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黎撃のインフィニティ  作者: いーちゃん
47/95

-Episode-

それは、まだ"ミオ"が小さかったころの話。

挿話です。

[part-A]ミオ


 研究施設の中には大きなグラウンドがある。

 広さはどれくらいだったか――良く思い出せないが、直線距離で300メートル近くもある正方形をした敷地だった気がする。

 一般の学校にあるような白線のトラックは無く、ただ砂利と砂と土が混ざったような大地だった。

 そのグラウンドを取り囲むようにして無機質な建造物が並んでいる。

 材質はセメントだろうか――灰白色の分厚い壁と、埃が積もったせいで白くなった窓ガラスと、出入りするための重い扉。昇降口の近くには石で造られた丸柱が立っており、そこには"A-379"の文字が刻まれていた。何の意味があったかは覚えていないが、そういう無意味な落書きが至るところに書かれていたのを思い出す。

 グラウンドを四方に囲んだ各棟にはそれぞれ役割があった。

 ひとつはゲノム系の研究室だ。ここには病棟も併設されている。

 ひとつは戦闘用に特化した訓練棟。

 もうひとつは子供たちの生活スペースで、残りの1つは忘れてしまった。大人たちが頻繁に出入りしている建物で、子供たちは入棟を禁じられていたような気がする。白衣姿の大人たちが、数人の子どもを連れていく姿を見たことがある。連れられていった子供とはしばらく会えなくなるようで、それが"廃棄処分"だと知ったのは、ミオがこの施設を出ていくときのことだった。

 幼少期のミオはグラウンドの隅に居るのが得意だった。

 乳白色をしたボロボロのローブをまとった少年は、他の子どもたちと比べて頭半個ぶんだけ背が小さかった。

 ボサボサの黒髪は前髪だけ長くなっており、瞼までの表情を隠している。華奢な体躯だったせいで女の子と間違われることが何度かあったように思う。もともと引っ込み思案で感情を表に出さない性格だったから、それくらいがちょうど良かったのだろう――恥ずかしがり屋だったために人の顔を見るのが苦手という理由もあったし、幼いころからミオは人との関わりが不得手だった。

 だから、こうして空き時間になるとグラウンドを1人でひょこひょこ散歩している。

 特に目的があったわけでもなく、ただ、ぼうっと時間を過ごすだけだ。頭のなかは麻薬中毒者みたいにぼんやりしていて、他の子どもたちの喋る言葉はスピードが速すぎてイマイチ良く分からなかったのを覚えている。

 他の子どもたちは訓練棟から出てくると生活スペースへ走っていったり、追い掛けごっこしていたり――そういう集団に交わるよりも、ひとりきりで過ごしている方が好きだったように思う。

 ふと見上げる。

 天にある光は疑似太陽だ。青色の空のような空間は、高度300メートルの高さ一帯に張られたバリア。1.2μメートルの薄さを持つマイクロエネルギーフィールドの膜が空の代わりの役割を果たしており、そこに一点の光球が浮かんでいる。それは本物の太陽ではない。

 夕方になれば空に張られたフィールド層は電磁波長を変えることで赤く染まり、夜になれば真っ暗になる。無論、そこに星は映し出されない。

 当たり前だ。ここは地下なのだから。

 極東の島国にあるASEE本部。その地下600メートルの深さにある広大な地下空間は、完璧な防御システムによって守られている。外へ出ることも、また中へ入ることも許されない地下空間――ここで過ごす子供たちは、物心ついた時から施設に収容されている。ミオもその中の1人だった。

 定期的な血液検査と薬物投与、そして日々の訓練さえこなせば当たり前の生活が送れる場所だ。

「みーくん、そろそろ時間よ?」

 地面へとしゃがんだ少年へ、声がひとつ投げられた。

 立ち上がって振り返ると、そこには同じようなローブを纏った少女が立っている。首にはタグのようなチョーカーがつけられていて、黒い液晶パネルには文字列と番号が浮かんでいる。

 子供たちの個体を示すナンバーと名前だが、そこに付けられた名前はすべて愛情とともに与えられた愛名(まな)ではない。

 そんな貴重なものを持っている子供は、ミオを含めて此処には存在しないのだ。だから自分は本当の名前を知らないし、あったとしても興味は無かった。たとえば仮に本当の親が会いに来てくれたとして、それを理解するのに百万年くらいの時間が掛かるんだろう。

 少年はゆっくりと振り返った。

 赤茶けた土塊の上に女の子が立っているのを見て、ミオははにかんだように明るくなる。

 少しだけ年長の少女は軽く笑むと、その右手を少年に向かって差し伸べた。

「――お姉ちゃん」

「さぁ、次は訓練規定よ。一緒に行きましょうか」

「うん」

 まだ幼かったミオは少女に手を引かれると、2人はグラウンドを横切って、近くにある訓練棟へ向かった。


 建物の奥からは、自動拳銃の渇いた射撃音がこだましていた――。

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