第24話 part-b
[part-b]亜月
亜月は嘆息とともに頭を抱えた 。
まったくこの女は白々しい。本人は全てを知っていながら、まるで何も知らないように振る舞うから恐ろしくなる。
もちろん着飾ったりしない彼女のスタンスは嫌いになれないのだが、どうにも話のペースや調子を崩されてしまう。
たしか似たようなヤツがいたな――と思い当たる節はある。
レゼア・レクラムだ。
ASEE北欧部隊の最若にして特務へと抜擢された存在。まぁ彼女の場合はセレンと違って他人をからかったり玩んだりするのだが、そういう部分だと2人は対照的といえよう。
ふと真面目になった瞬間の視線や顔つきもそうだ。たとえば今がそうであるように。
セレンは口をひらいた。
「人の無意識下には海があるのよ。暗くて深い海の中――人はその中を歩き続けていく。始まりがなければ果てもなく終わりもない。それだけのお話なのだけれど、なぜか注目されちゃって。人の心の中には海があるって、わたしは当たり前だと思ってたの。それを純粋な言葉にしたら、それだけが有名になってしまって。哲学っていうか、文学?」
「そうか」
「本当は逃げてきたのよ。私を取り巻いた全ての環境から」
セレンの表情はひどく寂しそうだった。
数々の分野から脚光を浴びたセレンはそれを忌み嫌った。飾り気のない性格を鑑みれば、理解できないこともない。
彼女の研究は様々な分野へと応用された。
脳科学を始めとして、無意識状態を視覚化するためのデッサンを与えたのである。<無意識の海>と呼ばれるモデルを使うことによって、それは新たな技術に吸収される運びとなった。
…たとえばウェブ上へとダイブするためのINFDSや神経接続技術などが挙げられるだろう。それら中には実際にAOFへの利用が検討されたものもある。ネットを介した意識の共有などは、実用化に向けて動き出されているのも事実だ。
セレンは周囲から期待されたが、そういった華やかな道を歩むのを嫌った彼女は逃げ出した。
それがフレネット・セレンと呼ばれる人間の全貌だ。
「でも、そろそろ戻らなきゃいけないわ。この7日間、みーくん達と一緒に居れて楽しかった……だけど、自分だけがこんな場所でのうのうと過ごして居るのはいけない気がして」
ふむ、と亜月は頷きを1つ、おとがいに指を充てた。
セレンは続ける。
「みーくんは必死になって自分の居場所を探してる。それなのにね……。私とみーくんの間に感じる隔たりは、その温度差が原因なのかも知れないわ。自らの居場所を捨てた人間と、自らの居場所を持てぬ人間との、ね」
セレンの表情が暗く沈む。
改めて見ると、やっぱり綺麗な横顔だな――と亜月は思った。とても儚いけれど。切れ長の瞳を含めて整った目鼻立ちや長い睫毛など、セレンは大人びた美しさを持っている。スタイルだって悪くないし、格好を変えて箒と帽子でも持たせたら魔女と間違われるだろう。
話を戻そう、と亜月は内心で軽く手を振って、
「以前に訊いたかも知れないが、その "みーくん" のことはどう思っているのかね」
「それは……」
「では直接的に言わせてもらおう。解釈が歪んでしまうといけないのでね。君は間違いなく少年を好いている――その事実は違わないね?」
核心だけを突く。
一瞬だけ峻巡して、セレンはやがてコクリと頷いた。
亜月は続ける。
「それは恋愛として? それとも単なる興味として?」
「……」
「あまり固くなる必要はないさ、ただの恋バナさ、恋バナ」
「そ、そんな取り調べタイプの恋話は初体験すぎてお姉さんにはハードル高いわ……」
「セックスと同じさ。まぁ緊張するな」
「じょ、女性がそーゆーこと口に出して言わないのっ!」
「みーくんにも教えたのだろう? 大人の味ってヤツを」
「しーてーまーせーん――っ!」
セレンが顔を真っ赤にして否定する様子を見て、まったくいじりがいのある女だな――と思いながら髪を掻いていると、頭の上にスコンと軽い感触があった。
セレンが飲み終えたカフェオレの紙コップを投げ寄越したのだ。彼女はぷりぷり怒ったようにソファから立ち上がると、そのまま休憩ルームを大股で出て行ってしまった。
やれやれ、ああ見えて可愛いところはあるらしい。
口の端に笑みを浮かべた亜月はコップをゴミ箱へシュート。すぐにセレンの後を追った。




