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黎撃のインフィニティ  作者: いーちゃん
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第28話 part-a


[part-a]レナ


 重巡洋艦<ホワイトヘッド>は、強襲型高速機動特装艦<フィリテ・リエラ>と比べて一回り小さな艦である。もともと外洋航海を目的として設計された艦であるため、小回りの利く駆逐艦と大型の戦艦の中間サイズとなるのだ。駆逐艦では不足している火力と装甲を補い、戦艦と比較してコスト面で高いパフォーマンスを誇る重巡洋艦は、他艦との共同作戦や護衛任務で頻繁に用いられるのが一般的だ。

 紅海にある静かな港には、二隻の艦が並んで停泊していた。

 片方の艦――その右舷から伸びた接続橋は、横に並んだもう1つの艦へ結ばれている。ちょうど廊下くらいの幅を持つスペースには、重巡洋艦<ホワイトヘッド>へ向かう4人の姿があった。

 先頭を歩くのは白衣姿をしたキョウノミヤである。それに続く形でレナとフィエリアが続き、後ろを緊張感のない顔でイアルが歩く。彼は後頭部で手を組むことで枕とし、接続橋から見える海原へ目をやっていた。それにつられて、レナもぼんやりと景色を眺める。

 外に見えるのは夕方の海だ。

 さっきまで青色が広がっていた世界は、今はもうオレンジに近い赤に染まっている。風は髪が揺れる程度に弱い。西に向かって飛び去っていく鳥たちの群れは、これから巣に帰る途中なのだろう――なんて思いながら見ていると、前を歩くキョウノミヤが後ろに手を振った。

「作戦ミーティングが始まるまで半刻あるわ。それまで、せっかくだから他の艦の見学でもしてきなさい。気分転換になるだろうし、向こうの人は歓迎ムードらしいけど……くれぐれも不注意のないように」

「でもパーティー開いてくれるほどの歓迎ではないんですよね。社交辞令だったのでは?」

「相変わらず性格腐ってるわねえレナは。どーしてこうもウチのエースたちは根っこが曲がってるのかしら」

「ヘソが曲がっててすみませんでしたー。ウチの班でマトモなのはフィエリアしかいませんからね。それより、なんであたし達が小っこい艦に移乗しなきゃいけないんです? ミーティングならウチの艦内施設を使った方がいいと思うんですけど」

 なんだか不思議な話だとレナは思った。

 明日執り行われる大規模な作戦についてミーティングを開くなら、きっと集まる人数は多いハズだ――と、レナはポケットから端末を取り出す。以前に配布された電子資料をに目を通してみると、やはり参加する部隊の数は想像を上回る大きな規模だ。ざっと20以上の部隊が名乗りを上げ、予定では出撃・待機合わせれば200名を超える算段である。これだけの人数が参加する作戦会議であれば、<フィリテ・リエラ>にある講堂を使うのが最良の選択肢だったはずだ。

 キョウノミヤは首を横に振り、

「収容人数が理由じゃないの。もっとめんどくさい問題ね」

「力関係、でしょうか」後ろを歩くフィエリアが怪訝な声を投げた。

「次の作戦のホストは向こうの部隊なの。私たちはあくまでもゲストみたいな扱いね。もともと、ヨーロッパを含めた紅海周辺エリアを管轄してるのが<ホワイドヘッド>だから、仕方ない問題だとは思うけど――作戦プランに口出し出来るかどうかも怪しいわ」

「はるばる紅海までやってきたのに、力は貸して欲しいけど作戦に口を挟むな、なんて言われたら誰だって嫌な気分しますね」

 レナは口を尖らせたが、キョウノミヤは短く唸っただけで先を急いだ。

 明日は<オルウェントクランツ>も敵として戦闘に加わるだろう。これまでの戦闘経験から、あの漆黒の敵に対してはレナの方が対処法を心得ているハズだ。あまり無頓着な作戦プランを立てられたら、それこそ犠牲者の数字を増やすだけになる。

(これ以上……無駄に傷つく人を増やすワケにはいかないわ。あたしがやらないと)

 重巡洋艦<ホワイトヘッド>に着艦すると、4人は早目に搭乗手続きを済ませた。先んじて打ち合わせの残っているキョウノミヤは会議室へ向かい、残された3人は案内官の指示に従って艦内を社会見学させてもらう。

 艦内の様子は<フィリテ・リエラ>とは違い、随分と落ち着いて静かだった。廊下は隅々まで綺麗に清掃されており、床には埃ひとつとして落ちていない。窓もキッチリ拭かれているようで、指で触れるのが躊躇われるほどだった。エレベータで別の階に行くと、やはり新造艦のように綺麗な状態で、まるでクラシック音楽でも流れていそうな雰囲気があった。まさか掃除好きの兵士が見事に集結したのかとも思ったが、レナはすぐに阿呆な事に精神をすり減らしているなと思い直した。そんなワケがあってたまるか。

 数人の兵士たちが廊下を擦れ違う。ミーティングルームの方向から歩いてきた白服の兵士たちは、途中ですれ違う彼らには目もくれず、規則正しい歩調で居住区の方へと去っていった。彼らの目は澄んでおり、眉毛がすっきりとして濃く、四方八方どのようなアクロバティックな角度から見てもアホ面には見えないという非の打ちどころのない知的な顔立ちをしていた。骨格はがっしりしているが野性味は無く、清潔感と品良く心地よい緊張を持っている。是非ともイアルには見習ってもらいたいタイプの人種だった。

 <ホワイトヘッド>艦内には、そういった種類の人たちが何人も居た。みんな自分たちよりも年齢層が上で、体つきは良く、立ち居振る舞いがしっかりしているように感じられる。少なくとも自分たちのように廊下でワイワイキャッキャ騒ぐタイプの人間は、<ホワイトヘッド>には1人も乗っていないように見えた。

 フィエリアが感嘆として言う。

「規律に厳しそうな人たちが多いですね」

「さっきの見た? 角を曲がるときなんかロボットみたいだったわ。キュッて90度に曲がるの」

「レナ、はしゃぎすぎですよ」

 同僚から憂鬱そうな溜め息でたしなめられ、レナは慌てて口を閉じる。

「ごめん、つい……。でもさ、ああいう人たちには悪いけど、あんな風に規律でガチガチになった部隊ってあたし好きじゃないのよねー。今くらいのユルーい感じが丁度いいかも。戦うロボットみたいになるのは絶対にイヤ」

 言うと、レナは休憩室にある自販機へコインを投げ込む。迷わず選んだジンジャエールがゴトンと落ちてきて、レナは一息ついた。

 脇に置かれていたソファに腰掛ける。カシュ、と快音。

「たしかフィエリアのお兄さんって、この艦に乗ってるんだよね?」

「<ホワイトヘッド>でヨーロッパ守備隊の指揮を執っています。今の階級は大尉ですが、次の昇進も夢ではないでしょう。階級制度が廃れたとはいえ、未だに尉官の私とは大違いです」

 フィエリアは恥じ入るように言う。

 上下関係による縛りが弱くなった統一連合の中でも、やはり階級というのは立場を示す目安となる。年齢を考えれば、20代で大尉まで登り詰めた人間は多くない。たしか同じ年齢層で少尉から中尉クラスならば耳にした経験があるけれども、大尉というのは耳にしたことがなかった。さらに昇進を続けていくためには、上で偉そうな椅子にふんぞり返った連中を納得させ、さらに部下からの信頼を得ることも必要で、かなり険しい道になるのだろう。エリートコースを三段跳びで踏み外したレナには分からないが、なんだかくらくらする思いを味わった。

 それまで黙っていたイアルが口をひらく。

「『勇翼の砦』って名前は聞いたことがあるな。強襲型高速機動AOFを駆り、近接・遠距離いずれの戦闘もこなせる操縦主(パイロット)だとか」

「知ってんの?」

「もう1年近く前、俺がまだ北米基地にいたときに、チョーシこいて模擬戦を挑んだらボコボコにされた。まあ相手は俺のこと覚えてないだろうけどな。操縦主としてだけじゃなく、作戦指揮官としても有能らしい」

 ケッ、と唾棄するようにイアルが言う。

 レナはボトルに朱唇をつけたまま、ふーん、と鼻を鳴らした。フィエリアがそれに付け加える。

「兄は昔から、わたしと比べて優秀な方でしたから。学問に秀で、武道に優れ、不正を許さず……まさに正義を体現したような、それでいて優しい人でした。出来の悪いわたしはいつまで経っても追い付くことが出来ず、兄は統一連合に入軍――それを追うように私も連合に入りましたが、差は広がっていくばかりです」

 しおらしげなフィエリアの表情を見て、レナとイアルは思わず静かになった。

 出来の良い完璧超人な兄と、それとは対照的な妹――といっても、フィエリアは決して出来が悪いワケではないし、むしろ自分と比べれば優秀だとレナは思っていた。彼女は兄が作ってしまった大きな陰に隠れているに過ぎない。

 何か言葉を掛けようかと思ったが、レナは寸でのところで声にするのをやめた。

 2人の間には大きな確執があっただろう。嫉妬した経験はあるだろうし、もしかしたら内心では憎悪を抱いているのかも知れない。

「兄はとても優しい人でした。しかし私が入軍を決めてからというもの、私に対する態度は一変して冷たいものになりました。理由は分かりません。同じ道を選ぶことが、そんなにいけないことだったのか……それすら教えてもらうことは出来ませんでした」

 自分が余計な口を挟んでも良いものか、とレナは思案した。

 だとすれば何を言えばいい、とまで考えたところで、コツ、という静かな靴音は後ろから聞こえた。

 振り返って廊下の方向を見れば、そこには男が1人立っていた。

 統一連合の制服をピシリと着込み、ボタンを襟まで掛けている男だ。白長髪をオールバックで固めており、その髪の下、鋭利な眼と顔つきがある。

 眼はレナ・イアル、そしてフィエリアの3人を見た。

「……貴様ら、こんな場所で何をやっている?」

 男――エックハルトと呼ばれる男は低い声で放つと、真っ先にフィエリアから視線を外した。

 レナが慌てて敬礼の姿勢を作ると、男は片手でその動きを制す。まるで何事も無かったかのように、

「そういう真似事はよせ、誠意なき形は意味を為さん。お前たちは……<フィリテ・リエラ>の独立機動班だな。早々に立ち去れ」

「……なぜです?」レナは眉を顰めて訝しんだ。

「作戦会議にはキョウノミヤ女史がいれば充分だ。お前たちが此処に残る理由は無い」

「わたしたちは明日の作戦に参加するんです。いきなり見も知らぬ、言葉も交わさぬ仲間と共闘するのは難しく、せめて雰囲気だけでも把握しておくことは重要かと思われます。これはチームとしての発言です」

「無用だ、我々はあくまでも自分たちのプランで作戦を全うする。諸君らはそのサポートをこなせればいい」

「……話が一向に見えませんね。敵には、あの機体もいるんですよ」

 レナが指したのは漆黒の機体<オルウェントクランツ>のことだ。

 第六施設島で統一連合から奪取され、大破したように見えるも、改修されてしまった最強のAOF。漆黒の機体は改修後、おそらく最初と思われる戦闘で撃墜数(スコアオーバー)120機を突破したという。正規軍、離反軍に構わず、たった1機のみで南アフリカ攻略部隊を壊滅させたのだ。生き残った者はわずかで、まだマトモな戦闘データさえ残っていないというのに。

 そして、その敵に対峙できるのはレナ・アーウィンと<アクトラントクランツ>だけだというのに。

 無論、エックハルトもその事実を知らないわけが無い。ヨーロッパを管轄する部隊の長ともあろう人間が、まさかのうのうと居眠りのような安寧を過ごしているはずが無い。それほどの強敵がいることを知っていて、自分たちと共闘しないというのは――

「一体どういうことでしょうか」レナは愕然として問うた。

 男は表情を変えない。

「そのままの意味だ。我々は独自の判断で動く。邪魔をしないで欲しい」

「しかし、このままでは無意味な犠牲者が増えるだけと考えます。完璧な作戦プランなどこの世に存在しません」

「彼我兵力差は圧倒的優位にある。ガーディアン・ゲートブリッジの守りは堅牢だ。敵にエース機がいようが、その事実は揺るがない」

「奴に対して数的優位は意味を為しません。まだ目を通しておりませんが、再考を要求します」

「君に、その権限があるのか?」

 男は鋭い眼光のまま、高い背丈からレナを見下ろした。

 真正面から拮抗したレナは、ぐ、と無言のまま奥歯を噛む。権力を盾に使われてしまうと、下っ端である自分は何も言うことができない。『作戦を邪魔する虫けら』として処分されてしまうだけだ。このエリート野郎、と内心で罵ったところで、レナは喉まで上がってきた言葉を飲み込んだ。

 カツ、と靴音が動く。踵を返す際、エックハルトという男は言った。

「諸君らは何もしなくていい。ただ、作戦の邪魔だけはするな。これは大人同士の戦争なのだからな」

「なぜ――」

 悔しげに声を振り絞ったのはフィエリアだった。

 下を俯いたまま、震える朱の唇で、彼女は選んだ。

 エックハルトは静かな沈黙を保ったまま、妹の言葉を待つ。

「我々も……戦うことが出来ます。だとすれば、少しでも戦力として――」

「フィエリア」

「はい」

「黙れ」低い声が一蹴する。

「……はい」

 妹に対する返答は、それだけだった。

 彼女が小さく肩を落とすのも見ず、エックハルトは廊下の向こうへと消えて行った。カツ、カツ、という律儀なタイミングを刻む靴の音も、敷居となるドアを越えてしまえばもう聞こえてこない。

 ケッ、とイアルが毒づいて髪をムシャムシャ掻きむしった。

「あれがテメーの兄か。すっげぇイヤな奴だ」

 一方のレナも、珍しくイアルに同意したい気分だった。あれが本当に兄妹なのかと考えると不愉快だったし、これでは妹のフィエリアが報われない。

 目標とする兄に追いつくために入軍したのに、こんな扱いを受けたのでは酷過ぎる。それよりも兄は何故、妹であるはずのフィエリアに対して冷然と接するようになったのか。自分のキャリアに追いつかれることがそんなに怖いのか? だとしたら、

「意外とケツの穴の小さいヤツね……」

「なんか言ったかレナ」

「なんでもないわよ! 気のせい気のせいっ!」

「アナルがどうこう――」

「ぎゃー!! そういうこと平気で口に出さないの!」

「口に出す!? いったい何を考えてたんだ脳みそピンク野郎もっと俺に詳しく教えてくれもげらばっ!?」

 とりあえず同僚はブッ飛ばしておいた。

 フィエリアは目の前で起こる暴力沙汰を見ていても、その口の端さえ笑っていなかった。

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