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黎撃のインフィニティ  作者: いーちゃん
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第25話 part-b

あけおめです(大嘘。

これがアップロードされてるとき、多分ぼくは出張中だろうけど…orz


[part-b]セレン


 取り残されてしまうと、孤独以外の何も手元に残らなかった。

 下の階で爆発が起こってからというもの、緑色のジャンパーを羽織ったスタッフたちがメガホンを片手に呼びかけているけれど、しかし客たちのざわめきは収まりそうにない。

 時間が経てば経つほど不安要素は大きくなり、パニックを起こした人が嗚咽とともに泣き始める。そして周囲にいる人の不安を掻き立て――という連鎖が始まり、パニックは収拾が付かないほどまで成長していた。

 当たり前だ。

 ふと見れば、袖を掴む自分の手も小刻みに震えていた。

 でも、とセレンは思った。みーくんは大丈夫だと言ってくれたし、必ず守ってみせるとキスまで贈ってくれた。

 人さし指で朱唇に触れる。

 自分は最高のプレゼントをもらったのだ。ならば彼を無条件に信じよう。

(必ず戻って来てね……)

 ぐ、と右の拳を握る。

 そして帰ってきたらもう一度、この気持ちをともに確認しよう。

 ずっと一緒に居る存在は彼なのだと。永久でもいい、永遠でもいい――好きだと思ったこの気持ちを必ず伝えよう。

(みーくんは……あの子は、本当は誰よりも優しい男の子なんだから)

 ふ、と口元が柔らかく笑んだ。

 いつもは冷静で、少しクールな(なり)をしているけれど、本当は誰よりも臆病で、気が弱くて、それは優しいことの裏返しなのだから。

 セレンが壁際で小さくなっていると、すすり泣きのような声の中にどよめきが広がった。

 何? と見れば、エレベーターの数字がぐんぐん上昇しつつある。

 どうやら直ったみたいで良かった、という安堵も束の間、客たちがスタッフを押しのけて我先へと入り口の扉に群がった。

 みーくん達が中に乗っているのだろうか、それともエレベータの復活を知らずに下の階に居るのだろうか――と非常階段のあたりをウロつき始めたとき、客たちが一瞬だけ静まり返ったあとに別の声が聞こえた。

 ひ、と息を呑む声である。

 今度は何だろう――と開いたエレベータを見て、セレンは背筋が凍るのを感じた。

 反射的に胸のペンダントを握り締める。

 そこに立っていたのは兵士だ。

 自動小銃(アサルトライフル)らしき装備を携えた男が2人、そして樽のようにでっぷり太った男が1人、エレベータの箱から姿を現したのである。

 客たちはヘビに睨まれたカエルのように動けなくなり、その場で身を凍らせた。

 真ん中に立っていた男がエレベータから降り、(たる)んだ顎を撫でた。まるで獲物を品定めするような目付きで集団を眺め、

「諸君。我々は統一連合軍第63師団、トライアドウルブズ隊の者だ。このたび我々は正規軍から離反したところだ。突然のことで済まないが、君たちの中から人質を選出させてもらう」

 志願者は居らんかね? とフザけた様子で、男はホールを見回した。

 客たちは状況を掴めないまま唖然としているか、勘の良い者は視線を床へ逸らすかの2つだ。

 それを見た男は短く頷いてみせ、

「詳しい話をしないのも申し訳ないのだがね、しかし我々には時間が無いのだよ。では、こちらで勝手に人質を選出させてもらおう」

 男は一歩だけ前に歩み出ると、近くにいた少女の髪を掴み上げた。年齢は10歳過ぎといった感じだ。

 カン高い悲鳴がホールに反響する。

 おそらく保護者からはぐれてしまった子供のだろう。

 可哀想に――とセレンは隅で目を瞑った。

 自分が前に出るだけの勇気はないし、そんな度量もない。ハッキリ言って臆病者だ。

 でもそれでいい、とセレンは思った。

 自分が助かるならそうするしかないと諦めながら、セレンは自分を唾棄した。

 このままでは女の子が連れ去られる。もしかしたら一生ぶんの傷を負うことになるかも知れないのに、死を覚悟で男の頬を殴る勇気も正義感も、自分には無い。

 卑怯。

 臆病。

 腰抜け。

 奥歯がカチカチと震え始める。

 このまま黙って見過ごしていいのか――顔も名前も知らないけれど、あの少女が犠牲になった後、自分は平気で生きていけるだろうか。

 答えは否だった。

(だけど怖いよ、助けて欲しいよ)

 みーくん、と唇は乾いた声で名前を呼ぶ。

 この場で返事が戻ってきたらどれだけ幸せなことだろう。

 もしも手を握ってくれたら、微笑みかけてくれたなら――と考えたところで、2度目の爆発が起きた。下の階である。

 さっきよりも音が近い。震動が80階フロアの胸ぐらを掴んで揺さぶり、セレンは悲鳴をこらえる。

 肥った男は薄笑いを浮かべたまま少女を見て、

「ではこの子を交渉材料に頂くとしよう。使えなくなれば捨てればいい。それに、このくらいが趣味の男共ならごまんといるからな」

「ま、待ちなさい!」

 気付けばセレンは無意識のまま立ち上がっていた。

 兵士たちが一斉にセレンを見、そして目を細らせる。

 肥った男は掴んでいた少女の髪から手を離し、

「ほう、何か。君が代わってくれるというのかね?」

「わ、私は……」

 樽のように肥えた身体がスタスタと歩み寄ってきた。

 この下衆野郎、という言葉が喉から飛び出しそうになる。

 全身を舐め回すような視線で見られ、セレンは思わずたじろいだ。気味が悪い。

 恐怖の感情が先行する。

 が、それを悟られないようにするため、握り拳に力を溜めた。

「いったい何のために、こんな酷いことをするんですか――」

「それは君が知るべきことではないな、我々にも事情はあるのでね。少なくとも君では理解できない世界から来たのだよ、我々は」

「なんですって……?」

「戦争だ、戦争。誰もが忘れがちになるが、今の世界は戦争中なのだ。もっとも、平和のベールに包まれた諸君らには理解できまいが。我々の目的はそういったベールをひたすら剥いでいくことだ。最高に楽しいだろう?」

「あなた達という人は……」

「連れていけ」

 男は両腕を高らかに上げ、まるで宣言するように言った。

 彼らの目的はつまり――戦争を日常の側に持ち込む、拡大させるということか。

 誰もが忘れがちだという、この男がいま放った言葉はきっと正しいのだろう。かくいうセレンにとって戦争なんて縁の無い言葉だったし、どこか他人事のように思っている節はあった。

 自分は武器を取らない。誰も傷付けない。だから関係ない、と。

 ――でも。

 この瞬間にも血を流しているはずの人がいるのだ。死んでいく人もいるかも知れない。怪我をして泣いている人だっているかも知れない。そういった犠牲から目を背けて自分たちは生きてきた。

(もしかしたら、みーくんも……)

 少年の横顔が脳裏に甦った。

 もしも、彼が戦いによる犠牲者の1人だったとしたら――そう考えると、セレンはふとした不安に駆られた。

 みーくんは今、この瞬間にも傷付いているのかも知れない。心の奥底で泣きながら、強いフリをして、実はボロボロになって戦っているのかも知れない。

 護衛の2人がセレンの脇に立ち、合図とともにエレベータへ向かう。

 もう抵抗の余地は無かった。

(みーくん……ごめん、でも…必ず助けに来てくれるよね……)

 連れ去られる寸前、セレンは見た。

 エレベータという箱の中から、ホールに居る客たちの冷めきった表情を。

 自分には関係ないと哀れむような視線で、まるで連れ去られていく動物でも眺めるような目で。

 あぁ――と、セレンはこの瞬間に全てを理解した。

 少女の代わりとして前に出たのは間違いだったと。

 臆病者でも卑怯者でも構わないから、隅っこで震えながら静かにしていれば良かったと。

 誰かを犠牲にして、それを平気で踏み越えて生きる方が遥かに簡単なのだと。

 だけど、自分の思い描いていた少年は違った。

 扉が閉まりかけた瞬間、非常階段の方向から飛び出してくる人の影があった。

 おそらく爆発に巻き込まれたのだろう。せっかく一緒に新調した服をボロボロにし、傷だらけで血を流したまま、それでも構わず自分の元を目指してくる少年だ。

「――セレンっ!」

 泣きそうな瞳で手を伸ばす。

 ミオ・ヒスィ。

 変な名前。でも自分がいちばん大好きな「みーくん」。

 ようやく気持ちが分かったというのに。二重のドアは容赦なく閉ざされた。前に踏み出そうとしたセレンの細身は床に叩きつけられる。

 扉の内側では、隣に並んだ男が醜悪な笑みに口元を歪ませる。

(みーくんは、必ず迎えに来てくれるよね……)

 それだけを信じよう、と心に決める。

 エレベータは、まるで下に沈んでいくような重力加速を得た。

次回は年明けで。

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