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14.衛星が無い以上仕方がない

 


 新世界歴1年1月10日 ルクレール王国 首都ルクレシア 大統領府


「で?彼等は何と言ってきているんだ?」


 ルクレール王国の首都ルクレシアは約半世紀前に造られた人工的な都市である。

 昔から存在する歴史ある都市では無いので、建物や道路は整然と整備され、首都機能しか必要無いので住民は最低限しか住んで居ない。

 そんなルクレール王国首脳部で話題になっているのは数日前に自国領空に侵入した既存の国では無い航空機に関する事であった。


「スフィアナ語が通じましたので尋問したところ彼等の世界で我々がいる位置には別の国が有り、その国だと判断して来たそうです。」


 大統領の質問に国防大臣が答える。

 国によっては尋問とは拷問を含む場合もあるのだが、この国は立憲君主制の民主主義国家なので、通常の不法入国者に対する質問になる。


「その国・・・ニホンと言ったかな?とはどれ程の距離だ?航空機で来れるのだからそこまで離れてないと思うが。」

「彼等が出発したタイワン?の飛行場からは約5000km程だそうです。」

「ならばその国が電波情報部が傍受していた発信元か?」

「恐らく・・・」


 取り敢えず早急な危険性は無いかな?と思う大統領だが、軍の警戒レベルは維持させる事を伝えた。


「5000kmか、交渉出来るなら貿易相手として使えるかな?」

「食糧や資源などは我が国だけで自給出来るので問題有りませんが、経済はスフィアナなどの貿易相手が消失した事で危機的状況ですよ。」

「取り敢えず株式市場は非常事態を理由に閉鎖させましたが、果たして今後はどうしましょうか。」


 今現在のこの国の事情は国民を食わせるだけの食糧は問題無く国内産業を回すだけの資源もあるが経済は大不況な状態であった。


 少なくともこの国は日本がオーストラリアと間違える程の面積を有しており、位置もオーストラリアと同じ場所にある。

 ただ、オーストラリアとは違いその国土の殆どは森林地帯でオーストラリア大陸には無い山脈などもある。

 その為、面積はオーストラリア大陸とほぼ同じだが、人口はオーストラリアの約2600万人より遥かに多い約2億人も居る。


「果たしてニホンという国がどんな国かによって対応は大きく変わるだろうな。」

「失礼します!領空侵犯機と同じ国家に所属すると見られる艦隊を探知、現在海・空軍に対応させています。」


 扉を勢いよく開けて国防省の職員は大統領を含む閣僚達にそう報告した。

 これから何を指示されるか察知した外務大臣は大統領の方へ視線を向けた。


「では、よろしく頼む。」

「分かりました。」


 予想通りの言葉を聞いた外務大臣は仕事だと外務省へと退出して行った。






 新世界歴1年1月10日 日本連邦国 首都東京 総理官邸


「案の定、中南海は動かないか・・・」


 総理官邸会議室にて行われている閣僚会議にて総理大臣は中華人民共和国のプレスリリースやヒューミント機関である公安調査庁からの報告書を読みそう判断した。


「人民解放軍は陸・海・空軍やロケット軍間の派閥争いが酷いのはわかってましたからね。更に言えば当の海軍内でも東海艦隊と南海艦隊で派閥争いがあるそうですから。」

「海軍の失態で自分達の派閥に被害が及ぶ事を嫌がった結果がコレですね。」


 防衛大臣や外務大臣が中華人民共和国のプレスリリースを眺めてそう発言する。

 そのプレスリリースには勇ましい事が記載されてはいるものの、人民解放軍に動きは一切無かった。


「河北空母機動艦隊は切り捨てられましたか・・・」

「我が国やイギリスと衝突する事を嫌がったのでしょう。最も海軍の力を削いでくれてありがとうと考えてる人も居そうですがね。」


 派閥争いと言えばそれまでだが、現場で散っていった兵士達が不憫だなと、散らせた国の首脳陣は憐んでいた。


「ところで例の大陸に関してだが、なんだか面倒な事になったそうじゃ無いか。」

「申し訳ありません。哨戒機が1機強制着陸されました。」


 そう言って防衛大臣は申し訳なさそうに通信が途切れる寸前に哨戒機が送ってきた画像を見せる。

 防衛大臣が例の大陸がオーストラリア大陸の可能性が高いと判断した為、哨戒機を出したのだ。

 それが全く別の大陸で、更に哨戒機とパイロットまで捕らえられたならば防衛大臣の責任問題にまで発展しかねない。


 しかし、そんな防衛大臣に助け舟を出したのは外務大臣であった。


「一応、それらしき国家の情報がスフィアナより寄せられました。国名はルクレール王国、立憲君主制の議会制民主主義国家です。国の地図を見せてもらいましたが、まぁ、オーストラリア大陸そっくりでしたね。もちろん細部は違いますが・・・」


 そう言って外務大臣が全面のディスプレイに表示させた画像にはオーストラリア大陸らしい大陸が映し出されていた。

 恐らく、彼等の前世界で撮られた画像だろうが、これを見たらオーストラリアと間違えるのも頷けると、皆が思った。


「しかし緑が多いな。オーストラリアとは比べ物にならない程自然が豊かそうだ。」

「そのお陰か、人口も約2億人で経済規模も大きく、石油以外の鉱物資源が非常に豊富だそうです。ちなみにスフィアナやスイレンの同盟国だそうで。」


「今外交使節を乗せた艦隊が向かっているんだよな?」

「はい。スフィアナから聞いた程度ですが、少なくとも捕らえられた乗員達の生命は心配しなくて良さそうです。」

「そうか、果たして不幸な行き違いで済ませられるか・・・」


 そう言って総理は外交的障害にならなければ良いのだがな、と誰にも聞こえないレベルで呟いた。

 ちなみに領空侵犯して乗員が捕まっている状態なのに彼等が冷静で居られる理由として、転移当初に自国の首都目の前まで艦隊が現れた事件があるからである。

 スフィアナからの情報でそれらの艦隊が多国籍艦隊である事と、その中にルクレール王国海軍艦艇が含まれている事は既に把握している。

 つまり、そちらの領海侵犯を見逃す代わりにこちらの領空侵犯を見逃せ、という方向で交渉しようとしているのだ。


 外務省としてはその方向性で交渉すれば問題無いと考えているが、実際のところどうなるかはまだ誰にも分からない。







 新世界歴1年1月10日 ハワイ王国 ホノルル 首相官邸


 史実では1893年にアメリカ主導のクーデターによる傀儡政権樹立で滅んだハワイ王国だが、この世界では1881年に日本を訪れた国王が提案した日本とハワイの連邦化を明治政府が一部受け入れた事からアメリカは表立って介入する事は出来ずにクーデターも鎮圧されている。

 この出来事で日本とアメリカの関係は悪化したが、太平洋がアメリカの内海となる事は避けられた。


 そんなハワイ王国だが、現在は立憲君主制を採用し、海軍と空軍を日本に任せてハワイ王国は陸軍とレーダーサイトを運用する防空軍しか有していない。

 最も、その発展具合は史実と何ら変わらずに、太平洋のリゾート地として毎年大勢の観光客が来る国である。


「外務大臣、日本からの返答は?」

「現在、我が国に駐留している海・空軍部隊の戦力移動は無いとの事です。」


 イオラニ宮殿正面のハワイ王国首相官邸で首相は外務大臣の報告を聞き満足そうに頷いた。

 ハワイ王国は経済規模が小さい事もあり、同盟国である日本連邦軍が海軍艦隊と空軍部隊をハワイ王国に駐留させている。

 海軍基地があるのは真珠湾なので、この世界で太平洋戦争が起きなかったのはハワイが独立を保ったのが大きいだろう。

 ちなみにグアムもハワイ王国領なので、この世界のアメリカは太平洋での支配力は史実より弱い。


「そうか・・・在布日軍が動かないなら取り敢えずは問題無いか。」

「はい。日本の南東に新たに出現した国家とも衝突する気配は有りませんが、北中国と衝突したのが少し気掛かりですね。」


 在布日軍が維持されるなら大抵の脅威は排除可能なので彼等は史実日本並みに平和ボケしていた。

 そもそも日本とアメリカの緩衝地帯として維持され、近年では日米は蜜月関係で周辺に脅威が無いとなれば平和ボケするのも当然と言えば当然だが、そもそも今の彼等には安全保障よりも重要視するものがあった。


「日本との距離が変わらないとは言え、ここまで周辺の地理的環境が変われば連邦への加盟は延期か・・・」

「国民投票は済ませて、その結果賛成多数なので加盟は決定事項ですが、日時は延期せざるを得ないかと。」


 残念そうに彼等が話すのはハワイ王国の日本連邦への加盟に関してである。

 そもそも日本とハワイの関係は明治時代以降になってからだが、日本からの多数の移民や観光客などハワイは今や日本に人種的、経済的に支配されたと言っても過言では無い。

 更に海・空軍を日本に任せている現在では安全保障まで日本に頼り切りであり、アメリカもハワイは日本の保護国という認識だった。

 そこで前政権は日本連邦への加盟を提案、日本は国民投票にて賛成多数なら許可すると通知、そこで数年前に国民投票が行われ結果は加盟賛成が多数となった。

 ハワイの経済は日本頼りなので経済界(主に観光業)が支持した結果だろう。

 そして連邦準備委員会が発足し、今年の4月に正式にハワイ王国はハワイ準州として日本連邦に組み込まれる予定だったのだが、このような転移が起きてしまっては延期せざるを得ないだろう。


「まだ暫くはこの国の首相を続投か・・・」

「私も外務大臣を続ける事になりますね。」


 今年4月からは州知事になる筈だった首相と年齢的に老後生活を送る予定だった筈の2人は思わぬ続投に苦笑いするしか無かった。











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