第23話 part-b
アフリカ最南端、ケープタウンに集う4人、つまりミオ・セレン・美月・亜月は都市部へやってきていた。
ミオの任務は終わりつつある。
[part-b]ミツキ
「その目、やめた方がいいわよ?」
視界が奪われる。不意に両手で目隠しをされて、美月は思わず泡を食った。
両の腕をジタバタ振ることでセレンの拘束をほどき、
「な、何すんの急に――」
「ふふ、だけど元に戻ったわ」
「あ……」
と、そこで美月は続きを失った。
統一連合の兵士たちを睨んだとき、自分の目はどんな色をしていただろうか――とまで考えたところで、誤魔化すように前髪をいじる。
ぴょんぴょん跳ねた黒髪を整えてやると、起きたアンテナは元通りの位置に収まった。
……怒り。
美月が彼らに対して抱いていたのは、滾るほど熱を持った感情だった。憎しみというか怨みというべきか、そんな想いだ。
当たり前でしょ、と美月は内心で吐き捨てる。
両親の仇だ。統一連合は敵なのだから。
少なくとも自分はそうやって教わってきたし、敵を前にして牙を剥くのは当然だろう。それに――と思考を深めたところで美月は胸の内で首を横に振った。
セレンは頭1個ぶんだけ高い位置から見下ろして、少女の頭にポンと手を乗せる。
「いーい? 相手がどんな人であろうと、そういう怖い目だけは絶対にいけないわ。敵意を剥き出しにしたら人は仲良くなれないし、きっと険悪な関係になるだけよ?」
「べつに仲良くなろうと思ってないし」
「そーお? じゃあ敵になるつもりだった?」
それは、と答えかけたところで美月は答えに窮した。
うー、と唸るとセレンが苦笑。
相変わらず良く笑うな、この人は――とか思いながら見上げていると、セレンは遠くの方向へ視線を投げた。
かたく結んだ朱唇と形のよい鼻すじ、サファイア色の瞳が視界に入る。
美人って羨ましいなあ、せめて自分も身長と整った顔立ち、そしてセレンみたいにおおらかな性格があればいいのだが――と思ったところで、「それってつまり別人じゃん」という結論に落ち着いた。
彼女は静かな口調、しかし唇へ言葉を乗せるように、
「今の美月ちゃんの目、怖い時のみーくんにそっくりだったから」
「え…?」
「美月ちゃんや亜月は知らないだろうけど、わたしとみーくん、数日前に旧市街で起きた戦闘に巻き込まれたの」
あぁ――と美月はそこで頷いた。もちろん無言のままだ。
その戦闘なら美月は間近で見ていた。研究所の2階である。ちょうど少年が機体に踏みつぶされそうになったところを見て、思わず舌打ちしたのを良く覚えていた。青色の機体と黄色のAOFは研究所の敷地で戦ったあと、旧市街のメインストリートへ場所を移した。
おかげで旧市街地にある商店街はメチャクチャになってしまった。2人はそのときに巻き込まれていたのだろう。
「でね、私はみーくんに助けてもらったの。だけどあのときのみーくんは凄く怖かった。今の美月ちゃんみたいに、すごく怖い目をしていたわ。あれは人間の瞳じゃないわ。まるで獣の目みたいな」
「そっか……ごめんね」
「謝ることは無いわ、誰だっていろんな事情を抱えて生きてるんですもの。ただ、そういう怖い目つきは良くないと思うの。せっかく可愛い美月ちゃんが台無しよ?」
「か、可愛いなんて……」
ぷい、と美月は顔を紅潮させて拗ねる。
隣でセレンがにこやかな笑みを作ると、無性に悔しさが込み上げてきた。なんだか手のひらで弄ばれているような感じがする。
この女性は本当は何も分かっていないフリをしているだけで、実は全てお見通しなんじゃないか――なんて思っていると、
「ふふ、そうよ? お姉さんってば何でも丸見えなの」
……もしかして思考を読まれてるっ!?
まぁ冗談はさておき、と肩をリラックスして嘆息し、
「で? セレンはアイツのこと、どう思ってるのよ」
「みーくんのこと? そうね、大好きよ?」
「単刀直入すぎでしょ……。なんかこう、もっとオブラートに包んだ言い方とか出来ないの?」
「みーくんオブラートに包んで食べちゃいたくなるわ~」
まるで親バカ、と困ったように熱い吐息。駄目だこの女、はやく何とかしないと。
美月はアスファルトにしゃがんだまま頭を抱えた。
はっきりいってミオの良さは分からない。まだ2日間しか一緒に居なかったが、とりわけカッコいいわけではないし、特別に優しいわけでもない。しかも頭の回転だって鈍いし機転も利かないし少なくとも紳士ではない。せいぜいストレス発散のサンドバッグが良い所だろう。
やや中性的な顔立ちはポイントが高いとしても――とか考えていると、セレンは首を横に振った。
「ううん、そういうことではないのよ?」
「……あの、もしかしてあたしの思考は読まれてる感じです?」
「どうかしらねえ」
ふふ、とセレンが困ったように笑む。
頬に右手を宛て、ちょっとだけ首を傾いだまま、
「みーくんはね、本当は誰よりも優しい男の子なの」
「えー、ホントにぃ? 嘘々、そんなに絶対ありえない」
「本当よ? 嘘じゃないわ」
美月はからかうようにおどけて見せたが、セレンの笑顔は変わらなかった。
彼女は遠くを見詰めるような顔つきになる。
「きっと誰にも気付いてもらえないだろうけどね。閉じこもった中にいるみーくんの心はまだ幼くて、ひどく脆くて、儚いほど弱いけれど――それを分厚い壁で護っているイメージ、というのかしら」
――どういうこと? と美月は問うた。
何の根拠があって彼女はそういうことを言えるのか。それとも根拠のない直感に委ねているのか。
少年の過去を見たとでもいうのか、あるいは蓋を開けて心の中を覗き込んだような物言いに、美月は疑問を呈す。
いや、もしかしたら2人の関係は結構なところまで進んでいるのかも知れない。昨日の夜だって仲良く海岸まで出歩いていたし布団で一緒に寝ちゃうくらいだし、実は美月や亜月の知らないところでイチャイチャしているのかも――とまで考えたところでセレンは朗笑した。
……やっぱり思考を読まれてるっ!?
「理由は簡単よ。みーくんは自分を守ることだけで必死なの。海の奥深くに居る自分を傷つけさせないために」
「海の奥深く?」美月は再び問う。セレンは首の動きで頷く。
「人間の無意識には海があるの、それは原風景とでも表現すべきかしら。知ってる?」
「し、知らないわよ。哲学とかそーゆーの? ムズカシー話なら付き合わないわよ」
「うーん、どうだったかしらねえ」
ふふ、とセレンは口許で笑む。
本当は分かってるクセに、と美月は半目で彼女を見た。
できれば哲学や心理学的な話題は勘弁願いたい。そういえば昨日の晩に本のページを捲ってみたのだが、棚に収められていた哲学書やら論文やらは難易度が高すぎて読めなかった。
いいからバカにも分かるように書けっての、と美月は思う。そうでなければマンガ化して欲しい。それなら自分にも読めるのにな、と。
(人の無意識の中には海がある……)
どこかで聞き覚えがあるような、しかし懐かしさを伴った思いが込み上げるが――駄目だ全然分からん。
そうこうしているうちに亜月とミオが戻ってきた。
セレンは冷やかすように、しかし楽しげに笑ってみせると、
「なーに? 2人で何をコソコソやってたのよ?」
「予定の打ち合わせといったところだ。美月、今から2時間は私と付き合え。『はい』『イエス』『喜んで』の中から答えろ。さぁ選べ」
「え、えぇぇっ!?」
「時間オーバーだ。というワケだからセレンと少年は仲良く街を散策してくるといい。また2時間後に落ち合おう。では」
美月は喉をがっちりホールドされ、うげぇと軽く呼吸困難に陥りながらアスファルトを引きずられる。マジで死んじゃうからやめて。
後方の視界ではにこにこ顔で手を振るセレンと、ぽかんとした表情のミオが立ち尽くしていた。
相変わらずバカっぽくて間抜けな表情ねー、と小馬鹿にしながらも内心では「巧くやんなさいよ」のエールを送って、美月は酸欠で意識が遠のいていくのを感じた。




