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黎撃のインフィニティ  作者: いーちゃん
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第19話 part-a

[part-A]ミオ


 ケープタウンにやって来てから、早くも4日目になろうとしていた。

 昨日――つまり3日目は色々と大変だった。

 襲撃を受けた旧市街地が壊滅状態になってしまったため、食料の確保が大変だったということ。

 街を襲った黄色の機体はどうやら盗賊だったらしい。数年前にも一度だけ街を襲ったことがあり、そのときはたまたま街に居た操縦主が旧式のAOFを駆って見事に追い払ったとか。しかし今回はそういうワケにもいかず、商店街は相当なダメージを負ってしまった。

 そこで、セレンとミオは街の修復に出掛けたのである。

 丸一日の労働を経てようやく手に入った食べ物は皮肉なことに雀の涙ほどだった。流通が止まってしまったのなら仕方ないし、文句を垂れるワケにもいかないだろう。

 風呂場での1件があって以降、セレンはミオに対して普通に接してくれるようになっていた。

 大事なことはここを離れるときに全て打ち明ける――という約束があるためか、彼女はミオについて深く問い詰めたりしなくなった。それはそれで寂しくはあるけれど、今はそれだけで助かる。

 ――自分は彼女に嘘をつかなければならない。

 そして――と、ミオはベッドの下からアタッシュケースを取り出した。銀色の四角いケースは表面が傷だらけになっていたが、幸いにもロックは外されていなかったし、おそらく中身は無事だろう。

 ケースは昨晩、セレンがシャワーを浴びている間にコッソリ回収した。その後に中身のチェックが終わっていなかったのである。

 ポケットから鍵を取り出し、ミオは膝まづく姿勢でケースを開いた。

 ミオは思わず胸を撫で下ろした。中身はすべて無事だった。

 GPS機能を備えた青色のペンダント、.45口径の自動拳銃、そして予備弾倉もしっかり残っている。これが無事であるということは、レゼアもミオの無事は把握しているだろう。アタッシュケースを捨てた場所はセレンの家から200メートル程もあり、それだけの距離が動けばGPSは反応を示す。

 これさえあれば何とかなるだろう――と思いながら、ミオは宝石のネックレス部を手に取った。

 楕円球をしたペンダントだ。深青色をした石英の造りで、ちょうど真ん中あたりを回せば真っ二つに分かれる仕組みになっている。

「うわ――と、っと」

 ペンダントに収められていたものが落ちそうになる。

 中に入っているのは小指の爪ほどのサイズしかない半導体のチップだ。非常に小さいが高精度のGPS機能が備えられており、これさえ残っていればレゼアはミオの動きを察知できる。衛星通信用の端末が雨に濡れて壊れてしまった以上、頼りになるのはコレだけだ。

 このチップを破壊したとき、それは非常事態を告げる合図になる。

(そういえばレゼア……元気かな。今は本部に戻ってるんだっけか)

 たしか彼女はASEE本部基地で<オルウェントクランツ>の改修を行っているはずだ。

 ナイロビでの戦闘で破壊された機体は、コア部を除いた全てのパーツを変更するという大事態になってしまった。

 幸いにも元から開発されていた予備部品が残っていたため、1週間あれば作業工程は終了する見込みだという――まぁレゼアなら幾分の余裕をもって仕事を終えるだろう。

 実は今頃とっくに改修を終えていて、コーヒーでも飲みながらのんびりしているかも知れない。

 そんなワケないか――と思って、ミオは思わず苦笑。それでも心配を掛けてしまったに違いない。

 そういえば、と記憶が甦る。

 オレ――あいつとキスしたんだよな。

 もちろん生まれて初めてだった。少なくとも唇では。

 酔っぱらったり暴走したときに頬を狙われた経験はあるが、唇は――初めてだったよな? と自問して自答。

 記憶が正しい限り、答えはやっぱりイエスだった。

(や、柔らかかったよな……?)

 かぁっと顔が熱くなる。

 それに――いい匂いがした。身体が溶けそうなくらいの。

 無理やり奪われたような感じだったけど、やっぱりレゼアは――とまで考えてたところで、ミオは首を横に振った。

 余計なことに気を散らすのはやめておこう。

 喜望峰/ケープタウンへ潜入してから4日が経とうとしているのだ。任務は一切進んでおらず、しかもレゼアと定時連絡さえ取れない状況なのだから気を引き締めなければならない。

 潜入任務には7日間という制限もあるため、今日を除けばあと3日しか残っていない。

 ミオはペンダントを首に掛け、自動拳銃を腰へ装着した。上からシャツで隠してしまえば、重いL字金属による膨らみは簡単に見えなくなる。

 アタッシュケースをベッドに隠して下の階へ降りると、セレンはテーブルの上でペンを走らせていた。筆記体の文字を描いていくたびに、背中まで届くブロンドヘアが揺れる。

 何を書いているんだ――と後ろから回り込んで、

「セレン、何してるんだ?」

「ひゃいっ!?」

 声が裏返った。大丈夫かよ。

 彼女は慌てて紙の上に腕を置くとすかさず文面を隠した。おいおい顔が真っ赤だぞ。

 ミオは不思議そうな表情になって、

「いったい何を書いてたんだ?」

「こ、これは――えっと…その、……そう! か、家計簿! みーくんが来てからずっと書き溜まってってって――」

「語尾がおかしいけど平気か」

「だ、大丈夫よ? いつもどおり万事オッケーオッケーよ?」

「ちょっと外を散歩してくるけど、良かったら一緒に行くかと思って」

「わ、わたしはいいわ。夕方になったら行こうと思ってるもの。それより怪我は……って、もう大丈夫みたいね。安心したわ」

「お陰さまで。昔から傷の治りが早いんだよ俺。じゃあ外に居るから」

 なんだかヘンな様子だったな――と拭いきれぬ疑問を抱きながら、ミオは玄関口から家の外へ出た。後ろから胸を撫で下ろす溜め息みたいな声が聞こえたけど、たぶん気のせいだろう。

 ケープタウンの気候は、どこか砂漠と似たようなところがある。夜になると途端に寒くなるのに、昼間は真夏のように暑くなるのだ。南極から運ばれてきた寒流が近く通るのが原因だろう。

 さて――とミオは息を吸い込むと、陽を受けて熱くなった道路脇を歩き始めた。

 風が心地いい。

 あの無機質な施設に収容されていた頃から変わらず、ミオの趣味は散歩だった。目的も行き先もなく、ただ単に歩き回るだけ。

 レゼアには「それは散歩じゃなくて徘徊だろ」なんてからかわれたりしたが、ミオの趣味はまさしくそれしかなかった。艦から上陸許可が降りれば、フラリと街に繰り出して夕方には戻ってくる。特にアレコレ考えるわけでもなく、かといって気分や鬱憤が晴れるわけでもなく。

 は、と吐息して、ミオはポケットに手を突っ込んだまま港の方向を見た。

 ヨットやクルーザーなどの小型船舶が岸壁に係留されていて、波のリズムに合わせてちゃぷちゃぷ音を立てながら揺れている。セレンの話によれば港町から人が居なくなったのは数年前だったから、その頃からずっと放置されているのだろう。金属製のワイヤーやチェーンは錆びきっていて、赤茶色の固形物と化していた。

 果たして動くのだろうか、あれは。

 ちょっと興味はあったが、ミオはその感情を無視して目線を右へと流した。

 海へ突き出した岬の部分があり、その下には洞窟がある。先日ミオが町に上陸したときに使った場所だ。

「――ん?」

 視界の先、サッと動いた影があった。

 思わず目を細める。

 ちょうど洞窟のある部分だ。何か人影のようなものが、素早い身のこなしで岩陰に隠れたのである。

 見間違いか? とミオが凝視する先、影はもう一度だけ岩陰から現れた。

 こちらを一瞬だけ窺ったあと、今度は先ほどとは違う反応で隠れる。

 どうやらこちらの動きを察知したらしい。

「逃げる気か? くそっ」

 毒づくと同時に、その足はアスファルトを蹴っていた。

 段差を跳躍で飛び越えて斜面を降り、駐車場を全速で横切って洞窟の中へ。

 ミオはポケットからペン型ライトを取り出すと辺りを照らし、腰から自動拳銃を抜き放った。初弾の装填を忘れない。

 銃身のスライド部分を引くと、金属の快音が洞窟内に反響する。遠くで水滴の落ちる音がした。

 周囲をライトで照らす。

 ごつごつした岩に囲まれたトンネルは、しかし奥のほうまで道が続いており、ときどき風の唸り声が聞こえる。

 ミオは屈んだ姿勢のまま、慎重な動作で足を進めていく。

「ここは……」

 ミオは不意に立ち止まった。

 洞窟の奥にあったのは、不思議な雰囲気を放つエリアだった。まさに聖域と言い表されるべき空間である。そこには5人掛けのベンチが左右2組、前から後ろへ向かって9列に並んでいて、その真ん中にある通路は赤色の絨毯が敷かれていた。

 その先が向かっているのは祭壇だ。演台みたいなテーブルが置かれており、その奥にある大壁にはステンドグラスが埋め込まれている。岩場の切れ目から届いた光を吸って、窓は様々な色に輝いていた。

 どうなってるんだ、とミオは呟いた。

「教会か……? 居るならさっさと出てこい」

 洞窟の奥へ逃げたのなら、きっとこの中にいるハズだ。

 ライトを上へ向ける。

 赤や青、緑色の光がキラキラと反射した。ガラスアートには聖母やら天使が描かれており、それらは光に向かって進んでいる構図だ。

 ――足音は背後。

 それは機械の歩行音に近かった。

 ミオは音の正体に気付き、その場で戦慄する。

 後方――およそ5メートルの距離にそれ(・・)は立っていた。

 大きな背丈を持つ男は未だにレインコートを羽織っていた。表情はフードに覆われ、半分どころか顔のほとんどが見えない。

「な――、お前はっ……!」

 その黒い姿は、ミオがケープタウンに上陸した直後、後頭部をバールで殴って気絶させた男だった。

 ミオがケープタウンに潜入を始めてから4日目。

 謎の男に襲撃され、港町に1人で住む女性・セレンによって命を救われたミオは、彼女に対してわだかまりのある感情を抱いていた。

(自分は彼女に嘘をつかなければならない)

 潜入任務には7日間という制限があるため、今日を除けばあと3日しか残っていない。その間に、ASEE特務第七班――通称G班のメンバーへ接触しなければならない。

 ミオが表通りへ出ると、波打ち際の洞窟あたりで人影が蠢く。

 洞窟を進んで行くと奥には教会があった。足音は背後。

「な――、お前はっ……!」

 その黒い姿は、ミオがケープタウンに上陸した直後、後頭部をバールで殴って気絶させた男だった。


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