12.アメリカの憂鬱
新世界歴1年1月8日 スフィアナ連邦国 首都レスティナード 首相官邸
「まず初めに、現在国交開設交渉中の日本とイギリスが中華人民共和国と開戦状態に入りました。」
転移後毎日開催されている緊急事態会議において急遽レイラル諸島より戻ってきた外務大臣が開口一番にそう報告した。
レイラル諸島にて現在も続いているスフィアナと日英の国交開設交渉は日英が戦争状態に入った事で一時中断される事になった。
日英としては国土防衛の為の自衛戦争なので一時中断も致し方が無いと言う考えなのだが、スフィアナは違った。
「開戦?中華人民共和国という国は聞いた事無いが、どんな国だ?」
「我が国より西に8000km程の場所にある大陸に位置する国家で、政治は共産党の一党独裁、社会主義を採用し、人口は約7億人の国家です。」
外務大臣の報告に会議出席者達は皆が動揺する。
史実より少ない人口だが7億人という数字は変わらず脅威である事は間違い無かった。
特に中華人民共和国の政治体制が共産主義というだけで、立憲連邦君主制のスフィアナにとっては敵対するには十分な情報であった。
「日本とイギリスが中華人民共和国とか言う共産主義国家と敵対してるならば両国を支援するのも必要では?」
「いやいや、まだ両国の実情も不明な現在は、その考えは早急でしょう!」
「とは言え、領土防衛が事実ならば支援はしなくても両国を支持するのも必要ですね。」
共産主義が嫌い過ぎて国内で共産主義政党を禁止しているのがスフィアナという国家である。
途端に日英との交渉に慎重になるべきとこれまで言っていた議員達がくるっと手のひらを返して日英を支援すべきと言っているのだから、この国の共産主義嫌いが分かるであろう。
流石にアメリカのように「参戦しよう!」なんて言っている議員が居ないのはアメリカとは違う所である。
「とりあえず互いの国の位置関係や彼等の政体、そして我が国の経済的にも敵対するという選択肢は有り得ませんので日英の国土防衛に関する軍事行動を指示しつつ、国交開設交渉、そして経済協定の速やかな締結を目指すという事で宜しいですか?」
「問題無い。」
「我が党として賛成だ。」
「意義無し。」
各党の議席に応じた出席者を認め、通常より素早い判断を行う為の非常事態宣言議会のメリットが遺憾なく発揮され決定されていった。
されでも一切の反対意見が無いのはどちらかと言うとアメリカ的な狂気を感じるが、素早く判断を下さなくてはいけない現在は有効に働いていたのだった。
新世界歴1年1月8日 アメリカ合衆国 首都ワシントンD.C. ホワイトハウス
「日英が北中国と戦争状態か・・・」
自国が戦争状態で更に同盟国も戦争状態に突入という事態に大統領は頭を抱えた。
「とは言え、日英の目的は新海島?とか言う島の防衛、中国共産党政府も日英と敵対したくないという思いが少しでもあるならば過激な声明を出してお茶を濁すという事もあり得ますね。」
頭を抱える大統領にそう告げたのは国防長官である。
隣で経った今入室してきた国務長官も話をじっと聞いている。
中国人民解放海軍の戦力は史実と比べても非常に小さい。
マトモな戦力は経った2個の空母機動艦隊だけで、それも青島と海南島に分散して配備されている。
例え、史実の海上自衛隊だけの戦力であっても容易に粉砕できるだろう。
「それもそうか・・・ところでヨーロッパの方で特に何か動きは?」
「ドイツ、フランス、ベネルクス三国がトロント協定を離脱しようとする動きを見せてますが・・・まぁ、離れ過ぎましたし、繋がりが完全に切れる訳では無いので、まぁ許容範囲ですかね?」
「北欧は無くなったのか・・・南欧などは?」
「イタリアとスペインは同盟を結んで独自路線ですね、我が国にもオブザーバーでの参加を打診してますので、これまでと関係は変わらないかと・・・」
次の質問に入室してきた国務長官が答えた。
全ての報告を書き終えた大統領は改めて頭を抱えたが、欧州の纏め役のイギリスが居なくなった時点で欧州が荒れるのは容易に想像が付いたであろう。
そもそもヨーロッパは纏まっていた期間の何十倍も争っていた期間の方が長いのだ、歴史を考えれば互いに分裂している今の状態が正常とも言える。
「まぁ、手駒があるだけマシか・・・」
大統領はそう言って自分を納得させる事にした。
新世界歴1年1月8日 アメリカ合衆国 フロリダ州南部南エバーグレーズ
120mm滑腔砲と125mmライフル砲の轟音がホームステッド南部の荒野に響き渡る。
120mm滑腔砲を搭載している『M1A2.エイブラムス』と125mmライフル砲を搭載しているレムリアの戦車である『クフィル』の戦車戦である。
ステート・ハイウェイを破壊され進軍通路を失ったレムリア帝国軍はUS,Rte 1と呼ばれるサウス・ディクシー・ハイウェイからの進軍に切り替えていた。
そして、ようやく2個戦車師団が集結したところで進軍、こうして現在アメリカ合衆国軍との戦闘になっているのだ。
レムリアの主力戦車である『クフィル』は地球で言えば初期型の『T-72』相当の戦車なので更に新しい『M1A2』が優位かと思われたが、戦車と言うのは電子機器やC4Iと言った情報処理システムを除けば冷戦時から殆ど進歩していない。
特に『M1.エイブラムス』など初期型の採用は1980年代であり、そこから中身こそ新しくなれど、戦車としての性能で変わったのは105mmライフル砲から120mm滑腔砲に変更しただけである。
と言ってもFCSの進歩などもあるのでキルレシオに関しては『M1A2』が1輌に対し『クフィル』が3輌程である。
『陸軍前線司令部本部より連絡、3個師団規模の敵増援戦力を確認。よって前線をサウスウェスト 8th ストリートまで後退する。各自移動用意。』
現状、2個機甲旅団戦闘団の戦車戦力180輌と敵2個機甲師団の戦車戦力500輌で戦闘し一進一退の攻防を続けている。
しかし更に3個師団分の戦力が敵側に加わったのなら味方部隊は持たないと司令部は判断したのだ。
ちなみに司令部はマイアミ都市圏の避難が完了したと判断し、フロリダ州南部のオキーチョビー湖を防衛ラインとして8個師団を展開しているので彼等3個機甲旅団戦闘団は足止めの戦力でしか無い。
地上の戦闘はレムリア軍が優勢であったが、空では合衆国空軍の物量により少なくともフロリダ州は制空権を確保していた。
何せ南北戦争以来の国土の失陥の可能性である。
フロリダ空軍州兵はもちろんの事、隣接するジョージアとアラバマの空軍州兵も総動員して数百機の戦闘機を出撃させていた。
ちなみにフロリダ州・ジョージア州・アラバマ州、3つの州の空軍州兵だけで質はともかく数は日本の空軍戦力を上回る程の戦力である。
50分の3の戦力だけで世界有数の国の空軍力を超えるのだからアメリカと言うのは馬鹿げた軍事力を持つ国である。
そしてそんな国と戦争する事になったレムリアだが、意外にもフロリダ州以南の自国の制空権は確保していた。
というのもアメリカ軍がアメリカ軍ならレムリア軍もレムリア軍で、直ぐに自国の戦闘機よりも高性能と判断したレムリアは1000機を超える戦闘機を出撃させてきたのである。
しかも初期型の『F-16A』や『F-15A』と同等レベルの戦闘機である。
それを知ったアメリカ空軍も『F-22』や『F-35』を出撃させるなど、正に現代のバトル・オブ・ブリテンに相応しい状態となっていたのであった。
新世界歴1年1月8日 カナダ 首都オタワ 首相官邸
「コレってウチが部隊派遣する必要性ある?」
国防大臣からの『部隊派遣に関する報告書』を受け取った首相は現在のフロリダ州南部の戦況を聞き、そう呟いた。
アメリカと共にNORAD(北アメリカ航空宇宙防衛司令部)を組織しているカナダはレムリア軍のフロリダ侵攻と同時にアメリカ共に参戦しているからである。
「その件に関しては私達としても非常に疑問ですが、重要なのは我が軍がどれだけの戦果を上げた事では無く、同盟国であるアメリカの要請に応え軍隊を派遣した事が大事ですので問題ありません。」
アメリカも我が軍の戦力は当てにしてないでしょうから、と隣にいた外務大臣は付け足した。
「まぁ、それはそうだが・・・」
不満そうにそう言いながらもちゃんと軍派遣の書類に署名するのはアメリカと運命共同体にある事のデメリットを負担しているだけという自覚がちゃんとあるかである。
何処かの島国のようにメリットだけ享受して、デメリットだけ文句を言うような国では無いのだ。




