第13話 part-a
ケニア・ナイロビの首都半径5キロを警備することになったレナたち。
停戦会談は本当に実現できるのか? という疑念は払拭できないが、同僚であるイアルの調子は飄々と軽い。
雑多な会話を続ける中、アラート音が鳴り響く。
方向は直上。
ゲリラ戦を展開するASEEに対し、停戦会談を破棄した統一連合は敵勢力の排除に取り掛かる。だが次々と現れるASEEの量産機<ヴィーア>たちは囮だった。
別方向から高速で出現する漆黒の機体。
「またアンタか……!」奥歯から声を絞り上げるレナは<オルウェントクランツ>と対峙する。
[part-A]ミオ
深紅の動きは左右の方向に疾かった。
横薙ぎに振るわれた大剣の動きを避け、ミオは不意に思う。
――以前よりも強くなっているのか……?
後方へ回避。
ワイヤーアンカーを左右へ振って敵機を牽制すると、ミオは素早く腰からライフルを掴んだ。
一射。
青白い閃光は確実に<アクト>の急所を捉えていたが、次の瞬間には左右に回避のステップを踏まれ、何もない空間を抜ける。
ビームの矢は後ろに立っている高層ビルへ直撃し、建造物を激しく抉った。ぽっかりと空いた穴からビルが崩落を始め、ミオは短く舌打つ。
その隙にも、<アクトラントクランツ>は目まぐるしいスピードで漆黒を追ってきた。両手のビームブレードは大上段の構えだ。等身ほどもある光の刃が真正面から振り下ろされる。
盾か、剣か――
一瞬の迷いを経験した挙句、ミオは高出力の光刃で一撃を受け止めた。その色は青白、つまり最高出力である。プラズマで構成された刃先が互いに共鳴し、叫んだのは金属音にも似た打撃の悲鳴。
「ぐっ――!」
ミオは力を絞って大剣を押し返すと、サーベルを素早く逆手に持ち替えて右から左へ薙ぎ払う。<アクト>は咄嗟に距離を置いた。
その手にはライフルがグリップされている。
間髪いれぬ射撃の雨がミオを襲った。彼は慌てて機首を返し、行動は回避の一択を取る。
レナが以前よりも強くなっているのは事実だ。機体を駆る技量、回避や攻撃のパターンなど、全てがまるで先読みされているような錯覚に陥る。
いや、違う――と次の斬撃をタイミング良く受け止めると、ミオは至近距離で再びワイヤーを薙いだ。
横薙ぎは直撃必至に思えたが、深紅は盾で一撃を受け止める。鋼糸による攻撃は至近距離でブロックされてしまえば何の意味もない。ある程度の距離を置いて相手を穿つことに意味があるのであって――と思考が余計な方向へ飛びまくるのは、自分が余裕を欠いた証拠だろう。
相手の操縦主は確かに強く成長しつつある。
ミオは決してナルシシストでは無い――事実そうだったし、戦闘の技量についてだけは自負するところもあった。
もともと機体の総合的なスペックが高いのは<アクトラントクランツ>だ。機動性以外の項目、たとえば装甲値や火力、推力やスラスターの性能値は、型番の低い<オルウェントクランツ>よりも<アクト>の方が向上している。
現にミオの目の前に残っている耐久値は6000台を示しており、<アクト>の8000台と比べれば装甲に脆弱性が目立つ。
そのぶんだけ余剰の機動性が与えられているものの――相手から逃げ切れなければ意味がない。そして<オルウェントクランツ>が扱える武装はわずか2種類しかなく、そのうち片方は鋼糸によるアンカーだ。残りはソード・ライフル・シールドの可変機構を持つ防楯兵装である。どれか1つを展開しているうちは他の武装が全く使えず、正直に言えば役に立たないクソ武器だ。
高いスペックを誇る深紅の機体に対して、レナの成長が追いつきつつある――ということなのだろう。
ミオは高速で<オルウェントクランツ>を飛翔させながら、ぐんぐんと高度を上げた。
急に視界が開けたあたり、見えたのは摩天楼だ。
「……あの建物さえ落とせば状況は終わる。早めに終わらせるぞ」
降下した<ヴィーア>の部隊は統一連合の<エーラント>によって次々と墜とされていく。そればかりか降下部隊を乗せていた輸送機までもが襲撃を受けており、はるか遠くで呆気なく沈んでゆくところだった。
結局こうなるんだよな、と思いつつミオはスロットルを絞る。
得たのは急加速だ。
<アクト>が後ろから追いかけてくるのを確認し、少年は前へ視線を戻した。
目の前には、まだこちらの動きに気付いていない<エーラント>の部隊がある。合わせて6機、大した数字ではない。
「……邪魔な連中だ」
光刃が量産機の胴部を真っ二つにし、次の瞬間には紅蓮の炎が噴き出してその機影を包んだ。
意表を突かれた<エーラント>の部隊は唖然としていたが、次の瞬間には事態を悟り、蜘蛛の子を散らすごとく四方八方に逃げ始める。
ミオはその背にライフルを向けると容赦なくトリガーを引いた。
わずかな合間に3機の量産機を屠る。
次の機体へ銃口を向ける――と、そこへ加速とともに割り込んできたのは<アクト>だった。
「アンタの敵は…あたしだっ……!!」
『……』
ミオは無言を作った。
サーベルの出力を緑から青白へ戻す。
<アクト>はその動きに応じてビームの大剣を青眼に構えた。深紅の機体が背面の翼を展開させる。鳥類骨格が大きく爆ぜ、生み出されたのは純白の両翼だ。それはまるで大天使か、果ては天から舞い降りた神の使いとでも言うべきか――いずれにせよ、今の自分を裁こうとする敵の姿を目にして、ミオは息を飲む。
「……なんだ、今のは」
次の瞬間、<アクトラントクランツ>は猛烈な速度で肉迫していた。
[part-B]レゼア
一方、レゼア・レクラムは市街地での戦闘を続けていた。
周りに聳え立っているのは高層ビルの群れである。
AOFは通常、16から18メートルの高さで設計されることが多く、これはビルの高さでいうと6階か7階程度の高さに相当する。
発展中の都市であるこの市街地では、その程度の高さを持つ建造物は「低い」部類に入るだろう。
建物がまるで高い壁に見えるな――と思いながら、レゼアはアスファルト上に<ヴィーア>を滑らせた。
――と、横だ。不意にビルの一角が弾け、大きく破砕。
レゼアは携行した武器の銃口を向け、破壊の方向を見る。
オフィスビルには大穴がブチ開けられていて、向こう側が見えるようになっていた。
まるで風穴だ、と思う矢先、上の方向から敵の影が躍り掛かる。
彼女は素早く銃を向けて射撃。それが効く相手ではない――と悟ったところで、機体を急後退させる。
「……なんだ!?」
振り下ろされた一撃を回避し、アスファルトへ着地した相手の背後へ。
日本刀のような武装を備えた<エーラント>だ。かなり軽量化が施されているが、着目すべきはそこではない。
レゼアは脚部へ目を向けた。
見えている外部骨格よりも、見えない内部骨格の部分が強化されているのだろう。強靭に仕組まれた筋肉が、大きな跳躍などの足回りを可能にしているようだ。その動きはロボットと言うよりも、人間といった方が近い。
着地によってアスファルトが陥没する。
機体を反転させて再び銃口を向ける――と、ビビ、という新たな警告音が鳴る。自機が照準されたことを示す合図だ。
「ちっ、さすがに2機を相手にするのはキツかったか……!」
慌てて回避。
姿勢を低くして一撃を避けると、頭上をかすめて飛翔した砲弾は建物を見事に貫通した。さらに向こう側にある建物さえも突き抜け、砲弾は見事な巨孔を穿った。
圧倒的な破壊力。
3棟の建物をブチ抜く威力を目の当たりにして、彼女は思わず息を呑んだ。あんなものの直撃を受ければ、生身の人間ではミンチどころでは済まされない。きっと跡形もなくなってしまう――と思いながら、新手の敵を睨んだ。
砲戦型仕様と接近戦仕様が1機ずつ。両者のコンビネーションが巧ければ、いくらレゼアが相手でも捌ききれない。
かといってミオを頼るわけには――いかないよな。
空中を見れば、深紅と漆黒は激しい攻防を繰り広げていた。片方が追い、片方は空間を自由自在に逃げる――かと思いきや、今度は立場が逆転し、追われていた側が猛攻を仕掛ける。
まるで空中で餌を奪い合うカラスのようだ、とレゼアは思った。
(さすがに同僚を頼っていられる場合ではないな……自分で何とかしよう)
援護を諦めつつレゼアは半目で敵影を見る。
敵は<エーラント>が2機だ。それを<ヴィーア>が1機で相手にするなど、まるで冗談か何かだと思えてくる。
(私に勝ち目はないか。だが負けない方法ならば充分にありそうだ)
ブースターを噴かす。
まずは接近戦仕様から潰しておくべきだろう。
一気に距離を詰めると、レゼアは600発入りのアサルトマシンガンを勢いよく撃ち鳴らした。
爆砕音が一斉に響き、辺り一帯を穴だらけにしていく。
建物やガラス窓なんてお構い無しだ――と周囲をメチャクチャに抉っていくと、対する<エーラント>は膝を折って跳躍した。
飛翔はかなり高い。
迷わず銃口を上へ。
そのままトリガーを引き絞ると、射線は空に向かって逸れた。
(――もらった!!)
浮いた<エーラント>は空中で身動きが取れない。
それを知ったレゼアは、敵機に向かって射撃の雨を注ぐ――――が、その結果は彼女の予想に反するものだった。
<エーラント>は右手にしたカタナを振るうと、放たれた銃弾を造作もなく斬り払ったのだ。
「なっ、剣で弾を……嘘だろっ!?」
今度は横から砲戦型の機体が迫ってくる。長い砲身を持つライフルはアスファルトに置かれ、手にしているのは散弾銃。
レゼアは滑るように機体を後退ダッシュさせ、建物の影に逃れた。
あんな武器を至近距離からブッ放されればたまったものじゃない――と内心で思いながら横向きにブーストを噴かす。
タイミング良く盾となった建造物は、奥の方から順に破砕されていく。
おそらくビルの向こう側からショットガンを連射しているのだろう。窓ガラスが盛大に弾け飛ぶ。
彼女も負けじと反対側からアサルトマシンガンを速射すると、建物はみるみる無惨な姿になっていった。
残り耐久値5500――が、少しずつ減っていくのが分かる。
「くっ、こちらが押し負けるか……!?」
攻撃範囲の広い散弾ライフルは、至近距離で当たらなければダメージは小さい。せいぜい装甲にかすり傷を与える程度で、深刻な影響は殆ど無いだろう。
しかし、気づけば耐久値は5000を割っていた。
(あとどれくらい保つ? 5分、10分……電気系統にダメージが無ければ充分に戦えるハズなんだが)
<ヴィーア>の動きは横へスライドする飛翔だ。
じきに建物であった部分が終わり、攻撃を防いでいた盾は無くなってしまう。道路に出てしまえば自分は無防備だった。
だがレゼアの行動は早かった。
建物が終わる。無防備になる――が、黒い<ヴィーア>が構えていたのは標準装備のシールドだ。
それには気づかず、相手の<エーラント>は建物の影から現れた<ヴィーア>に向かって、直感的にショットガンを放った。
一射目を辛うじてシールドで凌ぐ。
(よし、この瞬間を狙っていた!)
盾を退け、レゼアは急加速とともに敵へ接近。
幸いにして相手は遠距離戦の仕様だ。近距離での攻撃は防げまい。
光刃を出力したビーム状のサーベルを下から振り上げ――
「もらったな!」
薙いだ。
が、その光刃は割り込んだ別の何かによって阻まれる。
銀色をした白刃だ。長く伸びたカタナがタイミングよく割り込み、ビームの刃を受け止めていた。
「な、にっ……! サーベルが防がれた?」
再び後方へ距離を置く。
ビームで出来た刃――およそ8000℃にも及ぶプラズマの刃が、実体の剣で軽々と否された。おそらく特殊コーティングを施された武器だったのだろう。レゼアはブーストを噴かして後退すると、体勢を崩したままアサルトマシンガンを撃ちまくった。
が、日本刀を構えた機体は致命傷となる弾だけを見極め、精確な斬り払いを見せる。
「またか……ええい、どうなってるんだ! コイツは!」
レゼアは狭いコクピットの中で吼えた。
降下した<ヴィーア>部隊は統一連合によって次々と墜とされてゆく。
最初から分かっていたことだった。
高速で飛翔する漆黒の機体<オルウェントクランツ>を追う深紅の機体<アクトラントクランツ>。
「アンタの敵は…あたしだっ……!!」
一方、別の地点では他の機体が戦闘を繰り広げていた。
レゼア・レクラムの駆る特機<ヴィーア>と、イアル・マクターレスの駆る砲撃型機、ならびにフィエリアの近接型<エーラント>だ。
圧倒的な火力を持つ2機を前にしたレゼアだが、しかし冷静沈着な思考の持ち主は動揺を隠せない。
「またか……ええい、どうなってるんだ! コイツは!」
コクピットで吼えるレゼアの戦闘は続く。




