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黎撃のインフィニティ  作者: いーちゃん
24/95

第13話 part-b

[part-C]イアル&フィエリア


「ありがてぇ! お陰で助かったぜ」

 危機一髪のところで割り込んでくれたのはフィエリアだ。彼女は機首を一度だけ頷かせると、すぐに敵の方向へ向き直る。

 灰色の<エーラント>はカタナを構えた。

 対ビームコーティングされた銀の刃は、実弾はおろかビーム兵器さえ"斬る" ことが可能である。もちろん理論的には――という前提条件は残っているものの、実験では既に検証が為されている。

 半年前の演習中に、イアルは目の当たりにしたのだ。実体剣がビームの矢を"斬る"瞬間を。

 彼の記憶に間違いがなければ、カタナは名を「白蓮・弐式」という。

 フィエリアの駆る<エーラント>は特別中の特別仕様にカスタムされていた。外部骨格(アーマー)のうち不必要な装甲部を可能な限り削ぎ落として軽量化し、逆に脚部を中心とした内部骨格(インナー)――たとえば筋系(マッスル)や関節部などを充実させている。そのため、巨大なAOFであるにも関わらず、生身の人間並みに身軽な運動を可能にしていた。

 さて――とイアルは敵機を睨む。

 黒い<ヴィーア>は突撃銃の弾倉をいれかえ、取り出した予備の弾倉をセットする。ゆっくりとした手の動きは、まるで獲物を追い詰めたハンターが舌なめずりするような感があった。

 じっくり動きを観察していたイアルは興味本位で回線を開いた。周波数は全開放(オープンチャンネル)である。

「お前さん、まだ何か隠し持ってんだろ? どうも射撃戦は得意じゃなさそうだ」

『……』

 返答は無かった。

 代わりにフィエリアが耳元でがなり立てる。敵とコミュニケーションを取るなど言語道断とでも言いたいのだろう。

 だが同僚を無視してイアルは続けた。

「まるで本来の戦い方じゃないぜ。さっきから見てたけど、特に距離の取り方が下手くそ過ぎるし射線もブレまくりだ」

『……ほう。今のはそれなりに本気だったよ、私も』

「ッ!? おいおい、もしかして女かよ」

『そうだが。女だと何か問題があるか?』

「ないね。だけど女性を傷付けんのは趣味じゃないんでなぁ。手加減するつもりはねーけど」

『フン、遠慮は要らんぞ』

 声は白けたような口調で言った。

 女性にしては低い声なのは語調のせいもあるだろうが、しかし良く通る声だとイアルは思った。

 こりゃあよっぽど美人だな――と思考が早まった矢先、フィエリアが<エーラント>の右腕で小突く。

『油断大敵』

「いでででで! なんで他人の考えまで読み取ってツッコミいれるかなあ貴様ー!」

『あなたの思考パターンは女性が絡むと99パーセント下らない方に向かいますからね』

「下らない方って何だ具体的に教えて欲しいモンだがなあ! 聞いてんのかコラッ!?」

『……』

 答えを教える代わりに、フィエリアは白蓮・弐式の柄で同僚機を殴った。しかも、かなりの勢いをもって。

 打撃を受けたイアルは「うわあぁぁぁ耐久力が減らされていくぅぅぅーー!! やめろ! やめろー!!」とかいうワケの分からないことを叫びながらアスファルトの上をのたうち回っていた。どうやら今の衝撃で頭でもおかしくなったらしい。

 ――いや、頭蓋の中身がおかしいのは元々か。

 僚機を思いっきり踏みつけた姿勢のまま、フィエリアは敵へ向き直った。

 オープンチャンネルは、セキュリティを解放していれば半径100メートル程度にいる全機へ繋げられる直接通信だ。国際的な基準を満たしているAOFであれば、敵も味方も関係なく通信を傍受・発信することが可能である。普段は戦闘意志の放棄や降伏もしくは投降、そして波長帯を変えれば救難信号などにも使われるケースが多いが、イアルはそれをおもちゃのように使っていた。

 フィエリアは嘆息。無線からは呆れたような声が飛んできた。

『お前たち、とっても仲が良さそうじゃないか』

「そんなこと一切ありま――」せん! とまで反射的に言いかけた途中で、フィエリアは慌てて口を手で覆った。相手は不敵に笑ってみせる。

『なるほどな。そちらの近接仕様のパイロットも女じゃないか。道理で2人は仲良しなワケだ』

「い、一体どういうつもりで……!」

『男女の仲の睦まじさは悪くないと思うぞ? 出撃前に愛を語ったりとかもう想像するだけで私は――ああ!! ああ!!』

「何を感じまくっているんですか貴女は――――ッ!!」

 フィエリアが思いっきり泣き叫んだときだった。

 市街地の真上の部分で、強烈な光が咲いた。

 周辺一帯が真っ白になるほどの眩しさだ。メインカメラの視覚素子が捉えた映像が、およそ数秒にわたってホワイトアウトする。

 ストロボライトの閃光を直接浴びたような感覚。やがて視覚が戻ってきて、フィエリアは上空を振り仰いだ。

 光の主は<アクトラントクランツ>だ。しかし、その姿は出撃時に彼女が見たものとはかけ離れていた。

「レナ……?」

 彼女は呟いた。

 背面からは真っ白な翼が生えており、まるで神話に出てくる「大天使」の文字が良く似合う。異形の姿をしたそれは猛烈な速度で飛翔すると、目の前にいる漆黒へ躍りかかった。目も止まらぬほどのスピードである。気づいた瞬間には、両者の光刃が何度となく交差していた。

 イアルは不意に真面目な口調に戻って、

『マズいな……。あの敵パイロット、レナをわざわざ刺激しやがった』

「……?」フィエリアは理解が追いつかない。

 どういうことだ?

 <アクトラントクランツ>には第二形態(セカンドフォルテ)と呼ばれる覚醒状態があるらしい。

 操縦主の感情に応答するシステムにより、普段ならば制御されている部分のロックが外れるのだ。レナはそれによって何度か機体を暴走させた経験があり、前回はエネルギー残量ゼロでピンチを迎えたとか。

 と、フィエリアはここで気が付いた。

「まさか敵の狙いは――」

『ああ、そうだよクソッタレ。わざと<アクト>を第二形態に暴走させて、エネルギー切れを起こさせるのが目的だ!』

 急ぐぞ、という声とともにイアルの<エーラント>が起き上がり、長砲身のライフルを担ぐ。

 その動きを合図として、戦闘は前触れなく再開した。

 まずは目の前の敵――とイアルは素早く照準し、引き金を絞る。超高密度で出来た"102ミリ装甲貫通弾"が敵を狙うが、黒い<ヴィーア>が飛翔する動きは早かった。

 重い射撃は敵の下方向に流れ、弾は何もない空間を抉る。

 また建物を幾つか貫通し、巨大な風穴がひらいた。

(――上か!?)

 フィエリアとイアルは並んで仰ぎ見た。

『ちょっと時間稼ぎをせねばなるまいな。悪く思うなよ』

 飛翔した<ヴィーア>が、機体すべての砲門を全開にしていた。

 脚部に供えられたミサイルポッドが、背面に備えられた火器のすべてが一斉に火を吹いた。

 総じて100を超えるであろうミサイルが上空から同時に放たれる。

(まさか一帯ごと焼き払う気か――!?)

 着弾は2機の<エーラント>だけでなく、周囲の高層ビルや道路にも注がれた。あちこちで爆発が起こり、煙と炎で視界が奪われる。

 市街地は瓦礫の山へ姿を豹変させていた。斜めに崩れた高層ビルは不安定な格好のままで、アスファルトがめくれて赤茶けた大地が露わになる――ガラス片とコンクリートの破砕物が瓦礫となって積み上がっていた。

「くっ……イアル、大丈夫ですか」

『問題ないぜー、とは言ったものの、こんなモン一体どうすりゃいいんだよ。化け物並の火力だぜ』

「分かりません。損傷確認――中破」

 フィエリアは自機のステータスを確認したあと、周囲の状況を得た。

 パラメータ確認――


 耐久値  2680/5600

 破損状況 左脚部ダンパー  破損

      メインコンデンサ 出力低下

      サブ コンデンサ 出力ゼロ

 機体状況 全エネルギー   低下中

      予備バッテリー  駆動開始


 さきほどの爆発に呑まれた際にダメージを負ったのだろう。

 コンデンサの出力が落ちたということは電力系だ――おそらく駆動系と繋がるジョイント部に何らかの回線不良(ショート)が発生した可能性がある。

 幸いにして建物の陰に隠れていたため、2人は下敷きにならずには済んだ。身動きが取れなくなるよりは幾分マシだろう。

 辺り一帯は見事に吹き飛ばされていた。たった1機がここまでの火力を持つなんて――と考えると、フィエリアは青ざめる思いがした。それはイアルも同様だったろう。彼の機体も「実弾の」砲戦型機体であったが、あの<ヴィーア>の持っていた火力は比べ物にならない。

 イアルは深めの息をついて言った。

『電力系がやられたならフィエリアは下がってろ。ここから後は危険だぜ』

「ですが今はチャンスです。相手の残弾はゼロ――2人で掛かれば行けます」

『残り活動可能時間は?』

「4分」

『……わかった。1分前になったら下がれ。いいな』

「了解」

『アレだ。こういう状況だから先に言っとくけど…………お前のこと愛してたごばはぁ!?』

「死ね下僕」

 言うなり、フィエリアの駆る<エーラント>は建物の影から猛ダッシュで飛び出していった。

 周りの建物は全て崩れているため、視界が開けて動きやすい。もちろん足場が瓦礫であることを除けば、という話ではあるが――

 相手の黒い機体がアサルトマシンガンを向けてくる。

 銃口が火を噴いた。

 <エーラント>は軽快な動きで射線を避けると、カタナである白蓮・弐式を横薙ぎに振るう。

 しかし敵はその動きを見切っていた。刃先の寸前で一撃を避けられ、銀色の刃は虚空を切断する。

(――躱された!?)

『フィエリア、下がってろ! 俺がいく!』

 背後からイアルがまくしたてた。

 後方で動く僚機に気付き、彼女は<エーラント>を急後退させる。そこにイアルが長砲身からの一射をブチ込んだ。

 装甲貫通弾は命中さえすれば一撃で相手を無力化できるものの――攻撃はヒョイと避けられてしまう。

 対する<ヴィーア>は突撃銃をイアルの方へ向け、容赦なく引き金を引いた。彼の機体は慌てて建物の影へと待避したが、銃弾の嵐はそれさえも通り越して装甲へダメージを負わせていく。

『ぐ…、うわあぁぁぁぁ――!』

「イアル!?」

『バッカ野郎! 俺のことはいいから早くやれ!!』

 彼の言おうとしたことを理解して、フィエリアは前に踏み込む。

 再び大剣、白蓮・弐式を掴み――瓦礫を強く蹴ることでAOFの跳躍は上へ。

 大上段からの一撃だ。無我夢中で武器を振り下ろすと、そこには金属を叩き斬るような感触があった。

 黒い<ヴィーア>の右腕が吹っ飛び、そこに握られていた突撃銃も真っ二つに裂ける。

 ――()った!!

 彼女は刃先をくるりと返し、バランスを崩した<ヴィーア>に向かってさらに大きな一歩を詰める。

 右脚は強く地面を踏み、両手は白蓮・弐式を強く握った。今度は下から白刃が跳ね上がる。

 切り上げられた左腕が吹き飛んだ。

 黒い<ヴィーア>は両腕を破断され、大きくよろめいた――が、倒れる様子はない。しかし立ち向かってくるだけの力も残されていないだろう。

 ――トドメは刺すまい。

 フィエリアは思った。慌てて機首を翻し、僚機である<エーラント>へ駆け寄ると、

「イアル…」

『くそっ、こんな場所でやられるなんて俺らしくないぜ。もう少しだけお前と……グッド…バイ』

「その様子だと心配の必要はなさそうですね」

 フィエリアは冷ややかな声で言うと、同僚の機体をつま先で蹴りあげた。

 マイクの奥からは『なんでだよぉ――!! 可愛い俺のこと心配してくれよ――!!!!』と騒ぎ立てるバカ声が聞こえたが、彼女は悲鳴をボリューム無効にしてやった。耳元が急に静かになる。

 ほ、と嘆息をひとつ。

 やがて、接近戦仕様の<エーラント>は活動限界を迎えた。メインモニタに映し出されていた残り時間がゼロになったことを示し、全体のシステムがアクティブモードから強制的にシャットダウンされる。いわゆる休止状態で、この状態では無線による通信以外にはマトモな電力を割くことができない。

 外部スピーカーの声は言った。女の声だった。

『なぜトドメを刺さなかった? 私はおまえたちの敵だろう』

「あなたは悪い人に見えませんでしたから。腕部さえ奪っておけば、あとは戦えないでしょう。それに、トドメを刺すかどうかは我々の自由です」

『――なるほど、随分と甘く見られたものだ』

 瞬間、胴部から落ちたものがある。

 機体の背とバックパックを繋いでいるジョイントだ。ボール型の構造をした肩から先のパーツは、ごろり、とまるで削がれた肉のように零れ落ちた。

 ――なんだ?

 フィエリアは睨む。

 突如、<ヴィーア>の背部から煙が上がった。背中にマウントされていたのは、先刻の戦闘ですべて撃ちきってしまい、残弾がゼロになっているハズのミサイルポッドである。

 四角い形状をしたそれは煙と共に左右両方とも空中へ飛び上がり、見事に変形を遂げた。

 そこに現れたのは腕と同じ形状をしたパーツだ。大きく曲げられる関節部や5本の指を持つ拳があり、さっきまで肩から先に付いていたそれと全く同じ形状。胴体との接続部が赤色のビーコンで誘導され、新しく出現した"腕"が合体して機体は元通りになった。

 余った部分のパーツはまた別のレーザーが誘導し、今度は拳との融合を果たす。それは拳よりも一回り大きなグローブだ。

「そんな…」

『合体したのかよ!? すげー! カッケー!』

 大はしゃぎで喜んでいるイアルを蹴りあげて黙らせる。

 先ほどまで重装備だった<ヴィーア>は、一瞬にして身軽な形状に変身した。まるでプロボクサーのような格好にも見える。

 相手の声は得意げに言った。

『よく見ておけ。これが接近戦仕様、"バーサスモード"だ。射撃寄りの機体と思っていたようだが、残念だったな。私の機体は完全に近接戦闘型だ』

「――」

『トドメを刺さなかったのは甘い選択だったな』

 砲撃型・近接戦闘型に分かれて戦闘を続けるイアルとフィエリア。

 上空で漆黒と深紅が高速戦闘を繰り広げる中、焦りと苛立ちを露わにする。

 そんな中、レゼアは<ヴィーア>の持てる全ての砲をぶっ放し、フィエリアの近接戦闘型<エーラント>を中破させる。

 最後の気力を振り絞ったコンビネーションが敵<ヴィーア>の両腕を削ぎ落とし、同時にフィエリアの<エーラント>がダウンする。

『なぜトドメを刺さなかった? 私はおまえたちの敵だろう』

「あなたは悪い人に見えませんでしたから。腕部さえ奪っておけば、あとは戦えないでしょう。それに、トドメを刺すかどうかは我々の自由です」

『――なるほど、随分と甘く見られたものだ』

 突如変形し、両腕にボクサーパーツを装備した特機<ヴィーア>。

『よく見ておけ。これが接近戦仕様、"バーサスモード"だ。射撃寄りの機体と思っていたようだが、残念だったな。私の機体は完全に近接戦闘型だ』

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