第93話 マーガレット・キュベリー
ローレシアがソーサルーラに一時帰国したその日、キュベリー公爵もフィメール王国にはおらず、ここよりはるか西にある軍事大国・ブロマイン帝国にいた。
若き皇帝、クロム・ソル・ブロマインはキュベリー公爵の謁見を許し、皇帝お気に入りの庭園に公爵を招いた。皇帝は庭園に設置された玉座に座ると、南方より取り寄せた希少な茶を楽しみながら、キュベリー公爵に問いかける。
「そなたの長男に嫁がせた我が姉は息災であろうな」
「もちろんです皇帝陛下。我がキュベリー公爵家にはもったいないほどの高貴な血筋でこざいますれば、贅の限りを尽くして大切にさせていただいております」
「それは結構。姉と言っても先帝である父の側室の娘で、余もほとほと扱いには困っておったのだ。それより聞いたぞ公爵。フィメール国王ともめているらしいな。いよいよ王国を手中におさめる算段でもついたか」
「滅相もございません。次女の婚約者だった王子が少しへまをやらかし王位から遠ざかってしまったので、どうしたものかと思案しているだけでございます」
「思案か・・・もうその王子は切り捨てたと言いたげだな」
「私の甥にあたるのですが、王位継承権を回復させよと妹がうるさいので仕方なく付き合っている次第で。だが今回ばかりはさすがに分が悪く、わが娘マーガレットの次の嫁ぎ先も探しておかなければならず」
「それで余に頼みに来たのか。だが小国の王子のお手つきなら、我が皇族の嫁にはとても迎え入れられん。妾でもよければ、余がしばらくの間、囲ってやれんこともない。もちろん子が生まれても、我が皇家に名を連ねることは許されないがな」
「・・・マーガレットが・・・妾」
「妾では不服か」
「いえそのようなことは決して・・・ただ陛下の妾ではなく、正妻として迎えてもらえる高位貴族を誰かご紹介いただきたく」
「高位貴族か。・・・では我が帝国の名門・メロア伯爵家はどうかな。たしか年頃の息子がいたはずだが」
「伯爵家ですか・・・」
「それも不服か。だがフィメール王国のような小国の公爵家よりも、ブロマイン帝国の伯爵家の方が家格は上だと思うがな」
「・・・くっ」
そこへキュベリー公爵の側近が、緊急の用件で庭園に参上すると、公爵の耳元で囁いた。
だがその報告のあまりの内容に、公爵は側近に思わず聞き返してしまった。
「たった数日で、アスター伯爵領の占領地が全て奪われ、騎士団にも多大な被害が出て撤退しただと。そんなバカなことがあるか。何かの間違いでは」
だが側近が情報に間違いはない旨伝えると、キュベリー公爵の表情は真っ青になった。それを見た皇帝は興味を覚えて、
「どうしたんだ公爵、真っ青な顔をして。何か面白いことでもあったのか」
「いえ、皇帝陛下にお聞かせできるような話ではありませんので」
「ほう。隠されると聞きたくなるのが人のさがというもの。包み隠さず申すがよい、これは命令だ」
「うっ・・・わかりました。実は最近、アスター伯爵領を手に入れようと色々と算段をしていたのですが、私が帝国に来ている間に白紙に戻ってしまいました」
「ほう・・・それはなぜだ」
「報告によると、ローレシア・アスター侯爵が騎士団を率いて我が軍を退けたようです」
「ローレシア・アスター侯爵と言えば、あの魔法王国ソーサルーラの大聖女だったはず。それがなぜ騎士団を率いてそなたの騎士団と戦うのだ」
「彼女はもともとアスター伯爵家の長女で、実家から縁を切られて死んだと思われていたら、いつの間にかソーサルーラで大聖女になっていた女です。少し理由あって、私が彼女をソーサルーラからフィメール王国に戻るよう仕向けたのですが、私が次女の嫁ぎ先を探しているわずかな間に、自分と縁を切った憎むべき実家を、何故か救ったようです」
「なんだそれは・・・フハハハハ!」
「皇帝陛下・・・」
「そなたを出し抜くとは、なかなかやるではないか、その女。ローレシア・アスター侯爵か・・・してそれはどのような女なのだ」
「娘のマーガレットよりも一つ年下、まだ小娘です。それにマーガレットと同じ王子の婚約者でしたので、皇帝陛下がお気になさるような女ではありません」
「・・・ほう、何か隠しておるな。公爵があまり言いたそうにない所を見ると、その女には何か秘密があるようだ」
「いえ・・・そんなことは」
「ふむ、余はそのローレシアとやらに興味がわいた。ローレシアを帝国に連れてきたら、そなたの次女の面倒もまとめて我が皇家で見てやらんこともない」
「それは流石に難しいかと。もしローレシアに興味がおありなら、ソーサルーラの国王に直接話されるのがよろしいのでは」
皇帝への謁見を終えたキュベリー公爵は、急ぎフィメール王国への帰国の途についた。
「マーガレットの嫁ぎ先を見つけようと帝国に足を運んだのは完全に間違いだった。あの皇帝がローレシアに関心を持つとは・・・。くそっ、何としても私が先にローレシアを手にいれてやる」
「公爵・・・それよりもフィメール王家からアスター領の件で話を聞きたいと召喚状が来ております。恐らく今回の件、完全に証拠を握られていると思われますが、いかがいたしますか」
「またいつものようにのらりくらりとかわせばよい。今はまだ事を荒立てる時期ではない。国王に対してはとにかく時間をかせぐのだ。早く、フィメール王国へ戻るぞ」
「ハッ!」
王国に戻ったローレシアは、ソーサルーラ国王との話し合いの結果を報告するため、アルフレッド王子の執務室にいた。
「国王からは万が一のことを考えて、フィメール王家に領地を譲り渡すのを待つように言われました」
「父上を暗殺または懐柔される可能性か・・・流石にそのまま父上に話すわけにはいかないから、別の理由を作ろう。ここは素直に、ローレシアが家督をついだからキュベリー公爵に譲歩することはなくなる。逆にローレシアを通して、ソーサルーラの騎士団が援軍として見込めるから領地の接収は待つように、としておこう」
「そうですね。今はその理由でアスター領の接収はやめてもらいましょう。そして公爵の件が落ち着いたら改めてその話を進めるということで」
「わかった。僕は早速父上にこの話をして、王国騎士団への命令を変更してもらう。キミはどうするんだ」
「わたくしはキュベリー公爵に対して、レイス子爵領からの騎士団の即時撤退を要求します。公爵と話し合いの場を持ちたいと考えているのですが」
「そうか。だが、どうやら公爵はここしばらく王都にはいないらしいんだ。王家の召喚命令も無視しているので父上がカンカンに怒っているのだが、貴族院も欠席していて、誰も公爵の居場所がわからないようなんだ」
「王都にいない・・・。でも公爵と話し合わないことには、いつ戦闘状態に陥るかわかりませんし、できれば無駄な血は流したくありません。一応わたくしからも公爵に会見を申し込んでおきますので、公爵が姿を見せるまで、しばらく王城で待つことにします」
「アスター領に戻らないのなら、これから父上の所に一緒に来てくれないか。キミがいた方が話は早い」
「承知しました」
ローレシアはアルフレッド王子とともに国王のいる王城本殿に向かった。王子のいる宮殿とは建物が分かれており、両方の建物をつなぐ渡り廊下に差し掛かった時、反対側からこちらに歩いてくる一団が近づいてきた。
「あら、あなたはローレシア様ではございませんか」
「マーガレット様・・・」
ローレシアの前を、キュベリー公爵家の次女・マーガレットが取り巻き令嬢とともに立ちふさがった。
次回、公爵令嬢vs侯爵令嬢
お楽しみに




