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黎撃のインフィニティ  作者: いーちゃん
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第22話 episode

挿話です。

アフリカの話が続いていたので、ASEE本部へと戻ったレゼアの話を書きました。

[part-A]


 ヘルメットを装着すると頭の上にはズッシリと重い感触があった。

 頭をすっぽり覆うのは黄色の配色だ。安全第一という四字熟語の隣には緑色の十字が描かれている。どうやら頭のサイズが合っていないらしく、首を頷かせるたびにメットが前へ倒れてくるのが厄介だ――とか思いながら、レゼア・レクラムは角度を直してやった。ついでに首の紐を引っ張って結び、

(……これでいいか)

 ふ、と吐息。

 彼女が立っているのは灰色の立方空間。AOFの格納庫である。

 幅は縦、横、高さ40メートル近くに広がっており、2階、3階にはキャットウォークが見えるも人の姿は無い。

 格納庫に居るのはレゼア一人だけだった。作業を終えた整備員たちは遅めの夕食へと向かっていったし、データの採取に来た白衣たちは次の持ち場へと姿を消した。夕方から無休憩のまま作業が続けられたため、疲労は臨界点に達していたに違いない。不平不満を持つ者も多かったろう。

 ちょうどエントランスのあたりから話し声が聞こえたものの、それらは格納庫からすぐに遠ざかる。どうやら廊下を通り過ぎただけのようで、音は遠い闇に消えた。これから士官食堂か風呂にでも向かうのだろう。

 手に持っていた六角レンチを床へ放ると、レゼアはその場に胡座(あぐら)をかいた。

 ……なんというか、疲れたな。

 首に掛かっていたタオルで汗を拭う。

 1週間――と意味もなく呟いた。

 ミオが喜望峰での任務に就いてから今日で6日が経つ。通信用の端末が壊れたと知ったときは焦ったが、幸いにもGPSチップだけは生きているらしい。受信機が港湾部や旧市街地を行ったり来たりしているのを見ると、それだけが安心の素である。

 今はどうしているだろうか――と、レゼアは手を伸ばして床に転がっていたノートPCを操作した。カーソルを動かして機体の設計図を閉じ、別のアプリケーションを立ち上げる。

 新たに展開されたのは世界地図だ。

 GPSの信号は短周期の明滅を繰り返しながら、やはり喜望峰の位置にある。マップを拡大すると、赤色は旧市街地から北上中だ。

 速度から察するに、おそらく何かしらの乗り物を使っているようである。たしか旧市街地は北端から都市部へ行くバスが出ていたから、それに乗ったに違いない。通信機器は何らかの損傷を受けたようだが、GPS情報だけは精確だ。

(そうか……向こうはまだ午前中か。かなり時差があるんだっけな)

 ふぁ、とあくびをして腕時計を見るとアナログは午後11時を示していた。

 ――もうこんな時間か。片付けは明日にして、そろそろ寝ないとな。

 よっこらせ、の声で立ち上がる。

 ぼんやりとした視線で前を見ると、近くのハンガーには黒色のAOFが1機だけ直立していた。

 機体は名を<オルウェントクランツ>という。

 否、正確にいえばナイロビ戦で中破したものを改修したので<オルウェントクランツ・アフターリファイン>とでも称すべき機体だ。

 損傷から逃れたコアパーツ以外の部品をほぼ全てにわたり取り替え、操縦主(パイロット)であるミオ・ヒスィ専用に再設計した第4世代最新鋭機。加速や機動性、スラスターの追加による旋回性能に向上が認められ、安定翼(スタビライザ)を増やすことで複雑な立ち回りにも応えられるようになっている。

 接近戦においては、加速と機動性が状況を制すための重要な要素(ファクター)となる。近接戦闘を得意としているミオにとって、今回の改修は鬼に金棒かハンマーでもプレゼントするようなものだ。

 ……その代償は、わたしの睡眠不足と過労か。

 だが大したことは無い、と呟いた。

 レゼアはひとりで苦笑。

 1つの機体ををフルチェンジするのに7日間という期間は圧倒的に短すぎる。作業前はそう思っていたが、レゼアはそれを6日目にして終わらせてしまった。知り合いという知り合いに声を掛けまくり、裏という裏から手を回し、作業員たちを家畜のごとくコキ使ってようやく完成した機体だ。

 作業を担当する彼らや技術者のグループと揉めた日もあったが、レゼアは断固として引かなかった。

 改めて機体を見上げる。

 首が痛くなる高さにあるのは頭部だ。鋭角ばった部位は両耳の部分にV字をしたアンテナがあり、一対の(カメラ)がある。やや直線的なデザインはこれまでと変わっていないが、一見すると分かるほど装備の向上がある。背中にマウントされたシールド、腰部にはサーベルと実体ダガーが見え、腕部の先端には鋼糸刃(ワイヤーアンカー)の射出口が見える。

 どれも近接戦闘用の装備だが、もちろん射撃兵装だって用意されている。

 レゼアは機体の隣へ視線を送った。

 壁へ立て掛けられるようにして置かれているものがある。

 AOF用のライフルだ。

 従来のエネルギーライフル等とは違い、サイズが異様なほど大きい。<オルウェントクランツ>の全高が16メートル程度だとすれば、ライフルはその半分をも超える砲身を持っていた。

 超電磁砲(レールガン)――――<ヴァジュラ・ヴリトラ>。別名V・Vライフルとも呼ばれる新型装備だ。

 衛星用のミサイル迎撃装備として使われること無いまま役目を終えたレールガンを接収し、大気圏内でも使用できるよう改良を重ねたのである。世界中に散らばっているAOFでもこれほどの火力を装備した機体は存在しない。

「この機体があれば、ミオはもっと自由に戦えるだろうか……今までとは違うように戦えるだろうか」

 まるで睨むように目を細める。

 彼が冷酷な戦いをせずに済む方法は無いだろうか――と、レゼアは4年間ずっと模索を続けていた。

 少なくとも自分が知っているミオ・ヒスィという少年は『戦わざるを得ない』存在なのだ。生まれてからずっとクスリ漬けにされ、大人たちによってオモチャにされ、心を閉ざすことで、そして分厚い殻に引き籠もることで、ようやく自我を保っている少年だ。

 戦う力を取り上げたら他に何も残らず、そこにはアイデンティティの欠片もない。

 実に不安定だ、とレゼアは感じる。

 とても脆くて弱い。それにも関わらず、ミオは望まずして強大な力を持ってしまったのだ。世の中の大半のことに対して興味がなく、生きてゆくことに対しても執着せず、しかし戦わなければ死ぬ道しか残されていない少年。一歩間違えれば世界を滅ぼしかねない、まるで鎖に繋がれた化け物か、檻に閉じ込められた怪物のような存在だ。

 ――だが、と思う。

 あの少年をそのような存在にしたくない。これがレゼアの抱えている第一の願いだった。

(できれば幸せに生きて欲しい、というのは贅沢な希望だろうか。あの少年にとっては)

 そんなちっぽけな願いさえ叶えられないのか、とレゼアは思う。べつに世界平和が欲しいとかギャルのパンティおくれとか、そんな尊大な願い事ではないのだが。後者は何か違ってる気がするけど。

 漠然と思ったところで、空気の振動は唐突だった。

 耳の後ろで囁かれたような感覚を得て、レゼアは身動きを凍らせる。

 声は少年のものだ。謳うように柔らかな口調で、

「――それは無理な話だよ」

 立体音響。

 たしかに聞き取れるよう、甘い声は言い放った。

 レゼアは反射的に振り返るが、そこには誰の姿も無い。

 彼女は嘆息とともに髪を掻いて、

「まーたお前か……話をするのは半年振りにくらいだな。相変わらず趣味が悪い奴だ」

 呟くように言ったが、しかし声の主は姿を見せない。

「済まないね。だが、僕の姿を見たところで意味があるかい?」

「無いな。見たくもない、というのが正しいか」

 レゼアは空間に向かって言った。

 全方向に向かって声が飛び、それは格納庫のどこかにいる少年へと投げられた。

 声の主がクスクス笑うと、灰色の広さには窃笑の声が響く。

 どこだ――どこにいる、とレゼアは視線を這わせるも、少年が立っていそうな場所には影のひとつさえ見えなかった。

 視線を上へ。

 キャットウォークの2階部分、3階部分――を順に目で追っていくが、それらしき姿は無い。文字通りの無人だ。

 レゼアは苛立って、

「――で、今回は何の用だ? 雑談しに来たワケじゃないんだろ」

「きみが作ったという新しい機体を見ておこうと思ってね。単純な興味として」

「ほう。なかなかの完成度だと思うがね? だが、やらんぞ」

「だったら力づくで奪うしかないね」

 声は笑ったが、レゼアの視線は氷のように冷たかった。

 それも無理はない。

 声の主――つまり"少年"が本気になれば、この基地にいる全員を抹殺するのに1秒と掛からない。レゼアを一瞬で殺して機体を奪い、逃走することなど容易だろう。

 彼にはそれだけの力が与えられているのだから。

 だが――とレゼアは右の拳を握る。彼には媚びてやらない。絶対にだ。

 そんな思考を読み取ったのか、遠くの声はやれやれと嘆息。

「よっぽどアイツのことが気に入ったのかい? ミオ・ヒスィのことが」

「お前と違って純粋だからな、我ながら情が移ってしまった。わたしはアイツのためなら何でもしてやる自信がある」

「聡明なレゼア・レクラムともあろう者が、まさか選択を誤るとはね。恋は賢者を愚鈍にするってのは、案外正しいのかも知れないな」

 声の主は語るように言った。

 虚空を見つめながら、レゼアは次に出てくる言葉を待つ。

 少年は相変わらず静かな口調で、

「きみの知っているミオはいずれ死ぬよ。世界の総意によって殺される運命だ。信じるか信じないかはきみ次第だけど」

「言っている意味が分からんな。世界に殺されるとか言われても実感が湧かん」

「文字どおりの話だよ。彼はこの世界から殺される。世界を敵に回して散っていく。それ以上でも以下でもない」

 少年の口調はあくまで楽観的だった。

 ――世界中を敵に回して殺される?

 言葉の意味がまったく分からぬレゼア・レクラムではない。

 もちろん意味は分かる。だが理解することが出来ない。

 しかし1つだけ言えることがあった。それは、

「世界の総意だか何だか知らんが、仮に世界中がミオの敵に回ったとしたら、わたしが守ってやれば良いだけだろう」

「……へえ?」

「あまりレゼア・レクラムを甘く見ない方がいい。一人の人間を集団で潰すようなら、そんなクソったれた世界は要らないし、きっと中指でも突き立てて、世界ごと風穴ブチ抜いてやるからそのつもりで」

 少年は可笑しそうにくぐもった笑い声を洩らした。

 それとは対照的に、冷たい無言のまま立つレゼア。

 広いスペースには独特の緊張と威圧感が満ちている。

「そう簡単にミオはやらせんよ」

 彼女は足元に落ちていた六角レンチを拾いあげると、下手の構えから勢いよく放り投げる。

 向かうベクトルは上だ。

 腕の伸縮を加速として金属工具が飛ぶ。

「たとえ貴様が、ASEEの総帥だったとしてもな!」

 ヒュ、と空を切る音。

 しかし残念なことに、投擲した工具は少年をかすめることなく頂点に達し、重力を受けて落下してきた。

 ――外れたか。

 レゼアは金属をキャッチして受け止め、投げた方向を見上げる。

 そこは何もない、ただの空間だった――。

 世界の総意によって殺される、だと。

(そんなこと……させてたまるか)

 六角レンチの握った部分は、少しだけ熱くなっていた。

次からまたアフリカへ戻ります。

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