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黎撃のインフィニティ  作者: いーちゃん
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第23話 part-g

part-fでいったん切ると言ったな?

あれは嘘だ。


[part-g]ミオ


「ったく……とんでもない目にあった。災難すぎるだろ」

「ふふ、だけどみーくんの女装とっても可愛かったわよ? すごく興奮したわ」

「歩いてたら生まれて初めて男にナンパされたぞ。声に出して断ったらすげぇ顔が引き攣ってた――って、おい美月は笑いすぎだろ。こっちは笑ってる場合じゃねーんだぞ」

 美月はミオの後ろで腹を抱えながら「……他には?」と涙目で訊いてきた。息が止まりそうなほど笑っている。

 後でお仕置きが必要だろうなコイツは――と思いながら、ミオは着替えるまで一連の出来事を思い返す。

 お手洗いに入ろうとしたら男女を間違えたこととか、使ったこともない化粧品の店頭アンケートに答えさせられたり。やむなく試着コーナーに入って着替えたのは良いものの、劇的すぎるbefore&afterに店員の表情筋が凍り付いたこととか。

 そりゃビビるだろ。入ったときは女の子の格好で、出てきたら男になってるんだからな。どんなマジックだよ。

 美月は相変わらず目尻に涙を溜めたまま、

「アンタがそれをやった、ってのが一番おもしろいわね……」

「これ以上言ったら水族館のピラニアコーナーに放り込むぞ」

 はーい、と美月は指で目の横を拭った。

 さんざん俺のこと笑いコケやがって。女装姿を見たときはあんなに顔が真っ赤になってたクセに――もしかしてあっちの気でもあるんじゃないか? このペド野郎め。

 ……とは思ったものの言い出せるはずもなく、ミオは前髪をくしゃくしゃに掻きむしった。

 それにしても、と前の方向を見やると、そこには長い列が出来ていた。

「エレベータの待ち時間、なんだか異様に長くないか? さっきからずっと進んでないぞ」

「そうねえ……」

 昼食を済ませた4人はセンターシティの60階に来ていた。

 ケープタウンの中でも最も背の高いビルで、屋上から4フロアに跨がって作られた水族館が有名だ。『地球上で最も高い海』という名文句を銘打った看板が至るところに設置されており、1年を通じて観光客が後を絶たないとか。

 80階にある水族館へ向かうには、60階でエレベータを乗り継がなければならない。つまり2回エレベータに乗らなければならないのだ。

 なんとか1本目には乗れたものの、2本目が上へ行ったきり戻ってこない。正確に言えば階数表示が72を示したきり、長時間にわたって動かないのだ。しかもスタッフはメガホンで「ご安心くださーい!」と叫ぶだけである。

 亜月はパンフレットを眺めながら、ポンポンと美月の頭に手を乗せ、

「たしか別の階で、美術展のイベントが開かれているんじゃ無かったか?」

「だけどいくらなんでも長すぎじゃない? あたしは早くペンギンさんに会いたいのー!」

「ちょっとは我慢するクセを覚えるんだな。じゃないと嫌われるぞ」

「誰に?」

「みーくんに」

 ゴッ!

 美月の振るった鉄拳はミオの顔、その中心にめり込んだ。

 殴られた少年は鼻先を押さえたまま床をごろんごろん転げ回り、

「痛ってぇ! ――てか何で俺が殴られるんだよっ!?」

「な、何となくに決まってるでしょ!」

「何となくで殴られる俺の気持ちはどうなる!」

「知らないわよ!」

 口論を見た亜月が「駄目だこりゃ」と肩をすくめ、セレンが後ろで「仲良しなのねぇ」と微苦笑。そんなワケないだろ!

 やがてエレベータの数字が降りてきた。

 電光表示が60で止まり、中から2人の男が出てくる。台車を従えた男たちは2人ともキッチリしたスーツの正装で、カートの上には

(木箱……?)

 が2列、重なるようにして積まれている。四角い箱の数は合わせて4つだ。

 台車が出ていったあと、場違いな雰囲気のヒゲ男が降りてきた。

 まるで酒樽(ガロン)みたいに太った体型で、口元には薄っぺらい笑みが浮かんでいる。

 おそらくこの場に居た誰もが気に留めないほど些細な事だったろう。男たちが降りると、集団はこぞってエレベータへ押し込められ、ミオたちはその流れに呑まれてしまう。スタッフが80の階数へ触れると、エレベータは上へ動き始めた。

 さすがに定員オーバーだろ……という数の客が乗っているけど大丈夫なのだろうか?

 ちなみにエレベータの重量制限は鋼糸(ワイヤー)の破断を防ぐためじゃなく、床が抜けないようにするためのものらしい。その話をしたら美月は手摺りにしがみついていたけど、もしかして怖いのだろうか。

 内心でニヤついたところで、ミオはふと違和感のようなものを得た。

 感知したのは鼻孔である。

(ん? 何だ、このにおい……)

 スンスンと鼻を動かす。

「どうしたね?」亜月が訊ねる。

「いや……どこかで嗅いだことのあるにおいなんだが、思い出せない」

「気のせいだろ。警戒しすぎも精神に良くないぞ」

 亜月がボソッと答える。

 ってか、おいおい胸が腕に当たってるぞ。ふにふにしてて意外と柔らかいんだな――とか思っていた矢先、「殺すぞ」という呟きが耳元で囁かれた。はいスイマセンでしたお願いだから殺さないでください。

 やがて上へ向かう重力加速が止まり、人混みは狭い空間から吐き出される。

 エレベータを降りれば入場ゲートは目の前だ。

 入場パスポートを持っていた客はそのままゲートをくぐり、そうでない一般客は券売機に列をつくる。チケットはじゃんけんで負けた美月がまとめて購入し、4人はそのまま入場を済ませた。

「へぇ……思ってたよりも、なかなか綺麗じゃないか。なぁ?」

 アクリルガラスで出来たトンネルに差し掛かって、亜月が上を見ながら感嘆した。

 透明な水色の空間である。

 ゲートから施設へ向かう途中の道で、アーチ型の入り口をくぐった先――最初に出迎えてくれたアトラクションだ。まるで水中を歩いているような感覚になる。

 セレンは得意気な表情になって、

「だってアフリカ大陸で一番の水族館だもの。あ、もしかして先進国の方々はバカにしてる?」

「そういうワケではないよ。発展したケープタウンの街並みを見れば誰だって納得いくさ。それに、アフリカ大陸が後進国――失礼、もとい発展途上国だったのは半世紀以上も昔の話だろ?」

「あらあら、世界史に詳しいのね」

「背筋を伸ばして教科書に向かった覚えはないが、私の個人的な趣味でね。たしか第2次科学革命が起こった20年前からは、大量の資源を持っているアフリカ、南米、アジアが優位な貿易を進めたハズだ。それからは徐々に『国』という概念が破壊されていったけれども」

 そうね、とセレンが笑顔で応じる。

 ミオは2人の会話を流し聞きながら、ぼんやりと魚の群れを目で追っていた。銀の鱗が7色の光を返し、流線型をくねらせて泳いでゆく。

 生まれ変わるなら魚がいいな、とミオは漠然と思う。

 住むなら水族館がいい。毎日エサをもらってダラダラ泳いで、きっとどんなに楽で幸せなことだろうか。

 亜月とセレンは難しい話を繰り広げていたけれど、ミオの耳には全く入らなかった。

 ミオは気づけば幼い子みたいに、ガラスにぺったりと鼻をくっつけて水槽を覗いている。

 経済主体の風潮は国という概念や境界線を取り崩したが――とか言われても自分にはサッパリ理解できなかったし、一切関係のないことだ。

 昔から分からないことは、そうやって何事も割り切ってきたし、これからも割り切っていくんだろう。つまり、世界の情勢なんて語られてもミオ・ヒスィという人間には無意味だ。自分が背負っている荷物だけで手一杯だったし、他のことに興味を持つなんて自分には出来ない。

 そう、他人は一切関係ない。

 武器を手に戦って、AOFと上層部からの命令と、定期的に投与される薬物さえあれば自分は必要としてもらえる。

(戦うことが出来れば、か……)

 ガラスの反射に映った透明な自分は、随分と寂しそうに見えた。

 細くて痩せっぽちで、身長は17歳の平均ジャストという特徴無い少年。強いて挙げるなら長めに揃えられた前髪だけが特徴で、これといった特技も無ければ面白いことの1つも言えない。それが自分だ。

(戦えば、誰かが俺を必要としてくれる……戦うことを失ったら、俺は容赦なく棄てられる)

 でも。

 セレンに出会ってから、そんな考え方が少しだけ変わったような気がする。ほんの数ミリかも知れないけれど、自分の中にある重い石が音を立てて動いたような感じがしたのだ。

 ――それは、どうしてだろうな。

(俺は)

 吐息すると、隣に影が立った。

 セレンは少年の右手を握ってニコリと笑むと、その腕をゆっくりと引っ張ってゆく。

「行こう? みーくん」

 ――もしかしたら、自分は変わっていけるのかも知れない。

 漠然とした思いを抱きながら、ミオは彼女の背を追った。

 握られた右の手は、チョコレートなら溶けてしまいそうなほど温かかった。

あ、そうだポッキーの日ですよポッキーの日。

てことで投稿時間も11時にしちゃいました。

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