第12話 part-b
クリームイエローの将校服に身を包んだ統一連合・ルーセントハート中将とミーティングを行うことになったレナたち。
アフリカ大陸旧ケニア・その首都ナイロビでASEEと停戦会談を行うことになったらしい。難民区域であることから戦闘の中止を申し出たASEEだが、本音と建て前が異なることに気付くレナ。
会談の場所から半径5キロを無人にする作戦を立てた中将は、レナたちに対し作戦の遂行を依頼する。
疑念を抱くのはイアルやフィエリアも同様だった。
艦内に鳴り響くアラート音。
出撃命令はレナを含めた3名に下されていた。
[part-B]レナ
蒼く解き放たれた世界がある。
ひとつは空だ。透き通る空は鮮やかな青色で、果てしない高さまで続いていた。
いい色だ、とレナは思う。無限に渡る紺碧には絵筆で掃いたような白い雲があって、天使の片翼みたいに綺麗だった。
もうひとつ、眼下に広がるのは海だ。深いブルーは陽の光を乱反射させ、まるで宝石のような煌輝を返している。
その中を、深紅色の機体は猛烈な速度で駆け抜けてゆく。
<アクトラントクランツ>だ。背面の羽根を主翼として、推進機であるブースターが吼える。
飛翔速度は更なる加速を受け、ひたすら前へ。その軌道は真っ直ぐに伸びた直線だ。
海が終わり、眼下は平野になった。レナは前方を見る。
ナイロビは、高層ビルが生い茂る発展型の都市だった。街ひとつぶんのエリアは背の高いビル群に覆われており、その中心には1本だけ、天へ刺さる塔のごとき摩天楼が聳え立っている。
(あれが交渉のステージってワケね)
深紅の機体は機首をロールさせると空の方向へ跳ね上がった。レナは<アクト>の速度を緩めると、作戦領域ギリギリのライン上で滞空。後方からはブースターパックを装着した2機の<エーラント>が同様に速度を落とした。
同僚の2機は背面のパックを切り離すと、上手くバーニアを展開して重力を操り、市街地の一角へ降り立つ。
『こちらイアル機、無事に着地完了!』
『同じくフィエリア機、作戦ポイントへの着地に成功。これよりミッションを開始』
最初に陽気なイアルの声が言い、次にフィエリアが冷静な声で告げる。レナは2人の同僚に向かって「了解」とだけ短く応じた。
敵の姿は――無い。
作戦領域は、都市部の中心にある摩天楼から半径5キロの円だ。およそ30キロメートルにもわたる円周上を、統一連合の<エーラント>が警備するのが今回の作戦である。作戦エリアの中に敵機が侵入し、停戦交渉の行われている摩天楼が攻撃されれば任務は失敗だ。
今この場所には50機近くの<エーラント>が配備されている。
天へ伸びた摩天楼を見る。
(あの中には将官クラスの要人が条約を交わしてるんだよね。なんとしても守り切らなきゃ……)
レナは中将の険しい表情を思い浮かべた。
彼だって、戦わずに済む未来を選択しようとしているはずだ。ここでASEEが現れて何もかもメチャクチャにしようとするなら――自分はそれを止めなければならない。そのための力は手にしているのだから。
意気込む少女の脇で、イアルはいつもの軽い調子で言った。
『お。もしかして3機での合同出撃って、今回が初めてじゃねえか?』
『前回は<アクト>単独のみの出撃でしたからね。改めてよろしくお願いします』
「えぇそうね。期待してるわよ、2人とも」
レナは眼下にいる僚機を見下ろした。
滞空している深紅の機体とは異なり、2人の機体は飛行能力を持っていないからだ。
統一連合の量産機<エーラント>は、背面のバックパックを換装させることで局地戦に対応できることが特徴である。空中戦、砂漠、熱帯雨林――そしてステルス性を備えた偵察機など様々なバリエーションを備えており、実質的にはどのような状況でも対処が可能だ。一般的には飛行能力に優れたフライトユニットを装備しているが、イアルとフィエリアの2機は敢えてそれを排していた。
イアル・マークタレスの駆る機体は砲戦型仕様の機体だ。複数の実弾銃火器を備え、それらを使い分けることで砲撃戦を展開する。中でも目立つのは102ミリの長砲身狙撃ライフルだ。イアルはもともと狙撃用に使われていた武装を特注で改造し、高硬度金属で出来た『装甲貫通弾』を発射できるようにカスタムしている。生身の人間が対戦車ライフルを撃つのと同程度の感覚だろう。
一方、フィエリアの駆る機体は接近戦に特化した機体だ。装備は鞘つきのブレードが1本のみで装甲の各部には軽量化措置、そして内部骨格の特別強化が施されており、身軽な動きが可能となっている。
レナは同僚の機体データを改めて確認し終えると、無線を上官へつないだ。
「キョウノミヤさん――あちらの様子、分かります?」
『交渉ならたったいま開始されたわ。幾つかの書類に目を通して判を捺すだけだから、数分で終わるでしょう。でも警戒は怠らないでね。ASEEは必ず好機を狙ってくるわ』
『ハンコをポンポンするだけの簡単なお仕事なんだろ? それでメシが食えるなんて偉い人間は羨ましいぜ。さっきから疑問なんだけど、なんで俺たちこんなところに配備されんの? 最初っからタワーの近くで待機すりゃいいのにな』
「アンタ馬鹿? みんながみんな交渉現場の近くで押しくらまんじゅうになったら、敵さんはどう思うのよ?」
『どうって? 考えたことねーなあ。分かりやすくプリーズ』
はあ、とレナは頭を抱えた。
「じゃあ喩え話ね。イアルが仮に、今から超綺麗で美人の気品高きお嬢様とデートすると仮定します」
『待ってくれ疑問がある。そいつは金髪か? 黒髪か?』
「金髪よ、超美人の。そして多分ドリル巻き毛でフリフリの服とか着てる。おっぱいも大きい。……多分」
『ヒョー! いいね、それで?』
「デートをするにあたって、お嬢様の護衛が半径5メートルに100人も居たとします。アンタは平然とデートを続けられる?」
『そんなの無理だ! イチャイチャできるワケがねぇ!』
「でしょう? つまりそういうことよ」
「なるほどな! 分かりやすかったぜ脳みそピンク野郎」
「去勢されて死んでくれる?」
「おう!」
イアルは盛大に納得してくれたようで、レナは安堵した。
レナは得意気にうんうん唸っていたが、無線の奥で会話を聞いていたフィエリアとキョウノミヤは頭を抱えまくっていた。
『あー、でも護衛の性別にもよるな。護衛が女の子だったらそれはそれで……』
「完結した話をブチ壊すなってーの。いいから集中しなさいよボケナス」
イアルの調子はどこまでいっても軽い。いますぐ全裸にしてコクピットの外へ放り出したら、ずっと同じテンションで居られるだろうか――という疑問が浮かんだところで、レナは先が思いやられるのを感じた。
頭を抱えたまま嘆息していると、鳴ったのは短い電子音。
アラートだ。警告の表示を得て、レナは息を呑む。
「作戦エリア内に熱源反応! 数は4、8――どんどん増えていくわ。警戒して!」
『敵さんのお出ましかよ、早すぎるだろ! 方向は!?』
イアルが怒鳴り声で問う。
が、その疑問は次の瞬間には泡のごとく弾けた。
その場にいる全機の<エーラント>が事態を把握し、ほぼ一斉に機首をもたげた。
敵の方向は――直上だ。
摩天楼から僅かに逸れているものの、熱源は円周の内部、上空の位置にポイントされる。
――なぜ!? レーダーには引っ掛からなかったハズなのに!
レナは内心で疑念を吐いた。
そんな様子に構うことなく、キョウノミヤはてきぱきと指示を下し始める。
『全機へ通達! 降下中の敵部隊を即刻撃破せよ。アドロック隊は敵勢力の排除を! ハーフバック隊は指定ポイントの防衛に回って!』
急いで、という声を拾うやいなや、フライトユニットを装備した<エーラント>たちが一斉に飛び立っていく。
後続として<フィリテ・リエラ>から出撃した部隊が次々と発進していき、ビームの矢を天に向かって放ちはじめた。
ステルスを脱いだ輸送機からは、ASEEの量産機<ヴィーア>が次々と降下してくる。
エーラントよりも丸みをおびたフォルムで、実弾兵装が特徴的だ。<エーラント>のようにバックパックを換装させることはないが、しかし汎用性を重視した機体であることは間違いない。
彼らは上空からマシンガンを撃ちながら、摩天楼を目標に降下していく。
作戦エリアに銃声が響き始めた。
「やっぱりこうやって、平然とテロ行為に走る奴らなのね。今回ばかりは失望したわ。あたしたちも行くわよ、イアル、フィエリア」
『おーよ、いっちょ暴れてやりますか!』
『了解、これより戦闘モードへ移行します。参りましょう』
歯切れのよい返答が戻ってくる。ふたりの同僚を強く思うと同時に、少しだけ誇らしくも感じた。自分はひとりで戦わずに済む――その事実による安心感が、胸の内で温かい奔流となっていたのだ。
スロットルを全開に絞ったレナは二度目の電子音を耳にした。
自機が照準されたときに鳴る短い警告音だ。思わず機体の動きをストップさせる。
「――なに、別方向から新手っ!?」
横への回避。狂った姿勢を素早く立て直す。
寸前まで<アクト>が居た空間を、青白い閃光が駆け抜けた。ビームの矢は虚空を抉ると、近くにあった高層ビルへと吸い込まれ――大きな爆発を起こす。
レナは反射的に東の空を仰いだ。
そこに居たのは、これまでに飽きるほど見てきた漆黒の姿である。
<オルウェントクランツ>だ。
「ったく、またアンタか……!」レナは奥歯から声を絞り上げた。
漆黒の機体は無言のまま、手にしていたライフルをソード形態に移行。右手に握られたのは中出力を示す緑色の光刃だ。
その脇から、飛行能力を有したタイプの<ヴィーア>が4機、6機と左右に分かれて飛翔し、5キロ圏内の作戦エリアに突入してゆく。彼らが目指しているのはやはり和平交渉の行われている摩天楼だ。上空からの降下部隊を食い止めている連中は、第二波として出現した敵機には目もくれていない。
レナは擦れ違う敵の<ヴィーア>たちにライフルの銃口を向けたが、トリガーは引かなかった。
否、引けなかったのだ。
『……へェ。撃たなくて良かったのか?』
「どーせアンタが防ぐでしょ。無駄弾は使いたくないのよね」
『……だろうな』
声は静かに沈黙した。
<オルウェントクランツ>の機動性であれば不可能な話ではないだろう。レナがあの瞬間トリガーを引いていたら、漆黒は深紅に向かって圧倒的な速度で距離を詰めていた。そして自分を真っ先に潰しにきていたハズ――というところまで推察して、彼女は思考をやめた。
薄気味悪いほどの静寂。
離れたところでは銃声や爆発音が響いているというのに、である。
滞空した<オルウェントクランツ>の隣に、もう1機の黒が舞い降りた。特別機仕様の黒い<ヴィーア>だ。
レナは同僚に告げる。
「イアル、フィエリア、聞こえる? 2人はあの側近を相手して。あたしは単独で<オルウェントクランツ>を引き受けるわ。たかが<ヴィーア>といっても特機仕様よ。気を付けて」
『あいよ。そっちも無茶だけはすんじゃねーぞ』
レナは返答する代わりに、無言のまま武器を構えた。
深紅の機体は背面からサーベルを抜刀、細身の光刃は出力を上げると青白くなり、さらに出力を上昇させると今度は形を変える。
両手構えの大剣だ。
瞬間、すべてが動きはじめた。
――戦闘、開始。
ケニア・ナイロビの首都半径5キロを警備することになったレナたち。
停戦会談は本当に実現できるのか? という疑念は払拭できないが、同僚であるイアルの調子は飄々と軽い。
雑多な会話を続ける中、アラート音が鳴り響く。
方向は直上。
ゲリラ戦を展開するASEEに対し、停戦会談を破棄した統一連合は敵勢力の排除に取り掛かる。だが次々と現れるASEEの量産機<ヴィーア>たちは囮だった。
別方向から高速で出現する漆黒の機体。
「またアンタか……!」奥歯から声を絞り上げるレナは<オルウェントクランツ>と対峙する。




