第15話 アンリエットとのショッピングデート
アンリエットを師匠と仰ぎ、俺たちは連日クエストに挑んでいた。アンリエットは俺の能力を正確に把握していて、その段階で最も効果的なクエストを選んでくれる。そのお陰で俺はどんどん強くなっていった。
そしてさらに2週間がたち、3度目のレベル判定の日になった。俺がいつものように水晶に手をかざすと前回以上に光輝き、受付嬢さんも驚きに目を見張っていた。口をパクパクさせながら、
「ローラの勇者レベルが一気に30に到達したわね。こんな短期間で凄い・・・」
「レベル30になるとどうなるんですか?」
「ギルドとしては、これ以上クエストの制限をかける必要を認めないということ」
「つまり?」
「ギルドが認める正真正銘の勇者になったということよ。おめでとうローラさん」
「やりましたわ!」
「おめでとうございます、お嬢様!」
俺とアンリエットが跳び跳ねて喜んだ。
「ただし」
え、ただし?
「これでようやく勇者としての出発点に立っただけ」
「それってどういうことですか?」
「ギルドのレベルはあくまでクエストに制限をかけるためのもの。レベルは30でMAXだけど、それは未熟さ故に特別な制限をかける必要がなくなったということなのよ。つまりここからが勇者への真の出発点」
「なるほど、そういうことでしたのね」
「ええ。そしてこれからも修行を怠らず、最強への道を邁進してくださいね」
「さ、最強への道っ!」
「そうよ。せっかく勇者として生を受けたのだから、女性と言えども最強への道は開かれてるの。むしろ女性はローラみたいに聖女も兼ねる場合があるので、女勇者こそが真の最強になる資格があるのよ」
「女勇者こそが真の最強・・・」
「そう! そして男なんか滅多打ちにして、女こそが最強だということを世界の男どもに知らしめて! 絶対に応援するから、ローラ頑張ってねっ!」
そう言った受付嬢さんの目には熱い情念が灯っていた。彼女の過去に何かあったんだろうか・・・。
ちなみに今日のクエストを終えた時点で、俺はランクB、アンリエットはランクAの冒険者となった。最強どころか、アンリエットへの道もまだまだ遠い。
ギルドからの帰り道、アンリエットが俺に向き直って真剣な顔で提案をする。
「さて、ローレシアお嬢様」
「なんでしょうか、アンリエット」
「そろそろこの街を出発する必要があります」
「え、もう次の街へ旅立つのですか」
「はい。少し派手に活動しすぎたようで、私たちの噂が街に流れ始めています」
「はっ! ・・・つまり例の暗殺者が」
「それもありますし、お嬢様に死んでほしい敵対貴族が他にもいるかもしれません。でもその代りに予定よりもかなり早く逃亡資金が集まりましたので、もうこの王国から脱出してしまいましょう」
「わかりました。逃亡についてはアンリエットに一任しますので、あなたが一番いいと思う方法でお願いします」
「はい、任されました。それではまず、逃亡のための準備を致しますので、これから街に買い物に行きましょう」
俺はアンリエットと街の商店街を歩いている。
そこでふと気がついた。よく考えてみると俺は、女子と二人でショッピングをするなんて生まれて初めてかもしれない。しかもその相手が、俺の理想のタイプのアンリエットなのだ。
ドキッ、ドキッ!
ダメだ。いつも同じ部屋に住んでいるはずなのに、デートを意識してしまうとなぜか緊張を押さえることができない。
(ナツっ! アンリエットに変な気を起こすのはやめてください)
(すまんローレシア・・・だけど、変に意識してしまって、心のドキドキがとまらなくなってしまった)
(あなたひょっとして、本気でアンリエットのことが好きなのですか?)
(ローレシアが思っているような気持ちなのか、正直俺にもわからない。俺は向こうの世界では女子と二人で買い物に行ったこともなかったし、この状況に慣れていないだけかもしれない)
(アンリエットとは宿の部屋でいつも一緒でしょ?)
(そのとおりなんだけど、同居は修道院からの逃亡以来ずっとそうなので、いつの間にか受け入れてしまったのかも知れない。でもすまん、俺はこんなデートっぽい状況には慣れていないんだ)
(向こうの世界では、ナツに婚約者はいなかったのですか?)
(婚約者はもちろん、好きな女の子もいなかったよ。俺はスポーツが好きで身体を鍛えることには詳しいんだが、恋愛は全くと言っていいほど経験がないんだ)
(そうですか・・・ナツは女性に対してはそういう感じの人だったのですね。事情はわかりました。仕方ありませんので、ドキドキすることを許可します)
(逆に許可しないと言われても、俺には心臓をどうすることもできないが、でもありがとうローレシア)
(それでは早く買い物を済ませなさい、ナツ)
少し突き放した感じで俺に命じるローレシアだが、なぜか好意的な感情が俺に伝わってきた。
ローレシアの許しを得た俺は、アンリエットに連れられてとある服飾店に入っていった。
「ローレシアお嬢様。これから季節は夏に向かいます。修道服は暑くて蒸れますので、涼しいワンピースを買っておきましょう」
「まあ・・・ワンピースですか。わたくしはちょっとワンピースは苦手・・・いえ、そのような高価なものを購入するのは無駄遣いになるのではないの」
「お嬢様はお金の心配をしなくても大丈夫です。私はこの街にいる間に6000ギルほど資金を稼ぎました。これだけあれば、当分はお金に不自由することはないでしょう」
「ろ、6000ギルも! いつの間に」
「お嬢様が訓練されている間に、なるべく高額なクエストを受けて、賞金を稼いでおりました」
アンリエットは甲斐性がありすぎる美少女である。
だが俺はお金の心配をしているのではなく、ワンピースを着たくないだけなのだ。だからお金を理由にやんわりとお断りをしようと思ったのだが、アンリエットにはそれが伝わらなかった。
修道服はまだギリギリ許せる。だがひらひらしたかわいいワンピースを来て人前に出てしまったら、きっと俺の心は折れるだろう。
「アンリエット、わたくしはワンピースではなく、あなたとお揃いの騎士用の防具が着たいのです。ダメですか?」
防具なら女性用でも見た目はほとんど男性用と同じであり、俺はなんの抵抗もなく着ることができる。
「お嬢様とお揃いの防具ですか! それも素敵だとは思いますが、これから夏に入りますので防具では修道服よりもさらに暑くて蒸れます。この先お風呂に入れない状況になっても困らないように、できるだけ汗をかかない服装、つまりお揃いのワンピースを用意しておいた方がいいと思います」
アンリエットが目を輝かせて俺を見つめている。どうやらアンリエットは俺とお揃いのワンピースが着たいようだ。アンリエットの期待に満ちた顔を見てると、俺はワンピースが着たくないなんて、口が裂けても言えなくなった。
「・・・そ、そういうことなら仕方がありませんね。わたくしたちのワンピースを買いましょう」
「はいっ! お嬢様にピッタリの素敵なワンピースを選んで差し上げますっ!」
ノリノリのアンリエットだった。
俺たちは結局、お揃いのデザインのワンピースを2着ずつ購入した。俺は白とピンク、アンリエットは水色と黄色だ。
そして店で試着したワンピースをそのまま着て帰ることになった。俺は白、アンリエットは水色を着ている。
ローレシアがもう一度確認したいと言うので、俺は鏡に映った自分の姿を見る。そこには膝丈のワンピースの下に薄手のソックスをはいていて、両手も薄手の白い手袋をしているローレシアがいた。胸にはいつものロザリオをつけて、どっからどうみても完全無欠なお嬢様であった。
(このワンピース、なかなか素敵ね)
(さすがローレシア、メチャクチャかわいいよ)
(ありがとう。わたくしこの服がとても気に入りました。あの修道服よりも涼しいし、これからはなるべくこの服で過ごしましょう)
(えぇぇ・・・)
確かにかわいいのだが、俺は男なのでこの服を着るのは嫌だ。この鏡に映った美少女が自分の姿でなければどんなによかったことか・・・。
「お嬢様、とても素敵です」
振り向くとアンリエットも色ちがいの同じ服装をしている。胸にロザリオはないものの、その代わりにローレシアにはない大きな胸があった。
緑のポニーテールが特徴の、まさに俺の理想のタイプの美少女がそこにいた。
か、かわいいっ!
「アンリエットもとても素敵ですね」
「ありがとうございます。私たちお揃いですね」
「お揃い・・・」
アンリエットとペアルック・・・。
これはもう完全にカップルだよな・・・俺もかわいいワンピースを着ているという一点を除けば。
ガクッ・・・。
「でもアンリエット。ワンピースだとわたくしの姿が丸見えになり、暗殺者に居場所が知られてしまうかもしれません。せめてベールだけでもした方が」
「ご心配には及びません。これから私たちは認識阻害の魔術具を常に携行することに致します」
「認識阻害の魔術具?」
「はい。これを持っていると、私たち以外からは私たちの姿が正確に認識できなくなります」
「そんな便利な魔術具があるのなら、これまでにも使っていればよかったのではないですか」
「この魔術具は外出時に常時魔力を使い続ける必要があるため、私たちの潜伏期間がどれだけ続くか分からない状況で作戦に組み入れること自体無謀でした」
「魔力を使い続けるのは確かに大変ね」
「でもお嬢様の魔力が膨大だと判明致しましたので、国外脱出の際はこの魔術具を使用することに致しました。それでお願いなのですが、もしよろしければ私の魔術具への魔力供給もお嬢様にお願いできないでしょうか」
「それはもちろんです。わたくし一人だけ認識阻害してもアンリエットが側にいたらバレてしまいますよね。それにそんな申し訳なさそうに頼まなくても、アンリエットのためならわたくしの魔力などいくらでも差し上げます。いつもわたくしの世話をしてくれているアンリエットへ、やっと恩返しができます」
「お嬢様・・・主君にこんなに大切にしてもらえて、私は世界一幸せな侍女です」
ローレシアもアンリエットもこのワンピースをすごく気に入った様子で、この服を着て過ごすことは最早決定事項のようだ。
俺的には絶望的な状況ではあるが、認識阻害の魔術具さえしておけば、俺が人前でワンピース姿を晒したことにはならないはずだ。
俺のプライドはギリギリ保たれる・・・よね?
次回急展開です




