第52話 修行の成果
崖はゴツゴツした岩でできていて、足をかけるところは多い。俺は足下に注意しながら、ゆっくりと崖を降りて行く。ロッククライミングのように岩壁にしがみつき、手に汗がにじむ。下を見るのも怖いがたぶん下までまだ30メートル以上はある。
そしてかなり下まで降りて行き、崖の真ん中あたりに差し掛かった頃、うまく降りられなくなってきた。足下の岩がもろくなり、バラバラと砕け始めたのだ。
こ、怖い・・・。
(やっぱり崖を降りるんじゃなかったな。この岩壁、かなりもろくなってるぞ)
(ど、どうするのですかナツ・・・。こんなところから落ちると、下手をすると死んでしまいますわ)
(思ったよりヤバいな、ここで使える魔法・・・わ、ワームホールしか思いつかない。ローレシアは魔法の準備を)
(承知いたしましたが、わたくしたちのワームホールではそんな遠くへは飛べませんが・・・)
俺は腰に差してあった闇魔法の杖を左手で握ると、岩壁にしがみついたまま呪文を詠唱した。ローレシアが言うように、俺がワームホールで転移できる距離はたった10メートルほど。一方、今いる場所は崖のちょうど真ん中付近。上にも下にも全く距離が届かない。
しかたなく、ワームホールで地面に届く高さまで、少しずつ崖を降りていく。右手だけで岩をつかんで、そーっと下へ足を下ろす。俺は足下に神経を集中し、ローレシアは魔法のイメージ維持に神経を集中する。こういう時は、二人で一人のこの身体は便利だよな。この状況でどっちも集中するなんて、普通の人間には絶対に無理。恐ろしすぎる。
そしてようやく詠唱が終わり俺の周りに闇の球体が出現し始めるが、地面にはまだ遠い。もう少し降りなければ。
しかしついに、俺の足下の岩が崩れ始める。両足が宙ぶらりんになって右手一本で岩をつかむ。だがそれだけでは自分の体重は支えきれず、手が汗で滑って、俺は崖を滑り落ちてしまった。
くそっ!
【わ、ワームホールっ!!】
落下する俺の身体を闇の球体が包み込み、空間転移を始めた。そして気が付くと、俺は崖下の地面にお尻から座り込んでいた。
「痛ったあああ!」
俺はどうやらお尻を強打したようで、あまりの痛さに地面を転がって悶絶した。
ぐわぁぁぁ!
【キュ、キュア~!】
地面をもんどりうちながら放ったキュアが俺のお尻に癒しを与える。痛みが急速に消えて、ようやく俺に安らぎが訪れた。
「ふう・・・助かった」
一息ついて、地面に転がりながらいま何が起こったのかを考えてみる。俺は落下を開始してからワームホールを発動させた。転移が始まるわずかな時間、俺は空中を落下しており、その落下速度をもったままこの地表へとワープした。そして勢い余ってお尻から地面に行ってしまった。考察終了。
(よし、進むぞ!)
(た、立ち直りが早いですわね・・・でもいい加減にしてください! 女の子の腰はとてもデリケートなのだから、もう無茶な着地はやめてください、ナツ)
(悪かったよ。そんなに怒るなよローレシア)
(もうっ! ・・・これ運が悪かったらわたくしたち本当に死んでましたわよ。ワームホールだって全然地表まで届く距離じゃなかったし、運がよかっただけですからねっ!)
(本当にすまん、ローレ・・・ちょっと待って・・・まずい、何かが来る!)
俺は地面に寝転がったまま、あたりのようすを確認する。低く唸るような複数の声・・・魔獣だ。
(ローレシア、魔獣だ。ひとまず逃げるから、魔法の準備を頼む。アンチヒールだ)
俺はそーっと立ち上がると、唸り声と反対の方向へ走り出した。目的地の方向からずれてしまうが、今は仕方がない。
全力で走る、走る、走る。
しかし唸り声は遠くならず、逆にこちらに近付いてくる。だが魔法の詠唱が終わると、俺は振り向き様に魔法を叩き込んでやった。
【アンチヒール!】
俺の後ろから迫っていたのは、巨大なヤギのような魔獣だった。それが3頭も俺のすぐ近くまで接近していたのだ。
しかしアンチヒールが発動し敵の体力を奪い取る。
巨大なヤギの身体から白いオーラが遊離していき、上空の魔方陣へと吸い込まれていく。そしてオーラが尽きた時、3頭とも地面に伏して動かなくなった。
(よし、勝った!)
(そ、そうですね。でもいきなり魔獣が襲ってきて、本当にビックリいたしました)
(ああ、ショートカットコースは警告通り危険だな。だけど俺たちの魔力は以前より随分増えているから、あれほど巨大なヤギ3頭もアンチヒール1発で仕留めることができた。それがわかっただけでも大きいよ)
(そうですね。わたくしたちも、少しずつ強くなっているのですね)
(そういうことだ)
それからも次々に魔獣が襲ってきたが、ことごとく蹴散らして俺たちは進んでいく。そしてかなり標高が下がってきた所で地面に草木が生えてきた。たぶん、隣のエリアに入ったのだろう。
④洞窟のチェックポイントは山岳地帯の巨大洞窟の中にあるのだが、同じ山岳地帯でもここは木々が生い茂げる山林が主体だ。さっきまで岩だらけで乾燥していたのに、ここは土の地面に植物が生えていて湿気で潤っている。
出没する魔獣もさっきより小型になったが、その分群れを成す狼のようなものが増えてきた。今対峙しているこの魔獣たちもクールンの森で散々相手してきたタイプであり、攻略方法は熟知している。
(ローレシア、このフォレストウォルフは確か弱点が火属性だったな。アンリエットがファイアーで蹴散らしていたし)
(遠足のしおりにも書かれてましたので、それで間違いありません)
(まさかローレシアは、あんな分厚い遠足のしおりを読破したのか!)
(普通は全部読むでしょう。ところでナツは、あれを試すのですか)
(ああ、使ってみるよ。魔剣シルバーブレイドを)
俺は腰から魔剣を抜くと、剣に火属性の魔力を送り込む。イメージは炎だ。灼熱の炎の熱が乗り移ったかのように、魔剣シルバーブレイドが赤く輝きだす。
俺は魔剣をコンパクトに構えると、フォレストウォルフの群れに飛び込み先頭の一匹を斬り捨てた。
「うわおぉぉぉん!」
断末魔とともに、フォレストウォルフは炎に包まれて息絶えた。俺はそのままの勢いで二匹目を仕留めると、左右から襲ってくる個体を紙一重でよけつつ、三匹、四匹と魔剣を当てて、一撃で仕留めていく。
(ナツ、凄い!)
(確かに・・・もともと体力の小さい魔獣だったが、軽く剣を当てただけで簡単に仕留められる)
そして戦いは終わり、地面には10匹のフォレストウォルフの燃えかすが転がっていた。
たぶん俺たちの魔力が大きいこともあるだろうが、この魔剣は詠唱不要で魔法攻撃ができる優れモノだ。こいつはかなり使えるぞ!
そして山林の中を先へ急ぎ、もうすぐ正規ルートに合流するかという地点で一人の女子生徒を見つけた。とても不安そうな顔をしながら、キョロキョロ辺りを見渡している。何かを探しているのか?
俺がここにいることに全く気がついてないその女子生徒は、豪奢な金髪に見事な縦ロールをセットした、「姫様」という雰囲気の少女だった。青のマントから水属性クラスだとわかるが、俺の知らない女の子だ。
そんな彼女に俺は話しかけてみる。
「あの~、あなたは水属性クラスの方とお見受けいたしますが、何かお困りでしょうか」
すると少女は一瞬ビクッと驚いたが、俺に気がつくと慌ててこちらに駆け寄ってきた。そして恥ずかしそうにモジモジしながら話しかける。
「あなた様は、闇属性クラスのローレシア様とお見受けいたします。わたくし水属性クラスのカトリーヌ・ド・ブリエと申す者でございますが、折り入って相談したいことがございます」
このものすごく丁寧なしゃべり方、こいつは絶対にローレシアのお仲間に違いない。だからまあ悪いヤツではなさそうだ。
「わたくしでよければ、何なりとお申し付けくださいませ」
「ありがとう存じます。実は大変申し上げにくいことなのですが・・・お、お花摘みをご一緒させていただけないかと」
「お、お花摘みでございますかっ!」
「そ、そんなに大きな声を出さないで下さい。周りに聞こえてしまいます」
「も、申し訳けございません。ですが、お花摘みとは大変難しいお願い事でございますね」
「そうなのですっ。わたくしいつも侍女の方々に世話をしていただいているのですが、この遠足では一人で行動をしなければなりません。従って最大の問題がお花摘みなのでございます」
確かにこれは大問題だ。
ローレシアもそうだが、高位貴族は一人で用を足すことができない。それはこの遠足という競技において致命的に不利な状況なのだ。
だがそんなことは言ってられない。
「ローレシア様ならきっとわたくしと同じ問題をお抱えになられているものと存じますが、わたくしは一体どうすればよいのか、お知恵を頂けないでしょうか」
「わかりました。わたくしにお任せください」
「まあっ、本当ですか! 大変助かりますっ!」
(ナツ! そんな安請け合いしても知りませんよ!)
(大丈夫だローレシア。我に秘策あり!)
次回、ナツのアホな秘策が明らかに




