第18話 part-d
旧市街地にて研究施設とおぼしき建物を発見したミオ。
特務7班はここで消息を絶ったのか?
有刺鉄線で仕切られた敷地へ侵入を試みたミオ。だがそれとタイミングを同じくして、空から高周波音が降ってきた。
「って、おい! マジで冗談じゃね――――!!」
20メートル近くの大きさを持つ鋼鉄の巨躯が、ミオの真上へ落下してきたのだ。
AOFはおそらく傭兵のものだろう――第三世代型の青と黄色のAOFは丘の斜面で戦闘を行ったのち、市街地の方へ向かう。
(セレン――!)
気付いた時には、ミオは斜面を駆け下りていた。
[part-d]セレン
うーん、……とセレンは2つの野菜を前に思案していた。
1つは赤く、1つは緑。なんて書くとクイズみたいに思われそうだけど、実際に彼女が前にしているのは普通のピーマンだった。赤い方はパプリカだったが正直な話をすれば名前なんてどっちでも良かった。
やっぱりみーくんには美味しいもの食べて欲しいのよねぇ……と左右を交互に見回して、彼女は左に置いてあった赤を取ってバスケットへ放り込む。
「よしっ」
顔が綻んだ。
今晩は頑張って美味しい料理を作ってあげよう、と心に決めたところで、セレンは次の売り場へ向かおうとした。
そのときである。
ドゴォン! ――という破砕の音が地面を震撼させた。衝撃の元はマーケットの外、メインストリートからだ。
慌ててバスケットを置いて店を出ると、地面には大きな穴が穿たれていた。直径にして2メートルはあるだろうか――と目を見開いたセレンは、
「――」
思わず息を呑む。
頭上を掠めて飛ぶ影がひとつ。いや、ふたつだ。
最初に飛翔したのは青色の巨躯。
直線に伸びるメインストリートを高度20メートルの位置で飛行し、予定ポイントを少し通り過ぎたところで推進翼の向きを変えて空中停止。それを追うように現れたのは黄色の機体である。
青色が撃ち、黄色が攻撃を避ける。行き先を失った弾丸の雨は商店街の建物へ突き刺さり、次々と爆撃のスタッカートを奏でた。
途端、町は悲鳴と喧騒に包まれる。
「ど、どうしたの……いったい……? きゃっ!」
力無く呟いたセレンの視界が上下反転した。
後ろからドンと押されたのだ。地面へ転んだ彼女など目もくれずに、マーケットの客たちが、店主たちが、我が先と言わんばかりにAOFとは反対側の方向へ逃げていく。
「に…逃げないと……」
身体を起こして立ち上がろうとしたが、足首に力が入らない。
2射目。
青色の機体がトリガーを引き、次の射撃が放たれる。銃口から迸った射線を黄色の機体が身を屈めることでくぐり、流れ弾が再びメイストリートの商店へ刺さった。
そのうち幾つかの銃弾――否、砲弾ほどの大きさもある銃弾がセレンの真上を突きぬけ、店の奥へと注がれる。縦に積まれた段ボールが吹き飛び、その後ろではブシュッと何かが弾ける嫌な音がした。おそらく飲料か何かに直撃したんだわ、と嫌な想像を上書きしたところで、今度は天井が崩れてくる。
彼女は思わず悲鳴を上げた。
「――セレン!!」
黒い影が覆いかぶさる。
がらり、と傾いた天井の落下が彼女の頭上で停止した。
そこへ割り込んだのは少年である。背中を盾として建材を受け止め、身を庇うように建物の崩落から彼女を守った。
「み、みーくん……?」
「無事か? 無事ならいい。動けるか? 怪我は?」
「え、えっと……わたしは大丈夫。だけど――」
矢継ぎ早の問いに戸惑って、セレンは唇を震わせる。腰が砕けてしまって動けない、とは恥ずかしくて言えなかった。ついでに足首からも力が抜けてしまっている。腕を使ってなんとか体勢を整えようと頑張ってみるものの――腕立て伏せの失敗版みたいな姿勢になってしまい、彼女は身動きが出来なくなってしまったのである。
ミオはしゃがむことで膝を付き、
「分かった、無理はするな。ゆっくりでいいから建物を出ないと。せめて3射目が来る前には――」
少年はチラリと状況を窺った。青色と黄色のAOFはまだ戦闘中で、しばらく長引きそうな状態である。
青色の機体が再びトリガーを引けば、また周囲一帯に流れ弾で掃射されるだろう。今度は2人に命中する可能性があるし、急いでこの場を脱出しないと危険だ。
くそ、どうすればいい――とミオが毒づく。
彼女は少しずつ身体を前に進めていき(あとでミミズみたいな動き方だと言われたけど)、瓦礫の隙間から這い出すことに成功した。
少年へ腕を伸ばす。
「みーくん! 早く――」
「あぁ、いま出る。それにしてもコイツが意外に重くて……っ!」
押さえていた瓦礫から身を離して建物の外へ出ると、崩落した天井は地面と激突して圧潰した。粉々になったあとには煙が舞い上がる。
怪我は大丈夫? と問おうとしたセレンの声を遮って、急ぐぞ、と低い声でミオは続ける。
少年はその場でしゃがんだ。彼女に向かって背中と手のひらを突き出す姿勢で、
「俺に乗れ!」
「み、みーくん!? この場所こんな状況でその恥ずかしい発言は如何なものかと思うわ……」
「何を想像してんだ――!! いいから背負ってやるって言ってるんだ! 早く逃げるんだよ!」
「ひゃぁっ――!」
セレンの身体は無理やり抱き上げられてミオの背中に負われた。セレンを背に乗せたミオは、2機とは反対側の方向へ一目散に駆け出す。
女性ひとりを抱えたままだというのに、少年が疾駆するスピードは速い。
セレンは振り落とされないように肩へしがみつき、後ろから叫ぶ。
「どこへ逃げるのっ!?」
「ひとまず安全な場所を探す! この街は直線状だから危険すぎる――ってか耳元で大声を出さないでくれ!」
ミオが怒鳴った。
メインストリートがある直線状の道路は危険だ。その理由は流れ弾を防いでくれる遮蔽物が無いからである。
それに、とミオが注目したのは黄色の機体。接近戦仕様をした機体は動くたび地面を滑走し、跳躍し、また着地――という動作を繰り返すことで敵機の懐へ入り込もうとしている。
不規則で雑な動きではあるものの、射撃装備の相手へ接敵するためには優れた戦い方だ。
マシンガンなどの実弾数が多い武器を装備しているAOFは、近接戦闘型の機体にとって最も天敵とすべき相手である。弾切れになるまで射線が途切れず、その速射数は他の武器と比べて圧倒的だ。近づこうにも接近することさえままならず、真正面からひたすら装甲を灼かれて撃墜される場合も少なくない。
黄色の細い機体がちょこまか動くたびに青色が武器を振り回し、標的から外れた流れ弾が周囲をメチャクチャに抉っていく。
「みーくん、ここを右に曲がって!」
2人はT字に交差した道を右へ曲がり、無傷の状態で残っている建物へ飛び込む。セレンの背後を危ういところで弾丸がかすめ、ヒュ、と風を切る音が聞こえた。同時に壁が穿たれる音がして、彼女は小さく息を呑む。
床に大きく投げ出されて、2人は肩で息をした。
危なかった、と思う。深呼吸のようなものをすると、今さらになって汗が滲み出てきた。緊張による脂汗のような冷や汗のような――皮膚に浮き上がったそれは粘質が強く、衣服をじわりと湿らせる。
建物の壁にもたれかかったまま、セレンは問うた。
「みーくん、大丈夫?」
「少なくとも身体は無事だと言っておく。怪我はなさそうだし問題はない――ってのは、生きてるから言える贅沢なんだろうな」
少年は皮肉っぽく呟くと一度だけ深呼吸。部屋の奥から立ち上がると戸口へ向かった。セレンもそれに倣って小窓から外の様子を覗く。
(2015/08/09記)
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