第14話 part-b
漆黒の機体<オルウェントクランツ>を前に、ふたたび第二形態セカンドフォルテを展開するレナ・アーウィン。
そう、覚醒させてしまえば操縦主パイロットは意識を奪われる。その時がチャンスだ。
ミオの思惑通りに進んでいた戦況で、ついに<アクト>は活動限界を迎える。
『終わりだ。残念だったな』
とどめを刺される瞬間、深紅の機体は猛攻を捨て防御に走る。
操縦主は意識を奪われたはずだ。それなのに、なぜ?
「はっ…、はっ……お待たせ。ようやく戻ってこれたわ」
ついに自らの意識下で覚醒状態――第二形態セカンドフォルテを扱えるようになったレナは体勢を立て直し、いよいよ反撃を開始する。
「きみ、死にたくないなら逃げた方がいいわ。今のあたしは、きっと自分でも止められない」
[part-b]ミオ
<アクトラントクランツ>の猛攻は、凄まじいスピードでミオを襲ってきた。
深紅の機体はビーム刃を出力した大剣を振り回す。その軌跡は斜めだ。右上からの斬撃は左下へ流れると、<オルウェントクランツ>の脚部装甲を灼いた。
(――かすったのか!?)
耐久値が削られたのを見る限り、どうやらダメージを受けたのは事実らしい。
ミオは慌てて機体を駆り、ほぼ反射的に敵との距離を稼ごうとする――が、深紅はそれを許さなかった。
<アクト>は余った手でエネルギーライフルをグリップし、強烈な一射を放つ。ビームの光条が<オルウェントクランツ>を狙った。
間一髪のところで攻撃を回避。接近を試みる<アクト>を鋼糸の鞭で牽制し、漆黒は空へ逃げる。急上昇を掛けた。
(機動性ならこっちの方が上のハズだ……!)
そのベクトルは上空へと向かうが、深紅の機体は倍のスピードで追随した。
きゅん、と機首を返し、深紅はサーベルを片手に迫ってくる。
(――また追い付かれる! なんでだよッ!?)
まただ、とミオは歯噛みした。
深紅の機体は左右へステップを踏むような揺れる動きだ。もともとスラスターの出力値が高く、一瞬で急加速を得られる<アクト>ならではの動きだろう。左右の振幅はそれだけに留まらない。見えたのはブレによって出来た残像だ。
背面にある白翼を拡げ/綴じることを繰り返し、相手パイロットの網膜へ錯覚を刻む。
(くそっ、幻影か……!)
対する少年はワイヤー・アンカーを右から左に振るう。が、横薙ぎは残像を斬っただけ。
本体が居たのはワイヤーの軌道よりも上だ。突き刺すような姿勢で大剣を構えている。
『せぁぁぁぁ――――っ!!』
少女が高く吼える。
防ぐ術はなかった。
(直撃するだと……!?)
諦めに近い感情が膨れ上がり、ミオは小さく舌打つ。
――と、身体の暗い部分で咆哮が起こった。
一縷の望みを賭けて、迎撃のための青白いサーベルを振るう。
動きは一瞬。
ミオは光刃を立てるように構えたのだ。
しかし、<アクト>の大剣はその刃さえもやすやすと貫き、大剣を漆黒の上半身――ちょうど左肩へ突き刺した。
胸部コアを突き刺す予定の一撃がズレたのは、ミオが慌てて機体の中心を横へ回避したからだ。
左腕が大きく爆砕する。その先に握っていた武器も吹っ飛ばされ、聞こえたのは鼓膜をツン裂くほどの金属音だ。同時に何かが深く抉られる音と、泡が噴き出す音の不協和。
間一髪で命拾いした――と、ミオはメインモニタの数値を見る。
耐久力は [850/6400] を示したまま動かなくなっていた。
すでに大破していても不思議でない数値だ。幸いにも動力部を外したらしく、そのお陰で自分は死なずに済んだらしい。
液晶は赤色の平方枠で括られ、たった2文字の「危険」サインを発していた。
全ての動きが止まる。エンジンが停止すると、コクピットは暗い闇に包まれた。
敵となる少女の息遣いが聞こえる。
『――どうだ。あたしは、アンタには負けない。負けたくない』
誇ったような声。
『絶対に何があっても――あたしが……必ず……』
声はそこで途切れる。
大剣からプラズマの出力が消え、ヴン、という音とともに刃は光を引っ込めた。やがて<アクト>は機体のバランスを失う。
次に始まったのは自由落下。重力制御を失った機体は、惨めにもアスファルトへ墜下していった。
空中で取り残される。
――が、ミオは事態を把握するのに精一杯だった。
(俺が……負けた…? そんな…バカな……)
でも、とミオは思考の糸を手繰る。
<アクトラントクランツ>の強さは本物だった。前回のような暴走状態ではなくても、自分はレナ・アーウィンに敗北したのだ。
左右へ揺らめくような残像の動きや、強烈な切断力を備えたビームの大剣、そして精確無比な射撃――どれを取っても彼女の動きは無駄がなかった。
(負けた……負けた負けた負けた負けた……………………嘘だ)
自分の方が強いと思っていた。
べつに傲り高ぶっていたワケではない。事実、技量や判断力は自分の方が圧倒的に上回っていたのだから。レナと初めて渡り合って以降、今まで自分が劣ったことなど一度も無かった。
なのに――手が震え始めた。
アイデンティティを奪われたような、まるで自分自身を肯定しているものを、容赦なくへし折られたような感覚がした。
脳裏に焼き付いた言葉が甦る。
それは幼いときに耳にした言葉だった。たった2文字の単語は、少年の心をどん底まで突き落す。
――廃棄。
表情から血の気が引いてゆく。脳が沸騰してしまいそうだった。
全身が寒い。肩を浅く抱くと、少年は狂ったように自らの肌へ爪を立てた。何か強烈な痛みで誤魔化さなければ、身体が圧潰してしまいそうになる。
爪で強く引っ掻くと、肌は面白いように赤く染まった。
焦点がブレていく。目の前にあるすべてのものがぼうっとした靄を帯び、やがてメインモニタも操縦桿も視界に映らなくなった。
『――ミオ!』
同僚の声だ。名を呼ばれた少年はゆっくりと振り返る。
「うぅ……負けた……負けちゃった……」
『まだ負けてない! 誰もお前を捨てたりなんかしないよ。だから落ち着くんだ』
「負けちゃった……負けちゃった……、どうしようお姉ちゃん…………」
『しっかりしろ! 大丈夫だから。絶対に大丈夫だ』
「うん……しっかりする…………。いい子にするから……だから――」
少年の言葉はうわごとに近かった。
レゼアが優しく説得してくれる。ミオは弱々しい声とともに2度、首を頷かせた。
近接戦闘型に変形した<ヴィーア>は僚機の右肩を担いだ。左の腕部は完全に斬り飛ばされていて、切断された跡は醜く内部骨格を露出させている。接合部から粘性液体が垂れているのは、おそらくオイルタンクが破裂したからだろう――まるで血糊のようなそれは、黒の装甲をてらてらと濡らしていた。
『戻ろう。大丈夫だ』
無線から優しい声が聞こえてくる。それだけでミオの胸の内はあたたかくなった。
深紅の機体<アクトラントクランツ>の猛攻を受けジリ貧追い込まれるミオ。
(――また追い付かれる! なんでだよッ!?)
火力は<アクト>が上でも、機動性はこちらの方が上のはず。それなのに、なぜ?
残像と共に漆黒を追う深紅には容赦の文字が無い。
『せぁぁぁぁ――――っ!!』
少女が高く吼え、最後の一撃が<オルウェントクランツ>の胸部を狙う。
間一髪で動力部・コクピットへの一撃を逃れたミオは、しかし機体を大破させてしまう。
『――どうだ。あたしは、アンタには負けない。負けたくない』
誇ったような声は力が失せ、活動限界を迎えた<アクト>は自由落下によって地へ引きずり込まれる。
かろうじて滞空していたミオはレゼアの手によって機体ごと回収されたものの、少年の自我は心の内で揺らいでいた。




