あの子の愛 私の情
コルネリアは、アンティークのウェディングドレスを身に着けていた。シルクは肌触りが良かったけれど、肌になじむまでは冷たくて、ほんの少し寒さに震えた。長い髪を、レオノーラが櫛で梳いている。その表情は、おなかの中の子を慈しむ母のようにも見えた。
この子は、この表情を、自分の子どもにちゃんと向けてくれるだろうか。コルネリアは、それが、とても不安だった。すぐにオズヴァルドと領地に行くことになっていたのに、コルネリアの結婚式が終わるまではとわがままを言って、1人タウンハウスに留まったことも、心配でたまらなかった。
「お姉さま」
「レオノーラもそんな顔をするのね」
「今日は、私が、お姉さまの、お母さまだもの」
レオノーラが摘み取った赤いラズベリーを口に含む。その酸っぱさに、コルネリアは、笑った。
「酸っぱいわ」
「お姉さまの取ってくださった実も、酸っぱかったわ」
嬉しそうに何度も何度も櫛を通す、レオノーラは、周りの困惑が見えていなかった。もう、時間がないというのに、櫛を通す手をやめないのだ。
「奥様、そろそろ」
「お嬢様って呼んで、ここでは」
「……お嬢様」
「お姉さま、ずっと、こうしていられたら良かったのにね」
「こうしてって?」
レオノーラは、悲しそうに笑った。
「ずっと、お姉さまと2人で、こうやって、髪を梳かし合ったり、一緒に寝たり、ご本を読んだり、刺繍をしたり、お散歩したり。ずっと、2人で。しわが増えても、歩けなくなっても、どちらかが、死ぬまで」
「そうね、そうしていられたら、良かったのにね」
コルネリアは、真実、そう思った。それが、出来るのならば、きっと、こんなことにはならなかったのだろう。レオノーラもコルネリアもこんな風に歪まなくても良かったし、こんな風に騙し合わなくても良かった。ただ、子どもの時のように、お互いを見ているだけで良かったのならば、それはなんと幸せなことだろうか。
「お姉さま、もし、次、生まれ変わったら、今度は夫婦になりましょう」
「……でも、それでは、小さなあなたを見られないじゃない」
「それも、そうね。小さなころのお姉さまにお会いできないのは、悲しいわ」
「次に生まれ変わっても、姉妹がいいわ」
「じゃあ、次は、2人でずっといられる世界で、姉妹になりましょうね」
レオノーラは、目に涙をためて、微笑んだ。レオノーラは歪んでいる。たぶん、コルネリアも歪んでいる。それでも、お互いを愛しているのだ。
「そうね、それが、いいわ」
「約束よ。お姉さま」
「ええ、約束よ、私のレオノーラ」
生まれ変わった時、王子様と出会えなくても、レオノーラとなら、きっと出会える。王子様のことは真実、愛しているけれど、来世までは望まない。でも、レオノーラとの来世なら、コルネリアは心から望む。髪から手を離し、小指も絡める。子どもの頃から約束は、いつも小指で契った。
コルネリアは、サンタ・マリア聖堂のステンドグラスを見上げていた。ベールは重たくて、頭がひどく重たい飾り物な気がしてしまう。頭に付けられた装飾品を全て取り去って、髪もといてしまいたい、そんな気持ちになるのだ。白い髪飾りに、白いベール、白いウェディングドレスは、これから、デル・コルヴォ家の色に染まるという証なのだと、ドナテッラが呪いのように言っていた。
たとえ、この白が、デル・コルヴォに染められようと、コルネリアの唇の赤を塗り替えることなど、誰にもきっとできない。コルネリアが、バルベリーニで冷徹と言われようと女主人としての義務を全うし、そのために強くなるために塗ったこの赤色を、誰も塗り替えられないだろう。
ステンドグラスには、神の教えが描かれている。ラッパを吹く小さな天使が、こちらを見降ろしていた。その天使は、美しくて、愛らしく見えた。その天使は、愛らしい姿で、きっと、人を裁くのだろう。
「……宣誓の口付けを」
神父の言葉を合図に、ラウロは、ベールを上げた。赤く塗った唇を凝視しているのを見て、コルネリアは、強く睨みつける。ラウロは、一瞬狼狽えて、額に唇を落とした。
額へのキスは、友情を意味するという。夫となる人と、コルネリアは友情をはぐくむつもりなど毛頭なかった。だから、夫となった人の、その口付けに、コルネリアは冷たい視線を向けた。夫が望む友情を、コルネリアは返すことができない。ラウロがコルネリアに求めるものを、コルネリアは、きっと返すことが出来ない。ラウロがコルネリアに渡すものと、同じものを、きっと返すことはできない。
デメトリア王女は、ラウロとコルネリアのことを、真実不幸な夫婦と呼んだ。それは予言のようだと思ったけれど、コルネリア自身はそれを望んでなどいなかった。真実、不幸な夫婦など、両親だけで十分だ。だから、ラウロに望むのだ。心は自由でいてほしいという気持ちに全く嘘はない。ラウロには、誰かと幸せになってほしい。コルネリアの心が、自由なままであるように、ラウロにも自由に誰かを愛してほしいと思った。
投稿ミスしていました。




