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黎撃のインフィニティ  作者: いーちゃん
75/95

第25話 part-f

この話でアフリカ篇が完結します。

[part-f]ミオ


 少年は青色のペンダントからGPSのチップを取り出し、指運によって破壊する。

 瞬間、荒々しい風圧とともに、上空から舞い降りた影があった。

 色は黒。戦闘を繰り広げる紅白の<エーラント>達とは明らかに違うフォルムと性能を持つAOF。そして、一瞬だけなら光速を破ることさえ可能にした最強の機体だ。

 名を<オルウェントクランツ・アフターリファイン>という。

 やや鋭角的な姿が今は滲んで見える。その原因は涙。

 まるで水彩画へ水をブチ撒けたような視界の中で、ミオは無言のまま操縦席へ乗り込んだ。狭いコクピットは少年を待ち迎えていたように細身を飲み込むと、すぐに機器を起動させる。

 エンジン音が高鳴った。

「セレン……今までありがとう。でも」

 俺は、戻らなきゃいけないんだ。

 この7日間は、まるで別の人生を歩んだみたいに幸せだった。

 安寧と静穏を与えてくれて本当にありがとう。言いたいことはたくさんあるけれど。

「だから――」

 ミオは静かに瞳を見開く。

 その色は、憎悪と怨嗟に燃えていた。

 獣のような息とともに、モニターへ映る赤と白の敵機を睨む。

(コイツらが――コイツらさえ居なければ!)

 赤と白は、新たに出現した機体に戸惑っているようだった。滞空しながら漆黒の機体を見下げ、しかし硬直したままである。

 ならば都合がいい。

 ミオは<オルウェントクランツ>の右腕を意思として動かし、巨大なライフルの先端を白い敵機へ向けた。長砲身から迸った閃光は、わずか一瞬で敵のコクピットを抉る。

 視覚素子の奥では砕かれた<エーラント>が落下、あっけなく爆散するところだった。

 旧衛星装備超電磁砲(レールガン)、ヴァジュラ・ヴリトラ。

 螺旋状に組まれたレールの上を電磁加速された実弾が行き、猛烈なエネルギーとともに射出される新たなシステムだ。射程は短いものの、その威力や弾速はこれまでの武装とは比べ物にならない。

 危険を察知した敵機が態勢を立て直し、布陣を敷き始めた。だがそれも遅い。

 ミオは2機目の白を造作もなく撃ち抜いた。

(……赤い機体は最後に回す)

 俺がいたぶってから殺してやるんだからな。

 セレンは戻ってきてくれない。二度と微笑んでもくれないし、もう優しく問い掛けてくれることもない。幸せそうに本を読むこともなければ――とまで思ったところで、ミオの視界は海になった。

 溢れる涙で前が見えなくなる。

 切った口の中が痛い。鉄の味を感じながら奥歯を噛み締め、ミオは次々と敵機を屠った。3機、4機――いよいよ撃墜が10機を越えたところで、

「うっ……」

 ついに胸の痛みが堪えきれなくなってきた。感情が奔流となって身体の内側を蝕んでくる。喉の渇きは唐突に訪れる。

 ミオは激昂した。

 引き金を絞り、11機目の敵を容赦なき閃光がブチ抜く。

「うおぉぉぉぉぉ……っ、おおぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!!!!」

 獣の如き咆哮が、南アフリカの南端に迸った。

 プラズマに伸びた刃を振るう。薙ぐ。方向は横だ。

 狙うのは相手の武装ではない。戦闘を助ける視覚素子(メインカメラ)でもない。ただひたすら、急所となる操縦席(コクピット)だけを精確に分断していく。

 ――殺す。

 ――ここにいる全員、俺が皆殺しにしてやる。

 もはや憎しみの黒に心を奪われたって、心が喰らい尽くされたって構わない。自分を抱き止めてくれる存在はもう居ないのだから。とびっきりの笑顔をもって腕を広げてくれる人間は消えたのだから。

(お前たちが…優しいセレンを殺した……ッ!)

 ビームの矢を乱射した<オルウェントクランツ>は赤と黒に混じった空を駆け、あらゆる攻撃を回避し、敵となる存在をひたすら喰い殺していく。

 撃墜数は50を過ぎたあたりから数えられなくなった。敵のAOFだけで100は超えただろうが、あるいはそれを上回る数字が出ているだろう。南アフリカに駐留していた部隊は、これで1機残らず居なくなったハズだ。もう視界の端に動くものは無い。

 ――いや。

 大地の一面を焦土に変えたところで、ミオは機体を降りた。

 ――まだ残ってるな。

 焼けた地面に降りると、怯えた兵士たちが両腕を上げていた。

 誰もが知る降伏のポーズである。

 それを無視して、ミオは手持ちにしていた自動拳銃の引き金を絞った。恐怖していた兵士の頭が膨張したように弾け、頭蓋の具を飛び散らせて事切れる。

 脇にいた兵士が声をあらげた。

「降伏した兵を撃つなんて……国際法に反するぞ!」

「……」

 もう一度トリガーを引くと、わずかなの叫びとともに男は息絶えた。車に轢かれたカエルみたいに情けない悲鳴だった。

 ミオは歩みを進める。

 若い兵士が腰のホルスターから自動拳銃を引き抜いたが、反応はミオの方が早かった。相手の武器を撃つことでそれを弾き飛ばし、膝を狙撃して相手を跪かせる。そこへもう一発の弾を脳天に撃ち込み、それを「見せしめ」としてミオはゆらりと動いた。

「や……、やめろ!」

 お前たちは――怨みをもって俺が殺してやる。

 憎みたければ存分に憎むがいい。

 それで世界中が俺を殺しにきたなら、俺は世界中を皆殺しにしてやる。

 まずは1人。

 始末を終えると、生き残ったのは2人だ。

 自動拳銃の先を向ける。トリガーを指の運びで引くと、弾倉が空っぽになった軽い音がカチリと鳴った。

 それをチャンスと見たのか、片方が悪魔でも見るような表情のまま少年へ銃口を向けた。引き金が絞られる。

 放たれた弾丸をミオは首の動きで回避した。熱が頬を裂き、鮮血の飛沫がパッと咲く。

 腰から指の動きで引き抜いたナイフを投擲し、兵士の1人を絶命させた。

 ――これで残ったのは1人。しかも丸腰だ。

「やめろ……やめてくれっ! 殺さないでくれ!」

「お前たち――トライアドウルブズって部隊で間違いないな」

 訊くと、隊長格の肥った男は命乞いが通じたと思ったのか、わずかに表情を弛緩させた。

 心なしか彼は胸を張ってみせる。

「そ、そうだとも! 我々は…総撃破数500にも及ぶ、統一連合の中でも腕利きを集めた部隊として――」

「……ンなもん訊いてねえんだが」

 若い男の死体からナイフを引き抜く。

 それを手の動きで回転させると、刃先に染みた赤の液体は茶色に焦げた地面へと跳ねた。

「それにな、おっさん。部隊1つで撃破数500だなんて、オレ独りにも及ばねえ記録を、自慢げに語ってどうすんだ」

 太った男はワケが分からないという表情で跪いた。

 それも当たり前だ――目の前に、世界最強の操縦主(パイロット)が居ることなんて、彼には理解する余裕も術もない。しかも、少年が男を殺そうとしていることさえ、彼の頭では分かっていないのだから。

 正直なところ腹が立った。

 こんな人間が、と思ったところで、ミオは内心の首を横に振った。

 考えるのはやめよう。

 この男を人間だと思い込むことをやめよう。

 拳に力を入れてナイフを掴む。男が短い悲鳴を上げた。

「――セレンの味は、美味かっただろうな」

 こんな奴らに、セレンは|凌辱されて殺されたんだ(・・・・・・・・・・・)。

 ナイフの刃を突き立てた。たった一度で死んでもらっては困る。

 急所を外して、何度も突き刺していく。と、男の悲鳴はだんだん小さくなっていき、やがて動かなくなった。

「……」

 ――終わったよ、セレン。

 俺は。

「もう一度だけ……」

 あの強くて優しい笑顔に抱きとめられたかった。

 だけど、ここでサヨナラなんだ。

 もう戻れない。俺は戻れるハズがない。

 7日前は綺麗だったはずの街並み、ハーバーや砂浜も、いまは炎の赤と、焦土の茶色と、夕闇の黒に染まっていた。

 赤茶く抉られた大地の上に、1機のAOFが舞い降りる。

 漆黒をした<オルウェントクランツ>とは対照的な、純白の騎士を思わせるような白いAOFだった。最新鋭機である第四世代型と似たようなフォルムを持っているが、もう少しスマートな外形だった。

 ミオは新たに現われたAOFを無造作に見上げると、

「おまえは……敵か?」呟いた。

 そういえばコイツ、この前も見たな。

 セレンとミオが旧市街地で敵に襲われたとき、2人の身を守るべく現れた機体である。わずかな出来事だったが、ミオの記憶は今でも鮮明だった。

 白の機体は大地に降り立つすると、周囲の狂った風景を傍観する。

『……ひどい有様だ』

 声は興味なさげな口調で言った。若い男の声音だ。

 完全な静寂が辺りを包んだ。流れていくのは風の音と木材が焔に弾ける音、そしてやけに落ち着かない波の音である。

 男は外部に向けたマイクを使うと、静かな声で語り掛けた。

『つらいな、特に自分が守りたいと思った者を守れなかったときは。俺にもそんな経験がある』

 何を知った風に、とミオは唾棄した。

 どうせ誰にも理解できない。セレンが優しかったこと、声、身体の温もり、濡れたように綺麗なブルーの瞳、風にそよぐ髪――それら全てを誰かにぶつけたとしても、泣き叫んでも、たとえどれだけ長い言葉にしても、セレンの代わりには絶対になりえない。

 死ぬって、こういうことなのか。

 拳を握りしめる。

 ――俺は嫌だ。

 ミオは再び吐き捨てた。巨大な影を上に見て、

「もう一度だけ問う。おまえは敵か」

『俺は誰の味方でも敵でもない』声は言った。『敵だったら俺を討つか?』

「……」

『今のお前じゃ、どう足掻いたってオレは倒せないぜ?』

 まるで子供をからかうような口調だったが、ミオは相手にする気も起きなかった。

 好き勝手に言っていればいい。

 俺の敵に回るようであれば、すべて戦って滅ぼすだけ――と思っていると、白の機体は背面のブースターを展開した。全高20メートルをした鋼鉄の巨身が浮き、風圧がミオの細身を柔らかく押した。

『セレンを護れなかったお前に、これから生きる世界は本当に悲しい場所だろう』

「ッ!?」

 ――どうしてその名前を?

 瞳を見開いて見上げると、白い機体の背中には大きな双翼が生まれていた。

 色は蒼。

 かつて童話で見たような青い鳥――それとは比べ物にならないほど綺麗な蒼の羽根だ。

 赤に染まった自分の格好とは対照的な姿で、ミオは思わず見惚れてしまった。

『だが決して忘れるな。世界はそんなに悲しい場所ではないことを。悲しいことだけが世界の全てではないことを。彼女が最期に言ったように、どれだけ嫌いな世界でも、どんなに悲しい世界でも……幸せでいられる場所は必ずあるということを』

 一瞬の加速で重力の枷を振り切ると、白亜の機体は高く飛翔し――遠い空へと姿を消していった。

 あばよ、という短い言葉を残して。

敵となるものを全て滅ぼしたミオ。

たった1機で、たった1日で100機以上のAOFを倒したという噂は、瞬く間に世界中へ知られていった。それは無論、ASEEのレゼア・レクラム同様、統一連合のレナ・アーウィンにも知られる事態となる。

だが、ミオはそんなことなどどうでも良かった。

仇は取った。

セレンを殺した連中を皆殺しにし、美月の両親を殺害した連中を皆殺しにした。

だが胸の中心に空いた穴は塞がらない。

そして赤茶けた大地に降り立つ白銀のAOF。その操縦主は低い声で言った。

『セレンを護れなかったお前に、これから生きる世界は本当に悲しい場所だろう』

なぜ彼女の名を知っている?

1つの疑問がミオの中で渦を巻き、世界は破滅に向かい加速し始める。


アフリカ篇、完結。

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