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黎撃のインフィニティ  作者: いーちゃん
32/95

第15話 part-a

 ケニア/首都ナイロビにおける戦闘で<オルウェントクランツ>を失ったミオ。

 第二形態(セカンドフォルテ)を使いこなすようになった深紅の機体<アクトラントクランツ>に敗れ、漆黒の機体はレゼア・レクラムとともに本部へ接収される運びとなっていた。

(これは、私とミオを引き離す目的ではないのか…?)

 特務班を束ねる男・オーレグの行動に疑問を持ったレゼアは、大破したAOFの改修へ着工し始める。再び少年の元へ戻るために。

[part-A]ミオ


 目が覚めると部屋はすでに明るくなっていた。

 時計を見る。アナログの時刻は8時ちょうどを示していた。

 ベッドの上で身を起こすと、ミオは素早く着替えを済ませて廊下に出る。自販機で飲み物を買って、足が向かったのは士官食堂だ。

 クリーム色を基調とした広いスペースがある。30メートル四方はありそうな空間には幾本かの丸い柱があり、それらは適度な間隔に並んでいる。部屋にはテーブルや椅子のセットが数多く置かれ、壁際にあるのは観葉植物だ。

 朝7時から8時にかけて、この場所は兵士たちでごった返す。

 収容可能数150人に対して機動艦<オーガスタス>の乗組員は200人弱だったから、あぶれた者は入れ替わり立ち替わりで、外の休憩所で朝食にありつくことになる――のだが、定刻を10分過ぎた頃の食堂は閑散としていた。

 調理場の方では片付けが進みつつあり、器具のぶつかる小気味良い快音とシャワーみたいな水の流音が聞こえる。

 ミオは慌てて食券機に硬貨を落としたが、すでに緑色のランプは消えていた。今は「販売中止」の方に赤色が点いている。

「げっ。もしかして朝食に間に合わなかったか……?」

 再び投じた硬貨が釣り銭口に落ちてくる音を聞いて、彼はようやく神に見放されたことを悟った。

 が、今さら司厨たちに「うわーん寝坊したんだー!」と駄々をこねて注文するだけの勇気はない。

(俺はヘタレだからな。朝食は諦めるか……)

 だだっ広い室内を見回す。

 ――と、丸い柱の近くには見慣れたTシャツの姿があった。椅子に腰掛けたまま険しい表情で10インチ端末に向かい、きれいな指で画面をスライドさせている女性だ。髪の色は明るい翠色。

「レゼア」

「んー」

 何事も無かったようにウィンドウを閉じると、彼女はすぐに別の映像を表示させた。彼女が良くアクセスする投稿型動画サイトのトップ画面だ。

 慌てて画面を消したようにも見えたのだが――何か見られたくない作業でもしていたんだろうか。

 席についた彼女の前には、まだ手のつけられていない和食のトレーが1つ置かれている。

「どこぞの寝坊助のために、わざわざ時間ギリギリで注文しといてやったんだ。『ありがとうございますブヒィ~』とか跪きながら食べろ」

「後半のハードル高すぎじゃねえかっ!? あと前半ヤケに恩着せがましい言い方」

「じゃあ食べなくてもいいんだぞ」

「うわーごめん文句言わずに食べますから!」

「……」

「あ、ありがとうございますブヒィ~………………その目やめろ」

「うむ。録音できた」

 ――は?

 テーブルの下から出てきたのはペン型のボイスレコーダーだ。

 レゼアが前々から愛用していた極小型スピーカーを一体化したもので、スイッチを押せば1回ぶんだけ録音することが出来る。

 彼女は軽くボタンに触れ、『ありがとうございますブヒィ~』の部分を再生した。ボタンを連打することで音声データはラップ調に変化する。

 レゼアは心底楽しそうにガハハと笑って、

「わーはははどうだこの新型ボイスレコーダーは。改造した結果、自動的にラップ再生とはビバ革新的だとは思わんかね!?」

「やめろ、やめてくれ! 俺の純情が汚されていく!」

「『ブヒィ~ブヒィ~』」

「うわぁぁぁ自分の声でそんな言葉聞きたくなかった! ってかマジでやめろそれ」

 ミオはレゼアの手から録音機を引ったくると、自分の制服の胸ポケットに収めた。当の制作者は「なんだつまらんな…」とか言いながら仏頂面に戻ると、再び端末と睨めっこを開始。

 そんな1枚板(タブレット)の何が面白いんだか――と思ったが、余計なことを言うのはやめておこう。自ら地雷を踏むのはミオのお家芸でもあったが、流石に1日に10個も20個も踏んでたら命が保たないワケで。というかそんなに自爆していたらただの馬鹿だろう。

 これでようやく朝食にありつける、と胸を撫で下ろしながらミオは席についた。

 箸で焼き鮭の身をほぐしつつ、

「さっきから何をやってたんだ?」

「仕事に決まってるだろ。ちょっと色々な雑用が立て続けに舞い込んできてな。ろくに寝る時間も取れん」

「ふーん」

 そう言われて見ると、レゼアの表情は少し疲れているようにも感じられる。というか凄く眠そうだった。

 ふぁ――と彼女は背を伸ばして欠伸すると、

「なんでもASEEが新たな量産機の開発に着手したそうでな。設計のチェック作業が私に回ってきた」

「そういう仕事って技術部(メカニック)の担当じゃないのか? わざわざレゼアが手を下す必要はない気がする」

「たしかに、本来なら私がやるべき仕事ではないな。だけど人手が足りてないんだろ、きっと。いくら機械やシステムが進化したとしても、人がやらねばならないことは沢山ある」

 彼女は欠伸をもうひとつ。今度は口元を手で隠す。

 レゼア・レクラムはASEEの中でも間違いなく万能人の1人だった。工学的な知識や情報系の技術を体得しており、仕事も頭の回転も早く、しかもAOFの操縦主としても前線に立つほど優秀な腕を持っている。おまけに綺麗で美人――というのが一般的な評価らしいが、ミオには詳しいことは分からなかった。

(たしかになー……)

 彼女が作業に没頭している隣で、ミオはその横顔に魅入った。

(頭も良くて、美人で、強くて、か。俺とは逆だな)

 すっとした鼻。優しい翠色の瞳は端末の画面に集中していて、形のよい眉はときどき跳ねたり、下がったり。柔らかそうな朱の唇を前歯で軽く噛みながら、レゼアは淡々と作業をこなしていく。そのスピードは凄まじいほど速い。目の動きからもそれが分かる。

「どうした? さっきから私の顔ばっかり見て。何か付いてるのか?」

「目と鼻と口が付いてる」

「そのネタ古いな……なんかこう、もっと新しいネタじゃないとウケないぞ」

 言って、彼女は軽やかな運指で画面をダブルタップ。

 どうやら今やっている作業を終えたらしく、ふ、という吐息とともにウィンドウを閉じる。

 が、それと同時に別のワークステーションを起動。暗くなった液晶画面が4つのパーティションに分裂したところ、残っているタスクは2つもある。そのうち片方をタップしてやると、液晶は再び明るく灯った。

 おいおい、とミオは呆れた目でレゼアの動きを追う。

 彼女は何事も無かったように再び10インチ画面へ向かった。

 ミオは冷やかすような口調で、

「あんまり仕事ばっかりに身をいれてると、婚期とか逃すんじゃないか?」

「私はまだ22だからな……ずいぶんと余裕あるハズだぞ。余計な心配するな」

「そうやっていつの間にか25になって気付けば30で、周りからは行き遅れなんて言われ痛い痛い痛―――ッ!!」

「……」

「楊枝は指の爪の間に入んねえから―――!! ってかお前マジで目が怖い」

「……ふんっ」

 ぷい、とそっぽを向くと、彼女はテーブル脇のカゴへ爪楊枝の小瓶を戻した。

 レゼアは拗ねた口調で、

「でもまぁ最悪、おまえが居るしな」

「は? 何か言ったか」

「なんでもない」

「はぁ……」

 ミオは目の端に涙を浮かべながら右手/ダメージを負った薬指の爪を揉む。

 彼女は憮然とした表情のまま端末に向かい、再び作業へ没頭した。顔が少しだけ紅潮しているようにも思えたけど、もしかして熱でもあるんじゃないか――とか思いながら、ミオは話題を移した。

「で、今度は何の作業だよ?」

 問うと、レゼアは一瞬だけ手の動きを止めた。液晶画面をなぞるはずの人差し指が宙で浮き、まるで迷子にでもなったように停止する。

 液晶に映っていた画像を盗み見て、ミオは瞬時にすべてを理解した。

 タッチパネルの画面にあったのは――――漆黒の機体<オルウェントクランツ>だ。

 左半分には破損が書き込まれた設計図が描かれており、彼女が操作しているのは右半分。

 おそらく改修後(アフターリファイン)の数値データだろう。機体の各部において、以前までのそれよりも遥に性能が飛躍している。

 ミオは皮肉っぽく苦笑した。

「なるほど。俺に、またこれに乗って戦えと。きっとそういうことなんだろうな」

「済まん。だが――」

「べつに言わなくていいよ。俺だってそこまでバカじゃない。ちゃんと分かってるから」

 ミオが静かな声を張ると、レゼアはさらに顔を俯かせた。

 自分がAOFに乗って戦わなきゃならないのは百も承知だ。戦うことが出来なくなったら、ミオ・ヒスィという人間は文字通りに『捨てられる』。

 それに、ASEEの中でもミオの戦績は目を見張るものがある。だからASEEはミオを利用する。

 したがって、ミオは目の前の敵を倒し続けるしかない。そうしなければ自分には生きていく場所が無いのだ。

 幼いころから武器を取ることだけを覚えさせられ、薬物によって強化された身体は現在も副作用が残り、今でも肉体を蝕み続けている。

 自分はASEEという組織から逃れられない。逃げ出せば、きっと生きていくことさえ叶わないのだ。

 だから敵を倒し続けてきた。

 統一連合も、傭兵も、反逆者も。

 ミオは尽く敵を討ち続け、幾人もの命を平気で奪ってきた。

 自身が生き残るために、捨てられないために、多くの者を犠牲にしてきた。世界最強の操縦主(パイロット)となり、やがて悪魔として怖れられ――とまで思ったところでミオは溜め息した。

 両の肘をテーブルに置き、組んだ手の上に顎を乗せて、

「ときどき思うよ。敵を倒して、相手を殺して、自分だけ生き残って、そのことには本当に意味があるのかなって。最後の最後には何があるんだろう、って。もしかしたら俺はこの世界に居ちゃいけないのかも知れないな、って。俺なんか居ないほうが、世界にとって好都合なのかも知れない」

「いや、そんなことはない…そんなことは……」

「うん。でも、たぶん俺はいつかこの世界に殺されると思う。だけど、たとえ世界を敵に回しても……自分が殺される瞬間まで負けるつもりはないよ」

 レゼアは何か言いたげに口を動かしたが、何も言わなかった。

「この世界が俺を殺しに来るなら、俺が世界を殺してやるんだ」

 悪役か、と誰にも気付かれないほど小さな声で呟く。

 ミオは前髪をクシャクシャに掻いた。ずいぶん昔からの癖だ。

 何かイライラすることがあったり、照れたり、嫌なことがあるたびに手が伸びてしまうのである。ここでは「この話はもう止めよう」の意味だった。

 ふたたび口を開く。

「それより改修後のデータ、いま出せるか?」

「あ、あぁ。念のためスペックの概算値だけは弾き出してあるな。まだ完全ではないが」

「見せてくれ」

 少しだけ躊躇して、レゼアはおそるおそる10インチ端末を差し出した。ミオはそれを受け取ると、素早く左右に目を走らせる。

 改修後の数値的なパラメータは、今までの性能を遥かに上回るものだった。機体のスラスターやブースターに表される機動性、そして装甲の材質もワンランク上のものが選ばれており、全体として耐久値も上昇している。

 その中でもミオの目を惹いたのが――新たな武装だった。

 画面をタップして拡大すると、現れたのは際立って銃身の長いエネルギーライフルだ。従来型のものより遥かに大きいが、しかし槍のようなスリムさと鋭さがある。

「これは……? 見たことない装備だ」

「レールガンだ。名を<ヴァジュラ・ヴリトラ>といってな。もともと大陸間弾道ミサイル迎撃用の衛星装備だったんだが、今はレーザー迎撃が基本だからな。ほとんど使われずに接収されたものを、開発局が改造するんだとさ」

「そんなモンが大気圏内で使えるのか」

「元々は真空中での運用を想定されていたんだがな、大気圧による摩擦のせいで射程は随分と落ちるが……まぁ使えなくはないよ。あとでシミュレーション用のパラメータを送っておくからチェックしてくれ」

 分かった、と答えてミオは考え込む。

 最近の技術進歩のなかでも、特にAOF(フレーム)の分野における速度は異常である。

 ほんの数年前まで、いわゆるフレームは陸戦兵器だったのだから。空を飛ぶことなんて夢のまた夢だった。

 全高20メートル近い鋼鉄の巨躯が飛行することは「技術的、理論的に不可能」とも言われたが、人類は見事にそれを克服した。

 その立役者が反重力ユニットである。ユニット周辺の"場"を強制的に歪めることで、近傍に在るあらゆる物質の質量をゼロとし、その瞬間に強力なブースターを使った加速を得られる。そのため、AOFは瞬間的に最高速度(トップスピード)まで到達することができ、高速戦闘が可能だ。

 そして<オルウェントクランツ>や<アクトラントクランツ>のような最新鋭機が生み出され、今度は大気圧下のレールガンにまで手を出そうとしている。

 おかしいよな――とミオは思う。

 兵器がこれだけ変わり続けているのに、それを扱う人間は進歩しないままなんて。

(まぁ……俺が考える必要なんて無いのかも知れないけどな)

 考えていた矢先で、レゼアが「さて――」と話をぶった切る。

 彼女が繰り出したのはメンテナンスの話ではなく、新しい仕事についての話だった。

「ミオ、お前には新しい任務へ赴いてもらう。場所は南アフリカ――喜望峰だ」

「ん? でも俺には扱える機体がないぞ」

「いや、今回の任務は単独潜入だ。期限は1週間」

「またかよ。しかも今度は1週間――――……1、週、間?」

 あれ? とミオは慌てて指折り数える。たしか1週間って7日間だったよな?

 間違えていたらどうしよう、と何度もカウントするが、曲がる指の数はどう足掻いても7本だった。

「いっ…しゅう……、かん? マジで言ってんのか?」

「マジだ。先日、喜望峰へ調査に訪れていた特務第7班、2名との連絡が取れなくなった。おそらく何かしらのトラブルがあったものと考えられる」

「調査?」

「たしかあの辺にはASEEのバイオ系研究所があったはずだ。随分前に使われなくなってしまったんだが、放棄される際にバイオハザードを起こしてな。長い間蓄積されたデータのうち半数が引き上げられず、いまだに眠ってるらしい。その調査に携わっていたんだろう」

「まさかゾンビにやられたんじゃ――」

「落ち着けバカ。まずゾンビは出てこない。それにバイオハザードってのは、せいぜい培養中の菌が空気中に漏れて研究員が全身から噴血して死ぬ程度だ。映画とはまったく違う」

 それは充分にゾンビだろ……というツッコミを危ういところで飲み込んだ。余計なことを言ったら10インチ端末で頭を叩かれそうだったし、流石に痛いのは勘弁して欲しい。

 ミオはげんなりした面持ちで、

「要するに俺がやるべきなのは、行方不明になった特務7班の連中と接触、連れて帰ることで間違いないな?」

「それと可能であれば脅威の排除もな」

「脅威って……もしも統一連合(アイツら)がいたらどうすんだよ。さすがに俺だって生身じゃAOFには対抗できないぞ」

「その場合は救援を出す予定だ。あとで衛星通信用の端末を渡すから、それを使って私と定時連絡を取れ」

「俺が行ってる間、レゼアはどうしてるんだ ?」

「私は本部基地に戻って機体の改修作業へ関わる。もちろん通信には24時間態勢で出られるようにする」

「コールセンターかお前は……それなら苦情でイタズラ電話してやろうか」

 茶化すように言うと、レゼアは口元を隠したまま苦笑してみせた。

 小さなあくびと苦笑いを一緒に吐いたような感じだ。やっぱり疲れているのだろう。万能人というのも大変だな、とミオは思った。疲れている同僚に少しだけ羽根を伸ばしてもらうのも悪くないし、ここは1人で請け負うことにしておこう。

 レゼアがふと笑んで朱唇をひらく。

「この1週間はお別れだな。ちょっとだけ寂しくはなるが、また必ず会えるから安心するといい。あとでお別れのキスをだな」

「い、要らねーよそんなモン恥ずかしいわ。ったく床にでもよろしくチュッチュしてりゃいいんだから楊枝は痛――――ッ!!!!!」

「……ふんっ!」

 本日最大の叫びが、まるで艦内放送のように響きわたった。

 新たな機体<オルウェントクランツ・アフターリファイン>の設計構想を始めたレゼア。

 新型装備である超電磁砲(レールガン)・<ヴァジュラ・ヴリトラ>の戦闘パラメータを送ったレゼアは、別の話題を繰り出す。

「ミオ、お前には新しい任務へ赴いてもらう。場所は南アフリカ――喜望峰だ」

 単身潜入を命じられたミオは戸惑う。期限は一週間、持ち運べる荷物はアタッシュケース1つぶん。

 喜望峰へ調査入りしていた特務7班との連絡が取れなくなったため、接触を試みるのだ。


 

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