ってるの!? あと1、2分あれば作戦は終わるのに……』

「……<オルウェントクランツ>は敵の対象を変えました。アイツが目の前に居る限り、我々の作戦成功率はゼロに近いです。いままでだって、アイツを相手にしながら成功した作戦プランは1回もありません」

『これからどうするつもりなの! これは任務の放棄も同然だわ』

「ほかの部隊にコンタクトを取りましょう。我々の役目は作戦を遂行させることじゃなく、『敵の頭を押さえる』役回りです。ASEEで最も強いのは間違いなく今の<オルウェントクランツ>でしょう。逆にアイツさえ押さえておけば他の部隊の優位性が高くなります。むしろアイツを除けばASEEは大して強くありません」

 キッパリとレナは言い放つ。

 目の前に立ちはだかる漆黒を静かに見つめる。彼女の目つきは更に険しくなった。

 およそ2年近くもあの敵と命を賭けて戦ってきたせいだろう。彼女の言葉は経験に裏付けられており、キョウノミヤを納得させるには充分だった。

 <フィリテ・リエラ>は例の敵を押さえ、別の部隊が作戦や任務を遂行する――いわば遊撃部隊としての役割を演じる、というのがレナの意見だ。キョウノミヤはそれを聞くと、むむ、と唸って、

『撤退を認めましょう、本作戦は放棄します。全機は<フィリテ・リエラ>へ帰還してください。繰り返します、本作戦は――』

 上官からの正式な通達がオープンチャンネルで伝えられ、右往左往していた隊はようやく撤退行動を開始する。

 だが言い終わる寸前――先を制して動いたのは、早くも撤退の様子に気付いた<オルウェントクランツ>だった。

 ライフルの引き金に指をかけ、容赦なく2射。背を向けていた量産型<エーラント>は後ろから脚部を撃ち抜かれ、ぶすぶすと黒煙を生じて高度を低くする――と、損傷機体の回収に当たっていたE隊が、ダメージを受けた味方を空中で拾った。

 ――なんでっ!?

 レナは思わずハッとした。

 撤退行動を始めた相手への攻撃は、威嚇を除けば国際条約に違反する行為だ。

 ASEEと統一連合は、"戦争"に関して幾つかの協定を交わしていたハズである。捕虜に関する事項、戦闘区域に関する諸規定など――数え上げれば10の指では収まらないほどの「決まり事」が約束されている。その中には撤退行動に転じた敵への対応も盛り込まれていたが、もちろん「後退」と「撤退」の意味は違う。「後退」は不利な戦況を鑑みて戦線を下げること、そして「撤退」は戦闘を放棄することだ。

 戦争は「法」によって規格化されたのだ――犠牲者を増やさないために。

 震える声で、レナは、

「あ、アンタって奴は……!」

『どうした? っと、背を向けた相手への攻撃は禁則だったな。まぁ死人に口なしとは良く言ったものだ。あの世で嘆け』

 戦闘を放棄した相手にも情けを与えない、冷酷かつ非情な戦い方。少なくとも自分の前にいる敵は、そういった話の通じない奴なのだ。

 法や規則など知ったことじゃない。どれだけの人間が死のうが、どれだけの人間が悲しもうが構わない――そういった類いのクソヤローだ、とレナは歯噛みした。

 クク、という含み笑いがマイクの向こうで洩れる。

『ったく弱い連中だな。こんな弱さで前線に出てくるなんてバカげてる。おまえ以外は誰も相手にする価値さえ無いし、弱いなら戦場に出てこなきゃいいんだ。黙ったまま指でもくわえて様子を見てりゃ、事も無く生きていけるのにな』

 操縦桿(スティック)を握り込む手が小刻みに震える。

 一言一言がまるで釘のようにレナの心に刺さった。

 これだけの人が命を懸けてでも守ろうとしているものを、コイツは知らないのだ。自分の力が強いからって勝手なことばかり言って、みんなの気持ちを踏みにじるようなことを平気で口にする。

 身体の内側で沸々と怒りが湧き上がってきた。

「許さない……あたしは、アンタを――」

 撤退しろと怒鳴る声が頭の中で叫んだ。

 だけど……どうしてもコイツだけは!

 本能が吼える。心の内側にある檻が、けたたましい音と共に破壊された。

 モニターの隅でキョウノミヤが何かを叫んでいる。が、それさえ耳には届かない。頭の中が真っ白になっていくのが分かった。

 ……コイツさえ討てば!

「アンタだけはッッ! 今、ここでぇぇェ――――ッ!!」

 途端、視界が全ての方向へ広がった。周囲の動きが手に取るように理解でき、指で触れられそうなほど精確に感じ取れる。

 何もかもクリアに冴えわたった感覚だ。レーダーが示す味方と敵の位置、メインモニターへ映し出される数値やその他の情報が、まるで透き通った水のように身体の中へ浸み込んでくる。

 が、それも一瞬のこと。

 次にレナが感じたのは、10メートルの高さからプールへ飛び込んだときのような大量の水に噛みつかれる痛みだった。

(――――)

 目の前が真っ暗闇になる。視界が大量の泡で埋め尽くされ、レナは呼吸を止めた。

 それきり、彼女の意識は昏い水底へと叩きつけられた。

インド半島・カタックで行われているASEEの物資輸送を断ち切るべく、深紅の機体<アクトラントクランツ>で出撃するレナ。それを迎え撃つミオ。

「アンタはそうやっていつもあたしの邪魔を……!」

 互角の性能ゆえ、空中で繰り広げられるハイスピード・高火力の戦闘。

『指揮官サマのお手並み拝見と行こうか』

 突如、<オルウェントクランツ>は別方向へと飛び立った。

 追うレナへ見せつけるように、漆黒の機体は次々と<エーラント>たちを撃墜し始める。作戦は崩壊するも、レナの感情は増幅する。

「アンタだけはッッ! 今、ここでぇぇェ―――ッ!!」

 少女の怒りと同時に、【何か】が覚醒を始める。

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