第13話 part-c
降下した<ヴィーア>部隊は統一連合によって次々と墜とされてゆく。
最初から分かっていたことだった。
高速で飛翔する漆黒の機体<オルウェントクランツ>を追う深紅の機体<アクトラントクランツ>。
「アンタの敵は…あたしだっ……!!」
一方、別の地点では他の機体が戦闘を繰り広げていた。
レゼア・レクラムの駆る特機<ヴィーア>と、イアル・マクターレスの駆る砲撃型機、ならびにフィエリアの近接型<エーラント>だ。
圧倒的な火力を持つ2機を前にしたレゼアだが、しかし冷静沈着な思考の持ち主は動揺を隠せない。
「またか……ええい、どうなってるんだ! コイツは!」
コクピットで吼えるレゼアの戦闘は続く。
[part-Middle]レナ
気づけば、レナの意識は暗い淵にあった。
(また、ここなの――)
薄目で状況を確認する。
いったい此処はどこなのよ、と何度も口にした疑問を問う。
むろん誰かが答えてくれるワケでもなく、辺りは真夜中のように静まり返っていた。真っ暗だ。
光の届かない海の底。
<アクトラントクランツ>が第二形態を起動したとき、操縦主であるレナの意識は深く昏い場所へと弾き飛ばされる。
自分の内部に在る無意識の領域。
身体の周囲を埋めているのは大きな密度を持った水だ。息ができず、呼吸ができなくなる。
(――負けてなんかいられないのに)
レナは足掻くようにして前へ一歩を踏み出した。
遠くに翠色の灯火が見える。真っ暗な世界に浮かんでいる小さな光は、絶望の中にある希望のようにも思えた。
――行こう。あそこに行けば必ず何かがある。
この瞬間にも、<アクト>は暴走状態のまま漆黒の機体と戦い続けているのだから。そこに乗っているのは意識をなくした自分の抜け殻であって、レナ自身ではない。
(アイツを倒さなきゃいけないのは――あたしの役目だもの)
鋭く尖った岩が幾つも並んでいる。
レナはその上を裸足で突き進んだ。
痛覚に負けず、レナは翠色の光に向かって歩き出す。
光までの距離は遠い。翠の灯は揺らめくように動きながら、自分の到着を待ち望んでいるようにも感じられた。
少女は海の底を歩き続ける。
途端、猛烈な奔流が押し寄せた。水塊は少女を容赦なく襲う。
身体を丸飲みにされて、レナの意識は文字通り混濁した。
[part-D]レナ
深紅の機体<アクトラントクランツ>は猛烈な加速を得る。
進む方向は前だ。
右手にグリップされたエネルギーライフルが敵の姿――漆黒の機体<オルウェントクランツ>を狙う。
狙撃。
が、銃口から迸った一条の閃光は軽々と回避され、空へと突き刺さった。
深紅は次々と、まるでデタラメとも思えるような角度から敵を照準し、なかば狂ったようにトリガーを引いていく。
漆黒は軽々と、様々なアングルから放たれた攻撃を、背部のスラスターを活かした飛翔で避けていった。
<オルウェントクランツ>が選んだのはストライド状の高速飛行だ。アルファベットのS字を描きつつ、敵を真正面に見ながらの後方ダッシュである。
<アクト>はまだ攻撃を諦めない。
敵の罠へ自分が嵌まりつつあるのは既に知ったことだった。コクピットへ鳴り響くアラートは、エネルギー残量が低下していることを示している――メインモニタの液晶へ映し出された赤色のバーが、残り10パーセントに満たないことを告げていた。
無線の奥からは女性のヒステリックな叫び。その声は上官であるキョウノミヤのものだった。
しかし、その声を聞く者は居ない。コクピットに収められている身体は、まるで魂の抜けた容れ物のようだった。
瞳からは色が引き、無機質な表情は死人を思わせる。
「……」
最後の一射を放つと、<アクト>は武器を接近戦に持ち替えた。握られたのは1本のサーベルだ。
柄の先にはビームによる光刃が出力され、その色は輝くような青白である。出力によって変化する色の中でも最高出力を意味していた。
深紅の機体はサーベルを青眼の構えに握ると、さらに出力を高める。形ごと変貌して現れたのは、等身ほどもある大剣だ。およそ15メートルもの光刃が敵を狙った。
<アクト>は背面の翼をはためかせ、二度目の急加速を得る。
白翼は収縮と展開を繰り返し、生み出したのは残像。幾つもの分身が敵を翻弄し、ビームの大剣が振り下ろされた。
『くっ! もうエネルギーも残ってないハズだってのに――なんで動けるんだよ、コイツは!』
声は若い少年のものだ。
<アクト>はお構いなしに攻撃を仕掛ける。
斬撃は細身の青白いサーベルで防がれた。深紅は機種を素早くロールさせて回転を遂げ、次の一撃を繰り出す。
『さっさとエネルギーを喰い尽くせよ!』
相手の機体がシールドごと見事に吹っ飛ばされた。漆黒はバランスを失い、姿勢制御へ躍起になるのが分かった。
『活動限界を迎えればお前は終わりなんだからな。そしたら俺がトドメを刺す……!』
コクピットへ鳴り響く警告音。
エネルギー残量が残り1%を切り、カウントダウンが始まった。メインモニタに表示された赤文字は10秒単位で数が減っていく。
『お前じゃ何も守れない。力が無いから、俺よりも弱いからだ――ザコは前に出て戦うべきじゃないんだよ。永遠に下がってろバカ女』
<アクト>は最後の力を振り絞る。流線のごときスピードは上方向からの薙ぎだ。深紅の機体は大上段からの切断を放つ。
が、漆黒は負けじとサーベルを横に流した。
渾身の一撃を受け止め、光刃をすれ違いざまに振るう。
少年は敵となる少女に対して、短い一言を突きつける。
『終わりだ。残念だったな』
それの呼応するようにして、何の前触れもなく、声は突如として爆発するように発せられた。
一拍の息を置いて、レナはその言葉が自分の唇から溢れたことを知る。
横に流れた切断力を回避。
<アクトラントクランツ>は猛攻の姿勢を捨てると、後退のブーストを噴かして一気に距離を置いた。予想外の行動に面食らった漆黒は身動きを失う。
『どういうことだ……? おまえ――』
意識を失ってたんじゃないのか、という言葉は聞くだけの価値さえ無い。
レナは瞳を開いて朱唇に笑みを含ませる。
背中は汗でぐっしょりと濡れていて、それは髪の毛まで一緒だった。まるでダイビングでもしてきた直後のような、それくらいの汗がパイロットスーツへ浸みている。
「はっ…、はっ……お待たせ。ようやく戻ってこれたわ」
自分は戻ってきたのだ。無意識という海の底から。それが何を意味するのかをレナは知っていた。
――あたしは第二形態を制御できるようになったんだ。
右の握り拳を胸のあたりで組む。深く嘆息すると、レナは落ち着いた瞳で状況を確認した。
無線からはキョウノミヤの泣き叫ぶような声がハウリングした。彼女は目を閉じたまま音量をミュートへ。今は彼女に応えている余裕は無い。
レナは指の動きでパネルを操作。
彼女が見たのはメインモニタの液晶左側――機体のパラメータ類が枠となって表示された部分だ。耐久力はさほど削られていないものの、各部のパーツには損傷が広がっている。が、おそらく戦闘によるダメージではないだろう。
負傷箇所は全て内部骨格である。攻撃を加えられて受けた傷ならば、外部装甲がダメージを負うハズだ。内部が損傷を起こしているというのは、つまり――
(随分と無茶な動きをしてくれるじゃないの)
無意識下にいた自分を罵ると、彼女はそっとパネルを閉じた。
深紅の機体は背面に純白の両翼を広げている。
まるで天使のような姿を見て、レナは思わず眉尻を下げた。
「ごめんね……遅くなっちゃったよね。でも、あたしは戻って来たから。だから力を貸して欲しいんだ」
深紅の機体は何も言わない。代わりに、4つの緑色をした複眼――視覚素子の部分で敵を睨んだ。
漆黒の機体<オルウェントクランツ>は青白いサーベルを身構えたまま、次に来るべき攻撃へ備えている。
「アイツはね、たしかに強いよ。だけど今のあたしなら勝てるって、そう思うんだ。アイツには今まで負けてばっかりだけど……『怖い』って思っていたけど……でもね。今は怖くないの」
『おまえ……1人で何を言ってやがる。頭でも打ったか?』
揶揄するような言葉が聞こえたが、レナはそれを無視。
目の前に居る敵は強い。それもでたらめなほどに。
無事だったところを見ると、きっと暴走状態の<アクトラントクランツ>と同等に渡り合っていたのだろう。とてつもない技量だ。
レナはわずかに視線を逸らした。
無線から声が届く。少年だ。
『一体どういうことなんだ……? 何が起こったっていうんだよ』
「きみ、死にたくないなら逃げた方がいいわ。今のあたしは、きっと自分でも止められない」
漆黒の機体<オルウェントクランツ>を前に、ふたたび第二形態を展開するレナ・アーウィン。
そう、覚醒させてしまえば操縦主は意識を奪われる。その時がチャンスだ。
ミオの思惑通りに進んでいた戦況で、ついに<アクト>は活動限界を迎える。
『終わりだ。残念だったな』
とどめを刺される瞬間、深紅の機体は猛攻を捨て防御に走る。
操縦主は意識を奪われたはずだ。それなのに、なぜ?
「はっ…、はっ……お待たせ。ようやく戻ってこれたわ」
ついに自らの意識下で覚醒状態――第二形態を扱えるようになったレナは体勢を立て直し、いよいよ反撃を開始する。
「きみ、死にたくないなら逃げた方がいいわ。今のあたしは、きっと自分でも止められない」




