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みー子お嬢様とザッハトルテ邸の夢

作者: 白夜いくと

【冬童話2026】参加作品

◎テーマ『きらきら』


※改稿しました。

 保育園の帰り。

 みー子は、家族とクリスマスケーキを選んでいた。ショーケースに並ぶさまざまな模様のケーキは5歳の彼女の心をくすぐってくる。


「いっぱいあんねー!」


 大きなショーケースを行ったり来たり、見上げたりして、大忙し。それもそうだ。クリスマスケーキ選びは、年に一度の一大イベントである。家族の主役であるみー子は、数あるケーキの中からひとつだけを選ばなくてはならない。これは重大任務なのである。


「みー子、わかんないよ! ぜんぶほしい!」

「ふふ、あなた。買ってあげたら?」

「そうやって君は僕にプレッシャーをかける……」


 みー子の両親は、コソッと財布を見た。中身は一万五千円。予約のチキンで五千円が消えるから、使えるのは一万円以内だ。

 みー子の母親が口元に手を当てて考えながら夫に言った。


「買い物で五千円減るから、ケーキは五千円以内ね」

「それだけあれば買えるね。良かった」


 二人は、はしゃぐみー子を見ながら安堵した。しかし、みー子は見つけてしまった。


「……わー……!」


 きらきらと輝く夜空のように美しいザッハトルテを。それは、パティシエのイチオシ商品で最も高い五千九百円のケーキだった。


「みー子、まさか……」


 みー子の母親がショーケースから動かなくなったみー子の視線を見てみた。


 釘付けである。

 その瞳は恋人を見つめるかのようにきらきらしていた。


(買ってあげたい! 買ってあげたいけど……!)


 みー子の母親は、財布を見た。どう考えても予算オーバー。しかも4号と小さい。みー子の両親は視線を送り合い、彼女の意識をずらそうと試みる。

 

「ほら、サンタのホールケーキも有るぞ〜」

「ホント、このサンタさん可愛いねー!」


 サンタのホールケーキは、5号で二千四百円。生クリームも苺もたっぷりだった。みー子は一瞬だけサンタのホールケーキを見たが、再びザッハトルテの方を向いて言った。


「みー子は、このクロのキラキラがいいー!」


 言われた砂糖菓子のサンタが寂しそうに、グズっているみー子を眺めていた。彼女の両親は、泣き出してしまいそうなみー子を、


「来年みー子に友達が出来たら買ってあげるから! その時は豪勢にクリスマス会もやろう!」


 と説得した。

 みー子は頬を膨らまして「みー子がほしいトモダチなんていないよー」とショーケースをバンバン叩く。


 彼女の父親が、


「賢いみー子なら、何でもできるさ……なんて子ども騙し、みー子には通じないよな。正直に言おう。今はザッハトルテは買えないけど、みー子が頑張ってるのと同じくらいパパも頑張る。だからザッハトルテは来年まで待ってくれないか?」


 このように説得を試みた。

 何となく言いたいことがわかったみー子は、


「はやくしゅっせしなよ!」


 と、しぶしぶサンタのホールケーキを指差す。その分両親は、チキンとみー子の好きな黒糖の麩菓子を買い、彼女のご機嫌取りをしていた。



 家族団欒(かぞくだんらん)のクリスマス会が終わった。


 みー子は、砂糖でできたサンタを瓶ケースに入れて自室の棚に置く。寝る支度をしていた彼女は、窓から夜空を見ていた。漆黒の空にちりばめられたきらきらな星々が艷やかな丸みを帯びているように見える。まるでそれは──、


(……ザッハトルテだ!)


 そう、みー子はケーキ屋のザッハトルテを思い出したのだ。食べたい……というより、手にしたかったのだろう。瞬く星を詰め込んだような、漆黒の空色ケーキを。


「ざっはとるて、たべたいな」


 みー子は、親が仏壇の前で手を合わせるように『なーむーなーむー』と唱えながら、星に祈った。意味は分かっていないが、この祈りのポーズは、大切な願いを届けるための物であると彼女は考えていたのだ。


「おやすみなさいー」


 みー子は、電気を消してしばらく経つと寝息を立てた。


 ──コトっ


 何かが動く音がする。

 みー子は気づかず、すやすやと眠っている。


 少しの変化があるとすれば、砂糖でできたサンタを入れた瓶の影が少し動いたことだろうか……。


「フォッフォ。みー子お嬢様や。ザッハトルテの夢をお召し上がりくださいな」


 みー子の部屋からおじいさんの小さな声がした──

 



「……あれ?」


 みー子は、淡いオレンジのドレスを纏っていた。インコのように鮮やかなグラデーションがあり、とても質感の良い布であった。


「ぇ、みー子、おひめさまみたいになっちゃった!」


 とても素敵な衣装に目を輝かせたみー子だが、一人で何もない空間が怖いと感じた。すると不思議である。鏡が欲しいと思えば出てきたし、お付きの人が欲しいと思えば、可愛らしいウサギの執事と猫侍女が揃ったのである。


「はじめまして、みー子お嬢様。ここはお嬢様の願いを叶える館。ザッハトルテ邸です。お望みのことなら何でも申し付けください」


 ウサギ執事が言った。

 かしこまった言葉は、だみー子には難しい。しかし、分かる単語はある。「お嬢様」「叶える」「ザッハトルテ」「何でも」彼女はこれらの言葉を組み合わせて、次のように返した。


「わたし、ここのおじょうさま! ざっはとるてをたべたいのも、かなえられるの? なんでもいい? じゃあ、すごいお皿とフォークと、いいやつのミルクティーと、デザートにおもちのアイスと……」

「はわー! 願い事が多すぎますお嬢様!」


 猫侍女が耳を押さえながらギュッと目を瞑った。ウサギ執事は、表情を変えずに「出来ますとも、ほら」と。指鳴らしをしてザッハトルテ邸の中に食卓を創り出した。


 きらきら輝く星々が漆黒の空を彩る様な小さなホールケーキがひとつ、みー子のためだけに置かれている。それを最も美しく魅せる皿やフォークも統一感があって素敵だ。ミルクティーは、ウサギ執事が淹れていた。芳ばしく甘い香りがする。その匂いにみー子は酔ってしまった。


(……みー子、ずっとおじょうさまでいよー!)


 そんな事を思いつつ、ザッハトルテを一口、食べてみる。


(う……わぁああ!)


 美味しい。

 そのような言葉では言い表せられない感動をみー子は味わった。この世で食べた、どのケーキよりも、美しくて素晴らしい味。

 

 みー子は、それを誰かと共有したいと思った。


(優しい王子様。居たら良いのにな)


「やぁ! ボクは優しい王子ヘイルさ!」

「きゃー!」


 近くの席を見ると、王子様らしき少年が微笑みながらみー子を見ていた。急のことで声を上げてしまったが、よく見ればイケメンだ。幼いながらも顔が整っている。


「どうしたの? ケーキは食べないのかい?」


 みー子は、第一印象から王子の性格を考えた。


(このひと、小学生おとなな感じがする……アタマいいのかな?)


 彼女は王子様を試した。


「30+1は?」

「31だよ」

「じゃあ、1×1は?」

「1だよ」


(……このおうじさま、かしこい!)


 みー子は、塾で習ったことを保育園で言っても理解さえしてもらえなかったが、ヘイル王子は答えまで出せる。彼女は、王子が賢い人だと判断した。

 

 しかし、それだけだ。

 何か面白い事は起きないか。みー子が思うと、猫侍女が大縄を一本持ってきた。


「大縄跳び、しませんかー?」


 ニコッと微笑んだ。みー子は運動音痴だが、大縄跳びは得意だった。だから、


「うん、やるー! 猫ちゃんもやろ!」


 そう言って、皆で大縄跳びをしようと提案した。ウサギ執事が指鳴らしをすると、舞台はザッハトルテ邸の中庭となった。広くてまるで運動場のようである。


「よーし、みんな、とぼ〜!」


 中庭には、縄が地面を跳ねる音と、軽やかな足音が鳴り響いていた。踊り子や小人や犬なども混ざって大賑わい。


「……にゃ!」


 みー子が疲れてきた頃、猫侍女が縄に引っ掛かり転けてしまった。真っ先に駆けつけたのはヘイル王子だ。


「大丈夫かい?」

「ふぇー、膝を擦りむいたです」

「よし、絆創膏を貼ろう」

「ありがとうございます〜」


 猫侍女の治療をするヘイル王子を見て、少しだけ嫉妬心を覚えたみー子は、


「ふん。わざとコケたくせに!」


 と、腕を組んで拗ねてしまった。お嬢様である自分を中心に回っていないのが面白くなかったのだ。


「うにゃ!? ご、誤解です、お嬢様ー! わたくしは本当に不意にコケてしまいまして! 下心なんて決して無いんですよぅ!」


 必死に弁明する猫侍女の声に苛ついたみー子は、たった一言、


「うるさーい! 猫ちゃん、きえちゃえー!」


 そう言ってザッハトルテ邸から猫侍女を消した。ヘイル王子が、


「本当に良かったのですか?」


 と訊く。

 頬を膨らませたみー子は、腕を組んで、


「いくらでもおともだち、つくれるもん! ココはみー子のだもん! みー子がおじょうさまなんだもん! みー子、まちがわないよ!」


 そう言う。

 彼女は、次々に友達を創り出しては、消した。どうもうまくいかない。自分に指図してきたり、バカだったり、抜けてたり、抜け駆けでヘイル王子と仲良くしたり。


(みー子、えんじみたいな子、すきじゃないのよねー)


 彼女は、保育園でも浮いていた。

 賢く一歩引いて人を見る癖があり、仲良くなりかけた人の本質を見抜いてみずから縁を切ってしまう子だったのだ。

 その事に本人は気付いていない。だから本当の友達が出来ないでいた。


「みー子、トモダチもほしい! ねぇウサギさん。すなおでいい子で、かしこくて、わたしよりめだたなくて、わたしのひきたてをしてくれるトモダチ、だしてよー」


 ウサギ執事は、しばらく考えたあと、「分かりました」と言って指鳴らしをした。

 彼女の目の前には、黄色いドレスを着た、同い年くらいの女の子が立っていた。


「初めまして、みー子お嬢様。私はルルと申します。なんてお美しい姿なんでしょう。私なんて足元にも及びませんね。そうですわ、一緒にABCの歌をうたいませんか?」


 みー子は、鶯のような声のルルをうらやましいと思った。しかし、彼女のそばかすを見て(わたしのほうが、おはだキレイだもん)と、余裕の表情をした。


「うん、いいよー! うたおー♪」


 英語の歌もお手の物。「私は周りの園児とは違うのだ」というみー子の自信を、ヘイル王子は「良いね! 最後まで言えるなんて、天才だ!」と褒めた。


「へへ、こんなのも、うたえないえんじは、アタマおわってるからねー!」


 ヘイル王子は、みー子の物言いに若干口を歪めたが、何も言わないでいた。ルルは、彼女の態度を見て、


「終わってなんかいないわ。足りないものは、補い合えば良いのですよ。賢いみー子お嬢様なら分かるでしょう? いろんな人と教え合いっ子をするんです。きっと、みー子お嬢様も知らないことが、沢山あるはずですから」


 この様に口出しをした。みー子の口が尖る。ヘイルがルルを庇うように前に出ると、ルルは、


「良いんです。これはみー子お嬢様の夢の世界。本来ならお嬢様の願いは絶対です。絶対……叶えなければならないんです。それは、綺麗で美しいザッハトルテを食べることだけでしょうか……私は違うと思うんです」


 『消えろ』と言う前に、みー子は、ルルの言葉を唇を噛み締め聞いていた。


「みー子お嬢様の本当のお願いは、何だろうと考えました。それは、お嬢様が本当のお友達をお見つけすることだと考えました。だから、厳しいことを言ってしまいました。私は消されて構いません。だからどうか、みー子お嬢様。夢から覚めた先で、素晴らしいお友達をお見つけ出来ますように」


 一気に現実に戻された。興ざめだ。みー子は、心底苛ついて、


「ルルなんか、キライ! きえちゃえ!」


 そう言い放った。

 ルルは目を瞑り、泡粒のように消えてゆく。


「……」


 静かに見守っていたヘイル王子は、何度目かの質問をする。


「本当に良かったのですか」


 と。

 今回は、消しても気分の悪さが取れない。何故だろうとみー子は考えた。


(みー子はちゃんとしてるのに、みんなおもいどおりにうごかないヤツばっかなんだもん!)


 みー子は、出せないこたえに悔しくなった。自分はとんでもなくバカなんじゃないかと、不安になった。


「……わかんない! ともだちなんて、せんっぜん、わかんないよ! みー子、わかんない!」


 ヒステリックになったみー子の手を優しくヘイル王子が握って言った。


「大人だって、分からないものです。そんな難問を解こうとしているみー子お嬢様は、本当に賢いお方だと思いますよ。だから、ボクもいつわりなく述べます」

「ヘイルおうじも、わたしにモンクいうんだわ」

「違います。応援の言葉ですよ」


 口を尖らせたみー子に、ヘイル王子は、


「あなたはこたえを知っている。何故なら『ルル』を呼び出せたのだから」


 そう優しく言った。


(ルル……)


 みー子は、ルルのことを思い出した。ABCの歌がうたえて、性格も良くて、人にちゃんとした意見が言えて、その上で優しい性格の持ち主……。


 それは、みー子の成りたい姿そのものだった。


「……わたし、ルル。けしちゃった」


 みー子は深く後悔した。猫侍女も、ルルも、これまで消してきた者達も、全員『みー子自身の良いところ』が詰まった者達だったのだと気付いたからだ。


「っぐ、ひっく……けしちゃったぁ……!」


 泣き出してしまったみー子に、ヘイル王子が笑って答えた。


「今宵は、貴女(あなた)様のためにある夢です。みー子お嬢様。あなたの願いを叶えましょう!」


 そう言って、ヘイル王子は、黙って見ているだけだったウサギ執事に合図を送った。


 ウサギ執事が指鳴らしをした瞬間。ザッハトルテ邸に、今までに登場したキャストが全員揃ったのだ。彼らは笑顔で拍手をしながらみー子の事を見ていた。


「……みんな、いる! みんないるー!」

「はぁい! 猫侍女もいまーす!」

「けしてごめんね!」

「ホントですよぅ! ビックリしましたぁ!」

「へへ」


 猫侍女がぷりぷり怒っているのを見たあと、ルルが静かに拍手をして笑っているのが見えた。みー子は、彼女と、皆に向かって言った。


「メリークリスマス! ステキなユメをありがとう! わたし、ルルみたいにやさしい子になりたい! なれるかな!」


 ルルは、拍手の音を強めて、大きく頷いた。



 ──ゴト、


 何かが倒れる音がして、みー子は目が覚めた。朝日が差し込む。棚の上の瓶が横になり、中身が消えていた。


「……これって、サンタのしわざ?」


 深く考える前に、みー子の母親が彼女を呼びに来た。朝の支度を済ませたみー子は、鏡を見て笑う練習をしていた。


(ルルなら、きっとこうわらうよね)


 みー子の瞳には、昨日見たザッハトルテを眺めるようなきらきらしたハイライトがあった。


 期待を込めて保育園のバスに乗る。


「おはよー!」


 みー子の元気で明るい声は、その場にいる全員を楽しい気持ちにさせた。時折意地悪されても乗り越えられるようになったのは、心のなかにルルがいるからである。


 みー子は、しばらくして友達ができた。雪の降る、冷たい冬のことだった。







 おしまい

最後まで読んでくれてありがとうございます!

楽しんでくれたら嬉しいです…!

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― 新着の感想 ―
これ、冒頭でヒロインが友達が作れず孤立している、というフレーズ(=主人公の抱える課題)を入れないと、中盤の迷走とか葛藤や、ラストのシーンがつながりにくいかと思います。 それか食べたかったケーキを夢で…
 変に賢い子どもの躾って難しい……。
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