第20話 Episode-c
「わ、私はそういうのいいですから。お洒落とか苦手ですし」
「どこらへんがお洒落なのよ! ただ髪の毛上げてるだけでしょ? ほらほら後ろ向いてよ早く」
「ひゃっ……!?」
逃げ出そうとした細身をガッシリ掴んで、レナは後ろに回り込んだ。
素直になったフィエリアは湯槽で姿勢を正して、
「き、緊張するんですが……」
「これくらいすぐに終わるって。肩張ってどうすんのよ!」
レナ呆れながら髪を結い終わると、セットから手鏡を取り出した。フィエリアとニーナは「おぉ…」と鏡の自分を見て驚嘆し、頭の上に出来た髪飾りをぴょんぴょんつついてみる。
「上手なんですね」
「この結い方だと表情が明るく見えるでしょ? だからオススメなワケよ。どぉ?」
へぇ、とニーナが長い息とともに納得した。新たな髪型が気に召したのか、鏡を覗いた表情には我慢したような笑みが浮かんでいる。
良かったら今後、テンペニーとデートのときにでも使ってもらおう。外出時に使っても恥ずかしくない結い方だからきっと外でも使えるハズだし。対するフィエリアは――と思いながら見ると、
「ははっ、私はそういうの、まだまだ遠い話ですから」
思考が先読みされていた。うぐぅ。
そんなことを言いながら、フィエリアだって男子からの人気は高いだろうに。引き締まったスレンダーの肉体、そして上半身の細い肩は抱きしめたらちょうど良い広さだと思う。
いかんせん本人がオクテなものだから何度もチャンスを逃してきたであろう。今度合コンにでも誘ってやるか――って、あたしも行ったことないけど。
どっかにいい男でもいないのかな――と両肘をついたまま夜空を見上げて、ん、とレナは気付いた。
隣の男子風呂が静かになっている。さっきまでギャーギャー騒いでいたのが嘘みたいで、今は水音のひとつさえ聞こえない。
――だが、違和感。
レナは近くにあった石鹸を掴むと、高く放物線状に放り投げた。狙うのは壁の向こう側、ギリギリのラインだ。
頂点を迎えた固形が落下を始めて、
『痛でっ』激突する音。
レナは訝んで、
「もしかしてアンタ達――……?」
『ち、違うんだレナ! お、オレオレオレオレ達は決して覗きなんかじゃ――な、なぁイアル!』
『そ、そそそそそうだぜレナ! あっはははオレ達が覗きとかいうチマチマした行為で興奮すると――な、なあテンペニー!』
『そうだそうだ! オレ達は決してベルリンの壁なんか登ってないし、ははは何だよその不気味な沈黙は。こっちのペースを乱す作戦か? だったら諦めた方がいい。俺の揺らがないハートは近所でも有名だったんだぜはははさっきから全然笑ってくれないけど大丈夫かぐぇっ』
スコーン、と浴場に響く快音。
それと同時に壁の向こう側で何かが潰れる音がした。カエルが轢かれたときみたいな呆気ない音で、重い身体が床へくずおれる音も遅れて聞こえた。
原因はニーナが投げた湯桶だ。おそらく直撃したのだろう。
その張本人は、
「……さいってい」
うぉぉぉ怖い。普段は物静かな人が怒ると怖いっていうけど、もしかしたら本当なのかも知れないぞ。でも可愛いなチクショー、あとで頭撫でてやりたいほど可愛らしい。
壁の向こうからは乾いた笑い声がした。
『は、ははは俺は決して覗きに協力しようだなんてこれっぽっちも思ってないぜ。むしろテンペニーを引き留めようと奮戦したんだ』
「…………」
『はははさて沈黙から察するに俺を信用してないな? それも無理はないが俺は引き留めようとしてて気付いたらいつの間にか壁を登り始めていただけでつまり奮戦及ばずぐぇっ』
「仲間を売って自分だけ助かろうとするなーっ!!!!」
レナとフィエリアは、ぼぼ同タイミングで湯桶を投げ込んだ。
第20話はEpisode3部で構成しました。いかがだったでしょうか?
それでは次の話から本編へ戻ります。南アフリカ篇です。




