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黎撃のインフィニティ  作者: いーちゃん
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第16話 part-a

 猛烈な嵐のなか、無事に喜望峰・ケープタウンへの単独潜入を果たしたミオは、不意に現れた何者かによって頭を殴られ、意識を失ってしまう。

(ッ、くそ、俺は――こんな、ところで――――……)

 流れていく自分の血を渇いた目で見ながら、少年の意識はそこで途絶えた。

 ……はずだった。

[part-a:ミオ]


 目を覚ますと、ミオの身体はフカフカなベッドの上に横たわっていた。

 窓から差し込んでくるのは暖かな陽射し。少しだけ開いた窓からは柔らかな風と潮の香りが漂ってくる。遠くに聴こえるのは波の音だ。

(どこだここは――天国か? 俺、死んだのか……)

 朦朧とした意識で思考する。

 喉の調子を確認すると、乾燥しきったしゃがれ声が唇から洩れた。

 状況を得ようにも頭がモフモフな枕から離れようとしない。というか動けない。

 ミオは目だけ動かすことで周囲を確認。

 まるでログハウスのような作りの部屋だった。無垢の木材で作られた部屋はほんのりと赤みがかったメープル色で、まるで魚の鱗みたいな色濃い木目がときどき黒い波を打っている。

 室内にはアルミサッシのガラス窓が2つある。そのうち片方はベッド脇にある大きな窓で、半分だけ開きっぱなしになっていた。もう片方はベッドから見て正面に位置しているが枠が小さく、残念ながら今は閉ざされたままだ。

 それに――と目を動かすと、壁際には本棚が幾つか立っているのが見えた。すべてベニヤ板製の棚で、胸くらいまでの高さを持つボックスには文庫本やハードカバーがギッシリ並んでいる。タイトルまでは読めなかったが背表紙はどれも色褪せていた。

(ここは病院か? 図書館か? それとも――いや、いったい今はいつ(・・)なんだ?)

 記憶が途切れる寸前を思い出す。

 アフリカ最南端の港町、ケープタウンで消息を絶った特務第7班へコンタクトを取るため、機動艦<オーガスタス>からミオは単身で派遣されてきた。

 土砂降りの雨の中でアタッシュケースを故意に放棄し、ふたたび港町へ戻る直前――ミオは金属が擦れる音を耳にしたのである。

 必死で走り、音から逃げ切ったあと――と思ったところで、ミオは跳ね起きた。同時に後頭部へ襲いかかったのは鈍い痛み。

 逃げたと思ったところで、ミオは謎の男と遭遇したのだ。

 2メートルもの長身、大柄な肉体を持つ男は、自動拳銃で肩を撃ってもナイフで胸部を突き刺しても傷ひとつつかなかった。灰色のレインコートの下には金属板で出来た鎧でも埋め込まれていたのだろうか。

 そして男にバールのような金属工具で殴られ、ミオは意識を失ったのである。

 身体を起こすと、ベッド脇のテーブルにはガラスコップに入った水が置いてあった。その隣にはミオの所持物である携帯端末が置かれているが、泥で汚れているどころか画面と本体の隙間に水が入り込んでいて、おそらく使い物にならないだろう。液晶の横は小さなヒビが稲妻状に走っており、太陽光を受けて虹色の反射を返してくる。

 隣にはデジタル表示の腕時計も置いてあるが、こちらは無事のようだった。

 改めて部屋を見回す。床には自分が着ていたであろう服とTシャツが綺麗に折りたたまれていて、丁寧に重ねた状態で置いてあった。海側にあるベランダを見てみれば、レインコートが柵にかけられた状態のまま洗濯バサミで留められ、日光に干されている。

 自分の頭に触れる。

 指の腹に得た感触は、後頭部から額にかけて巻かれた包帯だ。どうにも「下手くそなりに頑張った」ことを自己主張したいようで、ていねいに金属留め具まで付けられている――のだが、少しだけ巻き方が間違っているようだ。もちろん触った感じにしか分からないけれど。

(ここは民家なのか……?)

 布団を剥ぐと、あらわになったのは水色のバスローブだ。

 おそらく家主からの借り物だろう。女性ものの仕様らしく、ウエストのあたりがきゅっと締まっている。それに洗いたてのいい香りがした。

(ってかもしかして俺は脱がされたのか。マズいな、何か着ないと)

 応急措置を施してもらったとはいえ、誰かに肌を見られたのは恥ずかしいな……とまで思ったところで、己は女か、と内心で罵る。

 慌てて着替えを済ませると、ミオはバスローブとの格闘を始めた。着ていた服まで綺麗にしてもらった以上、借りたバスローブだってたたんで返すのが礼儀だ――と意味不明な論理を思いながらベッドの上で四苦八苦するが、水色の服は上手な四角形に収まってくれない。

(――俺は服のひとつもたためないのかっ!?)

 いや、待てよ――ともう一度だけバスローブを広げ、最初から折り始める。まずは肩の部分を半分にして、腰の部分を折って。結局できたのは崩れた台形だ。

 ……ウソだろ、と振り出しに戻っていると、

「あら?」

 ベッドから見て左にある部屋の木戸。

 ドアノブに手を掛けたままの恰好で、そこには穏やかな風貌の女性が立っていた。

 浅黒い肌とは対照的に、服装は明るい色のワンピース。

 髪は背中まで届く金色のブロンドで、いたずらっぽい瞳がミオを真正面から捉える。

「どうしましたの?」

 女性の柔和な声に問われ、少年は思わず身動きを失った。

 ――ど、どうやって答えればいい……?

 ASEEから工作員として派遣されてきました――とか、そういった応答はアウトだ。ここは嘘で乗り切るしかない。

 それよりも相手は誰なんだろう。この家に住んでいる民間人なのだろうか?

 いや、待てよ。それよりも此処はドコなのだ――と思考がグルグルと回り出す。

 口を噤んだまま思案していると、女性は不思議そうな表情で首を傾いだ。

 ミオは素足で後ずさりしながら、

「い、いやっ……あの、俺、なんでもないですから。ほんとに怪しい人とか…そういうのじゃない!」

「あ。後ろの足が危ないわよ? アルミサッシに気を付けてね。そこ、しょっちゅう躓くから」

「助けてくれたなら、ちゃ、ちゃんとお礼は言いますから。申し訳なかったですありがとうそしてさようなら――――――ってうわ!?」

 バルコニーから逃走しようとして、少年は窓のアルミサッシに足を引っ掛けてすっ転んだ。

 怪我を負った後頭部をウッドデッキの床に打ちつけてしまい、ミオは苦悶に喘いだままバルコニーをごろごろ転げまわる。

 それを見た彼女が溜息とともに歩み寄って、

「だから後ろが危ないって言ったのに。そこはいつも転びやすくて――ひゃわっ!?」

「げふぅ!?」

 同じアルミサッシに足を躓かせた女性が少年の腹へ思いっきりダイブ。

 上からの重圧に口から内蔵が「ぴゅるっ」と飛び出しそうになって、ミオは慌てて唾を飲み込む。かなり危うかった。

「あ、危ねえ! いま口から何かヤバいものが出そうだったぞ!?」

「うわぁぁぁんごめんなさーい! わたしドジだからいつもここで転んじゃうのよ。それより頭は大丈夫?」

「――ん? いま何て?」

 なんだか盛大に侮辱された気がするぞ。

 後半の5文字(疑問符までいれると6文字)が脳内で何度もリピートされる。

 ――頭は大丈夫?

 ようやくそのことに気付いた女性は整った顔を真っ赤に染め、慌てて「ち、違うの違うの!」と弁解。

「頭の傷は大丈夫、って言いたかったの! ごめんなさいね」

「そんなことはどうでもいいから早く俺の上から降りてくれ…」

 言うと、女性は泡を食ったように少年の身体から飛び降りた。やっぱり顔は真っ赤に染まったままだ。

 圧力から解放されて、ミオはバルコニーの上で半身を起こす。

 後頭部の痛覚は未だに残っている――というか、さっきよりも酷くなった気がした。我ながら素晴らしい身体だ。これだけの傷を負っても生きていられるとは。

 ミオは右手を後頭部の髪に這わせ、傷のありそうな部分を指先でちょんちょんつついた。

 痛、と表情を歪める。

 女性は少年の横へしゃがむと、ミオの黒い髪を掻いて包帯の様子を確認。痛そうに表情を歪めた。

「やっぱり少し血が出てるみたい。ちょっと包帯を変えようかしら」

「怪我の処置くらい自分でやれるさ。貸してくれれば」

「はいはい。いま取ってきてあげるから、ベッドで待っててね」

 笑顔で手を振ると、女性は部屋を出て階下へ降りて行った。どうやら自分1人での処置はやらせてもらえなさそうだ。巻き方が下手だったから自分でやろうと思ったのだが、これでは仕方ない。

 言われたとおりバルコニーから部屋へ戻り、ミオはベッドの脇へ腰かける。

 スリッパの足音はすぐに戻ってきた。

 ふたたびドアから現れた女性は救急箱を抱えていた。彼女はテーブルの上に木箱を置くと、取り出したのは消毒液とガーゼ、そして新品の包帯である。

「ちょっと消毒するね。後ろを向いててもらえるかしら?」

「あぁ……でも自分でやれるぞ?」

「怪我人は安静にするのが仕事ですっ」

 む、とミオが言葉を飲むと、彼女は口許を隠してクスクスと笑ってみせた。

 ミオが頭の包帯を取り去ろうとすると、女性はその手を押さえた。

 代わりに、ゆっくりと――まるで王様から冠でも外すような動きで包帯を外していく。傷跡の部分にある血が乾いて包帯とカッチリくっ付いていたらしく、

「痛ッ――」

「大丈夫? 慎重にやってるつもりなんだけど……痛かったら、遠慮なく言ってね?」

 あぁ、とミオが応じると、女性はゆっくり包帯を剥がし終えた。

 傷跡の部分を見ると、彼女は苦虫を噛み潰したような表情になる。すぐに消毒液とガーゼを取り、裂傷部へスプレー液を吹きかけた。

 焼けるような痛みに言葉を失う。耐えろ、と内心で念じた。

 大丈夫よ、と女性が耳元で囁く。

 息が耳たぶに掛かる距離で、思わず背筋が寒くなってしまった自分を叩いてやりたい。

 ミオはどもりながら、

(きず)がどうなってるか教えてくれないか?」

「1センチくらいの大きさだけど、パックリ割れちゃってたみたいね。でも昨日よりはずっと良くなってるわ」

「縫う必要ありそうか?」

「うーん……良く分からないわ。でも、手術してもらうなら都市部に行かなきゃいけないし。ここは車も通らないから、行くなら隣の町まで歩いて行かないと」

「どれくらい掛かる?」

「徒歩だと1時間くらいかしら。あ、でもここから北にある林道を抜けて、旧市街地を進んだ先にあるのよ。バスが出てるけど1日に数本しかないし……。それよりこの傷、どうしたの?」

 彼女の問いかけをミオは無視した。簡単に答えることが出来そうになかった。

 ミオが沈黙すると、セレンはそれ以上問うことはしなかった。代わりにケープタウンのことを教えてくれる。

 喜望峰――ケープタウンの構造はこうだ。

 港湾部には住宅地があり、林道を抜けたあたりには旧市街地が存在する。旧市街地にはマーケットがあり、彼女が良く買い物に出掛けるらしい。

 そこからバスで出ると今度はケープタウンの発展都市部があり、高層ビルや空港、電車の駅がある。

 病院は都市部にしかなく、傷を縫うのであればそこまで行かねばならない。

「分かった」ミオは低い声で応じた。「自然治癒に任せるしかないな。ちょっと膿むだろうけど、治らないことは無いから」

「ほんとに大丈夫なの? ちょっと心配だわ……」

「昔から傷の治癒が速いんだ、俺。理由は知らないけど」

「じゃあ包帯だけ巻いておくわね? でも、しばらくは安静するようにしてね?」

 手が頭の上を回り、白い布がグルグルと額から後頭部へ巻かれていく。最後に金属のホックで巻き付けを終わらせると、処置は終わった。

 よし、と呟くと、女性はにこやかな満面で笑む。

 意識が途絶えたはずのミオは、港町にある家で保護されていた。

 ゴーストタウンとなってしまった喜望峰。この世界の隅、たった1人で家に住む女性はセレンと名乗る。

 自分で応急処置を施そうとするミオに対し、セレンは柔らかな、しかし怒ったような口調で言う。

「怪我人は安静にするのが仕事ですっ」

 む、とミオが言葉を飲むと、彼女は口許を隠してクスクスと笑ってみせた。

 手が頭の上を回り、白い布がグルグルと額から後頭部へ巻かれていく。最後に金属のホックで巻き付けを終わらせると、処置は終わった。

 よし、と呟くと、女性はにこやかな満面で笑んだ。

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