第20話 Episode-b
Episode-aからの続きです。お風呂シーン描きました
「えっ…」立ち上がった弾みでバスタオルが剥がれたが、フィエリアはぽっかりと口を開けたまま、「えぇぇ――――っ!!?」
声が夜空へ突き抜けた。
そのまま後ろへ向かって湯船へすっ転んだら面白いのに――と思ったが、どうやらそういう芸当は持っていないらしい。
残念だな、という感想を持って、レナは手桶を裏返して空気をブクブクさせた。
それと対照的なフィエリアは、「それが! なんで! どうして!」――とでも問いたげな目だ。レナはそれを見て苦笑する。
湯の中を漂い始めたバスタオルを拾い上げ、近くの岩場の上へ没収。丸裸になったフィエリアはようやく事態を把握したのか、岩場のてっぺんに乗せられた湯上がりタオルへ飛び掛かった。
慌てて引っ掴むと、
「な、何をするんですかっ!」
「あれ、駄目だった?」
「そんなことしたら丸裸じゃないですか――っ!」
「風呂は裸の付き合いって言うじゃない?」
「そう言ってる本人だけタオルを巻いている状況には納得いきません…、というか不思議そうな顔しないでくださいっ」
フィエリアはバスタオルを身体に巻き付けると再び湯へ沈んだ。表情が真っ赤に染まっている。
可愛いお臍だったな――と思いながら苦笑いをこらえて、レナは話を元に戻した。
「あたしの本当の名前、北條・嶺奈っていうんだ。もう使わなくなって10年くらい経つかな」
「ど、どういうことですか……?」
「家族で亡命したのよ。もともとハーフだったし、日本がASEEになるよりもずっと前の話だけどね。幼稚園から小学生に上がるときに情勢が危うくなって、海外の国籍を取得したの。そこで "アーウィン" の文字を貰ったわ。ドイツ読みだと"エルウィン"らしいけど」
「ですね」
日本――その文字を耳にして、フィエリアは色めきたったようだ。
極東に存在する島国。が、今は使われることのなくなった古い名前だ。
6年前。世界が2つの勢力へ分断される直前、新たにASEEとして生まれ変わった国である。
統一連合との友好を拒絶し、政治的、社会的、経済的にも孤立の道を選んだバカな国家、というのがフィエリアとしての印象らしかった。
だが国のシステムが悪かった、とも彼女は言う。
政治的に重大な決断を迫られていたにも関わらず、政府の決定は遅々として進まなかった。国全体で意見が真っ二つに割れ、いよいよ収拾がつかなくなったときに現れたのが、経済界の首領たち――つまりASEEの創設者にあたる面々だ。
彼らは口を揃えてASEEへの参加を推し、政府はその意思に大して盲目的に従ったのである。経済的に弱っていた日本は、自らの権益のために誤った方向へ身を投げた、と世界中のどの新聞、メディアでも報じられた。
日本という国が消滅してから、かつて統一連合を支持していた日本人たちは忽然と姿を消したのである。国家権力に消されたという意見と、自らの危険を察して亡命したという説が飛び交い、国民は騒然となった。
そしてASEEという組織に生まれ変わってからは、何もかもの決定が迅速に進んだという。かつての遅々とした決断はそこには無く、全ての規則を上層部の連中が作るようになったとか。
なんだか不思議な経歴を持つ国で、そしてASEEは現在に至っている。
だけどね、とレナは言葉を続けた。
「こういう事態になったのは一部の連中の仕業なんだよ。だから、あたしはそういう奴らを許してやらない。戦争で儲けようなんて――勝手に人の命を弄んで、何も分からないまま力を振り回す人間だけは絶対にブッ潰してやるの。少なくともASEEの上層部はそういう連中の集まりよ」
「レナ……」
「あたしって単純でバカだからさ。腹の立つ連中がいると、とことんメチャクチャにしてやらないと気が済まないんだ。だから戦うの……ってことで、それがあたしが此処に居る理由。というワケでこの話はおしまい!」
パン、と手を打つ。
苦笑を作るのに失敗して、レナはそれでも明るく振る舞ってみせた。フィエリアはぎこちなく頷いてくれたが、その表情は内心の蟠りが溶けたようにスッキリした笑みだった。
露天風呂の入り口にひとつの影が浮かび上がる。
擦りガラスが横へスライドされると、現れたのは小柄な少女だった。
すかさずレナが手を振る。
「おっす、ニーナ」
「お、お待たせ……ごめんね、管制班の打ち合わせが長引いちゃったの」
レナが湯船から手を振ってみせると、少女・ニーナは恥ずかしげな表情で手を振り返した。
年齢の割りに幼さが残る体躯だ――起伏が少ない代わりに余計な肉もなく、しかし均整が取れた身体つき。細い肩と握ったら折れてしまいそうな腕。「か弱い」とは彼女のために作られた言葉なんだろうか、と思いながらニーナの肌を眺める。
少女は湯桶で軽く身体を流すと、そろりと湯槽へ身を沈めた。
「な、なに…見てるの……?」
「いやー、可愛いなぁと思ってさ」
むぅ、とニーナは朱唇を尖らせた。
別に皮肉で言ってるワケじゃないんだけど――と内心で弁解していると、壁の向こう側から男の悲痛な叫び声が聞こえてきた。サスペンスものの舞台なら「殺人事件っ!?」みたいなノリになると思うんだが、残念ながらそうではないらしい。ってか何で殺人に繋がったんだ? 湯のせいで思考回路でも緩んだのだろうか。
隣の風呂から聞こえてくるのはイアルとテンペニーの声だ。2人ともすっかり打ち解けたらしく、たまに夕食の早食い競争で喉を詰まらせたり、風呂ではああやってザバザバ泳いだり――って、浴槽は泳ぐ場所じゃないぞ2人とも。
レナの嘆息も何のそのといった感じで、隣からは
「わーはははこれが上半身クロール下半身平泳ぎだー!」
「なら俺は右半身バタフライ左半身バタ足泳ぎだ!」
「何それすっげぇぇぇ!」
「だろ! 俺はこの泳法でオリンピック自由形の予選まで進んだ!」
「ほんとかよ!」
「嘘だ! ガハハ」
うぉー! と盛り上がる向こう側の愉快な人たち。
ザバザバと湯を掻き分けて進む音が聞こえたかと思うと、今度はバタ足による湯飛沫が壁を越えて降ってきた。どんだけ強く蹴ってんだよ。
男ってほんとバカ、と頭を抱えながら、
「でもさ、テンペニーとイアルって不釣り合いよね。なんで仲良くなったんだろ」
爽やかハンサム系のテンペニーと、童貞変態を自らの肩書きに掲げているイアルは圧倒的にアンバランスなコンビだ。別に任務を共にするワケではないし、普段から行動を一緒にしているワケでもない。せいぜい食事や風呂、休憩時に顔を合わせる程度だろう。
フィエリアは落ち着いた表情で肩を流しながら、
「殿方って基本的に全員バカで変態ですから。きっと内面の部分で共感したのかも知れませんよ。テンペニーの方も、内心変態なのかも知れませんし」
ニーナの前でその発言はどうよ……と思いながらレナは太平洋よりも深く頭を抱えた。そんな共感だけは絶対にしたくない。
男に生まれなくて良かったという感想を持ちながら、レナはもう一度だけ深い息をつく。
小柄な少女を見た。
背の小さいニーナは湯船に浸かると自然に髪まで浸かってしまうのだ。
「ニーナ、前にも思ったんだけど髪の毛いつも湯船に入っちゃうよね? 良ければ結ってあげよーか?」
「え、いいの?」
「ショートでもお風呂に入ったら邪魔でしょ?」
彼女はコク、と小さく頷いた。
レナは岩場の縁に置いてあったセットを取ると、予備として持っていた中で一番可愛いピンを引き抜く。つい最近上陸したときに買ったものだ。どこだったか忘れたけど、デザインが可愛かったので衝動買いしてしまったものの1つである。
湯槽を膝で進んで、
「ちょっと後ろ向いててねー」
「んっ……」
慣れた手つきでニーナの髪の毛をまとめる。手櫛で髪を梳くと、絹のように柔らかい線の感触が残った。
まるで妹みたいだな、とレナは思った。
後ろの髪を1つに集め、適度な長さを持って結い上げる。それを軽く束ね、ヘアピンで留めれば完成だ。
「はい出来ました。フツーに可愛いじゃん?」
「そ、そうかな…?」
「これからは髪の毛上げてみたら? テンペンだって喜ぶかも知れないよ? むふふ彼氏持ちってのは羨ましいわね~」
勝手なアドバイスを送ると、ニーナはすぐに表情を赤らめた。
シャイなところが可愛くなって、レナはさらに追撃したくなる。
嗜虐心というのか分からないが、好きな子をいじめたくなるようなああいう感覚だ。
もしかしたらSっ気があるのかも知れないな、と思いながら反対を向いて、
「そうだ、フィエリアは? ピン余ってるけどやってみる?」
続きは明後日更新します。よろしくお願いします。
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