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黎撃のインフィニティ  作者: いーちゃん
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第24話 part-c


[part-c]ミオ


 同時刻、午後3時40分を過ぎた頃。

 喜望峰(ケープタウン)随一の高さを誇るセンターシティ、その78階に広がったフロアには2つの影があった。

 ミオと美月である。

 ちょうど水族館の展示を見終わったところで、2人は次に行くべき場所を探していた。

 暗い、直方体をした廊下の区画を抜けると、今度は広くて明るい展望回廊がある。大きな窓からはケープの街並みが一望することが可能で、ここで足を止めていく人も多い。ちょとした休憩エリアとなっており、ガラス張りの近くにあるベンチにはカップルや親子連れの姿が多かった。

(……まぁ観光スポットなんだから当たり前か)

 ミオは内心で肩を落とした。

 街中を歩いたりするのは好きだったが、混雑は目が回ってしまいそうになるから得意じゃない。

 機動艦<オーガスタス>が接岸すれば、必ずと言ってもいいほど外の街を散策するし、それがミオの持てる唯一の趣味だった。だけど人が多い場所になると話は別である。積極的に足を運ぶ気にはなれない。

 昔からずっとそうだ。もしかしたら自分は、施設に放り込まれていた頃から成長していないのかも知れない。

(人の多い場所は苦手だ。それにしても――)

 と、ミオは隣を歩く少女を横目にする。

 美月は浮かない表情で、何か考え事に耽っているようでもあった。

 セレンや亜月と一緒に居たときは空回りしそうなほど元気だったのに、2人きりになってからは借りてきた猫の状態で覇気がない。

 何か嫌なことでもあったのか――と言いかけたミオを遮って、少女は唇を小さく動かした。

 ひどく醒めた声音だった。

「あそこ、空いてるから座ろっか」

「ん? あ、あぁ……」

 ミオはコマ落ちのような動作をもってギクシャクと応じた。

 美月が窓際にあるベンチへ腰かけ、ミオがその隣――やや距離を持って座った。握り拳だと3個ぶんの距離を詰めろとも離れろとも言わず、美月はただ茫然とガラスの向こうに広がった世界を見詰めている。

 都会のビル群。

 空を切って飛んでいく飛行機。凄まじいスピードで直線状を走っていく高速鉄道。

 ごく当たり前の世界だ。当たり前の日常、当たり前の風景と言い換えても良い。

 だが、その中にも異物は混入していた。じっと目を凝らすと、ビルの狭間に立っているのは人型の機動兵器AOFである。

(そう、なんだよな)

 改めてミオは思考する。

 自分たちの日常は、むしろここでは『異物』の側なのだと。眼下に広がった街並みから見れば、自分たちは少数派となる方の世界に属している。平和と戦争という境界線で区切ると、自分たちは後者の側に居るのだ。

(やっぱり俺は、セレンとは違う方の世界に立ってるのかな)

 ぐ、と拳を握る。奥歯を噛む。

 美月が朱唇を開いた。

「ここに居ると忘れちゃうよね……戦争とか殺し合いとかさ。どうせ自分以外の誰かがやってくれるだろうって、なんだかそんな気がしちゃう」

「うん」

「セレンを見てるとね、こっち側でも生きていける気がするんだ。もうASEEから逃げ出して、静かに暮らしていけるような……でも、駄目なんだよね、あたしたちは」

 ふ、と美月は顔を伏せた。

 横から見る寂しげな表情は、ほんのちょっぴり大人びて感じられた。

「あたしは……どうしても統一連合(アイツら)を倒さなきゃいけないんだ」

「恨みか」

「両親がね。アイツらの一部勢力のせいで酷い殺され方をしたの」

 目の前で、と美月は言葉を付け加える。

 NGOの一員として反戦活動を続けていた美月の両親は、統一連合の部隊に捕えられ、そして殺された。過激な平和活動を行ったことへの報復らしいが、それに屈しなかった美月の父と母は少女が見ている前で命の灯を消されたのだ。

「統一連合はASEEと違って比較的温厚な組織だって言われてるけど、やっぱり部隊や場所によって温度差はあるわ。一部には過激な連中もいるし、きっとそういう奴らに目を付けられたんだと思う。あたしが覚えてるのは、そいつらがハイエナのロゴをつけた部隊ってこと。いかにもって感じでしょ?」

 ミオは無言のまま頷いた。

(ハイエナ、か)

 おそらく過激なメンバーを集めた分派だろう。統一連合はASEEと比べて組織が大きすぎる。そのため全ての部隊を統括することが難しく、一部の原理主義的な層が問題を引き起こしているのは事実だ。

 統一連合はそれを認知しているものの、組織分裂や内戦への発展を恐れて手が出せず、野放図になっている。

(ハイエナのロゴを付けた部隊か、覚えておこう)

 取り急ぎ内心に留めておく。

 美月は両腕を伸ばすと身体の前で指を逆さに組み、ん、と軽く仰け反った。

「だから、あたしは戻らなきゃいけないんだよ。自分の場所ってヤツ?」

「そっか」

 ふ、と口元をゆるめてミオは苦笑をつくった。

 それを横目にした美月がギクッと視線を逸らした――ような気がしたけれど、おそらく気のせいだろう。

 帰る場所があるのはいいことだ、とミオは思った。

 自分を迎えてくれる人が居ないのは本当にツラいし、きっと苦しいに決まっている。

 ……1人きりだと、胸に抱えた痛いことを全部自分で背負わなきゃいけないからな。

 ミオは前髪を掻いた。

 対する美月は脚を閉じて膝に拳を乗せ、

「それよりさ! アンタはセレンのこと、どう思ってんの?」

「どうしたんだ急に」

「何でもないわよ! 単なる興味よ、キョーミ。そうじゃなきゃ訊かないっての。はんっ」

「あぁそう」

「す、好きなんでしょう? もうキスくらいはしたの?」

「はぁ!? そ、そんなことして」ないってのー!

 ――とまで言いかけてミオは頬の感覚を思い出し、慌てて、

「いや、した! うん」

「どこに?」

「そ、その質問には(いささ)かのエロ的要素を覚えるが――」

 ガツン!

「痛い」

「別に変なこと聞いてないでしょーがっ!」

 握り拳には怒りのマークが浮かんでいた。

 ミオは殴られた頭頂を手で押さえつつ涙目で、

「とはいっても頬っぺたに軽く触れただけだぞ。あとは寝てる間にもちょっとだけ」

 俺は眠ってたから覚えてないけどな。

 ミオが言うと、美月は余計に苛立ったようだ。プルプル震えながらこめかみのあたりを人差し指で押さえ、

「あのねえ――そういうのはカウントに入らないのよ、このバカ。で、本題に戻るけどアンタはセレンのことをどう思ってんの?」

「それより美月、おまえ顔が真っ赤だぞ。熱でもあるのか」ガツン!

 ……もう余計なことは言わないようにしよう。

 ミオが真面目な顔つきに戻ると、美月の怒りも静まったみたいだった。

 たしかにセレンは「ここに居てもいい」と言ってくれた。それは素直にありがたい。

(俺は彼女のことをどう思っているんだろう)

 もしも今の自分が持っている感覚が「好き」であるのなら、きっと俺はセレンのことが「好き」なんだろう。

 ミオは胸に右手を重ねた。

 これが「好き」という感触なのだろうか。

 ハッキリ言いようがなくて、心の中に靄が立ちこめたような――それなのにどこかスッキリと晴れ渡った空みたいな感じだ。もやもや、ぽわぽわしている。

「それが……良く分からないんだ、俺。誰かを好きになったことがなくて。いや、ちょっと違うな……こういうの、何て言うんだろ。良くわからないけど」

 愚痴を洩らすようにこぼすと、美月は腕を組んだまま片眉をピクリと上げた。

 そういう感情が自分には分からない。というより理解することが出来ない。

 だから恋愛のドラマなんかを見させられてもピンとこないし、「どうせ他人」という5文字だけで切り捨ててしまうのだ。

 美月は呆れたように息をついて、

「分かったわよ、アンタの境遇については少しだけ知ってる。じゃあ質問を変えましょ。アンタはセレンと一緒に居たい? それが許されるか、許されざるかを抜きにして」

「それなら俺は――」

 逡巡はわずか一瞬にも及ばない。

「出来ることなら、なるべくセレンと一緒に居たいよ。きっと駄目かも知れない。計り知れない何かが邪魔をしてくる可能性は捨てきれない。でも……それでも、そう思ったんだ」

「……」

「うまく言えないかもしれないけど、この1週間は、俺にとって全く別の世界だったよ。おとぎ話の中に飛び込んだような感じで、時間がゆっくりと過ぎていく感覚がした。また、こういう時間を一緒に過ごせたら……それはきっとすごく幸せなことだと思う」

「なら、それが『好き』ってことなんでしょ。どんな形であれ、ね」

「そっか……なら、俺はセレンのことが好きだよ」

 美月は座ったまま上半身で振り返り、「今の聞いてた?」といたずらっぽく問うた。

 ミオもつられて後ろへ向き直る。

 廊下と展望回廊をつなぐ部分――その壁のあたりに手をついた姿勢で、柔らかな物腰の女性が立っていた。

 セレンである。

 途端、少年の顔は若いトマトみたいに赤くなった。

 ……聞かれてた。

 ミオは思わず身体を強張らせる。

「みーくん……」

 セレンは口元の微笑とともに一歩を踏み出した。

 細身が腕の中に飛び込んでくる重力とともに、ミオの身体は床に押し倒された。

 少年は目を白黒させながら、

「お、おい……? こんな場所でっ……」

「いいのよ。ここの人たち、みんな立役者だから。私たちは騙されたの」

「え?」

 疑問を浮かべる先、近くのベンチに座っていた客たちが一斉に立ち上がってこちらを見た。

 手を打つ音が天空の回廊に広がる。鳴り響く音は拍手の喝采だ。

 その瞬間、あぁ、そういうことか――とミオは悟った。

 人の多い場所は嫌いだ。アイツらは何事にも無関心で、エレベータに乗り合わせても他人と目を合わせようとしない連中なのに、冷やかしたり、面白がったりするときだけ団結する。まったく自分勝手で、大嫌いな連中なのに。

 ……たまにはこういう冷やかしを受けるのも、悪くないな。

 美月が椅子の上から手を叩く。ときどき客の合間から祝福の声が放たれるのを見ると、シナリオは用意周到に組まれていたらしい。

 ミオは仰向けのまま前髪を掻いたあと、

「やれやれ……結婚が決まったワケじゃないんだぞ」

「ふふっ。子供もまだよね?」

「ちょっ! そ、そういう話は――」

「っていう下らない会話を、いつまでも続けられたらなって思うの」

 セレンは満足げな表情で言った。

 ほっ、とミオは胸を撫で下ろす。安堵が半分、そして残った半分は心の底からの同意だ。

(あぁそうだよ。俺は――)

 こうして自分が笑って居られる場所が欲しかった。

 それにしても子供だなんて、本気で言ってるのかと思ったぞ――と焦る矢先、セレンが胸の上でにこやかに笑む。

「わたし、みーくんの居場所になるよ。世界が敵に回っても、必ずみーくんが安心して眠って、笑っていられる場所になる。きっと誓ってみせるわ」

 そうか――と、このときミオは理解した。

 これが、この胸に染み透るような温かさが『好き』という感情なのだと。

 今までの自分に欠けていたもの。それが、この感覚だ。

(俺は……俺は、変わっていけるだろうか)

 だとしたら、自分は今の気持ちをを一生大切にしたい。どれだけ世界が嫌いになっても、どんなに悲しい世界になったとしても――この感覚と温度だけは死んでも手放したくない。決して忘れたりしない。

 うん、と頷いて両腕をセレンの肩に回す。

 まるで祝福のような冷やかしは、しばらく終わりそうになかった。

んにゃぴ……なんかパソコンの前で眠ってたら原稿できました。

そのまま投稿します。

次は114514日後くらいに投稿しますね。

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