第17話 part-b
[part-b:ミオ]
気が付いたのは30分後のことだった。肩が揺り動かされる感覚を得て、ミオはいつの間にかテーブルへ突っ伏していたことを知る。どうやら気付かぬ間に眠ってしまったらしいく、セレンは既に読書を終えていた。
文庫本は元の本棚へ戻されており、部屋に2つ灯っていたはずのランタンは片方の火が消されていた。
「ん、俺……寝てたのか」
「ええ。みーくんの寝顔すごく可愛かったから、起こそうと思ったんだけどなかなか出来なくて。でも身体が冷えちゃうから、そろそろ2階で寝ましょうか?」
「うん……そうだな、ごめん」
ふぁ、とあくびと同時に身体を伸ばすと、セレンは小説の栞を挟んでテーブルの上に本を置いた。さっきよりもページが進んでいるようで、栞は真ん中のページを過ぎたあたりに収まっている。
新品の歯ブラシを貰って歯みがきを終わらせると、ミオは寝ぼけ眼のまま2階へ向かった。セレンは片方のランタンを消して残った方を外して、それを掲げるようにして階段をついてくる。まるで洞窟ダンジョンを進む案内人みたいだ。
ふとしたことに気付き、ミオはベッドの前で立ち止まった。
上の部屋にはベッドが1つだけしかない。そして此処はおそらくセレンの部屋なのだ。
狭い戸建ての家には客人用に設けられた部屋など在るわけがなく、そして何より本棚を見れば、部屋は彼女の物だということが一目瞭然。
「えっと……俺、どこで寝ればいいんだ? も、もしかして――」
「みーくん、何か期待しているのかしら?」
「いや違う! 断じて違う!」
「ふふ、心配しなくても大丈夫よ。わたしは床にお布団でも敷いて寝るから、みーくんはベッド使っていいわ」
「そ、そういうワケにもいかないだろ! 俺は部外者なんだから、俺が下で寝るよ」
うーん、と彼女は人差し指を頬に宛てて思案。
「だけどみーくん怪我人だし――ほんとに大丈夫? それに夜は寒くなるけど平気?」
「大丈夫だって。身体には自信あるから」
ミオは息をついて首を頷かせた。
もしも相手がレゼアだったら間違いなく同衾の刑に処されていただろう。そして朝まで「ぎゅー」という愛情で肋骨を絞られることになる。
セレンは少しだけ考え込んだあと、「分かったわ。そうしましょうか」と笑顔でいい、床に薄っぺらい布団と毛布を敷いてくれた。
寝る直前にもう一度だけ頭部の傷口と包帯をチェックしてもらうと、ミオはようやく床に就いた。
傷は次第に治りつつあるが、まだ完全に痛みが引いたわけではない。早めに治さないと後々の任務に支障をきたす可能性がある。
「頭の傷、やっぱり心配だわ」ベッドへ潜るとき、セレンは不安げな声で言った。
「これくらい大丈夫だって。明日の朝になれば治ってるから。それより手当てしてくれてありがとな。というか、セレンは――」
「?」
「今日知り合ったばかりなのに……なんで、俺はこんなに親切にしてもらったんだろう」
淡泊な口調で呟くと、彼女はベッドの上からにこやかな笑顔。
「みーくんが、どうしても悪い人には見えなかったから――かな」
「俺が?」
「最初にみーくんを見たときは、怪我をして倒れてたから助けなきゃと思ったの。だけど、自分の家に入れてから焦ったわ。もしかして悪い人だったらどうしよう――って思ったの。男の人って何をしてくるか分からないし」
「それは……」
「ふふ、でもそんなこと無かったから安心したわ。みーくんの目、とっても綺麗な色だったもの。だから『この人なら大丈夫だ』って思ったのよ」
「……もしも俺が悪い人だったらどうするつもりだったんだ?」
「んー。その時はその時よ? フライパンで頭を殴って気絶させたあと、間違いなく海に沈めてあげるわ」
「それを笑顔で言うなよ……」
ミオは思わず苦笑。
セレンもつられて笑うと、彼女はベッド脇のテーブルにあるガスランタンへ手を伸ばした。
ガラスの小窓を開いて、ふ、という一息をもって消す。
部屋が真っ暗になったあと、そこに残った光は月明かりだ。
窓際に掛かったカーテンの外は少しだけ白銀に満ちており、隙間からは月を眺めることができた。
耳を澄ませば、聞こえるのは夜に響く波の音。
おやすみ、と互いに言葉を交わす。
セレンはしばらくの間、ベッドの中でモゾモソ動いていた。おそらく眠りやすい角度でも探しているのだろう――と聞いているうちに、ミオの意識は深い眠りに落ちていった。




