第65話 王女はどこで感染したのか
「まあ、やっぱりローレシア様でしたのね。わたくしの病を治療するために遠いところをお越しいただき、とても感謝しております」
「レスフィーア姫、病を治すのがわたくしの仕事ですので、感謝の言葉など不要です」
「いいえ、どうか感謝させてくださいませ。そう言えば異国で重い病を治療されて大聖女になられたとお聞きしましたが、だからそのような修道服を着ておられるのですね。本当にご立派です」
「いえ、わたくしは立派なことなど何一つ・・・」
「実はわたくし、ずっとローレシアと仲良くさせていただきたいと思っていたのです。こうしてお話しができるのもこの病気のおかげ。いいこともあるのですね」
「れ、レスフィーア姫はしばらく安静にする必要がございますので、メイドたちの指示にしたがってくださいませ。わたくしはこれで失礼させていただきます」
「あ、待ってくださいローレシア様! もう少しだけお話を!」
だがローレシアはレスフィーア姫から逃げるように部屋を去ってしまった。そんな彼女を追って、アルフレッド王子が駆け寄る。
「ローレシア、本当にありがとう。キミは妹の命の恩人だ」
「だから、わたくしに礼を言う必要はございません」
「ローレシア?」
「今だから申し上げますが、本当はフィメール王国になど来たくなくて、最初この話を断るつもりでした」
「・・・・・」
「でもアルフレッド、あなたがこの話を先に断って、わたくしの気持ちが揺らいだ時にナツが一緒に頑張ろうって励ましてくれたから、なんとか勇気を振り絞ってここに来れたのです。さっき国王に話しかけられてパニックになっていたわたくしを助けてくれたのもナツですし、王女を実際に治療したのもナツです。だから、わたくしにお礼を言われても困るのです。お礼ならナツに言ってあげてくださいませ」
「ローレシア・・・それを気にして、レスフィーアにさっきのような態度を」
「もういいでしょ・・・わたくしなどのことよりも、レスフィーア姫の方に行ってあげてください。その方が早く回復すると思います」
「ローレシア・・・」
それだけ言って踵を返して去っていくローレシアの背中に向けて、アルフレッドは彼女に聞こえるように叫んだ。
「それでもこの国に来る決断をしたのはキミなんだ。僕はキミへの恩は決して忘れないよ」
ローレシアは先ほどの応接室に戻ると、ソファーにぐったりと腰かけた。それをアンリエット、ジャン、そしてウォーレン伯爵が心配そうに見ている。
(ローレシア、やっぱり身体の操作は俺が代わろう。レスフィーアとの会話だけだからと思ったが、やはりキミにはまだ無理のようだ。それに少し気になることもあるし、しばらく俺に身体の操作を任せてくれ)
(何度もごめんなさい。しばらくお願いします)
【チェンジ】
「ローレシアお嬢様、先ほどから浮かない表情をされておりますが、何か心配事でも」
「アンリエット・・・レスフィーア姫の回復は喜ばしいとは思うのですが、実はわたくしどうにも腑に落ちない点があるのです」
「腑に落ちない・・・といいますと?」
「姫がどこでエール病に感染したかということです。この別荘に来たときから感じていた違和感はまさにそこなのですが、この高原の別荘はとても快適で清潔、おそらく病気を媒介するようなネズミなど見つからないでしょう」
「確かに・・・ここはボノ村やソーサルーラの下町とは全く違う。エール病が流行るような場所じゃない」
「そうなのです。それに姫があれほどの重症ならば、姫に病気をうつした方は先に亡くなられているはず。きっとこの別荘の周辺にそのような方がいるはずですが、ウォーレン伯爵は何かお聞きでしょうか」
「うむ・・・。姫から病気をうつされたメイドや使用人は何人かいて、騒ぎにならないように密かに別室に移されているとは聞いていますが、それ以外は何も聞いていません。姫もどこで病気にかかったのか何もおっしゃれてませんし、私からはなんとも・・・」
「それも変な話ですね・・・」
(ローレシア、少しだけ教えてくれ。レスフィーア姫ってどんな子なんだ。性格とか趣味とか)
(幼馴染と言っても、彼女とそれほど親しかったわけではございませんが・・・好奇心が旺盛で異国の珍しいものを見たり聞いたりするのが好きでしたわね)
(異国の珍しいものか・・・ありがとうローレシア)
「ウォーレン伯爵。最近わたくし以外の外国人が王家に訪問されたことはございましたか? 特にレスフィーア姫への謁見のあった者は」
「いいえ、姫が病に罹った時期に外国からの訪問者は誰もいませんでした」
「公式訪問でなくても姫に会われた異国の方がいれば教えてほしいのですが」
「私が把握している中では存じ上げません。そもそもレスフィーア姫は少し自由奔放といいますか、王宮の役人に内緒で出歩かれることもしばしあります。その時に異国の者と接触していれば、我々が把握することはできません」
「うーん、それだと姫の感染源を突き止めるために、本人から聞き取り調査をして当時の姫の足取りを追いかけていく必要があります。感染源をハッキリさせませんと、そこからエール病が再拡大する恐れがございますので」
「うむ・・・・。姫の病が治った代わりにフィメール王国全体に病が蔓延しましたでは、王家は一体何をしているのかと謗りを受けることになりかねない。でもローレシア様はひょっとして、そこまでご協力いただけるおつもりなのでしょうか」
「もちろんです。ご依頼は姫の治療でしたが、こんなこと、さすがに放っておけるものでもないでしょう。感染源を見つけてエール病を制圧いたしましょう」
「何から何まで本当にありがとうございます・・・」
その後、別荘内に隔離されているメイドたちの治療を行い別荘地にいる患者は全て完治させ、姫の足取り調査については明日から開始することにした。
姫の感染源が見つかったとして、そこからエール病対策にどれだけ時間がかかるか分からなかったため、俺たちはしばらくこの別荘に滞在することにし、それぞれ客間を借りることにした。ただアンリエットの強い希望で、俺たちは少し広目の部屋に二人で泊まることになった。
客間で少し落ち着いた後、俺はアンリエットにドレスに着替えさせてもらい、国王との晩餐会に臨む。
俺は断ったのだが、国王がどうしても感謝の意を伝えたいと、結局押しきられてしまったのだ。
(食事のマナーやフィメール王国の知識に全く自信が無いけど、まあ何とか頑張ってみるよ)
(本当に申し訳ございません。なるべくフォローは致しますが、ナツには負担をおかけします)
(まあ、いいってことよ)
晩餐会といっても、国王夫妻とアルフレッド王子、俺の4人だけでテーブルを囲み、国王夫妻の後ろにはウォーレン伯爵やその他護衛の騎手や執事が、俺の後ろにはアンリエットとジャンが立っているだけだ。
テーブルには豪華な料理が次々と運ばれ、晩餐会が始まるとすぐに国王からお礼の言葉があった。
「別荘なので大した振る舞いはできないが、せめてもの感謝の気持ちだ。存分に料理を楽しんで欲しい」
「はい、ありがとう存じます」
「さて順番が逆になってしまったが、ローレシアにはずっと謝らなければならないと思っていたのだ。我が息子エリオットのことだよ。アイツは愚かにもそなたとの婚約を破棄して、キュベリー公爵の次女マーガレットと婚約を結んでしまった。どうか許してほしい」
そう言うと、国王がいきなり俺に頭を下げてきた。
「そ、それは」
そんなこと言われたって、俺は本人じゃないんだから許すも許さないも答えられないよ。ローレシアにどう返答するか尋ねようとすると、
「まあ、いきなり許せと言われても、そなたが戸惑うのも無理はない。今日はそなたたちがソーサルーラでどのような生活を送っているのか聞かせて欲しい」
「それならば」
俺は支障の無い範囲でソーサルーラでの生活、特にアスター侯爵家が設立されたり、各国要人の治療を行う親善大使をしていること、魔法アカデミーで学生生活を送っていることを話した。
「そうか。ローレシアはソーサルーラで楽しく暮らしているのだな」
「はい。周囲の方々にも恵まれて何不自由ない生活を送っております」
「ふむ。それではもう一度フィメール王国に戻って、こちらの貴族になるのは難しいのだろうか」
「フィメール王国に戻る・・・ですか?」
いやいや、さすがにそれはないだろう。
俺はローレシアではないが、一方的に追放していながら今度は戻ってこいなんて、国王の話はいくらなんでも虫がよすぎることぐらいは分かる。
エリオットの父親なんだからそもそもお前にも責任があるだろうが。
さすがに俺が国王に断りを入れようとしたその時、晩餐会の間中ずっと黙っていたアルフレッド王子が、突然口を開いた。
「父上、今さら何を言っているのですか! さすがにそれは虫がよすぎます」
次回、国王の後悔
ご期待ください




